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その魔術師はがめついだけじゃない  作者: たわしまつわ


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第十九話 王都への帰還

「今日も清々しい朝だな。旅先だと新鮮に感じるからかな」

 スレイの町の宿屋、その井戸端で顔を洗い、フラビオは同行しているステラに話し掛けた。

「そうだと思います。私も新鮮な気分ですよ」

 ステラが大金を輸送する仕事を護衛し、今はその帰り道である。旅の行程もあと二日。今日は隣町キロスまでだ。

「フラビオさん、今日も楽しく行きましょう」

「ああ。そうしよう」

 二人は部屋に戻り、身支度を済ませて朝食を取りに食堂へと向かった。


 朝食を済ませ、早速とばかりに二人は出発した。

 市街地を抜けて街道へ。そこを西へと真っ直ぐ進む。

 時折すれ違う人や馬車に挨拶しながら、二人のんびりと歩いていく。

「後一泊で王都ですね」

「もうすぐこの旅も終わりか。楽しかったよ」

「そうですね。パーティの手伝いしたり、熊を退治したり、ケンカを仲裁したり、いろいろありましたから」

 確かにそうだった。しかし、それ以上に、ステラとこれほど親密に関われたことが、フラビオにはうれしい出来事だった。少女時代から知っている彼女だが、立派な女性になったなとしみじみ思う。

「そう言えば、荷物、すみません。一応、同僚には土産の一つくらい配りたかったものですから」

 ステラは旅先のタルトスの町で日持ちのする焼き菓子を買っていた。二十人ほどいる冒険者ギルドの職員達に配るため、少し量が多かった。それを持ち帰るのに、フラビオが代わりに運んでいたのだった。

「お安い御用。このくらい、手伝いするのは当然だ」

 ふふとステラが笑う。

「何だかんだと面倒見がいいですよね。王都に戻ったら、また若いパーティ達の面倒を見てあげるんでしょうね」

「そうかもな。もちろん報酬はしっかり頂くけどな」

 相変わらず二人で雑談を楽しむ。

「ほんと、いい旅になって良かった」

 ステラが言うように、二人にとって満足のいく旅だった。


 途中休憩を挟んで、この日も日が傾く前にはキロスの町に到着していた。

 いつものようにまずは宿を探す。適当に見て回って、行きの時とは違う宿を選んだ。

「いらっしゃいませ。お泊りですか」

「はい。二人一部屋で一泊お願いします」

「分かりました。では、記帳をお願いします」

 代金銀貨二枚を支払い、宿帳に名前と職業を書き込む。冒険者ギルド職員というステラはともかく、冒険者というフラビオの職業がいかにも無頼な感じがして、少し胡散臭い。しかし、他に書きようもない。

 二階の一部屋に案内され、鍵を渡される。

 二人は荷物を下ろすと、風呂の支度をしてすぐに公衆浴場へ向かった。

 ここまでは特に何事もなかったが、公衆浴場の目の前に来て、またちょっとしたトラブルがあった。迷子がいたのである。

「うえーん」

 六才くらいの男の子が泣きじゃくっていた。

「迷子みたいです。放ってはおけませんね」

 ステラが親切心からその子に声を掛けた。

「ねえ、君、親御さんとはぐれたの?」

 優しく若い女性に声を掛けられたことで、その男の子も泣き止み、顔を上げて答えた。

「うん。ぼく、お母さんと一緒だったんだけど、はぐれちゃったんだ」

「そうなのね。それで困ってたんだ。……フラビオさん」

 フラビオがふうと息をついた。

「そうくると思った。サーチ」

 ステラがフラビオを頼りにしたのは、探知魔法が使えるからだ。つい先頃も、王都で迷子を捜している母親を発見したことがあった。

「ん、こっちに向かっているみたいだな。動かない方がいい。じきにここに来るだろう」

「ほんと? おじちゃん、どうして分かるの?」

 男の子が不思議そうに尋ねてきた。フラビオが気真面目に答える。

「ああ、俺は魔法を使えるんだ。だから分かるんだよ」

「そうなんだ。すごいんだね、おじちゃん」

 おじちゃんという言葉を連呼されることにフラビオは慣れていたが、一緒にいたステラが少しむっとしていた。自分の好きな相手を若く見て欲しいという気持ちが働いていた。しかし、子供相手にそれを言っても始まらない。

