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06 『戦場の銀の閃光の天使』


ブライアン・ラーズside

戦友ターンです。




 『戦場の銀の閃光の天使』と呼ばれるようになる魔塔の魔法使いを初めて見た瞬間、正直言って不安しかなかった。

 広大な辺境伯領の戦場に派遣されたのは、たった一人の少女だったのだから。魔法に関して絶対の信頼を寄せられる魔塔主の采配でも、不安が湧いた。


「シルと申します。若いですけど、能力は魔塔主様も評価しております。戦闘中、魔法で声を響かせます。私は魔力感知に優れておりますので、戦場の把握も素早く出来ますので、なるべく指示に従ってください」


 淡々とそれでも強い眼差しで告げた美しい少女は、すぐに実力を見せつけた。

 戦場の把握ももちろん、魔物の特性や弱点、動きまで、的確に指示をくれた。

 援助をしながら戦場を駆ける様を見て、『戦場の銀の閃光の天使』と呼ばれ始めた。

 援護射撃から、治癒まで、魔法を使いこなすさまは素晴らしすぎる。流石は、魔塔主様が派遣した魔法使いだ。

 彼女も信頼を得られた頃から、敬語なしで指示を下すようになったが、誰も文句は言わなかった。


 けれども、戦場は戦場だ。


「不気味な魔力が近付いてくる。気を引き締めて構えろ」


 と強張った『天使の声』を聞いた時に、逃げていればよかったと思う。

 最初は、死霊のような骸の群れが少数近付いただけだった。なのに、バタバタと味方が倒れていったのだ。


 幼馴染のセヴも、倒れた仲間に手を貸した瞬間、倒れた。

 呻いて手を伸ばすセヴに手を伸ばしたが「だめだ死んでいる!」と『天使』が両腕で抱き付くようにして阻止した。

 言われたことが理解出来なかった。

 だって。セヴは苦しそうにオレに手を伸ばして助けを求めているのに。

 死んでいるなんて。


「もう死んでいるんだ! 諦めろ!!」


 そんな、バカな。

 そんな。

 一瞬で。

 死ぬなんて。


 突き飛ばされたかと思えば、『天使』が周囲の倒れた仲間ごと、魔法で燃やし尽くした。

 幼馴染のセヴが、燃やされた。その光景を、愕然と見ていること出来なかった。


「全員撤退しろ!! 命令だ!! 倒れた仲間を振り返るな走れ!! 私が許可するから見捨てろ!! それが他の仲間と自分を救う唯一の方法だ!!」


 オレの目の前で、自分の首に指を当てて、声を戦場に響かせる『天使』。

 初めてだった。彼女が強制的な命令を言い放つのも、これほどまで声を荒げたことも。


「触ったら死ぬぞ!!! 戻れ!!!」


 怒号だった。

 十分に味方が撤退すると、広大範囲の魔法を発動させて、『天使』は炎を燃え上がらせた。

 あちらこちらで呻きが聞こえる。仲間だった奴らの声を飲み込むかのように、火力が上がった。

 愕然としたままのオレは、『天使』を見て、ハッと息を呑んだ。

 苦しげな横顔が見えた。歯を食いしばって、瞳から涙を零すけど、強い火力のせいで、その涙が蒸発した。


「今のは、私も知らない悍ましい死霊の魔物だった。触れた瞬間に命は奪われていて、身体は乗っ取られていた。……即死だった。触れた瞬間に、死んでいた。被害が増える前に、一掃させてもらった。怪我が酷い者は、治療地へ行ってくれ。動ける者は、警戒のため立っていろ。同じ気配が来た場合は、撤退を命じるからその時は素早く戻るんだ」


