第十八話 旅の帰り道
「では、フラビオさんのおかげで、無事勝利できたことを祝って、乾杯!」
「乾杯!」
その夜、クリス達のパーティメンバーに誘われ、フラビオとステラは夕食を共にしていた。もちろん、パーティ四人のおごりである。
全員エールのジョッキを掲げて、酒杯をこつんと合わせた。食事というより飲み会だった。オルクレイド王国には飲酒に年齢制限はない。十七才の彼らも、ごく普通にエールをあおっていた。
「ぷはー、うまい!」
「勝利の美酒ってやつだな」
オリアスとグレイがうれしそうにエールを味わっていた。この前衛二人がホーンドデビルにとどめを刺したのだ。勝利の喜びも強い。
「二人共、飲み過ぎないでね。落ち着いて、なるべくゆっくり飲んでよ」
「でも、気持ちは分かるなあ。私だってうれしいもん」
クリスとメアリもうれしそうである。
そしてクリスがフラビオに礼を言う。
「これで何度目か分かりませんが、本当にありがとうございました。みんなうれしくて仕方ないみたいです」
メアリがそこに割って入り、尋ねてきた。
「あの、最後の戦闘で、ジャイアントホーネットを退治した時、あのウィンドカッター、どうやって軌道を決めたんですか」
「ああ、動きを予測しただけだ。で、描いたイメージの通りに魔法を放ったんだ。長年の経験で、あいつらの動きが分かっただけさ」
「なるほど。フラビオさんは何年冒険者をされてるんですか?」
「十七年。魔法学院を卒業してすぐだな。もう俺も三十二、長いこと冒険者をやったもんだよ」
ほおという声が重なった。パーティ四人が感心したのである。
「そんなに経験を積んでるんですね。お強いのも納得です。私達も少しずつ強くなれるよう、頑張りますね」
クリスの台詞が仲間の思いを代弁していた。
「そうだよな。毎日少しずつ経験積んで、俺達も強くなろうぜ」
「オリアスにしてはいいこと言うな。全く同意見だ」
飲み食いをしながら、そんな風にいろいろと話をしていた。
宴も中盤、男連中は男同士で、魔物との戦闘の話で盛り上がっていた。片や女子達は色恋の話で盛り上がっていた。
「やっぱりステラさんはフラビオさんのこと好きなんですね」
「まあね。今のところは、まだ仲のいい友達って関係だけどね」
「うーん、年上で、王国最強のメイジかあ。目標高いですね」
「フラビオさんって、見た目はこんなだけど、すごい人だしね」
冒険者でも女の子、この種のことには敏感なのだった。ステラも直球で言われて苦笑し、話題を変えた。
「あなた方には、そういう話はないの?」
今度はクリスとメアリが苦笑した。
「このタルトスの町じゃ、いい男は見つからないですねえ」
「ギルドにいる冒険者も、あまり若くない方が多いんですよ」
「さすがにパーティの仲間は対象外だもんね」
「そうそう。連携に悪影響出るし。いい仲間なんだけどね」
なるほどとステラは思った。自分が冒険者だった頃も、パーティメンバーと仲は良かったが、恋愛対象としては見ていなかったことを思い出す。
「王都のギルドに行けるくらい強くなったら、かな」
「うん。王都だったら、きっといい出会いもあるかなって思う」
二人共、気持ち良く酔いが回っているようだった。
「人が多い分、一見良さそうな相手でも、実は性根が悪かったとか、そんなこともあるからね。あと、好みじゃない相手に言い寄られたりとか」
「あ、ありそう。ステラさん美人だしね」
「美人って得することもあれば、面倒なこともあるもんなのね」
話題は尽きず、盛り上がりながら、その日の宴は続いた。
「あー、釣られて良く飲んだわ。あのパーティの子達、若いのにずいぶん飲み慣れてたわね」
夜になって、ギルドの部屋に戻り、ステラはベッドに転がり込んだ。
「そうだな。楽しい連中だった。俺も気付いたら三杯空けてた」
フラビオはそう言うと、水差しの水をコップに注ぎ、ステラに勧めた。
「ありがとう」
少し飲み過ぎたかなと思いつつ、ステラが、水を飲んで一息入れた。過ぎたと言っても多少程度で、限界までまだまだ余裕のあるステラだった。
「こうやって知り合った子達と楽しく飲めるのも、旅の良さよね。フラビオさん達も楽しそうに話してたし、盛り上がってて良かった」
