第十二話 王女殿下、魔物を討伐する
昼食が済むと、フラビオはカタリナ王女とその護衛騎士四人、魔法指南役のニコラスを連れて冒険者ギルドへと一度戻った。王女に冒険者証を持たせるためである。
例によって、いつものステラに発行の手続きを頼む。何も書かれていない薄いカード状の物に王女が署名する。そこに王女が手をかざして能力値や使用可能なスキルなどが判定される。そして、魔法の効果でカードの表面に数値などが浮かび上がってくるのである。
「これで登録は完了です。ご確認下さい」
そして、フラビオが王女と二人で渡された冒険者証を確認する。
「すごいですね。初めての発行でレベルが十ですか。その年で、しかも王宮で生活されながら、ここまでレベルが高いとは驚きです。ステータス値がレベルの割にやや低めですが、実戦を積んでレベルが上がれば、これも高くなるでしょう」
ステラが王女に冒険者証の内容を解説してくれた。王女が気真面目な顔でうなずく。自分の強さを初めてレベルという形で確認できて、表情には出さないが、内心でかなり喜んでいた。
それから使用できる魔法を確認する。水、風、土、爆発、光の各属性が中級魔法まで、炎魔法は上級魔法まで使用可能だった。レベル十でそれだけ使えれば大したものなのだ。裏を返せば、王宮での訓練だけで、そこまで魔法を伝授できた指南役のニコラスは、実力は王女と同程度だが、教える役としてはそれだけ優秀だったということである。
一通り見たところで、フラビオが出発を促した。
「これで王女殿下の強さも確認できました。ダンジョンへ参りましょう」
「分かりました。では、先生、よろしくお願いします」
王女が生真面目な顔でうなずく。かなり気合が入っている様子だった。
「フラビオさんがいるから大丈夫だと思いますが、お気を付けて」
ステラの言葉を背に、一行は出発した。
王都近郊にはいくつかのダンジョンがあるが、行き先はもちろん一番難易度の高いカルスのダンジョンである。常に強敵が出るわけではなく、浅い階層では、中級冒険者でも戦える程度の相手が出現することも多い。
ダンジョンまでは王家専用の馬車で向かう。歩いても行ける距離だが、さすがに配下がそれを許さなかった。
馬車の中で、王女はフラビオに言ったものである。
「実戦は緊張しますが、同時にうれしくもあるのです。自分の力を遠慮なく試せる絶好の機会です。これまでは王宮内でしたから、手加減しながら魔法を使っていたのですよ」
それはそれで器用だとフラビオは思った。魔法力を調整する技術が高いということでもある。よく修練を積んだなと思う。
「先生も、気付いたことはどんどん言って下さい。先生からいろいろ教わるのも楽しみなんです」
「分かりました。お力になれるよう努力致しましょう」
そしてダンジョンに到着した。馬車達は三時間後に迎えに来ることになっていて、一度王宮へと引き返していった。
「では、参りましょうか」
フラビオの先導で一行が中へと入っていく。
ある程度進んだところで、フラビオが探知魔法を使った。
「ジャイアントスネーク二体、ロックゴーレム一体、ガーゴイル三体、近くにいるのはそんなところです。どれも中級冒険者でも十分倒せる相手ですから、運が良いと言えるでしょう。順に当たっていきましょう」
フラビオの言葉に王女がうなずく。
「護衛のみなさんは、危険な時以外は手出し無用です。俺がちゃんと安全を確保しますので」
そして、最初の敵のいる場所へと進んでいく。
フラビオの言った通り、少し開けた場所に蛇型の魔物が二体いた。
「では王女殿下、参りましょう」
フラビオの後に王女が続く。護衛の四人と指南役も少し離れてその後に続いた。
ジャイアントスネークが二体。長さは三メートルくらいか。標準的な大きさである。
そしていきなりフラビオが魔法を発動させた。
「ファイアボール」
威力のある火球が一体のスネークを直撃する。その高熱に焼かれて、そのスネークはあっさりと倒れ、霧状になって消えていった。
「残る一体は王女殿下が倒して下さい」
「分かりました。ファイアボール!」
フラビオと同じ魔法を王女が放つ。見事にスネークの胴体を直撃し、高熱で焼いていく。しかし、威力が足りず、ある程度焼いただけで火球は霧散してしまった。
「これが実戦ですか」
スネークが接近し、王女に噛みつこうと口を開く。避けることの大切さは、午前中の訓練で良く教わっている。王女は軽くステップを踏んで、その攻撃をかわした。
