第二十一話 セカンドマスターパーティ
冒険者の強さはレベルで表される。戦士、シーフ、ヒーラー、バッファー、メイジ、どの職業においても高いほどに強い。
レベル十三が一つの区切りで、ここに到達するとマスターレベルと呼ばれる。もちろんその上もあり、レベル三十に到達したものはセカンドマスターと呼ばれるのである。
マスターレベルでは地下五階あたりが限度だが、セカンドマスターともなれば、地下二十階くらいまで潜っても戦える。マスターレベルでは戦うのも難しいファイアージャイアントでもごく普通に倒せる。それほどに実力の開きがあった。
王国全体でも十数人しかいないセカンドマスターのパーティ、それが赤い牙の四人だった。リーダーは女性の戦士で名をローザと言った。屈強の女戦士だが、すらりと引き締まった体に金髪の美貌の持ち主でもあった。それからユエルという名の男のシーフ。茶髪でやや背が低いが凛々しい顔立ちをしていた。タントという男のヒーラーは銀髪の中肉中背で、すっきりした顔の美形である。マリアという女のバッファー。大人しい感じの赤毛の美形だが、補助魔法の実力は王都でも図抜けている。全員がレベル三十で、みな二十五才と年若い面々であった。
そのリーダーのローザとパーティの面々が、ギルドの受付に現れた。周囲の空気が変わる。現時点では、王都で一、二を争うほど強いパーティなのだ。みな畏れと驚きを表情に張り付けていた。
この日、たまたまステラがパーティ赤い牙の面々の対応に当たった。
「今日はフラビオいるのか」
リーダーのローザが尋ねてきた。さすが強者だけあって、大した圧迫感である。しかし、ステラは落ち着いて答えた。
「今日は不在です。何でも町中に用事があるとかで」
ステラはその事情を知っている。彼は今日、生まれ育った養護施設木犀園へと、稼ぎの一部を寄付しに行ったのである。育ててくれた恩を返し、ここを巣立つ子供達のために、定期的にフラビオは園に寄付をしていた。そして、その件は二人だけの秘密であった。
「何だ。頼みたいことがあったんだがな」
「でしたら、クエストの掲示板に依頼を貼ってはいかがですか」
「そうだな。まだるっこしいがそうするか」
紙とペンを借りて、ローザが依頼を記入する。地下二十五階での討伐に助力されたし。依頼主赤い牙。宛フラビオと記す。
「じゃあ、そいつを貼っておいてくれ」
「承りました。他のご用事は?」
「ない。手間をかけたな」
そう言って赤い牙の四人が立ち去っていく。それを見送る他の冒険者や職員達は、何ともなしに、はあとため息をついていた。それほどの迫力があったのである。
「セカンドマスターからの依頼か。なんだかんだ言っても、やっぱりフラビオさんを頼りにしてるのね」
ステラはひとりつぶやくと、他のパーティへの対応に戻るのだった。
その頃、フラビオは自分が生まれ育った養護施設木犀園を訪れ、園長のエルサと話をしていた。養護施設とは、両親が亡くなったり、家の事情で育てるのが難しくなったりした子供を育成する施設である。将来の労働力を確保する目的で、王国が運営資金を出している。オルクレイド王国に人権尊重の法が存在するわけではない。
「そうですか。六日も旅をしていたんですか」
「ええ。ギルド職員の人と護衛の仕事で。実に楽しい旅でした」
すでに金貨で十枚、園長には渡してある。定期的にこうして寄付をするようになってから、園の財政は豊かになり、衣食も充実するようになっていた。園長も深くそれをフラビオに感謝している。
「そうですか。あなたがそんな充実した生活を送っているのを知って、とても安心しました」
「ありがとうございます。毎日元気にやってますから、ご安心下さい」
「そうそう、うちからも、この前十二才になって卒業したトビアス少年が、商業学院に入学しましたよ。これもフラビオが資金を出してくれたおかげです。トビアスも、将来園のみんなのために、フラビオさんみたいにお金を稼げるような仕事に就けるよう頑張ると話してましたよ」
「いい話ですね。立派な商人になって欲しいものです」
