第十五話 のんびり二人旅
フラビオが朝目覚めると、見知らぬ部屋の天井だった。ステラを護衛している旅の途中だということを思い出し、隣のベッドを見やる。ステラはまだよく寝ているようだ。寝顔がとてもかわいらしい。見ていると思わず顔が緩んでしまう。しかし、まじまじ見ていると失礼かと思い、ステラを起こさないよう、そっとベッドを出る。
部屋を出て、顔を洗いに井戸端へと向かう。朝の空気が清々しく、冷たい水で顔を洗うと頭の中まですっきりする。水分も補給して、部屋に戻る。
そっと扉を開くと、ステラがもぞもぞと動き出していた。どうやらちょうど起きるところだったらしい。
ステラが体を起こしてフラビオを見た。フラビオがステラを優しく見つめながら挨拶する。
「おはよう、ステラさん。いい朝だな」
「おはようございます。フラビオさん、いい朝ですね」
そんな挨拶を二人で交わすのが、少し気恥ずかしく、それ以上にうれしいものだった。旅仲間というのはいいものである。
ステラが立ち上がり、顔を洗いに行った。その間にフラビオはさっさと着替えを済ませ、夜着を鞄にしまい込む。
しばらくしてステラも同じ行動を取った。しかも、フラビオの目の前で堂々と着替えている。フラビオは慌てて顔を横に向けた。
「俺なんかに着替えを見られて恥ずかしくないのか」
ステラが悪い笑みを浮かべ、着替えの手を止めた。
「むしろ見てもらえた方がいいです。その方が私の魅力を分かってもらえるかなあって」
そう言って、フラビオに近づいていく。フラビオもまあそんなことだろうと思っていたので、頭を空っぽにして答えた。
「魅力的なのは十分知ってる。だから、早く服を着るんだ。そんな格好してると風邪引くぞ」
するとステラが謝ってきた。少し調子に乗ったのを反省しているらしい。
「ごめんなさい。ちょっとからかいたくなって。すぐ服着ますね」
ステラはさっと服を着て、夜着を鞄にしまう。
「それじゃあ朝食に行きましょう」
宿は一泊二食付きで銀貨一枚である。朝食の分も宿代に入っている。
「ああ、行こうか」
二人は揃って部屋を出て、食堂へと下りていった。
朝食はポトフとパン、サラダに鶏肉のソテーだった。思った以上に充実している。宿代の中にこれが入っているのだから、質のいいサービスだとフラビオは思った。
「ギルド近くの料理屋も悪くないんだが、この宿は気合が入ってるな。朝食でこんなに立派なメニューを出してくるとはな。味もかなりうまいし、大したもんだ」
「そうですね。ただのスープじゃなくてポトフっていうのがいいですね。香草の使い方もいいし、出汁がおいしいです。朝から元気が出ます」
食事の合間にもそんな会話をする。二人でいるからできることだ。思ったことを話せる相手がいるというのはいいものだと、フラビオは思う。ステラも笑みを浮かべていて、おそらく同じように思っているはずだ。
「今日は隣にあるスレイの町までだったな」
「そうですよ。さすがフラビオさん、覚えてたんですね」
「またのんびり景色でも眺めながら、楽しく行こうな」
「そうですね。二人で楽しく行きましょう。でもフラビオさん、一応私の護衛ってこと、忘れないで下さいね。何かあったら絶対助けて下さいね」
そういう発言は本当に危険を招くという迷信がある。フラビオはそれは信じない方だが、ステラにそう言われて、旅の間に何かありそうな予感がしていた。頭を一つ振って、悪い考えを追い出す。そもそも、何かあったとしても、フラビオが対処できないような大事など、そうはないだろう。
「もちろん。何があってもステラさんを守るから、安心してくれ」
ステラがにっこりと微笑む。
「フラビオさんがそれを言うと、絶対安心ですね。そうやって言ってもらえるのってうれしいです」
いい笑顔だなあとフラビオは思い、まじまじとステラを見つめてしまった。
「フラビオさん、どうかしましたか?」
「いや、いい笑顔だなあと思っただけだ」
直球で答えるのがフラビオである。遠回りな言い方はしない。報酬を要求する時も直接的すぎるので、がめついと言われてしまうのだ。
しかし、それをステラはかえって喜んでいた。
「ありがとうございます。良かった。フラビオさんがいつも通りで」
「そうか。そう言ってくれると、俺も助かるな」
そんな会話をしながら、二人は朝食を済ませた。
そして宿を出て、町中の店でまた昼食に食べるパンを仕入れる。そう大きな町ではないが、それなりに商店も揃っていて、住宅街も十分に広い。
街中を抜けて、街道へと出る。
