第二十話 ファイアージャイアントとの対戦
朝、フラビオが目覚めると、馴染みのある部屋の中だった。
冒険者ギルドにある客用の一室。ここを借りてすでに十二年。ギルドでの宿泊は冒険者に限り無料だとはいえ、よくもここまで長く居着いたものだと苦笑交じりにそう思う。
昨日旅を終えて、この冒険者ギルドに戻ってきた。
同行者のステラは運営資金輸送の顛末を報告し、同僚達に土産の菓子を配った後、自宅に戻っていった。彼女との二人旅を思い出すと、楽しかったことばかりが浮かんでくる。いい旅であった。
フラビオは着替えを済ませ、顔を洗って水分を取る。
そして朝食を取りにギルド近くの料理屋へと向かう。
六泊七日の間、ずっとステラと食事を取っていたので、一人だと少し物寂しい感じがした。だがまあ、それが本来の生活だ。
そしてギルドの掲示板を見る。クエストがいろいろ貼ってあるのだ。割のいいのがあったらそれを引き受ける。なければソロでダンジョンに潜って魔物の討伐だ。
この日はフラビオを名指しで指名する依頼が一件あった。パーティ名スターライト、前にも助力したことのある若者達が依頼主である。
「ステラさん、この依頼なんだけど」
ステラがフラビオの持ってきた依頼書を確認する。
「ああ、私達が旅に出ている間に出されたものですね。公式の依頼で間違いないです。しばらくすれば彼らも来ると思いますから、そこで話をしてみて下さい」
「分かった。ありがとう」
フラビオがギルドのロビーで待っていると、ステラの言う通り、パーティの四人が揃って現れた。すでに装備もしっかりしていて、出発の支度は済んでいた。
「あ、フラビオさん。帰るのを待ってましたよ」
リーダーの若い楯戦士が声を掛けてきた。名前は確かアルベルトだったはずだ。それにヒーラーのソフィア、戦士のエリアス、メイジのクロエと、全員がマスタークラス、つまりレベル十三の有望株である。
「依頼文は見た。条件はいつも通りだ。金貨一枚と稼ぎの分け取りだが、それでいいんだな」
このパーティ、スターライトの連中には、以前にも手助けをしてやったことがある。キメラ討伐の手伝いもしたし、グレーターデーモンから救ってやったこともあった。だから、フラビオも遠慮なく口をきいていた。
「はい、もちろんそれで結構です」
「で、今回の相手は何だ」
「さすがフラビオさん、話が早い。俺達が強敵に手こずったこと、すぐに分かったんですね」
「まあな。でなきゃ、俺みたいな高い値段の助っ人頼まないだろ」
そうなのだ。魔物を討伐して得られる額は一体当たり銀貨一枚から強い魔物でも五枚というところだ。金貨一枚は銀貨二十枚だから、それほどの報酬を払っても助けて欲しいということは、それだけフラビオの力が必要な強敵を倒したいということなのである。
「ファイアージャイアントです」
「そりゃまた大物狙いだな」
体長四メートルを超える炎の巨人。力も強く、岩などは簡単に割り砕くだろう。耐久力も高く、少々の傷ではびくともしない。とは言え、高レベルメイジのフラビオにとっては大した相手ではない。
しかし、このパーティは例によって、自力での撃破を目指しているのだろう。手伝うのはあくまで作戦面だけかと、そう思って確認してみる。
「やっぱり自力で倒したいのか」
「そうです。どうですか、俺達のパーティだけで倒せますかね」
地下十階まで下りれば普通に出てくる相手だが、レベル十三、いわゆるマスタークラスでは少々厳しいかもしれない。
「持久戦を覚悟するなら、何とかなるかな。ただ、かなりきついぞ」
「承知しています。頑張りますので、ぜひお力添えを」
パーティの四人が揃って頭を下げてきた。
「分かった。なら、俺も支度をしてくる。少し待っていてくれ」
フラビオは承諾し、彼らに同行することにしたのだった。
「それで、地下五階でファイアージャイアントに遭遇したんです」
一行はダンジョンに向かいながら、なぜ討伐したいのか、その原因となった出来事をフラビオに話していた。