「じゃあ、少しだけ待ってみましょう。君、名前は?」

「エリアス。六才」

 聞き覚えのある名前だった。王都の若い冒険者パーティの戦士に、同じ名前の男がいたはずだ。短槍使いのいい男だった。フラビオがその彼を思い出して、目の前の子供に言った。

「いい名前だな。お前さんはきっと強い大人になれるよ」

 エリアスが喜んでいた。子供らしく素直に表情に出ていた。

「そう? そっか。じゃあ、ぼく頑張るよ」

「あ、あの人でしょうか」

 話をしている間に、人探しをしている感じの女性をステラが見つけていた。エリアスがそれに反応して、手を振った。

「お母さん、こっち!」

「ああ、エリアス、そんなところにいたのね!」

 エリアスが走り寄り、母に抱き着いた。母が渋い顔で言う。

「もう、ちゃんとついてこないとダメじゃない!」

 おやおやとフラビオは思った。その程度のことでもつっかえるのが子供だ。それに文句を言っても仕方ないだろう。第一、ちゃんとついてきているか確認を怠った母親の方に、より大きな責任があるはずだった。

「まあまあ、お母さん。次からはこの子も気を付けるでしょう。お母さんの方も大変かと思いますが、上手に気を配ってあげると、迷子にならずに済むと思いますよ」

 ステラがそこでうまく母を説得した。さすがだとフラビオは思う。

「そうですね。私の方でも気を付けます。今日はうちの子の面倒を見て頂き、ありがとうございました」

「いえ、聞き分けのいい、いい子でしたよ」

 我が子を褒められ、そんな子に育てた自分を間接的に褒められたことで、母親がほっとし、うれしそうな表情になった。それを意図して、ステラは褒めたのである。

「それではお気を付けて。私達はこれで失礼しますね」

「そうですか。お世話になりました」

「おじちゃん、お姉ちゃん、ありがとう」

 親子と手を振って別れると、ステラ達は公衆浴場へ入る。

 入り際、やはりステラは文句を言っていた。

「何でフラビオさんだけおじちゃんなのよ、全くもう」

 フラビオが苦笑した。この言葉も何度目だろうか。

「仕方ないだろ。まあ、ゆっくり湯に浸かってのんびりしてこよう。気分をさっぱりさせて、落ち着こうか」


 その後、風呂から出た二人は宿へと戻り、洗濯をして洗った服を部屋に干しておいた。

 一段落着いたところで、夕食を取りに食堂へ。

 ここでのメニューはポークと野菜のソテー、シチュー、そしてパン。ありふれたメニューだが、それはそれでおいしい物である。

 いつものようにエールを一杯追加し、夕食をつまみに飲む。

 雑談をしながら料理と酒を味わっていると、そこに一人の中年男性がやってきた。

「よお、そこの兄ちゃん、姉ちゃん、王都に行くのかい?」

 まだ時間も早いのにしたたかに酔っていた。酔っ払いに絡まれて、二人は苦笑したが、無下にするのもかわいそうかと思い、普通に返事をした。

「そうです。仕事で王都を離れていて、明日戻るところです」

「そうかいそうかい。王都はいいよねえ」

 そして、酔っぱらいは言葉を続けた。

「街並みは立派だし、たくさんの店もあるし、なんたって立派な王宮があるしな。俺も若い頃は王都で働いてたこともあるんだぜ。でも、生まれ故郷のこの町に戻りたくなってな。結局、今じゃあこの町で農家をやってるんだ。野菜を育てるのはやりがいがあっていいぞ。お前さん達も、都会暮らしに飽きたら農家をやるといいぞ」

 酔っ払いらしく脈絡もなく、意味も特にない話だった。

「そうですか」

 二人が適当に相槌を打つ。すると、さらに酔っ払いの話は続いた。

「今日は仕事も早く終わってな。せっかくだから、なじみのこの店で酒飲んでるってわけだ。仕事の後の一杯はいいよな。うまいし気分もいい。最高だと思わないか、なあ兄ちゃん、姉ちゃん」