「ファイアボール!」
王女が二発目の魔法を放つ。今度は噛みつこうとしてきたスネークの顔面を直撃する。高熱に顔を焼かれて、スネークが苦しそうな動きをした。
「もう一発、ファイアボール!」
同じ場所に王女が魔法を直撃させた。ダメージを受けた場所にさらに攻撃を受けて、さすがのスネークも倒れた。そして霧状になって消えていった。
「やりました、先生!」
一対一で魔物を倒せたことで、王女は安心し、とても喜んでいた。
「お見事でした。初級魔法三発で仕留められて良かったですよ」
フラビオの目から見ても、レベル十の実力通りの働きだった。前回の視察の時は中級魔法を使っていたが、それなしでも倒したのだから本当に大したものだと思った。
「先生、次、行きましょう」
王女は喜びのあまり気がはやっていた。
「まあ、焦らず。戦闘後は必ず全員の無事と、自分に異常がないかを確認してください。ここはダンジョンです」
フラビオに諭されて、王女も反省し、気を静めた。
「そうでしたね。護衛も指南役も無事、フラビオ先生も無事、私はまだ魔法が三十発以上撃てるので問題なし。大丈夫です、先生」
「了解しました。それでは次に向かいましょう」
次の相手はロックゴーレムだった。
最初は開けた場所の中央に、岩の塊のような物があるだけだった。そこへ接近していくと、それが盛り上がり、頭が出て、手足が生えて、人型へと変化した。高さは三メートル程度。ゴーレムとしては標準である。
「王女殿下、温度差で砕くのはできますか」
フラビオが先手で助言した。レベルが足りているにしても、さすがに初見では厳しい相手だ。
「炎、氷を順に使って脆くするんですね」
「そうです。とどめに土属性の派手なのを一発。それで倒せます」
「分かりました。やってみます」
王女が一人前に出る。
ここでも護衛と指南役は待機だ。もし王女の身に何かあったらと思うと、彼らには気が気じゃない状況であった。表情にも焦りが見えた。
そんな配下の気持ちは理解しているが、王女としてはあくまで自分の力を試し、高める絶好の機会なのだ。一人でやり遂げなければ気が済まない。
そして王女は、あえてゴーレムの間合いに入った。巨大な拳が振るわれ、王女めがけて飛んでくる。
王女はそれをしっかりと見極め、軽やかな動きでそれを避ける。当たればただでは済まない威力だ。集中してしっかりと避けていた。
そして、最初の魔法を発動させた。
「ファイアボール!」
火球が、がら空きになったゴーレムの胴体を焼いていく。しかし、焼くだけでは岩の体にダメージを与えられない。
その直後に、王女が次の魔法を放つ。
「アイシクルランス!」
氷の槍がゴーレムに向けて放たれる。先程火球を直撃させた場所に、寸分たがわず直撃し、その場所を大きくえぐる。そして温度差によって周辺が脆くなっていた。
それでもゴーレムは腕を振り回すのを止めない。王女は右に左にとそれを丁寧に避けると、とどめの魔法を放った。
「ロックアタック!」
岩の塊を飛ばす中級魔法である。直径一メートルくらいの大きな岩の塊がすごい勢いで飛んでいく。そしてその岩が、ゴーレムの脆くなった部分に激しく衝突した。たくさんの破片をまき散らしながら、ゴーレムの体に大穴が開いた。そして地に倒れ、霧状になって消えていく。
「ふう。できました、先生」
王女が安堵の息をつきながら声を掛けてきた。さすがにゴーレムの攻撃は凄まじい威力で迫力があった。それを無事に全てかわし、手順通りに倒せたことで、とても誇らしげな表情をしていた。
「そうだ、無事の確認からでしたね。先生よし、護衛たちよし、私は魔法が残り二十七回、体にも異常なし、と。これでいいですね」
王女は言われたことをきちんとこなしている。王族だからと驕らず、ダンジョンの危険を承知しつつ冷静に対処し、得意の魔法を丁寧に放って魔物を倒せている。見事なものだと、フラビオも心底感心していた。
「王女殿下、実に見事でした。この調子で次も頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます、先生」
一行はそこで少し休憩をしてから、次の場所へと向かった。
その場所へ行くと、例によって少し開けた場所に、フラビオが探知した通り、ガーゴイルが三体いた。悪魔の頭部を持ち、羽の生えた石像の魔物である。大きさは二メートル程度とそう大きくはないが、空を飛び回るので、かなり厄介な相手だ。