そして、二人でのんびりと舗装された街道を歩いていくのである。
王国の領内は点の領域の集まりだ。町と町の間には手つかずの自然が広々と存在している。それらを結ぶのがこうした街道なのである。
季節は春の最中で、景色の所々に花が混じっている。街道脇に植えられた木々の緑も鮮やかである。
普段、ダンジョンの内部を歩き回っているフラビオは、歩くのも速い。さすがにステラには厳しい速さなので、彼女のペースに合わせてのんびり歩いている。ステラもそれは承知していて、そんなフラビオの気遣いに感謝していた。
「あ、もう蝶が飛んでますよ。やっぱり春ですねえ」
「フリージアが咲いてますね。誰かが植えたのかな」
ステラがそんないろいろな発見をしてくれる。そういうことに興味のないフラビオでも、旅の連れに声を掛けられ、なるほどと納得してそれらを見ていた。季節を感じられるのはいい気分だ。それを教えてくれるステラに感謝していた。
「いろいろな発見があって楽しいな。これも旅の良さってことか」
「そうですね。私も久しぶりの遠出で、とても楽しいです」
「普段はダンジョンばっかりだからなあ」
「私も。ギルドと王都の街中だけですから」
話をしている間にも、時折旅人や荷馬車などとすれ違う。その都度、会釈をして通り過ぎるのだが、どこの誰とも知らぬ相手とそうやって挨拶を交わすのも、またいいものだった。
しばらく歩いたところで、一人の旅人がうずくまっているのを見かけた。年の頃は四十過ぎくらいだろうか。その男性の傍らには、同年代の女性がいて、男性を介抱しているようだった。
これも何かの縁かと、ステラが二人に声を掛けた。
「こんにちは。どうかされましたか?」
「ああ、こんにちは。いや、夫がちょっと足をくじいてしまって」
女性が簡単に事情を話した。濡らしたタオルで男性の足首の辺りを冷やしている。
「それは困りましたね。お二人もスレイの町の方へ行かれるのですか?」
「ああ、そうなんだ。朝早くキロスの町を出てきたんだが、よそ見してたら、ついうっかり足がもつれてな。いや、困ったな」
男性が困り果てた顔でそう言った。次の町はかなり先である。
「なるほど、そうですか。分かりました。フラビオさん、ちょっと待ってて下さいね」
ステラがそう言ってきた。まあ、親切なステラのことだから、当然そうなるだろうとフラビオも思っていた。
「私が治しましょうか」
「そんなこと、できるんですか」
「治療院があるでしょう。それと同じです」
ステラはそう言うと、男性の足首に手をかざした。
「確かにくじいてますね。でも、この程度なら回復魔法で治せます。では、いきますよ。ヒール」
実はヒーラーのレベル五まで上げたステラである。初級の回復魔法なら十分に使えるのだ。
「お、おお、本当だ。痛みが引いていく。治療院と同じだ。こいつはすごいな、旅人さん」
男性が喜びの表情を浮かべて声を上げた。同伴していた女性も、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「ああ、ありがとうございます。このお礼はどうしたら良いでしょうか」
そう言ってきたが、ステラは首を振った。
「礼など不要ですよ。それじゃあ、私達は先に行きますので、お二人も道中お気を付けて」
ステラはそう言って、さっと立ち上がると、その場を離れたのだった。フラビオも二人に一礼して、ステラの後を追う。
「ありがとう、旅人さん。このご恩は忘れませんよー」
男性の声が追いかけてくる。二人も振り向いて軽く手を振った。
「すみません。放って置けなかったものですから」
ステラが申し訳なさそうに言う。親切心からしたことだが、余計なお世話だという気がしないでもなかった。
「ステラさんの回復魔法を見るのはずいぶん久しぶりだな。冒険者時代が懐かしくなったかい?」
フラビオが軽く笑ってそう言った。
「それはないですね。向いてないって、思い知りましたから」
ステラがまだ少女だった頃、一時期冒険者をしていたのだった。しかし、戦闘の厳しさに耐えきれず、一年足らずで冒険者を引退し、冒険者ギルドの職員になったのである。
「そう言えば、ヒーラーなのに壁役やってたんだよな」
「あの頃は、怖いのに目をつぶって、頑張ってやってましたね」
ステラのパーティは戦士、バッファー、ヒーラー、メイジの四人編成だった。戦士は軽装型のアタッカーで、バッファーは味方を強化し敵を弱体化させる後衛職、メイジは文字通り魔法火力でこれも後衛。ホーリーシールドの魔法を使えるステラが、止む無く楯役をしていたのだった。
