第十四話 今回は旅の護衛役
「フラビオさん、折り入ってお願いがあるんですが」
朝、フラビオが、いつものようにクエストの貼ってある掲示板を見ていると、珍しくステラが近くにやって来ていた。彼女はこの時間、受付の仕事で、冒険者達の出発報告を聞くことになっているはずだ。
「改まってどうしたんだい?」
ステラがふうとため息をついて答えた。
「お金を運ぶ仕事を頼まれてしまいました。場所はここから東に三日、タルトスの町の冒険者ギルドです。本来なら、向こうのギルドから人が派遣されてきて、その人がギルドの運営資金を回収して帰るんです。でも、先日連絡があって、都合でギルドから人が出せなくなったのだそうです。仕方なく、こちらから人を派遣してタルトスの町のギルドに運営資金を運ぶことになりまして。それで私が行くことになったんです」
フラビオがそれを聞いて目を丸くした。こういう仕事には向き不向きがある。もっと適任者がいるのではなかろうかと思ったのだ。
「何でステラさんになるんだ? もっと向いてる人がいるだろう」
フラビオは、正直にありのままの疑問をぶつけた。
ステラが渋い表情になる。
「誰も希望者がいなかったので、くじ引きになりました。その結果が私というわけです。大当たりというか、貧乏くじというか……」
「ああ、そりゃあ大変だなあ。でも、ものは考えようだ。旅費はギルドから出るんだろ? タダで旅行できると思えばお得かもだ」
フラビオの言葉に、ステラは意気消沈してしまった。
「お得じゃないですよ。ギルド一年分の予算、大金貨三十枚の輸送ですよ。そんな大金運ぶなんて、怖くてしょうがないです」
大金貨一枚は金貨十枚。それが三十枚だから金貨三百枚分の大金である。持ち運ぶのにも神経をすり減らしそうだ。
「そ、そっか。悪かった。そうだよな、貧乏くじかもだな」
「でしょう。ただ、安全を考慮して、護衛を一人雇っていいことになっているんです。その護衛役がしっかりしてれば、とても安心なんですけどね」
あ、とフラビオは思った。ここで最初のお願いに戻るわけか。
「ですから、フラビオさん、私の護衛をしてくれませんか?」
やっぱりそうなるのか。うーんとフラビオがうなった。
「そりゃステラさんの頼みだから、何とかしてあげたいけどさ」
「ええ、何とかして下さい」
「俺もほら、こんなだし、他に適任者がいるんじゃないか?」
「そんなのいませんよ。他の冒険者達はパーティ単位で動いてますからね。誰か一人だけっていうのは無理です。ですから、一番信頼できるフラビオさんに頼むしかないんですよ」
「うーん、そうなるのか」
確かに冒険者ギルドに一人でいて、臨時でパーティに入って稼ぐ連中も少数だがいる。しかし、フラビオほどではないが、やはりがめつい連中も多いし、人物的に問題があってソロになっている場合がほとんどで、勧めにくいのも事実である。
「ステラさんには散々世話になってるかならな。どうしたもんだか」
「報酬は一日銀貨二枚。五泊六日で十二枚ですね。確かに割はそれほど良くないのですけど、旅費はちゃんと別に出ます」
「ああ、そうなんだ」
「そうです。タダで旅行できてお得って言ったのはフラビオさんじゃないですか。どうですか、今なら美人のお供もついてきます。お買い得じゃありませんか」
ステラの言葉も大概である。確かに栗毛の美人なのだが、自分からそれを言うあたりは図々しいと言われても仕方ないだろう。お買い得? お買い得ねえ、まああながち間違いでもないなと、フラビオは思わないでもない。
「どうかお願いします。こんなことを頼めるのはフラビオさんしかいないんです。お引き受け下さい」
最後は真剣な表情で訴えてきた。ここで見捨てたら後味が悪いだろうなあと、フラビオも真剣に考え、返事をするのだった。
「分かった、引き受けよう。で、出発はいつなんだ?」
それを聞いて、ステラの顔がほころんだ。実にいい笑顔だった。この表情を見ると、冒険者達に人気があるのも良く分かるというものだ。
「フラビオさんの都合に合わせます。明日からでも大丈夫ですよ」
「そうか。なら、さっさと行って用事を済ませよう。明日出発でいいかな」
「ええ。言い出したのは私ですから、明日出発で大丈夫ですよ」
「じゃあ明日出発しよう。ステラさん、よろしく頼む」
「それはこちらの台詞です。フラビオさん、よろしくお願いします」
かくして、フラビオは旅の護衛役を務めることとなったのだった。
