07 ファーストキス。
それから、しばらくして。
救援要請を受けて、あっさり攻撃命令を撤回しては、攻撃魔法を一撃で放った『天使様』。
あまりにも広大で特大な威力にポカンとしてしまったのは、オレだけではないだろう。
とんでもねぇ、魔法で、強敵すぎる魔物の群れは一掃された。
今は周囲にいないと言われても、警戒は怠らずに後処理を進めた。
この前、アホがうっかり「シルさんの魔法で先に大ダメージを与えればラクショーじゃないですか?」と言ったものだから、その場は凍り付いた。むしろ、アホさに怒りが沸いたので、空気的にはメラメラと燃えたかも。
「いや、それは非効率的だ。それで済むならいいけれど、二軍三軍と追加が来た時、私が援護射撃すら出来ないくらいに魔力がなくなったら? 死にかけている負傷者の治癒が出来なくなったら? 確実に勝つために、そして被害は最小限に抑えるためにも、魔塔の魔法使いが派遣された戦場はこういう戦いをすると決まったんだ。そんなことも聞かないで来たのか? あなた大丈夫?」と『天使様』自身が、正しいことを言って、頭の具合を心配するような眼差しと口調を返した。
強い……!
焦ったそのアホは「でも、魔力って譲渡出来るんじゃなかったですかっ?」と悪足掻き。
コイツ。どこのボンクラ坊ちゃまだろう。
「出来るが、相性が悪いと、意味がないんだ。治癒魔法は特に、相性のいい魔力じゃないと使えない。魔力譲渡も口から吸い上げないといけないから、戦闘中には非効率的すぎる」
淡々と、いやむしろ、冷たく告げる『天使様』に「へぇ、じゃあ」とニヤついたそのアホに、隣の騎士がラリアットを決めて、黙らせた。
下種な発言をしようとしたのは、目に見えていた。
女性騎士も少なからずいるが、男ばかりの戦場だ。下世話な会話を聞くことぐらい、覚悟の上だろうが、少しでも負担を軽くしたいオレ達は『天使様』のそばから、そのアホを追放した。
一緒に食事をしてくれるのに、それが嫌になったらどうしてくれるんだ! 不埒な気持ちがあるなら、近付くの禁止!!
『天使様』は呆れた眼差しで、追放されたアホを見送った。
まぁ、そんなアホがいたエピソードは置いといて。
『天使様』の魔力の量の多さは、尋常じゃないと思う。魔法で声を戦場に響かせているのだって、魔力使っているだろうに。魔力感知を使いつつ、魔法で声を響かせて指示し、援護射撃の魔法を放つのだ。
とんでもない人である。そのあと、治療魔法をかけて回るんだ。
……あの人、実は、次期魔塔主じゃないのか? と仲間とざわざわとしてしまう。
というか。とんでもない魔法を放って救援要請に応えて、どっか行っちゃったけど……大丈夫なのだろうか?
一撃で葬ったこの魔物だって、強敵だ。その群れを一掃した魔力の消費量を考えると……いや、わからん。
オレは魔法が使えないから、魔力量とかわからない。でも、初めての救援要請だ。
切羽詰まった状況に飛んで行ってしまったが、この場を離れるために敵を一掃した彼女は、無事戻ってくれるだろうか?
そう心配していた時間は、案外短かった。
『天使の声』が響いて、彼女が戻って来たことを知る。救援要請に応えて転移魔法した先にも強敵。推測では、この戦争が終盤に来たという予兆だと告げる。「これまで以上に気を引き締めてくれ。終わりは近い」とのことだ。
彼女の姿を見付けて「シルさん!」と呼んで駆け寄る。
「何?」と首を傾げる彼女の手は、赤かった。血だ。
「だ、大丈夫でしたかっ?」
「うん」とケロッとした様子で頷いては、タオルで血を拭うシルさん。
観察してみたが、本当のことのようだ。大丈夫だった。密かに、ホッとした。
「あの、魔力の残りとか大丈夫ですか? こっちでもあっちでも、ずいぶん使ったんじゃ……」
こんなにあっさり帰ってきたということは、あっちも早急に片付けられるように強力な魔法を使ったのではないだろうか。
血は、誰かを治療した形跡のはず。
治癒魔法が一番魔力量の消費が多いって聞くし……。
「ああ。あっちの魔法は、あっちに相性がいい魔力の持ち主がいたから、それを使わせてもらった。余力はあるから心配ないよ」
「あ、そうだったんですね。魔力を使わせて……えっ!? 魔力譲渡したんですか!? つまり、キ、キスをしたと!?」
安心出来たのも一瞬で、驚愕で震え上がってしまった。
声を上げてしまったせいで、周囲の注目を集めてしまうが、気にする余裕がない。
「うん。相性がいい人が、そこにいたからさ。巨大な魔物を結界で封じ込んでたけど、当の本人がお腹に風穴あけられちゃってたから、魔力が多く必要でね」
これまたケロッとした『天使様』が言う。
全然笑い事じゃない状況だと思うんだが、この人強いな……。
そんなところで、キス? キスしたのか……?