しかし、魔物の攻撃を延々と受け止め続けるには、かなりの度胸がいる。勇敢さといっても良い。ステラは魔法の技術的に問題はなかったが、その種の精神的な強さには恵まれていなかった。
「それで悩んでいた頃、ギルドでフラビオさんに出会ったんですよ。覚えていますか?」
「そうだったな。で、俺が無理して戦わなくてもいい、別の仕事に変わるのもアリじゃないかって言ったんだっけ」
「そうです。おかげで吹っ切れました。パーティから抜けて、ギルドの職員として雇ってもらって。私には、こういう落ち着いた仕事の方が向いてるって、改めて分かりました。それからもう六年ですよ。早いですね」
ヒーラーだった少女は立派な大人になり、ギルドの職員としてとても良い働きをしている。その成長の過程をフラビオも見てきたのである。きれいな女性になったことは喜ばしいが、まだあの頃のあどけなさを思い出すこともあって、彼女の気持ちにはなかなか応えにくいというのもあった。
ステラの側からすると、フラビオの助言を聞いたあの日から、恋が始まったのである。六年間、少しずつ仲良くなり、時には積極的に誘い、関係を深めていった。しかし、最後の一歩がまだ長い。フラビオの奥手さにじれったさを感じることもあるが、そこが彼の良さでもあるので、なかなかに難しいところだ。
「こうやって、昔の話ができるのもいいですね。その間、ずっと仲良くしていた証拠でもありますから」
「確かにな。俺もこんなだからソロが多くて。知り合いは多いけど、仲間はいないからな。仲良くしてくれるステラさんの存在は貴重だよ」
フラビオの場合、圧倒的に強いからこそ高い報酬を設定できる、その強みがかえって冒険者達と関係を深める邪魔になっているのだ。その高い報酬を要求するがめつい部分も、当然阻害要因となっている。だが、特にそれで不便さを感じるわけでもなし、フラビオとしてはこれで構わないと思っていた。しかし、だからこそ、自分から好意を向けてくれる存在は貴重なのだ。
「どういたしまして。私もフラビオさんみたいな親切な人と仲良くできて、うれしいのは本当ですから」
「六年間、いろんなことがあったな。ステラさんには、報酬で揉めた時、何度間に入ってもらったことやら」
思い出すと懐かしい。フラビオの表情が緩んだ。
「そうでしたね。今後もまだありそうですけど」
「そうかもな。まあ、俺もなるべく手間かけさせないように気を付けるよ」
「気にしなくていいですよ。これも仕事の内ですから」
思い出話に花を咲かせながら、二人は順調に旅を続けていた。
その後、街道を歩いている間は、特に何の問題も起きなかった。
途中で昼食も取り、二人はのんびりと進み、次の目的地スレイの町に到着した。ここも規模はキロスの町と変わらず、中規模程度である。
市街地に入り、宿屋街を探そうとしていると、通りの一角に人だかりが見えた。何か事件でも起きているのだろうかと、二人はそこへ近づく。
見ると、二人の男がケンカをしている最中であった。周囲にいるのはみな野次馬である。娯楽の少ないオルクレイド王国では、ケンカを見るのも楽しみの一つなのである。みな成り行きを興味津々で見守っていた。
「俺達も野次馬になってるな」
「そうですね」
「しかし、ケンカなんぞ、何が楽しいのやら」
フラビオは、普段魔物と戦って、ケンカなど問題にならない緊張感を味わっている。わざわざ人間同士で殴り合わなくてもと、ついそう思ってしまうのだ。
だが、その声は少し大きかったようだ。殴り合いをしていた二人が、互いに手を止めてフラビオを睨んできた。
「俺達だって、好きでケンカしてるわけじゃねえ」
「こいつが睨んできたから謝れと言ったら、ふざけんなってケンカを売られたのは俺の方だぞ」
「目つきが悪いのは生まれつきだ。そんなことに文句を言うお前の方が悪いだろ。けど、あんたは何だ。野次馬のくせに、勝手なこと言いやがって」
「そうだそうだ。楽しくてケンカしてるんじゃねえ。理由があるんだ」
頭に血が上った連中の理屈は、人間の良心から遠く離れていて、結局怒りの矛先を向ける相手がいれば誰でもいいようだ。
「騎士様達は来ないのかな」
フラビオがそうつぶやいた。王国の治安を守るのは騎士の役目である。その仕事には、こういう乱暴者を取り締まるのも含まれるはずだ。
「忙しいんだろうよ。ちょうどいい。お前、ちょっとこっちにこいよ」
「俺達の邪魔をしたんだ。詫びぐらい言ったらどうなんだ」
フラビオが内心でため息をつきながら前に出た。
「二人のケンカの邪魔をしてすまなかった。この通りだ」
