第十一話 王女殿下に魔法の指南
「では、いってらっしゃいませ」
ステラは朝から冒険者をダンジョンへと送り出していた。これも仕事の内である。時間はまだ八時を少し回ったところだが、この時間に出かける冒険者は多い。
受付からそうやって出かける冒険者達を眺めていて、ふと違和感を覚えた。いつもなら掲示板を見ているあの人がいない。まさか具合でも悪くなったのだろうか。
人の動きが一段落したところで、他の職員に受付を任せ、宿泊部屋のある三階へと向かう。
そして目的の部屋をノックする。
「開いてますよ。どうぞ」
中から返事が聞こえてきた。声にも異常はなさそうだ。どうやら無事だと分かり、ほっとするステラだった。
中に入ると、目的の人物は読書をしていた。
「おはようございます、フラビオさん。今日はどうしたんですか」
「ああ、ステラさん。おはようございます」
相手の姿を認めて、フラビオが本を傍らに置いた。
「今日は例の指南の日なんですよ。王宮に行くんです」
「ああ、そうでしたね」
美貌の王女がフラビオを先生と呼び、親しげにしている様子をステラも見ていた。それで何かがあるわけではなかろうが、あれだけの美形でしかも王族、フラビオが取られはしないかと心配でもあった。
「それで、ステラさんは何の用事?」
「いえ、いつもの場所にいないから、具合でも悪いのかと思って」
「心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だ。十時に王宮の訓練場だっていうから、暇だっただけなんだ。出発は九時過ぎくらいかな。そうだな、部屋にいても暇だし、俺もロビーに下りるよ」
簡単に身支度をして、フラビオは部屋を出た。もちろん、部屋には鍵を掛けておく。ステラがその後に続いた。
「王女殿下には魔法の指南をするんですよね。どんなことを教えるつもりなんですか」
「それがなあ、さっぱりなんだよ。これが実戦ならいくらでも教えようはあるんだけどなあ。とにかく行ってみて考える」
「大変そうですね。でもフラビオさんなら大丈夫。頑張って下さいね」
「まあ、何とか頑張ってみるよ。ありがとな」
それからしばらく雑談で時間を潰し、フラビオは王宮へと出かけていった。
フラビオが王宮に行くと、城壁の正門は、いつも通り観光客が自由に出入りできるよう開かれていた。そこを通り抜けて、王宮の本館の入り口まで足を運ぶ。当然番兵がいて、出入りする者を確認していた。
「番兵さん、俺、王女殿下の用事で来たフラビオっていう者なんですけど、どこへ行けばいいですかね」
「ああ、殿下に呼ばれた者だな。話は聞いている。一応本人かどうか確認させてもらう。冒険者証があるだろう。見せてもらおうか」
言われた通り、フラビオは冒険者証を取り出し、番兵に見せた。
冒険者証は文字通り、冒険者ギルドが発行する冒険者の証明書である。手のひらサイズのカード状の物で、薄い長方形をしている。魔法の力を利用し、表面にはレベルやステータス、裏面には使用可能なスキルなどが記載されている。レベルが上がると、ちゃんとステータスの数値などが更新されるようになっていた。
「確かにフラビオで間違いないな。ところで、何でレベルのところを隠してあるんだ」
「ちょっと訳ありでね。人には見せないようにしてるんだ」
そう、レベルが高すぎるので、あえて隠しているのだった。強力な魔物も一人で倒せる実力。要するに魔物より強いという人物だと知ったら、恐怖を感じる人間の方が多いのではなかろうか。そんな配慮だった。
「まあ、いいだろう。訓練場で王女殿下がお待ちのはずだ。案内しよう」
フラビオは番兵の案内を受けて訓練場へと向かった。
訓練場は王宮とは別の建物だった。やはり石造りの立派な建物で、かなりの大きさがあった。使用目的のためか、無骨な感じの造りだった。内部はいくつもの部屋に分かれていて、いくつかの集団が別々に訓練を行えるようになっていた。
「突き当りの一番奥の部屋だ。では私は門番の仕事に戻る。フラビオ、くれぐれも粗相のないように」
「分かりました。案内ありがとう」
そこから一人で訓練場の中を進む。いくつもの部屋を通り過ぎ、指示された一番奥の部屋へと入る。
そこは十メートル四方ととても広い部屋だった。天井も三メートル以上高く作られている。内部は特殊な材質の壁で覆われており、魔法戦に対応するためと思われた。