その日フラビオは、午前中軽くダンジョンで稼いで、昼にはギルドに戻っていた。昼食を済ませて、午後は旅に必要な背負い鞄、着替え類、タオルや財布などを買いに行った。七年前に旅していた時に使っていた物は、すでに手放していたので、改めて買う必要があったのである。
「久々の買い物だったな。まあ旅に出るのも悪くないか」
王女と話をして、旅のことを思い出したばかりである。今回は気ままな一人旅というわけにはいかないが、ステラも気の回るいい人物だ。一緒にいて退屈することはないだろう。そういう意味では、確かにお得な旅かもしれないとも思う。
ギルドに戻って旅の支度をする。と言っても、背負い鞄に着替えやタオル、風呂や洗濯で使う石けんなどを詰め込むだけだ。腰にポーチをつけるので、そこにもハンカチや財布などを仕込んでおく。武器、防具の類は一切不要だ。外着や靴も普段使っている物をそのまま使う。
それから公衆浴場へ行って、一日の汗を流す。
洗濯を済ませて、部屋に干しておく。
それから夕食を取りに近くの料理店へ。
ギルドに戻ってからはのんびりと読書をして過ごした。
「明日からステラさんの護衛か。しっかりやらないとな」
フラビオは、ステラをあまり妙齢の異性として意識はしていなかった。仲は良いが、友人としてである。意識し出すと困ったことになりそうな気がして、あえて考えないようにしているところもあった。
「考えてみれば、友人と一緒の旅なんて、俺も初めてだな。あ、なんかすごく楽しみになってきた。まあいいや。もう寝よう」
結局、フラビオも何だかんだと楽しみなのだった。
翌朝、洗顔や着替え、身支度を済ませると、ギルドのロビーに下りる。
ステラはすでに来ていて、フラビオを待っていた。支度も万全である。
「今日からしばらくの間、よろしくな、ステラさん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶を済ませると、フラビオがステラを上から下までじっと見た。そして正直な感想を口にする。
「似合うなあ、その格好」
旅をするので頑丈そうな襟のある上着に長パンツである。頑丈な布製の背負い鞄と腰にポーチ。いかにも旅人といった風情で、いつもの華やかさはないが、地味な格好でも匂い立つような美しさがあった。
「それはどうもありがとうございます」
地味な格好を褒められても、うれしいかどうかは微妙だ。ステラは一応褒め言葉として受け取ることにしたようだった。軽く笑みを浮かべている。
「じゃあ、まずは朝食に行こうか」
「はい、行きましょう」
二人で連れ立って、近くの料理屋へ足を運ぶ。
朝食はセットメニューだ。スクランブルエッグに焼きベーコン、サラダ、スープ、パン。定番だが、これで十分である。
「それで、旅程はどうなるんだ?」
食事をしながらフラビオが尋ねる。ステラもきちんと計画を立てていて、すぐに説明をしてくれた。
「無理せず、宿場町で泊まりながら、のんびり徒歩ですね。初日がキロスの町、二日目がスレイの町で、両方とも冒険者ギルドのない町なので、宿屋での泊りになります。で、三日目に目的地タルトスの冒険者ギルドにお金を届けて、そのままギルドに泊めてもらいます。帰りはその逆ですね。それで合計五泊六日です」
「さすがステラさん、しっかりしてるなあ」
フラビオは、ステラの計画を聞いて、ちゃんと行程を調べてあるところに感心していた。これが自分なら、適当に歩いていけるところまで行って、着いたところで一泊、とかになりそうだ。
「ありがとう。じゃあ、食べたら出発だな」
「そうですね。でも行程には余裕があるから、慌てなくても大丈夫ですよ」
「そうだよな。分かった」
それから二人は、言葉も少なめに一緒に食事を済ませた。話す時間はこの先いくらでもある。特に話をしなくても、気まずさなどは感じることのない二人の間柄だった。
朝食が済むと、二人はまずは昼食にするパンを買い出しに行った。冒険者達も同じように、朝食後に昼食を買い出してからダンジョンに向かう。パン屋では総菜パンやサンドイッチなど、多彩な種類が売っている。それぞれ適当なパンを二つずつ買う。
そして王都を出て、街道に沿って歩き始めた。オルクレイド王国では、主要な街道の多くは石畳で舗装してある。膨大な労力と資材が必要なのだが、交通の便利さは物流の要なので、長い時間をかけて整備したのである。もちろん、定期的に整備、補修も行っていた。
「いい天気ですね。絶好の旅日和ですよ」
ステラの機嫌は良さそうだった……次の話題に入るまでは。
「それで、王女殿下への指南はどうだったんですか?」