そしてフラビオは深々と頭を下げる。外見はごく普通の三十代のおっさんである。それにこの態度を見て、争っていた二人は完全に見くびっていた。
「そうかい。分かった。じゃあ一発だけで勘弁してやるよ」
「一人で終わらすなよ。俺の分も残しておいてくれよ」
なぜか他人を殴るとなると、ケンカしていたはずなのに急に仲良くなるのが不思議である。しかも、相手が抵抗できないだろうと踏んでの言動である。あまりに気分の悪い心根である。フラビオも手を出すつもりはなかったが、こういう連中は痛い目を見ないと治らないだろうな。そう思って気持ちを切り替えた。
「一発だけだな。そしたら、俺もそのお礼をしていいわけだ」
「何がお礼だ。その減らず口、すぐに叩けなくしてやるぜ」
一人の男が拳を振りかぶり、力一杯に殴ってきた。フラビオはその一撃を見切り、手の平で軽く受け止める。高レベル冒険者の彼の能力値は、一般人をはるかに上回るのである。
「何だ、こいつ!」
「じゃあ、お礼な」
フラビオが拳で男のみぞおちを打った。もちろん、相当に手加減はしている。それでも急所への一撃で男は昏倒してしまった。
「お前さんもお礼が欲しい口か」
フラビオが残る一人に声を掛ける。完全に挑発である。
「ふざけんじゃねえ!」
もう一人の男も同じように殴り掛かってきた。その単調な攻撃を、フラビオは同じように手の平で受け止める。
「そんな、馬鹿な!」
「お礼をどうぞ」
先程と同じように、フラビオが拳で男のみぞおちを打つ。その男も同じように意識を失い、地に倒れた。
「何事だ。道を開けろ」
騎士が二人やって来たのは、ちょうどその時だった。野次馬を押しのけて前に出てきた。
「これは騎士様方、よく来て下さいました」
フラビオが涼しい顔でそう言った。
「何があった?」
「はい、こちらの二人がケンカをしてまして。俺がそれに巻き込まれたんです。で、殴り掛かってきたのを返り討ちにした、というわけです」
騎士達が野次馬を見渡す。これだけの証人がいるのだから、嘘をつけばすぐに分かる。しかし、野次馬達はフラビオの言葉に間違いはないとばかり、しきりにうなずいていた。
気絶している方が加害者で、被害者のこの男が返り討ちにしたというのは、実際に見た者でないと信じられないだろう。そのくらいフラビオの外見は平凡なのである。しかし、話に嘘はないようだと、騎士達は一つ咳払いをして言った。
「そうか。だが、乱暴は良くない。以後気を付けるように」
騎士が型通りの注意をした。乱暴な行為があっても、相手がケガでもしない限り、特に取り締まりはしない。この種の騒ぎは毎日のように起こるので、キリがないからだ。
そして気絶した男二人を叩き起こした。
起きたところで、こちらにも型通りの注意をする。
「お前達、ケンカは許さんぞ。今度見かけた時は、連行するからそのつもりでな」
裏を返せば、現行犯でなければ連行しないということでもある。ケガ人などが出なければ目こぼしてくれるのを、男二人も察している。だから、騎士達の言葉に大人しく従った。
「はい。分かっております」
「以後、気を付けます」
「分かればよろしい。では、この場にいる者は解散せよ」
騎士達の指示に従い、野次馬達が立ち去っていく。ケンカをしていた当の二人もである。何とも大らかな話だった。法が整備されていれば、暴行罪で逮捕、連行されているところだ。この大らかさが王国の長所でもあり、欠点でもあった。
「では、そなたも気を付けるのだぞ」
騎士達もそのまま立ち去っていく。何とも間の抜けた決着だが、王国でのケンカ騒ぎなど、大概がこんなものである。
「つまらんことに拳を使ってしまったな」
フラビオが少し後悔したように言った。強すぎるのを自覚しているだけに、あんな連中を相手に拳を振るったのは、やり過ぎたかと思ったのである。
「まあ、いいんじゃないですか。騒ぎも無事に収まったわけですし」
ステラも、普段は屈強な冒険者ばかりを相手にしているだけあって、町中のケンカくらいでは動じない。むしろ、一般の人がケンカ騒ぎを起こすことなど好きになれないので、自業自得だと思っていた。
「ま、済んだことだし。俺達は宿でも探すか」
「そうですね。それがいいと思います」
二人は軽く笑うと、自分達が泊まる宿屋を探し始めた。
旅に出て二日目です。ちょっとした旅の出来事を描きました。二人が後で思い返して、あの時はこんなことがあったなあ、みたいな感じになる、そんなちょっとした旅の思い出です。あと、王国の大らかさを付け加えてあります。