「あんな虫の息の状態で結界魔法を維持するなんて、すごい奴だよ」
「あ……親しい、魔法使い仲間なんですか?」
キスの件から逸れて、気安そうな雰囲気についつい尋ねてしまった。
「まーね。私より一年遅れて入ったスカウトされた孤児だけど、二つ年上でね。天才だよ。キースって名前だけど、聞いたことない?」
「あっ。ありますね! 孤児出身の天才魔法使い!」
「そうそう、そいつ。対抗意識高くて、何かと噛み付いてきたけど、自己意識の高さと実力は伴っているし、ぶっきらぼうなだけの奴なの。回復してやったら、早速憎まれ口聞いちゃってたよ」
と笑う『天使様』。
彼女がこうやって親しい人の話をするのは、初めてかもしれないと新鮮に感じた。
それにしても、すごい人材と張り合わされている『天使様』は、さらにすごいな。天才魔法使いキースに対抗意識されるなんて……ん? どうして、噂で目立つ天才魔法使いキースと違って、『天使様』の話を聞かなかったのだろうか?
魔塔主様が直々に育てたらしいし、才能も褒められていて目もかけられているのに……天才魔法使いキースと、肩を並べて噂にならないのは、何故?
「考えてみれば、幼馴染って言えるのかな。キースは」
なんとなしに『天使様』がぼやくように言ったあと、思い出したようにこちらを振り向いてきた。
「ラブレターは送ったの?」
「はい!? 誰に!?」
「エヴァだっけ? ブライアンの幼馴染」
仰天してしまったが、内容が内容だから顔を真っ赤にしながらも、しどろもどろに回答した。
「は、はいっ。そ、その、訃報を知らせたあとに、その、えっと……びっくりさせたくはないですから、想いを綴って、直接婚約を申し込む旨を、書いて、お、送りました」
というか、覚えていてくれて嬉しいな。こうして気にして話を振ってくれたことも。
「へぇ、いいね。政略結婚だから、問題はあるだろうけれど、上手くいくといいね。セヴに託されたし、ちゃんと幸せに出来るように頑張って」
「はっ、はいっ!」
応援されて、胸を熱くする。亡き幼馴染のためにも、最善を尽くす!
そう改めて決意を固める。
「だから、ラストスパート、生き抜いて帰ってやりなさいよ」と激励された。
そうか。また生きて帰れって、油断しないための釘さしをしてくれたのだ。これも、嬉しい。
「そのっ……全然、何も、決まってないですけど……」
めちゃくちゃ気が早いけど、「招待したら、来てもら、えますか?」と、何かとは明言はしないが、魔塔とかに『天使様』宛てに招待状を送れば、来てもらえるだろうか。
婚約出来たら、婚約式とか。あとは結婚式とか。身分とか気にするなら、敷居の低い集まりみたいな感じでもいいから。
「ホント? ぜひ行かせてもらうよ」
緊張が無駄だったほどに、あっさりと笑顔でいい返事をもらえた。
「その時にでも、聞かせてほしいな。三角関係の幼馴染の話」と茶化すように言ってくる。
興味津々だったんだ!
「い、いや、そんなっ。改めて聞かせるような話じゃないですよ? 幼い頃から、オレとセヴで、エヴァを取り合ったという話でして……」
正直、全部話すのは恥ずかしい。
「ふぅーん、そのエヴェ嬢のファーストキスの相手はどっちなの?」と意地悪な笑みで首を傾げて尋ねる『天使様』。
「うっ……じ、実は…………オレが、不意打ちで奪いました」と白状した。
「奪っちゃったのっ?」と『天使様』が面白がるけれど、恥ずかしい。
「気が強いので、見事にエヴァの平手打ちを受けました。聞きつけたセヴも無理矢理奪っては、同じく平手打ちを受けましたね」
「アハハ! いいねぇ、エヴェ嬢とはぜひともお会いしたいわ」
ぐぅうう……『天使様』が楽しそうで何よりです……。恥ずかしくて穴に入りたいけど。
そこでハッとする。
周囲から、視線の圧を受けていた! こ、この流れで、『天使様』のキスの件を掘り返せってこと!? 訊くべきかな!? もう知らない方がよくない!? 藪蛇だと思うけど!?