「そうだな。若い連中と飲むのも楽しかったよ」
今度はフラビオが水を一杯。さすがにそれなりに酔っている。
「フラビオさんに護衛を頼んで良かった。おかげでとても楽しいよ」
ステラも酔いのせいで丁寧語が外れている。
「俺もだ。楽しい旅になって良かった。帰りもよろしくな」
「もちろん。最後まで楽しい旅にしようね」
二人で笑みを交わし合う。
「さて、そろそろ休むか」
フラビオが夜着に着替え始めた。ステラもそれに倣う。もう二人共、互いがいても着替え程度では気にならなくなっていた。
「じゃあ、ステラさん、おやすみ」
「おやすみなさい、フラビオさん」
二人はそれぞれのベッドで横になり、眠りに就いた。
翌朝は少し寝坊をした。気持ち良く酔っていたせいだろう。
着替えや洗顔を済ませ、部屋に戻ろうとすると、ちょうど昨日のパーティ連中が朝食に出かけるところだった。
「おはようございます、フラビオさん、ステラさん。昨日はお世話になりました。一緒に飲めて楽しかったです」
「ああ、おはよう。俺も楽しかったよ。みんなは元気そうだな」
「はい。気分よく眠れたので、やる気十分です。朝食を取ったらダンジョンへ行きます。お二人は王都へお帰りですか?」
「ええ。みんなとはこれでお別れだけど、もし王都に来ることがあったら冒険者ギルドに寄ってね。歓迎するわ」
「そうなれるよう頑張りますね。それでは失礼します」
四人は手を振りながら、隣の料理屋へと移動していった。二人は、やっぱりいい連中だなと思いながら、その姿を見送った。
「さて、一休みしたら、私達も朝食に行きましょう」
ステラが言うと、フラビオが黙ってうなずいた。
旅支度を済ませ、ギルドのマスターのオットーと職員のクレアにきちんと挨拶をして、二人は朝食を取りに行った。食べ終わったら、そのまま帰りの旅に出るのだ。
「フラビオさんは二日酔いとか、なってませんか?」
「酒は残ってないようだ。良く寝たからかな」
「なら大丈夫ですね。私も残ってないです」
朝食を取りながら、今日の行程について話す。行きとは逆に、まずは隣のスレイの町まで、街道をまっすぐ半日ほど歩くのである。
「後二泊ですね。もう少し楽しみたかったなあ」
ステラの本音だろうが、一応これは大金輸送の仕事だったのだ。フラビオからすると、楽しんでしまって良かったのかという気がしないでもない。しかし、任務は無事に済ませたし、これはこれで良いのだろう。
「そうだな。せっかくだし、のんびり楽しく帰ろう」
フラビオもステラに同意し、笑みを浮かべた。何だかんだと彼も楽しかったのである。
「それじゃあ、元気よく帰りましょう」
朝食を取り終えると、二人はそのまま昼食のパンを買い出し、街道へと足を向けた。
帰りも街道を延々と歩くのである。二人旅で良かったと、ステラはしみじみと思う。特に、行きは大金を持ち歩いていたのでなおさらだった。フラビオと一緒だと安心できるし、話もできて退屈しない。
途中、たまにすれ違う人や馬車などと挨拶を交わす。
良く晴れて、絶好の旅日和だ。緑が陽光に反射して美しい。
「こんな景色を眺めながら歩くのなんて、しばらくはないだろうしな。これはこれで贅沢な時間かもしれないな」
そんなことを思いつつ、フラビオはステラと二人、並んで歩いていく。
「王都に戻ったら、フラビオさんはまたダンジョンですよね。私も仕事があるし、二人きりで旅するなんて、貴重な時間です」
「それは光栄だな。貴重に思って頂けるとは」
「珍しいですね。そんな格好つけた言い方」
「まあ、そんな気分だっただけだ。でも、ステラさんの言う通り、楽しい二人旅、貴重な時間なのは間違いないな」
「そうでしょう。この旅の解放感を知ってしまうと、書類仕事とかに戻るのが嫌になっちゃう。でもまあ、仕事だからちゃんとやりますけど」
「そうかあ。気苦労の多い仕事だもんな」
「ええ。ミスとか後で見つかると余計面倒になるから、丁寧にやらなきゃいけないし、気を遣うんですよ」
ふふ、とステラが笑う。
「こんな他愛のない話でも楽しいんだから、やっぱり旅っていいなあ」