中では、すでに王女殿下が訓練着で待機していた。護衛の騎士も四人付いている。ヒーラーは今日はおらず、代わりに初老の男性が一人いた。その男性が最初に口を開いた。
「今日はご足労頂き、ありがとうございます。私はニコラス、王女殿下の魔法の指南役でございます。よろしくお願いします」
「フラビオです。どうぞよろしく」
「早速ですが、フラビオ殿、王女殿下の魔法を受けてみて下され。そして率直にご意見申し上げて頂きましょう」
まずは王女の腕前を検分しろということか。なるほどとフラビオは思った。それで改善点があれば指摘してみろということだ。しかし、王女の魔法を見たのはリビングデッドを倒した時のフレイムピラー一発だけだが、十分に使いこなせていた。強いて言えば、恐らく経験不足からくる威力の低さが気になる程度である。
「了解した。……カタリナ王女殿下、五日ぶりですね。今日はよろしくお願い致します」
ここで王女が前に進み出る。相変わらずの美貌の持ち主である。十八才と若い盛りでもあり、表情に生気が満ちている。
「こちらこそ、ありがとうございます、先生。では、炎と氷と風、三種類順に撃ちますので、よろしくお願いします」
「分かりました。遠慮、手加減は一切不要です。全力でどうぞ」
王女が魔法を放つ体勢を取る。フラビオがここで内心うーんと唸った。魔法を撃つのに構えなど必要ない。とにかく魔法をイメージして、魔法力を放出すれば良いのである。実戦ではそんな悠長に構えてなどいられない場合もある。無駄な動きに思えた。
「ファイアボール!」
王女が魔法を発動させる。まずは炎の初級魔法からだ。拳大の火球がフラビオに迫る。大きさ、温度共レベル一の冒険者よりはかなり優れている。悪くないとフラビオは思いつつ、自分も魔法を発動させた。
「マジックシールド」
魔法の楯が飛んできた火球を防ぐ。当然だがシールドの強さは半端ではない。あっさりと火球は霧散していた。
「次、アイシクルランス!」
今度は氷の初級魔法だ。氷の槍が勢いよく飛んでくる。これも大きさ、速度、温度の全てが、やはり初級魔術師よりかなり優れている。
先程と同様に、魔法の楯が氷の槍を見事に受け止め、霧散させた。
「最後、ウィンドカッター!」
風の初級魔法で、かまいたちの原理で真空の刃が敵を斬り裂くのである。これも十分な威力がある。三属性とも基本がしっかりしているのを感じた。
それを魔法の楯で打ち消し、フラビオが王女を褒めた。
「さすが王女殿下です。基本がしっかりとできていますね。どの魔法も、中
級魔術師並の実力がありました。文句なしです」
褒められた王女は、その言葉に納得していなかった。
「ありがとうございます、先生。ですが、私は不満なんです。私に欠けたものとは何なのでしょうか。中級並みの実力と言われましたが、上級魔術師に匹敵する実力を身に付けるにはどうしたら良いのでしょうか」
そういうことか。魔法の指南を希望した理由が良く分かった。今よりもっと強くなる方法、フラビオが知る限りでは一つしかない。
「俺達冒険者は、日々魔物との戦いを通して経験を積み、レベルを上げて力を高めています。王女殿下もこれ以上の実力を望まれるのであれば、実戦を積み重ねるしかないかと思います」
「やはりそうですか。王宮の中で修業しただけでは、これ以上の実力を身に付けるのは難しいのですね」
「もちろん、不可能だとは申しません。反復練習によってここまで実力を高められたわけですから、この先も同じ方法で少しずつですが力は付くと思います。ですが、実戦を積み重ねるより、効率が悪いのは確かでしょう」
無茶な実戦を繰り返し、常人をはるかに超えるレベルに到達したフラビオである。反復訓練より、実戦の方が効率的なことを身をもって知っていた。
「とりあえず、模擬戦でもしてみますか。俺が相手になります」
それは王女としては望むところだった。指南役は年齢的に模擬戦をするのは厳しい。フラビオが相手なら不足はない。
「ありがたい申し出、是非にお願い致します」
王女はやる気満々だった。フラビオが内心で、この王女の向上心の強さに感心していた。
「では、俺にシールドを使わせたら王女殿下の勝ちということで。俺の攻撃を一発でも受けたら王女殿下の負けです。よろしいですか」
「分かりました。よろしくお願いします」
「では、参ります。ストーンブラスト」
フラビオが早速石つぶてを放つ土属性の魔法を発動させた。王女の方も攻撃は予測していて、それを右にさっと避ける。