「珍しいな。地下十階くらいから出る魔物のはずなんだが。この前のグレーターデーモンと同じくイレギュラーか。それで、戦ってみたのか」
「はい。何とか勝とうとかなり粘りました。確かに傷はつくんです。氷魔法のダメージも入ってました。でも、攻撃に終わりが見えなくて、残念ながら退却しました」
「結構、いい線までいけたと思ったんですけど。相手の頑丈さの方がはるかに上でしたね」
「反撃も威力がありすぎて、アルベルトの楯だけじゃ防ぎ切れなかったんです。俺の槍もそこそこダメージ入ってるのに、お構いなしでしたね」
「私のブリザードでも凍りませんでした。威力が足りなかったんです」
四人がそれぞれ悔しかったことを伝えてきた。相手が悪すぎると言ってしまえばそれまでだが、それでは納得しないだろう。
「そうか。まあ、タフな相手だからな」
「全くその通りでした。そこで手当たり次第の戦い方ではだめだと、その時痛感したんです。これはまたフラビオさんの助力を仰ごうと。それで依頼を出したんです」
「分かった。なら、遭遇する時に、戦い方を伝えようか」
フラビオもこのパーティが勝てるよう、本気で応援することに決めたのだった。
そして一行はダンジョンの中へ。
相変わらず不思議な材質の通路を通り、次々と下の階へと下りていく。
「今回は雑魚に構わず、まずは目的の相手と一戦してみよう」
フラビオがそう言って、探知魔法を使って魔物の出現場所を避けながら、パーティを先導していく。前回、ファイアージャイアントが出た地下五階の場所はイレギュラーなのだが、まだ討伐されていないかもということで、まずはそこへ向かってみる。
しかし、案の定、空振りに終わった。パーティ、スターライトが戦ってから三日は経っている。他のパーティが討伐したのだろう。
「なら、地下十階まで下りるか。そこまで行けば、多分出るだろう」
フラビオが下りの階段へとパーティを案内する。スターライトの面々は地下五階が今まででもっとも深く潜った場所である。それよりも五階も下に下りるとあって、かなり緊張していた。
「魔物さえ避ければ大丈夫だ。ファイアージャイアントと対戦したら、さっさと上に戻ろう」
ここはフラビオだけが頼りである。パーティ四人は黙ってその言葉にうなずくのだった。
そして地下十階。ここでもフラビオが探知魔法を使う。
「反応ありだ。ファイアージャイアントいたぞ。他の敵も強敵揃いだ。接触しないように行こう」
そしてフラビオが迂回路を使って、ファイアージャイアントのいる場所へと案内する。
そこは例によって開けた場所だった。炎の巨人が一体。身長は四メートルを超える。凄まじい圧迫感だった。
「では作戦だな。長期戦の覚悟はいいな」
「はい。もちろんです」
「作戦自体は単純だ。要は片足を落とせばいい。倒れたら総攻撃、それだけだ。ただ、そこまでが長いけどな」
「なるほど、理に適ってますね。でもどうやって足を?」
「攻撃を集中するしかないだろ。ジャイアントの反撃は強力だ。攻撃を防いで反撃を加えるという考え方は捨てるんだ。だから、回避優先。避けては殴りの繰り返しで片足を奪え。楯はどうしてもの時だけ使うんだ」
「分かりました。回避優先ですね」
「クロエは基本アイシクルランスで。ダメージが入って、行けそうだと思ったら爆発魔法を使え。それで足を折ったら勝ったも同然だ」
「分かりました。とにかく足を折るんですね」
「とまあ、その足を折るまでが大変だと思うが、どうだ、行けそうか」
フラビオが最後に念を押した。倒す方法がはっきりと見えて、パーティ四人が力強くうなずく。
「行けます。大丈夫です」
「強化魔法も使うんですよね。シールドは奥の手と」
「回避優先でとにかく一か所を狙う、了解です」
「魔法の使い方も工夫してみます。助言、ありがとうございます」
四人がそれぞれ返事をしてきた。若くやる気に満ちたこのパーティ、何とか勝てるといいなとフラビオは思った。
「よし、じゃあ、行ってこい」
「はい!」
四人の声が重なり、彼らはファイアージャイアントへと突撃していった。
長い戦いが始まった。
「ストレングス!」