そうやって適当に雑談した後は、フラビオも子供達の遊びに加わる。
「あ、フラビオさんだ」
「また遊んでくれるの? ありがとう」
寄付を始めてから七年。その都度来訪するフラビオは、子供達と良くなじんでいた。この時間帯、八才より上の子供は、普通の家庭で育つ子供が学舎で学ぶのと同様に、園内で勉強をしていた。卒園は十二才。この年になると上の学院に進むか、見習いとして職に就くかどちらかになる。だから、今遊んでいる子供は七才以下の小さな子達だ。人数は七人。おんぶだ肩車だとせびってくる子供達の相手を、フラビオは楽しそうにしていた。
昼食も一人分余分に用意してもらっている。子供達や職員達に混じって、一緒に楽しく食事を取る。
午後は、午前中に勉強をしていた子供達も遊びに加わる。全部で十七人。トビアスが卒業した代わりに、一人見知らぬ男の子が混じっていた。楽しく遊ぼうとはしゃいでいる子供達の中で、一人だけ沈み込んでいた。
「あの子はロミオっていうの。九才だって。最近、家の人の都合で木犀園に入ったのよ」
フラビオが大好きなエミリーという女の子がそう教えてくれた。そうと聞いたからには、放っておけないのがフラビオである。
「そうか。ロミオも一緒に遊ぼう」
「でも、ぼく、そんな気分になれないんだ」
まだ心の傷が癒えていないのだろう。その心情は理解できる。それでも、フラビオは遠慮せずにロミオを誘った。
「とにかく遊びには入ってくれ。そのうち体がうずうずしてくるから、そしたら本気で遊ぼう」
「……うん、分かった」
ロミオは渋々だったが、遊びに加わった。
その時は手つなぎ鬼をした。鬼に捕まると、手をつないで鬼の仲間になるのである。そうして二人、三人と鬼が増えていく。単純な遊びだが、範囲が限られている空間で遊ぶのにはちょうど良い。
最初暗い顔をしていたロミオだったが、遊びに混じっているうちに、表情が明るくなってきた。やはり子供らしく遊ぶのは楽しいのだ。沈んでいた気持ちもほぐれ、いつしか遊びに夢中になっていた。そして、遊びの中で自然と笑顔になったのだった。
「ロミオが笑った」
「フラビオさんのおかげだね」
「ありがとう、フラビオさん」
園の仲間もこの新人を心配していたのである。温かな心の子供達だった。みな笑顔になって良かったとフラビオも思う。
「やっぱりフラビオさん、かっこいい。私、大人になったら、フラビオさんと結婚する」
エミリーのラブコールを受けて、フラビオは苦笑した。周りの子達はまたかという表情をしつつ、それでも温かくそんな仲間を見守るのだった。
フラビオがギルドに戻ると、ステラが待っていた。
「あ、フラビオさん、おかえりなさい」
冒険者はギルドに無料で宿泊できる。その制度を最大限に使っているのがフラビオだ。都合十二年もギルドの一室を借りている。もはやギルドの主に近い存在だった。
「ただいま、ステラさん。その様子だと、何か用事があるのかな」
「はい。パーティ赤い牙から依頼がありました。掲示板に貼ってあります」
「セカンドマスターからか。どれどれ」
珍しいと思いつつ、フラビオが掲示板を見る。
「地下二十五階か。よほどの相手に出くわしたな」
「そうみたいですね。大丈夫なのは知ってますけど、お気を付けて」
ステラがいつものように声を掛ける。
「分かってる。とにかく話を聞いてからだな。ありがとう」
そう言って立ち去るフラビオに、ステラがさらに一言付け加えた。
「また近いうちに、ご一緒しましょうね」
フラビオが苦笑する。これは園でのエミリーと似たようなものではないかと思ったのである。しかし、一緒に旅までした仲である。あの旅は楽しかった。休日一緒に過ごすのも、また楽しいだろうと思い、フラビオは肯定の返事をした。
「そうだな。また空いている日に」
「絶対ですよ。それから、ローザさんが美人だからって、その、いえ、やっぱり何でもないです」