「まだまだですよ。ストーンブラスト」
フラビオが容赦なく魔法を連発する。右に左に王女が避けるが、その分反撃の機会がない。
するとフラビオは今度は間合いを詰め、拳で殴りかかってきた。
「そんな、接近戦だなんて」
「魔物はそんな言い訳、聞いてくれませんよ」
蹴りも織り交ぜ、フラビオが攻撃を続ける。
「マジックシールド!」
たまらず王女が魔法の楯を展開し、フラビオの肉弾攻撃を防いで距離を稼ぎに出た。
そこにまたストーンブラストが飛んでくる。王女は完全に防戦一方となっていた。それでもフラビオはまだ十分以上に手加減をしている。
「どうしました。反撃されないのですか」
フラビオが挑発してきた。これで冷静さを失うようなら、一気にとどめを刺すつもりだったのだ。
しかし、王女は冷静だった。
「私を焦らせようというのでしょう。そうはいきません」
落ち着いてストーンブラストを捌くと、ファイアボールを連発してきた。
「いいですね。中距離での魔法の撃ち合いは上手だと思います」
ストーンブラストとファイアボールの応酬となり、互いに相手の魔法を避けながら、攻撃魔法を放っていた。
フラビオが三発撃つ間、王女からは一発しか反撃できない。それでも相手の攻撃を避けながら魔法を撃つという必須の動きができている。この王女、口だけではないなとフラビオは感心した。
「ですが、まあこの辺にしておきましょう。アイシクルロック」
フラビオが氷の拘束魔法を発動させた。王女の足を氷漬けにして封じる。
「しまった!」
「ストーンブラスト」
「マジックシールド!」
さすがの王女も慌てた。急ぎ魔法の楯を展開するが、それが大きな隙となった。その機を逃さず、フラビオは一気に接近し、王女の肩を軽く叩いた。
「俺の勝ちですね。とはいえ、王女殿下がここまで戦えるとは、予想以上でした。並の魔物なら一人でも倒せるくらいにお強かったですよ」
フラビオが拘束魔法を解除しながら王女を褒めた。
王女もフラビオの強さに感心しつつ、それに答えた。
「ありがとうございます、先生。ですが、先生はやっぱりお強い。初級魔法をあんなに早く連発できる上に、接近しての肉弾戦までできる実力、さすがとしか言いようがありません。今の戦い、とてもいい訓練になりました」
王女の表情から、本当に強い者に憧れている様子が見られた。自分もそうなりたいと願っている者の表情だった。若いっていうのはいいものだなと、フラビオはしみじみと思った。
「ですが、訓練だけでは物足りないのも正直な思いです。できればダンジョンで実戦を積みたいのですが」
王女がそれを切望しているのは分かった。護衛の騎士四人と指南役ニコラスは苦り切った表情を浮かべた。だが、その件については、実はすでに王女から国王に嘆願がなされており、可能なら午後、短時間に限りダンジョンに潜っても良いという承諾を得ていたのだった。それを聞いて、王女の手回しの良さにフラビオが苦笑した。
「やはりダンジョンに挑んでみたいですか」
「もちろんです」
「浅い階層なら問題ないでしょう。ただ、王女殿下も自分の強さをはっきり知るために、冒険者登録をして下さい。魔法によって冒険者証には自分の強さがはっきりと出るようになっていますから」
フラビオが同意してくれたことで、王女はことのほか喜んだ。冒険者証というのも作ってみたかったこともある。
「うれしいです。では、午後はダンジョンへ。楽しみです」
笑顔でそんなことを言う。ダンジョンが楽しみなのはどうなんだと思いつつ、その無邪気な表情はとてもかわいらしかった。フラビオも木石ではないから美貌の王女の笑顔には勝てないのだった。
「昼食まではまだ時間がありますね。先生、それまで何をしましょうか」
「そうですね。魔法力は温存したいので、組み手や柔軟体操でもしてましょう。戦闘で体もかなり使うことがあるのは今の模擬戦で分かったことでしょうし、暇なとき、一人で体を鍛える方法もお教えしますよ」
組み手といっても、拳の打ち合いをするわけではない。回避の仕方を学ぶのが目的であった。
「俺が拳を真っ直ぐ突きますから、王女は体を開いてかわして下さい。拳を引いたらそれに合わせてまた正面を向きます。次の時は反対側に体を開きます。それを交互に繰り返し、体を開いてかわす練習をするわけです」
王女が黙ってうなずく。
「では、いきます」