フラビオを先頭にその場所へと踏み込む。
ガーゴイルはすぐに反応し、空中を飛んで襲い掛かってきた。
「ウィンドカッター」
フラビオが風の魔法を放つ。その真空の刃が二体のガーゴイルを斬り裂いた。普通、初級魔法の一撃ではこうは簡単にガーゴイルの体を斬れないものだ。それだけフラビオの魔法の威力が高いということである。
二体のガーゴイルが地に落ち、霧状になって消えていく。わざと一体残してあるのは、もちろん王女に戦ってもらうためである。
「では王女殿下、よく見て避けて、中級魔法で一撃を狙って下さい」
「分かりました」
王女が一人前へ出る。護衛達が心配そうに見つめている中、当の王女は実に落ち着いたものだった。
ガーゴイルは王女を敵と認定し、すぐに襲い掛かってきた。空中から接近し、爪の一撃を叩き込もうと迫る。王女はギリギリまでそれを見て、落ち着いてその一撃をかわした。
しかし、攻撃は一回では終わらない。二発目、三発目と、繰り返し空を舞いながら、ガーゴイルはしつこく攻撃を重ねてくる。
「確かに頑丈そうな体をしていますね。それで中級魔法ですか。なら」
何度目かの攻撃を避けた瞬間、ガーゴイルが飛び下がる寸前に王女が魔法を発動させた。
「エクスプロード!」
中級の爆発魔法である。王女が使える魔法の中では、炎の上級魔法に次いで高い威力を誇る。それがガーゴイルの腹部を直撃し、大きく体をえぐり取っていた。
「とどめ、アイシクルランス!」
王女が抉れた腹部に氷の槍を直撃させる。氷の槍の威力でガーゴイルの体が二つにちぎれ、上半身と下半身が別々に地に落ちた。そして、霧状になって消えていく。
「まずは無事の確認。先生も護衛達も全員無事ね。私は魔法が残り二十三回。異常はなし。先生、無事に倒せました」
フラビオが強くうなずく。
「三戦、見事に魔物を倒せましたね。レベル十の実力は本物です。実に見事でしたよ」
そう褒めたのだが、王女は一瞬喜びの表情を浮かべた後、すぐに残念そうな表情に変わった。
「今日はこれで終わりでしょうか。もう一戦くらいしたいのですが」
王女はまだ戦い足りないようだった。フラビオの援護を受けている安心感もあるだろう。しかし、どうしてそこまで戦いたがるのだろう。フラビオは疑問に思い、率直に尋ねてみた。
「王女殿下、良かったら、何でそんなに強くなりたいのか、話して頂けませんか」
「七年ほど前の出来事になります。父王以下、家族全員で王国内を視察して回っていた時のことです。当時私は十一才でした」
五年に一度、王族による国内視察が行われていた。一家全員で方々に散らばり、王家が国内の人々から直接意見などを聞き、国政に反映させるという名目である。実際は、王家の威光を国内に知らしめるためという効果の方が大きかった。
カタリナ王女は、王妃である母と一緒に東側の地方を巡っていた。訪問した町や村で歓待を受け、実に楽しい旅だった。国政の不備がないが意見を聞くと、街道や施設の維持や修繕、税率、治安上の問題など、申し分なくありがたく思っているという話ばかりだった。王妃が今後も国政を充実させ、国民が豊かに暮らせるようにしていくと伝え、みなを喜ばせたものである。
道中も快適な馬車の旅だったが、途中一度だけ問題が起こった。何の偶然か、魔物が王妃一行に襲い掛かってきたのだ。
体長四メートルを超える、大型の蜘蛛の魔物だった。ヒュージスパイダーの上位種、ジャイアントスパイダーだった。
六人いた護衛の騎士達は奮戦した。しかし、スパイダーの方が、硬さも力も圧倒的に上だった。六人がかりでも苦戦し、三十分ほどの戦いで、騎士達は次々と負傷していった。
それでも騎士達が諦めずに立ち向かっていたところに、一人の旅人が通り掛かった。
その旅人は騎士達を下がらせると、一人でスパイダーに立ち向かった。
そして大蜘蛛の一撃が旅人に振り下ろされようとした瞬間、大きな炎の柱が巻き起こり、スパイダーを包み込んだ。旅人が放ったフレイムピラーの魔法だった。その炎は瞬く間にスパイダーの全身を焼いた。そして魔物は霧状になって消えていったのである。
それだけでなく、旅人は負傷した騎士達に回復魔法を施し、傷を治したのである。それを見た王妃と王女はとても驚いたのだった。
「みなさんがご無事で何よりでした。それでは、俺はこれで」
それだけ言って立ち去ろうとする旅人に、王女が一言声を掛けた。