フラビオも笑い返して、同じ気持ちだと伝えるのだった。
途中で休憩を挟みながら長々と歩いて、日が傾く前には、二人はスレイの町に到着していた。
そう言えば、行きの時はケンカしてる二人組に絡まれたなあと思っていると、何の偶然か、ばったりその二人組が歩いているところに出くわした。
「何だ、また会ったな」
フラビオがそう言うと、二人が悪びれた顔で謝ってきた。
「この前は済みませんでした。迷惑かけちゃって。十分反省しましたよ」
「もう凝りましたので、勘弁してもらえるとありがたいです」
実に神妙な態度だった。元々は気のいい男達なのだろう。
「そうか。俺は気にしてないから、そっちも気にしなくていいぞ。それより、結局二人は仲が良いんだな。この前のケンカも、仲が良いほどケンカするっていうヤツだったみたいだな」
へへへと笑って、男達が頭をかいた。
「そうなんです。子供の頃からの付き合いなんで。悪口を言い合ってるうちに頭に血が上ることもあって、殴り合いもしょっちゅうですけどね」
「でも、あの後、ちゃんと仲直りしまして。今もこうして一緒に一杯飲みに行くところなんですよ」
「そうか。それは良いことだな。これからも仲良くしなよ」
「もちろんですよ。じゃあ、俺達はこれで」
そうして二人は立ち去っていこうとした。
そこに、大変だ、という大声がした。
通りの向こうから、大声を上げながら、男が一人走ってくる。
「大変だ、熊が出た。町中に入ってきた。みんな気を付けろ」
男達二人が身震いしていた。
「本当かよ。こりゃよほど強い騎士じゃないと倒せないぞ」
「俺達はこれで行きますけど、旦那方もお気を付けて」
男達が立ち去るのとは逆に、フラビオは熊が出たと叫んでいた男が来た方向へと歩き出す。
「フラビオさん、倒すんですか?」
「一度町中に出た熊は、何度でもやってくるっていうからな。追い払うだけじゃダメだろう。かわいそうだが退治させてもらう」
そう言って、行く先々で話を聞きながら、熊の居場所へと向かった。
町外れに近い一軒の農家にその熊はいた。
付近の住人達はみな避難しているようで、近くには誰もいない。
「じゃあ、ステラさん、ちょっと待っててくれ」
「分かりました。お気を付けて」
フラビオは一人熊に近づく。熊は農家で飼われている鶏に襲い掛かろうとしているところだった。大きさは大人の男性程度で中型の熊だった。
「ストーンブラスト」
フラビオが遠距離から土魔法を放つ。石つぶてが勢いよく飛んで、熊の体に直撃した。何事かと思った熊が動きを止め、周囲を見回す。
その間にもフラビオは熊との距離を詰め、すぐに間近へと迫っていた。
「あんたには恨みはないが、人に害を与えるからには容赦はできない。ここで倒させてもらう」
熊がフラビオを見つけ、襲い掛かろうと突進してきた。
しかし、フラビオには焦りはない。いかに地上で熊が強かろうとも、ダンジョンの強力な魔物に比べればどうということはない。
「じゃあな。アイシクルランス」
氷の槍を生み出し、勢いよく放つ。それが至近距離で熊の頭部を直撃した。鋭い槍先が突き刺さり、頭蓋を突き破る。槍先が頭部の向こう側にまで飛び出すほどの威力だった。フラビオほどのメイジともなれば、初級魔法でもこれほどの威力を出せるのだ。
たった一撃。完全に致命傷だった。熊が動きを止めて地に倒れる。そして頭部から血を流し、完全に絶命していた。
「さて、後始末はどうしたもんか」
むしろそちらの方が面倒である。そう思っていると、馬蹄の響きが近づいてきた。騎士達が駆けつけてきたのである。
「そこの者、ケガはないか」
騎士達が馬から降りてフラビオに聞いてくる。
「大丈夫だ。熊は退治した」
「え、何だと?」
騎士達が驚いてフラビオの先を見る。確かに頭部に大穴を開けた熊が倒れているのが見えた。
「お主、冒険者か」
「ああ。王都のギルドを根城にしているメイジのフラビオと言う」
「そうか、ご苦労だった。一応、調書を取らせてくれ」
フラビオを労うと、部下の一人に声を掛けた。
「後の始末は町の解体業の者に頼まないとな。ひとっ走り行って、話をつけてくれ」
「分かりました。すぐに手配します」