「まあ、そうですね」

「だろう? やっぱ人間、酒飲んでるときが一番だ。まあ、それでいろいろ失敗もしてるけどよ。でも酒の方が俺を呼ぶんだよ。飲んでくれって頼まれりゃ、断れないってもんさ」

 話が延々と続きそうだったので、二人は食事を進めることに専念し始めた。中年男性の気が悪くならない程度に、適当に相槌を打つ。

「ところで、お前さん達は夫婦か何かか?」

「いえ、仕事の同僚です」

「そうかい。せっかくの若い男女なんだし、仲良くするのはいいことだ。それとも何かい、もういい関係になってるとかかい? なかなかお似合いの二人だし、良い仲になっててもおかしくないと思うぞ」

「はあ、ありがとうございます」

 話は一向に終わりそうになかった。こうなると、食べ終わって部屋に下がるしかない。二人は食べるペースを速めた。

 そこに宿の女将さんが来た。

「エルロイさん、また知らない人にちょっかい出して。全く。話なら私が聞いてやるから、カウンターに戻りな」

「おお、女将、相変わらず美人だなあ」

「そうだろ。美人のこの私が話を聞いてやるってんだ。こっちに来な」

「分かった、分かった。それじゃあな、若いの。またどっかで会おうな」

「はいはい。……すまなかったね、二人共。そんな慌てて食べなくていいから、ゆっくりしていきな」

 女将の心遣いで、酔っ払いから解放されて、二人は礼を言った。

「ありがとうございました」

「なに、これも商売の内だからね」

 酔っ払いはさっさとカウンター席に座っていた。女将がその後からカウンターの中へと入る。

「なかなか、得難い経験でしたね」

 苦笑したままステラが言った。

「全くだ。でもまあ、悪気がないのは分かるから、つい相手しちゃうんだよな。だから話も終わらない、と」

「とりあえず、食べ終えて部屋に下がりましょうか」

「そうだな。片付けちまおう」

 女将にはゆっくりと言われたが、二人は黙々と食事に専念した。

 食べ終えて部屋に戻る時、さっきの酔っ払いがちょうど会計を済ませるところに出くわした。

「よお、さっきはありがとな。二人共気をつけて行きなよ」

「はい、ありがとうございます。そちらこそ気を付けて」

 酔っ払いの足取りがややふらついている。気を付けて欲しいのはそっちの方だと思いつつ、二人はその中年男を見送ったのだった。


「いよいよ明日は王都ですね」

 部屋ではステラが名残惜しそうにそんなことを言ってきた。その気持ちも分かるので、フラビオも正直に答えた。

「そうだな。楽しい旅が終わるのは残念だけど、いつもの日常に戻るのも大事だろうしな。だから、最後まで気を付けて帰ろう」

 ステラが軽く笑顔を浮かべた。

「そっか、残念に思ってくれるんだ。うれしいなあ」

「俺も昔のパーティメンバー以来、仲のいい友達って特にいなかったからな。ステラさんとこんなに仲良く旅ができたのは、すごく楽しかったんだよ」

「私も楽しかった。いろんな話をして、のんびり二人で歩いて、ちょっとした出来事もあって、いい旅だったよね」

 何度も繰り返されてきた会話だった。そのくらい、ステラもこの旅を楽しんでくれたのだと思うと、フラビオとしても同行した甲斐があったというものだ。

「本当はもっと深い関係になりたかったんだけどな」

 おっと、まだそれを言うのかと、フラビオが苦笑した。

「でもまあ、今の関係も悪くないって思ってる。だから、王都に戻っても仲良くしようね。仕事の制約はあるけど、たまに休日一緒に過ごすとかできたらいいなって思ってるんだよ」