「せめてお名前をお聞かせ下さい」
「ただの旅人です。では道中お気を付けて」
それだけ言って、旅人は立ち去っていった。
「あれが魔法。なんてすごい力なんでしょう」
心底感心した王女は、王宮に戻ってから、魔法関連の書物を読み漁った。そして宮廷魔術師に自分に魔法の力があるのかを調べてもらった。偶然なのか必然なのか、王女には魔法の資質があったのである。
「それから私は、毎日魔法の鍛錬をするようになりました。あの時の旅人のように、人を守れる力を身に付けたかったんです」
ニコラスという初老の宮廷魔術師がカタリナ王女の専属となり、魔法を伝授していった。魔法をイメージし発動させる方法から、魔法力を高める訓練の仕方、様々な属性魔法の種類や特性など、王女は様々なことを教わり、着実に力をつけていった。日課である学問や体の鍛錬以外にも、こうして魔法の修業をしていたわけだから、年頃の娘らしい遊びをする時間は少ししかなくなっていた。だが、王女はそれを気にした風はなかった。むしろ、魔法の実力を高めていけることの喜びを感じていたのである。
そして七年ほどの修業の後、現在の実力を身に付けるに至ったのである。
「さすがにこれまでは、自分の力で魔物を討伐することはなかったですから、こうして戦える力が自分にあると証明できて、私はうれしいのです」
話を聞いてなるほどと納得したフラビオだったが、同時に以前の出来事を思い出していた。
そう言えば、過酷な魔物討伐の日々を過ごしていて、ある日一つのパーティの危機を救ってから、生き方をがらりと変えたことがあった。自分の強さを高めるのもいいが、他人のために戦うことに意味があると感じた。それからしばらくの間、戦いから遠ざかり、いろんな人達の暮らしを見て回り、その素晴らしさを感じ取ろうと、一時期王国内を旅したことがあった。
その旅の途中、何度か魔物を討伐したことがあった。一度、上等な馬車が何台かいて、騎士達が必死に馬車を守っていたところに遭遇したこともあったと思う。フラビオにとっては特に大した出来事ではなかったので、あまり記憶に残っていないのだ。
確か、その時倒したのが大蜘蛛で、負傷した騎士達を回復魔法で治した記憶もある。ということは、カタリナ王女が言う旅人とは自分のことではないかと、フラビオは思い当たった。
「王女殿下、その旅人はどんな顔だったか覚えてますか」
フラビオの突然の問いに、王女が不思議そうな顔をした。
「いえ、あまり顔立ちなどは覚えていません。背格好は先生とちょうど同じくらいでしたね。服装は普通の旅人そのままでしたので、特にどんな風だったかとも言えないのですが」
そこまで言って、王女がはたとあることに気付いた。
「強力な魔法が使えて、背格好が先生と同じ、ということは、もしかして、先生、七年前に旅をしてたりしましたか」
「ええ、してました」
「その時、魔物を退治したこととかは」
「何度かありましたね」
「騎士達の傷を魔法で治したりとか」
「記憶にあります。上等な馬車を六人の騎士が守ってましたね」
「じゃあ、あの時の旅人は先生だったんですね。何て偶然でしょう。私、あの時からずっと、先生のようになりたいと願ってきたんですよ」
王女がうれしそうにフラビオの手を取った。
「あの時は本当にありがとうございました。そのおかげで、私はこうして無事に成長でき、魔法の力を身に付けることもできました。すべて先生のおかげです。そして、これからも私の先生でいて下さい」
フラビオも同じように手を握り返した。
「俺はあの頃、戦いに明け暮れていましてね。でも、人助けの大切さに気付かせてもらって、いろんな人達の暮らしの素晴らしさを見て回る旅をしていました。王女殿下を助けたのはそのついででしたが、こうして立派に成長できたのを見て、助けて良かったんだって心から思います。俺からも、王女殿下が無事に成長してくれて、ありがとうと言わせてもらいますよ」
他人の成長であっても、関わった相手のことだと自分もうれしくなるものなんだなと、フラビオは改めて思っていた。
だからこそ、真面目に少し考えこんだ。もっと戦いたいという、王女の願いを聞き入れるべきかどうかを。
実は昔助けたことがあったという設定です。ありがちな話ですがご容赦を。王女の強さも本物ですが、実力的には中級程度。それでも並の魔物は蹴散らせる強さなのだというのを描きました。