ソフィアの強化魔法がアルベルトとエリアスの戦士二人に掛けられる。
その恩恵を受けて、戦士二人が、力強い一撃をジャイアントの左足に見舞う。わずかに傷がつき、ダメージが入る。しかし、その程度ではジャイアントはびくともしない。拳を振るって反撃してきた。
「そう簡単に当たるか」
二人は素早く跳んで、ジャイアントの攻撃を避ける。
避けた直後に、クロエが魔法を発動させる。
「アイシクルランス!」
氷の槍が左足に直撃する。当たった場所が少しへこみ、全く無意味でないことが分かる。しかし、大したダメージにはなっていない。
その一撃で、ジャイアントの狙いがクロエに逸れた。今度は蹴りが放たれる。この巨体の一撃を受けたらただでは済まない。クロエが大きく下がってその一撃を回避する。
その隙に、戦士二人が体勢を立て直し、魔法でダメージが入った場所を狙って斬りつける。鋭い斬撃と勢いの良い突き。わずかに傷をつけることに成功する。
するとまたジャイアントの攻撃が二人に向く。巨大な拳が振り下ろされてくる。二人がまた必死にそれを回避する。
後はひたすらその繰り返しであった。
ジャイアントが攻撃する。人間が避ける。隙を見つけて人間が反撃する。全て左足を狙った攻撃である。それをうるさがるように、またジャイアントが反撃を加える。また人間が避ける。
かなり長時間の戦いかと思ったが、実際はまだ十分ほどしか経っていなかった。しかし、緊張感からパーティの消耗が激しく、ジャイアントのタフさが彼ら人間を上回った。
振り下ろされた拳をアルベルトが避け損ねた。辛うじて差し出した楯のおかげで直撃は免れたが、派手に吹き飛ばされ、地上を転がった。
「アルベルト、今ヒールする!」
待機していたソフィアが駆け付け、回復魔法を掛ける。しかし、動きの止まった二人は、ジャイアントにとって絶好の目標になってしまった。知性はないはずの魔物もその程度の判断はするようで、二人めがけて再び拳を振るってきた。
「マジックシールド!」
クロエが割って入り、魔法の楯を展開する。凄まじい打撃がその楯に加わる。それでもシールドは役割を果たし、ジャイアントの一撃を見事に防ぎ切った。
その間に、ヒールの魔法が効果を表し、アルベルトが回復する。
「立てる?」
「もちろんだ。俺はまだ戦える」
その間にも、二発目、三発目とジャイアントの拳が振るわれる。
手の空いたソフィアが魔法の楯を展開する。
「ホーリーシールド!」
クロエのシールドの前に楯を広げ、ジャイアントの拳を防ぐ。
離れたところで見ていたフラビオは、一瞬手を貸そうと思ったが止めた。どうやら無事に立て直したようだ。それにしても、持久戦になるとは思ったが、十数分戦って、なおも終わりが見えない。見ているだけなのは歯がゆいが、彼らも自身の手で倒したいだろうから、我慢するしかない。
ソフィアのシールドから、アルベルトとクロエが飛び出す。
その間に、エリアスは一人奮闘しており、突きや斬撃をジャイアントの左足に繰り返し加えていた。
「待ってたぞ。頑張って続きといこうや」
エリアスが仲間を鼓舞する。アルベルトとクロエがうなずき、攻撃を回避しながら、また反撃でダメージを与えていく。途中、効果の切れた強化魔法をソフィアが掛け直しつつ、戦闘は続いた。
それから十分ほどが経過した。
さすがのジャイアントも、同じ場所に繰り返し攻撃を受けて、かなり左足の動きが鈍くなっていた。
「いくぞ、闘気剣! 三段斬り!」
アルベルトが必殺技を放つ。続いてエリアスも必殺技を繰り出す。
「闘気槍! 流星突き!」
これまで温存していた技だ。放った後の隙が大きいので、回避優先ということで、常の斬撃や突きだけにしていたのである。動きが鈍った今が好機と見ての一種の賭けだった。
そして彼らはその賭けに勝った。ジャイアントの体が大きくぐらつき、左足の一部がかなりえぐれていた。その直後に拳を振るってきたが、それが見当違いの場所を殴りつけていた。
「今! エクスプロード!」
クロエがえぐれた左足を起点に爆発の魔法を発動させた。