「え、えっと。シルさんのファーストキスは?」
「え? あ、さっきよ。魔力譲渡のためだけど」
『天使様』のファーストキスが奪われたぁああー!!!
必要だったとはいえ、乙女の、他でもない『天使様』のファーストキスが奪われた事実に、周囲が怒気を沸き上がらせた気配をヒシヒシと感じた。
別に、『天使様』を恋愛的に狙っているとか、彼女のファーストキスは自分がとか、そんな不埒な感情からの怒気じゃないだろう。どっちかっていうと、保護者寄りの怒りである。
「そういえば相手、貴族っぽかったな」
ハッ! それってマズくない!? 辺境伯様と魔塔主様まで怒らない!? その人、悪くないだろうけれど、怒られたりしない!? という、心配が湧いたのは一瞬だ。
「見目がいい割には、慣れていないみたいな感じしてた」
慣れてない!? どんなキスをしたんですか!?
聞きたくない! やめて! オレにその役を押し付ける圧かけないで!!
「結構、かっこよく魔物を切り倒したけど……それ以外は、固まってて変な態度だったな。女が苦手とか?」
不思議そうに首を傾げる『天使様』は、なんとも可愛らしい。鈍感さを感じ取って、悟った。
絶対にそれ、『天使様』に一目惚れしてません!? 『天使様』、自分の美貌を自覚してなかったのですか!?
うっわー!! 『天使様』とキスなんて、絶対落ちただろ!! 恋に落ちただろ!! 行動力があれば、辺境伯様に問い合わせがくるんじゃないだろうか……! これはマズい!!
持ち場を離れられたタイミングで、話を聞いていた騎士数人とともに、辺境伯様の元へ突撃した。
『天使様』に一目惚れしたとか、そういう内容の入った問い合わせが来ても、不可抗力ですよ! と詰め寄って言えば「ん???」と目を点にしていらっしゃった。
いきなりすみません。
そのあと、ラストスパートと言われた通り、多少の苦戦を強いられたが、一週間ほどで、魔王討伐成功の知らせが届いた。『天使様』はさながら、予言者だ。
本当に戦争が終わった!
歓喜して、両腕を空に突き上げた。
あっさりと『天使様』も落ち着いたタイミングで先に魔塔に帰ることになってしまい、「最後まで気を抜かずに家まで帰りなさいよ。戦友の諸君」とご機嫌な『天使の声』を聞きながら、後片付けに追われる。
こっちはちゃんと別れの挨拶が出来なくて、トホホ……。
そう思うのはオレだけじゃないけれどね。個人で別れの挨拶なんかしていたら、陽が暮れてしまうのだからしょうがない。
「あ。ブライアンは招待状を忘れないようにね」
そう『天使の声』が響くから、持っていた荷物を落としてしまい、足にダメージを負った。
痛いっ。
「いいな、お前……」と、羨望の眼差しを周りから浴びることになった。
オレ、今足痛いし、顔真っ赤なんですけど……?
でも、やっぱり、また気合いを入れ直せた。
『天使様』の激励を胸に、帰還。
直接、口にするセヴの死。つらかった。
でも、それはみんな同じだ。そのまま、三家が集まる中で、エヴァに婚約を申し込む許しを乞う。
元々、追い打ちで申し訳ない気持ちながら、セヴとのやり取りも包み隠さずに両親に伝えて話を通しておいた。
この場のみんなの許しを得て、それから、エヴァの気持ちを聞く。
これが、オレの正念場だった。
思ったよりも、あっさりと勝利した。
セヴの両親も許してくれたし、エヴァの家族も、オレの両親も頷き、エヴェは笑って「おかえり」と抱き締めてくれた。
泣くことを必死に堪えて、抱き締め返す。涙を零せば「泣き虫」と笑われるだろうから。
それから、忙しくなった。
まぁ、みんながみんな、色々と忙しいだろう。戦争が終わって、連日連夜はパーティー尽くし。
その中で、『天使様』を探したのに、見付けられなかった。出来れば、直接報告したかったし、真っ先にエヴァを”婚約者です”と紹介したかった欲もあったから、偶然の再会を期待していた。
エヴァも『天使様』の話を真剣に聞いてくれて、三角関係の幼馴染事情は、オレをからかう気満々で話したがっている。
無事に帰って来れた。
セヴがいないという寂しさと悲しさは、隅っこにはあるけれど、その嬉しさで羽目を外してしまったのだ。
いいね、ポイント、ブクマをよろしくお願いいたします!
07話目→ https://youtu.be/mxMIaUcAY3U?si=w9d0dy8dVXdPtrg2