「そうだな。この旅のおかげで、毎日ダンジョンっていうのも飽きそうな感じがするし。気分転換にまたご一緒しような」

「うん。楽しみにしてる」

「それにしても、最後の日は迷子に酔っ払いか。なかなかに面白い経験だったな」

「そうですね。旅先でこういうこともあったんだなって、これもそのうち笑い話として思い出すんでしょうね」

「ステラさん、子供の扱いが上手でさすがだと思ったよ」

「ありがとうございます。フラビオさんも酔っ払いに根気強く付き合ってましたね」

 なかなか話は尽きない。二人で過ごす最後の夜に、結構長いこと話し込んでいたのだった。


 翌朝は、二人がほぼ同時に目を覚ました。

「おはよう、ステラさん」

「フラビオさん、おはようございます」

 よく眠れたようで、二人共すっきりした顔をしていた。着替えて、顔を洗いに井戸端へと向かう。

 洗顔の後は、洗濯を片付け、荷物を整理し、出発に備える。そしてまずは朝食を取りに食堂へ下りる。

 スクランブルエッグにソーセージ、スープとサラダ、パンにジャム、そして牛乳。定番メニューだが、食欲もあっておいしく食べられた。

 食後、支度を済ませて、ついに出発である。

「いよいよ王都ですね」

 ステラが、ほっとする気持ちが半分、残念な気持ちが半分という感じで言った。フラビオもほぼ同感である。しかし、いつもの日常の中にもいろいろな楽しみがあるはずだった。まずは無事戻ることだ。

 とは言え、帰り道、特に何事も起きそうになかった。何せ、王都から一日の行程である。何かあれば騎士達が駆け付けられる範囲内だ。そんなところで事件など起きようはずもない。

 フラビオもステラもそう思っていたのだが、その代わりというわけでもなかろうが、前方に故障した馬車が止まっているのを見つけた。御者らしき男が、困ったように馬車を眺め、途方に暮れていた。

「どうかしましたか?」

 二人が近づいて尋ねると、男が困り顔で訴えてきた。

「いやなに、馬車の車輪が割れてしまったんだよ。このままじゃ進めなくてな。ちゃんと点検はしてたんだけど、急に壊れてな」

 見ると車輪の一部が割れてしまっている。車輪はしっかり円を保っていなければ動かす度にがたつき、破損が余計にひどくなってしまう。

「それはお困りですね。フラビオさん、どうしましょうか」

「そうだな。割れた部分の破片は残ってるか」

「はい、ここにありますけど。直す方法があるんですか?」

 男が割れた車輪の欠片を持ってきた。フラビオがそれを元の場所に置いて、魔法を発動させる。

「リペアオブジェクト」

 高レベルヒーラーが使える修復の魔法だった。武器や防具などが破損した時に用いられる。回復魔法ヒールも十分高度なのだが、修復まで使えるヒーラーはそうはいない。

 車輪が淡い光に包まれ、元の形を取り戻していく。隙間もしっかりと埋まり、しばらくして車輪は元の姿を取り戻していた。

「これで大丈夫なはずだ」

「いやあ、これはすごいな。おかげで助かった。ありがとうよ」

 男がうれしそうにフラビオに頭を下げた。

「あんた、さぞレベルの高い魔法使いなんだろう。お礼とか、ちゃんと払った方がいいよな」

 そして懐から財布を取り出そうとしたが、フラビオがそれを止めた。

「気にするな。困ってる人を助けるのは当たり前だ」

「そうかい。すまないね。じゃあ、せめて馬車に乗っていくか?」

「それも不要だ。歩きの旅を楽しんでるところなんでな。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

「分かった、本当に助かった。じゃあこれで俺は行くよ」

 そうして馬車は無事に出発した。フラビオとステラでそれを見送る。

「良かったです。さすがフラビオさん。リペアは私、使えませんから」

「何でも身に付けておくと役に立つもんだな。俺もずいぶん久しぶりに使ったが、うまくいって良かったよ」

 そして二人はまた歩き始めるのだった。


 その後は何事もなく、平穏無事な旅だった。

 歩いていくうちに景色がだんだんと変わっていく。

 ただの平原だったのが、畑が増え、集落があり、人の住む場所へと変わっていく。これらの農家は、王都に農産物を供給しているのである。

 そして遠くに城壁が見えてきた。この城壁に囲まれた人口十万人を超える大都市、それが王都オルクレイドなのである。

「ついに戻ってきましたね」

「ああ。戻ってきたな」

 長く楽しい旅もこれで終わりだ。フラビオはステラと手を合わせて、無事の帰還を喜び合った。

 そうして二人は、王都の城門をくぐったのだった。

 ついに旅も終わりになりました。いろいろな出来事がありましたが、のんびり旅でしたね。ただ観光できなかったのは、二人にとっても残念だったかもしれません。二人もいつもの日常に戻ります。フラビオはまたダンジョン生活ですね。

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