どこをどうするとそういう発想になるのか、貴重な青春時代を自分のレベル上げに費やしてきたフラビオには、あまり理解ができない。それ以前に、ローザは気が強すぎる。戦力としては頼りになるだろうが。
「今回も助力するだけだ。変なこと気にしなくていいぞ」
「そうですよね。ごめんなさい。変なこと言って」
しおらしくそんなことを言うステラはとてもかわいらしかった。ステラに好意を抱く若い連中の気持ちがとても良く分かる。しかし、ステラとは、まだ友人付き合いでいたいフラビオなのだった。
「とにかく、またそのうちどこかへ一緒に行こうな」
「はい。ありがとう、フラビオさん」
「じゃあ、また明日」
フラビオは手を振って部屋へと戻っていった。
翌朝、フラビオは朝食と身支度を済ませると、ギルドのロビーで赤い牙の面々を待った。彼らのことだ、すぐ出発などと言いそうなので、フラビオもダンジョンに行ける準備は整えてある。
待ち時間はごく短かった。赤い牙の四人がすぐに姿を現したのである。
「よお、フラビオ。依頼は見てくれたのかい?」
リーダーのローザが気軽に声を掛けてきた。かなりの美人なのだが、口調がぞんざいで荒っぽい。長く冒険者をやっているのでこんなものである。
「見た。俺に手伝えってヤツだろ。構わないが、報酬はいつも通り、金貨一枚と、稼ぎの山分けだ。それでいいか」
「もちろん。本当はあんたの手は借りたくないんだが、そうも言ってられなくてね。ありゃあ、本物のバケモンだったよ」
フラビオも大概だが、本当にローザは口が悪い。しかも思い出しただけで腹を立てているのが分かる顔をしていた。
「アークデーモンだ。この前戦ってね。ダメージは入るんだが、ヤロウ、ハイヒール使いやがるから、いつまで経っても倒せなかったのさ。根負けして撤退したんだ」
「なるほど。それで、俺はどうすればいい。何発か魔法を直撃させれば一人でも倒せるが、それじゃあ、赤い牙としては面白くないんだろ」
フラビオがパーティの面々を見渡してそう言った。
ローザ、ユエル、タント、マリアの四人が肩をすくめる。
「まあね。にしても、あたしたちが苦戦した相手を、あんたは一人で倒せるって言うのかい。全く、とんでもない奴だよ、フラビオはさ」
彼らはフラビオの実力を知っていた。これまでにも何度か助力を受けたことがあるからだ。だからと言って、それを素直に受け入れられるかは別問題だ。セカンドマスターのプライドにかけて、本当は自分達だけで討伐したいという気持ちは強い。
「仕方なく力を借りるんだ。もちろん、とどめはあたし達が刺す。あんたにはハイヒールの邪魔をしてもらいたい」
なるほど、その程度なら大体自分達で倒せたと言えるわけか。それが彼女たちの妥協点だと良く分かった。フラビオはうなずいた。
「了解した。途中、雑魚が出た時は、適当でいいな」
「もちろんさ。あんたはあんたで好きにやってくれればいい。あたしたちはとりあえずのリベンジを果たせればそれでいい」
交渉は成立した。
「じゃ、よろしく頼むよ、フラビオ」
「了解だ。よろしくな、ローザ」
握手を交わして、五人はそのままダンジョンへと向かうのだった。
ダンジョンに入ると、シーフのユエルの出番である。
「サーチ」
探知魔法でダンジョン内の様子を探る。雑魚は蹴散らせるが、お目当てのアークデーモンを優先したいので、極力魔物を避けて進む。
途中出てきた魔物も、ごく簡単に蹴散らしていく。
最初に出会った魔物はマンティコアだった。以前フラビオが王女にダンジョンの案内をした時現れた魔物で、護衛の騎士達では歯が立たないだろうと、フラビオが倒した相手である。
「一気に行くよ」
セカンドマスターともなるとマスタークラスなどと比べて、強さが桁違いなのである。
まずはバッファーのマリアが強化魔法を発動させる。
「エンハンスウェポン」
四人全員に武器強化の魔法が掛かり、淡い輝きに包まれる。
そして、ヒーラーのタントもメイスを持って殴り掛かる。マリアも杖で殴りかかっていた。
二人の一撃でマンティコアが怯んだところで、シーフのユエルがその顔面を斬り裂く。強化魔法の恩恵は大きく、武器の威力が格段に増している。