 何もかも燃やし尽くしたあと、静まり返った戦場に『天使』の声が響く。

 「倒れた仲間のことは忘れろ」と告げられた。

 その冷たさに、胸を貫かれたが。


 「呻いて苦しんだのは、諸君らの知る仲間ではない。仲間を助けようと駆け付けて手を差し伸ばした。あの瞬間が、彼らの最期だ」


 『天使』の声が、僅かに震えていた。

 一瞬で、呆気なく仲間を奪われてしまったオレ達に、かける言葉は。


「私を恨んでいい。私は見捨てる許可を出した。自分を責めなくていい。責めたいなら、燃やし尽くして葬った私にしろ。恨み言も聞いてやるから、この戦争を生き残れ」


 自分を責めろと言って、奮い立たせる。

 まだ戦争は続く。ここで心を折れるなと。

 恐らく、この戦場でも一番と言っていいほど若いのに。実質、指揮官の立ち位置の『天使』は背負う。他でもない、自分自身を責めるかのように。

 彼女にその力があるからといって。

 オレ達は、仲間達を葬らせてしまった。


 『天使』は、まだ。その場から動こうとはしなかった。立ち尽くしたままだ。


 よろよろと立ち上がり、隣に立つようにして、幼馴染のセヴがいた場所を見る。跡形もない。これは虚しい。亡骸すら残らないのか。

 一瞬で死んだ。酷い死だ。なんていう死。


「セヴの奴……昨日の夜……急に”オレが死んだら婚約者を頼む”だなんて言ったんですよ」


 情けなく震える声を絞り出す。


「”エヴァのこと、まだ好きだろ”ってからかって……冗談だと思ったのに……予期でも、してたんでしょうかっ……」


 と笑って見せたかったのに、失敗して、ボロボロと涙を落とした。

 セヴを失った実感が、じわじわと湧く。


「オレら、いわゆる、三角関係の、幼馴染だったんですけどっ……政略結婚で二人は婚約して、身を引いたんです……言われた通り、まだ好きですっ。好きですけど……どんな顔で会えばいいんですか? セヴを助けられなかったって……」


 こんなこと、なんでオレ、聞かせちゃっているんだろう。

 その場で剣を立てて、柄に額を押し付けながら、泣きじゃくった。


「違うでしょ、ブライアン。セヴは、仲間を助けようとして死んだんだ。助けようとしたあなたを邪魔した私が殺したようなもの。それでいいでしょ」


 なんて隣に立ち尽くしたままの『天使』が、感情を押し殺した声で言う。


 違う。違います。『天使』様。あなたはオレを助けてくれたじゃないですか。

 なんで一人で背負い込もうとするんですか。なんで罪を被ろうとするんですか。違うでしょ。

 あなたは紛れもなく、恩人だ。


「ちゃんと生き抜いて、幸せにしなさい。託されたのでしょ」


 涙で揺らめく視界で見上げた隣の『天使』も、上を見上げた。

 灰が、風で舞い上がる光景を見上げていた彼女は、泣いてなんかいない。

 強い眼差しでどこかを見据えていた。

 白銀に靡く髪の凛々しい佇まいでも、儚いこの少女を。

 最初に『天使』と呼んだ人は、一体どんな意味を込めたのだろうか。


「っ……はいっ……! はいっ! っはい!」


 オレは涙を零しながら誓った。

「ぜったいっ、生きて帰りますっ」とうわ言のように繰り返し言うオレの隣に、彼女はずっと佇んでいた。




 まだ仲間の身体ごと燃やし尽くした場所の前に、立ち尽くす彼女の背を何度か振り返っては、オレは辺境伯様に会ってもらえるように取りついでもらった。


「急に申し訳ありません……あの今日の戦いのことですが……」

「ああ、今、死亡者リストを整理しているところだ。なんだ?」


 その中にセヴがいることも、それらの責任を『天使』が背負うと言ったことに、胸がギュッと締め付けられる。だからこそ、言わねばいけない。


「『天使』様、いえ、シルさんは、自分を恨めだなんて言いましたが、声は震えていましたしっ、彼女はっ……っ、火の魔法を放ちながら、泣いていたんですっ」


 口にすれば、目頭が熱くなる。あんなに泣いたのに、まだ涙が出るのか。

 だから昔、泣き虫だってよくセヴとエヴァにからかわれた。昔の思い出も溢れてきて、心の中がひっちゃかめっちゃかになる。だが、泣き崩れてたまるかと顔を上げた。


「仕方ないことだとみんなわかっているとは思うのですがっ、でもっ、本当にシルさんに恨み言をぶつけないようにって、彼女もつらい思いをしたと、密かに通達していただけないでしょうかっ?」


 ここは戦場だ。仕方ないといえ、割り切れない。その思いを、本当に彼女にぶつけないようにしてほしいと頼み込んだ。


「わかっている。彼女のせいではないし、彼女を本当に恨むのはあってはならない。あの言葉は、自分自身を責めさせない優しい言葉だったな」


 辺境伯様は、悲しげに微笑む。


「みんながわかっているとは思う。だが、全員が全員、割り切れないかもしれない。彼女の言葉に甘えて、行き場のない感情をぶつけてしまうかもしれないな。彼女が涙を流すほど苦しんで葬ったことも、本当に恨み言をぶつけるなとも、密かに通達しよう」