ステラは顔は笑っているが、目が笑っていなかった。やはり妙齢で美貌の王女に対して、フラビオの気持ちを奪われないかと、かなり意識しているようだった。
フラビオとしては、特にやましいことがあるわけでもないが、ステラの嫉妬心にも気付いていたので、少し慎重に返事をした。
「いや、王族なのにという言い方は失礼だが、王女という立場なのに実力は本物だったな。模擬戦をしたけど、基本がしっかりできていて、きちんと反撃できていたな。それからダンジョンで魔物も討伐したんだが、見事な回避でケガもせず、見事に魔物を倒していたんだ」
「指南じゃなくて、ダンジョンに潜ったの?」
ステラから丁寧語が外れた。さすがに驚いたらしい。前回は視察という公式な依頼だったが、指南のはずがダンジョン行きになっているのは不思議としか思えなかったようだ。
「ああ、王女が自分で父王を説得して、事前に許可を得ていたそうだ。それで三時間ばかり潜ったんだ。王女の実力だと、カルスのダンジョンの適正レベルには少し足りなかったんでな。その辺は俺が手伝った」
やっぱりフラビオさんは強い。そして豊富な経験から、適切な魔物を王女に倒させたのだろう。ステラもその辺の事情が分かって、納得できたようだった。
「魔物討伐なら、やっぱりフラビオさんが一番ですね。王女もちょうどいい相手と戦えて、満足されたんじゃないですか」
「いや、それが、そうもいかなくてな。結局、無茶を承知でレッサーデーモンと戦わせたんだ。危なくなったんところで、助けに入ってな。それでもちゃんと王女が止めを刺したよ。大したもんだ」
レッサーデーモンは中級者がパーティを組んでも苦戦する相手だ。マスターレベルでないと、楽には勝てないだろう。王女のレベルは確か十。それを一人で討伐するのは、確かに無茶な話である。
「何でそんなことになったんです?」
「魔物と三戦、順当な相手ばかりだったのが、かえって良くなかったらしい。物足りない顔でまだ戦いたいと言ってきてな。ちょっとダンジョンや魔物を甘く見過ぎてる感じだったんで、危険な相手と戦わせて、目を覚まさせようと思ってな。苦戦したおかげでいろいろ納得できたようで、結果的には良かったよ」
なるほどとステラも納得がいったようだ。しかし、それと王女への気持ちのあり方はまた別問題である。
「そうですか。で、フラビオさん、王女のこと、どう思ってますか?」
「どうって、弟子を取るつもりはないけど、ああまで真剣に強くなろうと頑張っているのを見てるとな。さすがにこれからも手伝ってやろうって気になるんだよ。だから、また一緒にダンジョンに行こうって約束もした」
フラビオもちょっと返事が違うよなと思いつつ、そう答えた。自分としては、正直な気持ちなのである。
もちろん、ステラは別の意味だと指摘してきた。
「そういうんじゃなくて、女の子としてどうかってことです」
「女の子ねえ。確かに美人の王女だけどさ。身分が違い過ぎるし、先生って言って懐いてくれてるから、やっぱり弟子みたいなもんだな。女性としてどうこう思ったりはしてないぞ」
「本当ですか?」
フラビオが苦笑した。木石ではないから、ステラから向けられる好意が分からないほど、鈍感ではなかった。
「ステラさんの気持ちはありがたいし、きれいでかわいいステラさんのことは俺だって好きだが、それはあくまで友達としてだ。この先もっと仲良くなって、関係が変わるかもしれないけど、今は友達で納得してくれ」
ステラが少しむっとした顔をした。
「私のどこが不満かなあ」
「不満はないよ。本当。だから、この旅で考えが変わるかもなあ」
「あ、そんなこと言ってごまかすんだ。意地悪だなあ、もう」
「悪気はないよ。とにかく、これまで仲良くしてくれてありがとう。そしてこれからもよろしくな」
フラビオも、今はこのくらいの関係でちょうどいいと思っていた。この先変化があるかもしれないが、それは今ではないだろう。
「しょうがないですね。でも、いつか振り向いてもらえるよう、これからも頑張っちゃいますからね」
そんな風に、その話題は落着したのだった。
道中、昼食も含めて休憩を何度か取りながら、二人はのんびりと歩いた。
好きな食べ物の話や景色で見かけたものの話など、話題も豊富で退屈することはなかった。特にステラの側から話しかけてくることが多く、ダンジョン以外の話題で会話が弾むのは、フラビオにとっても楽しいことだった。
ずっとしゃべっていたわけではなく、時には二人黙って静かに歩いていたこともあった。それでも二人並んで景色を眺めながら歩いていくのは、気分のいいものであった。