騎士が一人再度騎乗し、町中へと走っていく。
「それで退治した経緯について話してくれ」
騎士に問われて、フラビオが簡単に事情を説明する。町中で熊が出たと聞いて、あちこちで話を聞きながら出現場所まできたこと。鶏小屋を襲っているところに駆けつけ、魔法で倒したこと。ちょうど良いタイミングで騎士達が来てくれたこと。その話を騎士が記録していく。
「なるほど。了解した。さすがは王都のメイジ、強いのだな。感心したぞ。ただ、すまないが報酬は出ないのだ。そこは勘弁してくれ」
「ああ、構わない。人に害を及ぼす前に倒せて良かった」
そうこうしている間に、荷車を引いた男達が騎士に連れられて駆けつけてきた。熊を運んで解体するのである。解体業者も無料で提供される熊肉を売ることができるので、解体に協力してくれるのだ。ただし、退治直後で解体まで時間がかからない場合に限られる。食肉として活用できない場合は、焼却処分や埋設処分を行う場合もある。
荷車を引いてきた男達が、協力して熊を荷車に乗せる。かなり重いので乗せるのも大変そうだった。そして騎士達に礼を言い、即座に解体場へと運んでいく。時間が経つと傷んでしまうからである。
「では、これで我々も失礼する。熊が退治されたことを町のみなに知らせる必要があるからな」
「ご苦労様です。俺達もこれで失礼します」
ちょっとした事件がいろいろと起こるものだと思いつつ、フラビオはステラと合流して、その日の宿を探しに行った。
宿では相変わらずの二人部屋だ。フラビオもそれになじんでしまい、個室だったらかえって退屈だったかもと思っていた。
荷物を下ろし、公衆浴場へ。旅先でも毎日風呂に入れるのは贅沢だなと思いつつ、湯を堪能してさっぱりする。
部屋に戻って一休み。日が暮れる頃には二人で夕食を取りに食堂へ。
すると、宿屋の女将がこんなことを言ってきた。
「夕食ですが、通常のメニューと熊肉とどちらにしますか?」
「うん? どうして熊肉?」
「今日の昼過ぎ、熊が解体場に持ち込まれまして。手際のいいことに、夕方までには解体を終えたんですよ。たまたまうちの宿の者が、そこから出荷されるその熊肉の一部を買って来ましてね。せっかくなので、もし良かったら夕食に提供しますよ」
フラビオはステラと顔を見合わせた。さすがの女将も、その熊を倒した本人が目の前にいるとは思わなかったようだ。そうか、昼過ぎに倒した熊が、精肉されてもう出回り始めたのかと、その手際の良さに感心していた。
「物は試しだ。一つ頂こうか」
「そうですね。いいと思います」
二人の意見が一致して、熊肉を注文することになった。
しばらく料理に時間がかかったが、それも多少のことだった。
「お待たせしました。熊肉のステーキです」
薄めに切った肉だが大きさは十分で、結構豪華なステーキだった。それにサラダとスープ、パンがついてきた。ついでにエールを一杯追加する。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
早速二人で食べ始める。
「ちょっと癖はあるが、旨味が濃くてうまいな」
「そうですね。力強い味というか、そんな感じです」
倒された熊には悪いが、命を絶ち切ったからには、遠慮なく味わうべきだろう。他の食肉でもそれは同じことである。
後から来たエールを一口。旨味が一層広がる感じで、よりうまい。
そうして二人は熊肉をつまみにエールを楽しんだ。
「旅のいい思い出になりました。良かったです」
「そうだな。退治した熊をその日のうちに食べることになるなんて、滅多にできない経験だ。旅に出て良かったよ。護衛を頼んでくれてありがとう、ステラさん」
「いえいえ。おかげさまなのはこちらです。フラビオさん、ありがとうございます」
滅多に口にできない食材を楽しみ、その日の夜は更けていくのだった。
現代日本で熊の被害が大変なことになっています。ちなみに退治した熊はほとんどが焼却処分、一部は埋設処分、食材に使われるのはごく一部だそうです。焼却には大量の灯油が必要なので、二重に資源を浪費せざるを得ない現状なのだそうです。解体する設備も人員も流通経路もないのです。