ジャイアントのえぐれた場所が広がり、左足がその場所から折れた。片足を失って、ついにジャイアントが倒れる。それに押しつぶされないよう、四人はジャイアントから一旦距離を置く。
地上に倒れた後は、とどめを刺すだけである。
「ストレングス!」
ソフィアがまた強化魔法を掛け直す。そして、三人が頭部へと攻撃を集中させた。
「ブリザード!」
「三段斬り!」
「流星突き!」
ひたすらに頭部へと攻撃を加えていく。今まで回避を強いられてきた分、攻撃の手は容赦がなかった。攻撃を与える度に頭部がへこみ、えぐれ、変形していった。
しばらくして、頭部が完全に原形をとどめなくなった頃、ついにジャイアントも活動を停止し、霧状になって消えていった。ここまでおよそ三十分。かなりの持久戦だった。
さすがの四人も疲れて座り込み、大きなため息をついていた。
「やった、勝ったぞ。全員無事か」
仲間の無事をリーダーのアルベルトが確認する。
「もちろん。一発も受けてない」
「私も大丈夫」
「私も無事」
「了解。攻撃を受けたのは俺だけだな。殴られた勢いで派手に転がったけど、その分威力は逃がせたからな。ソフィアの回復魔法でちゃんと回復してる。かなり痛かったけど、無事は無事だ」
四人の元へフラビオもやってきた。
「よくやったな。長い戦いだったけど、良く勝った。見事だ」
手伝わずに我慢して待っていた甲斐があった。激戦を制して、ファイアージャイアントを倒した彼らをフラビオは褒めた。しかし、これほど苦戦する相手は、本来は適正レベルではないということだ。その辺の自覚があるのかと尋ねようとしたが、四人の方からそれを話してきた。
「圧倒的に攻撃力が足りないな。まだ俺達のレベルで相手をするのは早かったみたいだ」
「同感。もっと早く足が落とせないとね」
「闘気槍使って、やっとあの程度だったし」
「魔法も二十発以上撃って、やっとだもんね」
分かっているならフラビオから言うことはない。そういう判断も的確で、本当に良いパーティだと思う。
「とりあえず一休みだな。だけど、ここは地下十階だ。他の強敵に当たる前に、さっさと引き返すぞ」
フラビオの言葉に四人がうなずき、水筒を開けて水分を補給した。そして体をゆっくり休めて回復に努めるのだった。
フラビオは帰りの方が慎重だった。消耗した彼らを連れて無理はできないからである。確実に魔物を避ける必要があった。
しっかりと探知魔法を使い、安全な帰り道を選んで進んでいく。
「地下十階、本来なら俺達が潜れる場所じゃないもんな」
「そうですね。安全が第一。フラビオさん、手数かけてすみません」
「かまわない。それが今回の俺の役割だからな」
フラビオはとにかく安全を確保しつつ、魔物を避けて地上を目指した。
地下九階、八階、七階、六階、五階、四階と順調に進み、地下三階まで上がったところで緊張を解いた。
「ここまで来れば、よほどのイレギュラーがない限り、みんなの戦力で勝てない敵は出ないだろう。とりあえず一安心だな」
フラビオの言葉に四人がうなずく。
しかし、次の言葉でそれが苦笑に変わった。
「だがな、今回ファイアージャイアントを倒しただけだろ。大赤字もいいところだぞ。どうする、少し稼いでいくか?」
その辺がフラビオらしいところである。彼ががめついと評判なのも、こうした言動に多くの原因があった。
強敵に勝って気分良く戻ってきた四人だが、確かに赤字のまま戻るのは損な気がしていた。フラビオの思考に染まったのかもしれない。
「分かりました。少し、魔物を狩っていきます」
「なら、この近くにジャイアントスネーク三体、ジャイアントバット三体がいるな。そのくらいならいいだろう。頑張って倒せよ」
「了解です。お任せ下さい」
帰りもただとはいかず、魔物を狩らされる四人なのだった。
後輩へのレクチャーは何度も登場するテーマですね。今回は適正レベルより格上の相手にかなり苦戦します。それでも作戦通り、見事に勝つことができました。最後の狩り、フラビオは一応親切のつもりです。