 そう言ってくれたから、少しホッとした。


「……君はシル殿と親しいのだろうか?」という問いに、ちょっとギョッとする。


「あ、えっと、顔見知り程度には……。あの戦いで戦死した幼馴染と治療を受けた際に、名前を呼んでもらうほどには親しくなったと自負しております……。大人びているから同じくらいだと思いましたが、17歳なんですね、彼女」


 名前を呼び捨てにしていいとセヴと気安く話しかけて、困り顔の彼女から年齢を聞き出して、それでも身分も年齢も関係なく、上司の立ち位置なのだから呼び捨てでよろしくと押し付けたあの時。

 彼女は、仕方なさそうに笑っていた。


「ああ、そうだ。侮られたり不安がられないように年齢は伏せたが、彼女はまだ17歳の少女だ。魔塔主様が直々に育てただけあって、我が領の戦場で心強い主戦力となってくれているな」

「ま、魔塔主様直々に育てられている? そ、そうなのですか?」


 それに驚いたのは、オレだけではない。この場で仕事をしている補佐官達も一部、手を止めて顔を上げた。


「なんでも10歳の時に魔塔に入って、基本のきの字も知らないのに、たった一年で下積みを済ませた努力家であり天才だそうだ。彼女が毎日息を吸うように使っている魔力感知だが、あれは魔塔主様も凌駕する繊細さと正確な把握をする優れた能力だそうでな。それで魔法の研究もいくつも前進や完成に導いているらしい」

「そんな人材……どうして今まで聞いたことなかったのでしょうか?」


 不思議がるのは、同じ貴族令息の補佐官だ。

 確かに。魔塔は秘密主義ではあれど、優秀な人材の噂は聞く。でも、『天使』のことは社交界で聞いたことがない。


「さぁな? 何度か魔物討伐任務に参加しているし、魔塔主様にも戦闘技術を叩き込まれている実力者……秘蔵っ子というやつだろうか。かなり目をかけられている。今回、この地に配置される時も、魔塔主様が直々に私に頼んできたんだ」


 魔塔主様が直々に頼んできた? それは自ら会いに来たということか?

 魔王討伐のためにも準備が忙しかったであろう彼は一体、彼女のために何を頼んだ?

 一同で辺境伯様の言葉の続きに注目した。


「”危険な任務に参加をした経験はあれど……まだ仲間を失ったことがないため、どうか崩れ落ちないように頼む”、とな」


 息が詰まった。

 彼女だけではない。誰かの戦死を間近で見ることを、初めて経験するのは、彼女だけではない。

 オレもこの戦争が初めてだ。でも、それでも。彼女の方があまりにも重くのしかかっている気がして、ずっと佇んでいた背中が、より一層儚く感じた。


「だから、ブライアン殿。情報を感謝する。魔塔主様の頼みも果たせるし、彼女にその力があるからと、指揮官を任せきってしまっている私も、微力なフォローが出来るよ」

「そんな、こと……」

「余裕のない者は他者に当たってしまうだろうが、幸い、他の者達も、若い彼女を気遣ってくれている。彼女の負担になりすぎないように、互いに支え合えるだろう。君も幼馴染を亡くしたというのに、こうして来てくれてありがとう」


 労われるようなことではないのに。


「いえっ……。目の前で幼馴染を亡くしたオレを、直接救ってくれたのは、シルさんですっ、からっ……! 自分も出来ることをしたまでですっ! よろしくお願いいたします!」


 目頭がまた熱くなって、またもや涙が溢れそうになったから泣き顔を誤魔化すように、深々と頭を下げて、もう一度、頼んだ。


 そうして、静かに、着実に、辺境伯様のお言葉が、彼女の耳に入らないように、密かに広まった。

 互いに相手の本心を探りながら。負の感情に負けていないか、心配しつつ。


 そして一番は、『天使』の心配だ。しばらくは、ピリピリしていたが、あの悍ましい魔物の来襲を警戒していたらしく、もう来そうにもないと確信すると、普段のように切り替えていたようだった。


 あの戦いから尊敬の意を込めて『戦場の銀の閃光の天使』と呼ばれるようになったのである。

 直接は嫌がるのでやめておくけれど、彼女がいない場では『天使様』と呼ばれているのだった。





いいね、ポイント、ブクマ、ありがとうございます!


06話目→ https://youtu.be/t59mPLd9FnA?si=xy6jlWmsz_nPsIdG

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