そしてとどめはローザだ。渾身の一撃で、見事にマンティコアを真っ二つにする。
マンティコアはあっさりと倒され、霧状になって消えていった。フラビオの出番は全くなかった。
「さすがだな。セカンドマスターは伊達じゃないな」
「当然。さあ、さっさと次行くよ」
魔石を回収して、彼らはどんどんと先へと進んだ。
地下十階。ここまで二時間足らずで到着している。徹底的に雑魚を避けつつ、最短距離で来たのが功を奏している。
「奥の昇降機を使うよ。ユエル、また最短距離で頼む」
「了解。サーチ」
探知魔法で魔物の所在を確認し、最短ルートで案内をしていく。
一か所、魔物を避けるとかえって遠回りになる場所だけ、止むを得ず通ることになった。
キメラの上位種、グレイトキメラがそこにいた。
魔物に知性はないだろうに、グレイトキメラはこの五人が脅威と感じたような素振りで、先制攻撃を仕掛けてきた。続けざまに炎を吐いてきたのである。
「散開」
ローザの指示で、四人が炎を避けて散らばる。フラビオも同じように炎を避けざま、魔法を発動させた。
「アイシクルランス」
氷の初級魔法である。氷の槍が勢いよく直進し、キメラの頭部に当たる。その一撃でキメラがのけぞり、炎が一時的に止まっていた。
「ありがとよ、フラビオ。マリア、頼む」
四人がもう一度集まり、マリアが強化魔法を発動させる。
「エンハンスウェポン」
二人のアタッカーに強化魔法が掛かり、武器が淡く輝く。
「よし、突撃」
「ホーリーランス」
タントが数少ない攻撃魔法の一つ、聖属性の槍を放つ。
「ロックアタック」
バッファーのマリアも、一部の攻撃魔法を使うことができる。ここでは土属性の魔法を使った。大きな岩を相手にぶつける魔法だ。
二発の魔法が直撃し、キメラに大きなダメージを与えた。
その先は、マンティコアと同じである。
シーフのユエルが鋭い斬撃でキメラの顔面を斬り裂く。動きが鈍ったところで、ローザがとどめの一撃を放つ。今回は全力だ。
「闘気剣、一の太刀」
突進しながら、上段からの渾身の一撃でキメラを真っ二つに斬り裂く。今回もすさまじい威力だった。キメラが二つに分かれて倒れ、霧状になって消えていく。
「さすがローザ。相変わらず見事な腕前だ」
フラビオがそう褒めるが、当人は別に気にしなかった。
「当然だ。このくらいできてこそのセカンドマスターだ。それより、この先も援護よろしくな」
「ああ、分かってる」
二人はうなずき合うと、またユエルの先導で先に進んだ。
そうして地下十階もあっさりと踏破し、昇降機へと出た。これも不思議な仕掛けである。指定した階まで人を乗せて移動してくれる。もちろん、他に階段もあるのだが、時間短縮にはこちらが便利である。この一台に十人ほどは乗れるくらい余裕がある。
ユエルが地下二十五階を指定し、昇降機を起動させる。がくんと音がして、昇降機がゆっくり下へと下りていく。
「……」
下っている間、ローザ達は無言だった。再挑戦の勝利を心に強く思っている表情をしていた。本当に歴戦の勇士達だといった風情だった。フラビオとしても、心強いパーティに見えた。
「着いた。サーチ」
ここまでシーフのユエルが大活躍である。探知に戦闘にと、万能な所をいかんなく発揮している。
「いるな。この反応は、間違いなくアークデーモンだ。この先、右手に曲がって、しばらく真っ直ぐ、それから左と、案外近いみたいだ」
「ありがとよ。じゃあ、みんな、気合入れていくよ」
「今度こそ倒そうな」
「全力でサポートするわね」
四人がうなずき合い、闘志を燃やす。
「フラビオも頼んだよ。ハイヒールさえ止めれば、絶対倒せる」
「分かってる。ちゃんと援護するさ」
「よし、行くよ」
こうして五人は、アークデーモンの待つ場所へと向かったのだった。
今回は高レベルパーティです。これまで出てきたパーティや王女などとは比べ物にならないくらい強いメンバーです。それでも勝てない相手がいるのがダンジョン。次回、その強敵への再挑戦です。