フラビオが右の拳を突き出す。王女が左足を引いて、体を開いてそれを避ける。拳が戻るのと一緒に、王女が体をまた正面に向ける。続いてフラビオが左の拳を突き出すと、今度は王女は右足を引いて、体を開いて避ける。五十回ほど、それを延々と繰り返した。
「いいですね。急な攻撃を避けるとき、体がこれを覚えていると、役に立つことがあります。これなら暇な時にも練習できますしね」
「簡単な動作ですが、確かに必要性は理解できます。参考になります」
今までの王女の修練には、こうした体術的なものはなかった。魔術師も攻撃を避けるのは大事だということを、改めて実感した王女だった。
「もう一つ、回避の基本をやっておきましょう。今度は横へのステップで攻撃をかわして下さい。俺が拳を戻すと同時に、正面に戻るのはさっきと一緒です」
「分かりました」
今度はフラビオが突き出した拳に合わせ、それを避けるように王女が右へ動いて体ごと拳を避ける。拳が戻るのと同時に、また正面に戻る。再び拳が突き出されると、今度は左へとステップを踏み、拳を避ける。それを同じように五十回ほど繰り返した。
さすがの王女もこれはなかなかきつかったらしく、息が上がっていた。
「初めてにしては上手ですね。いざという時、横に避けるのもよく使う方法です。これも身に付けておくと、役に立つと思います」
「はい、ありがとうございます、先生」
そして柔軟体操。床に座り込んで足を伸ばし、体を曲げたり伸ばしたりを繰り返す。幸いなことに王女は体が柔らかく、この種の運動は苦にならないようだった。
「王女殿下はいい体をしてますね。これなら急な動きをしても、体を痛める心配はないと思います」
ちょっとフラビオの表現がおかしかったようだ。王女が急に顔を赤らめ、恥ずかしそうに言葉を返した。
「あ、あの、いい体って、その、魅力的ってことですか?」
言われてフラビオもあっとなった。確かに言い方が悪かった。
「柔軟性があっていい、という意味ですよ。誤解させてすみません。でも、いや、まあ、魅力がないわけじゃないんですが」
何言ってるのか自分でも分からない答えを返すフラビオだった。
指南の後、一旦王女は汗を拭いに自室へ。
その間、フラビオは王宮の一室へと通され、待つこととなった。どうやら客間のようで、テーブルにはしっかり布がかけられ、絵画や観葉植物が飾られていた。贅沢と言うほどではないが、整ったきれいな部屋だった。
しばらくして、王女が今度は侍女を二人伴って現れた。護衛の騎士と指南役には休憩が与えられていた。
「お待たせしました。では先生、昼食に致しましょう」
部屋の扉が開かれ、食器や料理が次々と運び込まれてきた。ポタージュスープ、鶏肉のソテー、肉と野菜のテリーヌ、生ハムのサラダ、それにパンと飲み物が付く。昼食なので一皿ずつ提供するのではなく、まとめて運ばれてきていた。それにしても、街では食べられない贅沢な品ばかりだ。
「では、いただきましょう。先生もどうぞ」
「はい。いただきます」
食事をするのは王女とフラビオだけで、傍に控えている二人の侍女は立って待機している。人の労力を遠慮なく使う、これが王族の贅沢というものなのである。
それにしても手の凝った料理である。実においしい。王族のために腕前に優れた専門の料理人が雇われているのだ。普段は街の料理屋で食事を取っているフラビオだが、街の料理人だって商売でやっているので十分に腕が良いと思っている。しかし、この料理はそれをさらに上回る。素晴らしい技術だと思った。
「午後はダンジョンですね、先生。今回は私が魔物をしっかり倒します。また案内よろしくお願いします」
それを聞いた侍女達が一瞬苦い表情を浮かべた。だが、彼女達も公の場での振る舞い方をよくわきまえていて、すぐに平静な表情に戻った。
フラビオは表情を引き締め、念のため釘を刺した。
「前回の視察で、ダンジョンが危険な場所だということは、聡明な王女殿下のことですから、十分承知されていますよね」
「もちろんです。決して先生を困らせるようなことは致しませんので、ご安心下さい」
「了解しました。せっかくの機会ですから、王女殿下がご活躍できるよう、俺もしっかり案内致します」
王女に魔法の指南といっても、結局模擬戦になりました。実戦で使うための魔法なので、それが一番というのがフラビオらしいところです。そして王女もダンジョン行きを先手で手配している当たり、案外似た者同士なのかもしれません。