そうして二人は最初の目的地、キロスの町に到着した。日は傾き始め、もうすぐ夕方という時間帯である。
「それじゃあ、宿を取りますね」
ステラに先導されて、宿屋街にある一軒の宿屋に入る。普通の宿だと一泊二食付きで一人銀貨一枚が相場である。この宿も同じだった。
そこで、フラビオは驚きに目を丸くすることになった。
「二人一部屋で一泊お願いします」
ステラが宿の受付でそう言ったのである。
「まあ、ご夫婦ですか」
「違いますけど、似たようなものです」
ステラの受け答えも大概である。ちょっと待てと、フラビオがステラを呼び止めた。そして小声で話を始める。
「どういうつもりだ。部屋は別々じゃないのか」
「だって、すごい大金持ってるんですよ。一人じゃ怖いから、今晩は一緒にいて下さい」
「年頃の女性のすることじゃないぞ」
「私は別にすることしても構わないと思ってますけど」
「おいおい、冗談はよせ」
「十分真剣ですけど」
確かに軽く微笑んではいるが、表情は真剣だった。そこまで自分のことを好いていたのかと、フラビオは改めて思い知ったのだった。しかし、彼女の気持ちに応える気はまだなかった。現時点では、ステラに対し恋愛感情は抱いてないのである。少女時代から彼女の成長を見てきて、半ば妹のように感じているのも理由の一つだ。美しく成長した彼女は確かに魅力的なのだが、正直今の関係が程良い仲の良さだと思っていた。
「ステラの気持ちはありがたいけど、昼間にも言ったけど、俺達まだ友達でいような。でも、同室じゃないと不安だというのは分かった。一緒の部屋にしよう」
ステラがため息をついた。
「まだダメですか。でも、私の一方通行じゃないんですよね」
「そりゃあまあ、仲良くさせてもらって、うれしいのは間違いない。でも、そういう関係になろうっていう気は、悪いけどまだないんだよ」
フラビオが正直に言うと、ステラも仕方なく引き下がった。
「分かりました。一緒の部屋で、夜も守ってくれるんだから、私もそれ以上の贅沢は言いません。でも、せっかくだから楽しく過ごしましょうね」
それから公衆浴場へ行って旅の汗を流し、宿で夕食を取った。宿は一階が食堂兼居酒屋となっていて、二階より上が宿泊部屋である。
ステラはエールを追加で一杯頼み、フラビオもそれに倣った。エールの代金は宿代とは別払いになる。旅費からは出ず、自腹になるのだ。
夕食をつまみに軽く一杯あおると、程良く酔って気分も良くなる。
そのまま部屋へと戻って、二人でのんびりと過ごした。
「フラビオさん、ごめんなさいね。私、ちょっと強引すぎたかな」
ステラがそんなことを言ってきた。確かに旅の護衛が必要だからとか、大金持っていて不安だから同室とか、かなり強引ではあった。しかし、フラビオにしても、そんな風に甘えられるのは悪い気分ではない。日頃から仲良くしてもらっているのだから、構わないと思っている。
「まあ、おかげでこうやって一緒に旅に出て、いい息抜きになってるからな。これはこれで楽しいから、気に病むことはないぞ」
「本当に私と一緒で楽しい?」
ステラが上目遣い気味にフラビオを見つめてきた。確かにこの娘は美人である。こんな表情を見たら、若い男共がころりと転ぶだろう。
「楽しくなかったら、護衛を引き受けたりしないさ。俺もダンジョンにいかない日は貴重だからな。ステラさんだから、その貴重な時間を楽しく一緒に過ごせるっていうのは本当だ。それに」
「それに?」
「一緒に同じ道を歩いて、一緒に同じ景色を見て、一緒に話をして、こうして一緒の場所で過ごす。そんな仲の良い相手がいることは、俺にとってもうれしいことなんだ。だから、ステラさん、ありがとうな」
ステラがふっと笑みを浮かべた。
「真面目なんだよね、フラビオさん。分かってる。そんなところも私は好きになったんだし。だから、一緒にいて楽しいって言ってくれて、私もうれしい。残りの旅も一緒に楽しく行こうね。じゃあ、おやすみなさい」
「ああ。おやすみなさい」
明かりを消して、二人はそれぞれの寝床に着いた。
本当にステラはいい娘なんだよな。フラビオはそう思う。だからこそ、もっと大切にしてやりたいと思っているのだ。
ともあれ、ちゃんと護衛の役を果たし、無事にこの旅を乗り切らないと。そういう意味でもステラは必ず守ろうと決意しているフラビオだった。
旅に出ました。ここまでステラが積極的に出るとは実は考えてなくて、話を描いている間にどんどん押してしまっていた感じです。フラビオが優柔不断気味ですが、大切な相手だからこそ滅多なことは言えないしできない、そんな感じなのです。




