05 新たな被害者は戦友。
私の実家をどうにかすることを手伝う前提で結婚することとなったが。
「補佐官として、こんな訳ありすぎる令嬢を、公爵夫人として認めていいのですか?」
と、疑問を涙ぐむ補佐官に投げかけてみる。
「いえ。自分としては初恋に敗れた公爵様が独身を貫くと言い出す方が恐ろしいので、その問題を片付けられれば、全然構いません。むしろ、自分も、公爵様が見初めただけあって、悪い方ではないと、シル嬢、いえ、えっと、シシルヴィア嬢? ミューチャー伯爵令嬢?」
「シルがいいです。シル嬢でも構いません」
呼び方に迷う補佐官にシル呼びを頼んだ。
彼からしたら、好印象的らしい。それでいいならいいけど。
「婚約するにあたって、改名をしてから、婚約書にサインをするかい? あっ、親代わりの魔塔主様に報告と挨拶が先かい!?」
私の手を取り、目を爛々と輝かせる公爵は興奮しすぎだと思う。
「先ずは、方針を固めておきましょう? 私が嫁ぐことを考慮して、私の籍のためにミューチャー伯爵家を残して、あとから国に返上するかどうか。または取り潰してから、辺境伯様がまだ養子縁組に応えてくれるかどうか次第ですけど、他家に名を入れてもらうか。どちらにせよ、汚された名前は要らないです」
私はキッパリと断言しておく。
「「汚された名前……」」となんとも言えない顔をする二人。
「そういえば、先程、死亡届を出すと言っていたが、そのあとはどうするつもりだったんだ?」
「魔塔主様が上手くやると言ってくれましたけれど、具体的な事は聞いてませんね。どちらにせよ、死んでいるのに悪女が野放しにされていることに伯爵家が追及されますので、明るみになって追い込まれるでしょうから。復讐方法も色々、考えてはいたんですよ? 『悪女シシルヴィア』としてパーティーに参加している妹に平手打ちをしてやれば、周りは悪女だからと笑うでしょ? そこで”私こそがシシルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢なのに、どうしてあなたがその名を使っているのかしら? シエルヴィア”と声高々にバラしてやるんです」
「「お、おおー」」
「流石にとっくに死んでいると思っていた姉が現れたら、シエルヴィアも慌てふためくでしょうから、ボロを出させてやろうって。戦争前に同僚と話してました」
「結局、笑いながら話してたんだな」と、笑って話している私に、公爵は微苦笑。
「笑ってなきゃやっていられませんもん。なんか魔塔主様が、それとなくパーティー会場で両親に接触して、私について尋ねたらしいですけど……」
「?」
「”酷い娘で困ったものです”と二人揃って悲しそうな顔になったそうで、魔塔主様も二人の顔の厚さに”その場で殺してやりたかった”と、素で怒ってくれましたね」
「……酷い親だ」
「まったくです」
公爵は、私の手を握っていない手を、きつく握り締めて怒りを抑え込んだ様子。
「魔塔主様は……妹君の方には、探りを?」
「いいえ? どんなばい菌を持っているかわからないから、絶対に近付きたくないと、全力の嫌悪を隠さずに拒否してました。元から頼んでませんけどね」
嫌悪感たっぷりの拒絶顔の魔塔主を思い浮かべてしまう。二人は、押し黙った。
「そ、その……婚約破棄のトラブルやら、慰謝料の請求が送られたと思うのですが……」
補佐官が恐る恐ると尋ねてくる。慰謝料請求の件ね。
「最初こそは、払っていたみたいですが、流石にどんどん伯爵家では無理になったのか、絶縁を公言したとか。それでも妹から招待状を奪ってパーティーにもぐりこんで男漁りをしている形にしているらしいですね、現状。最近では、戦争から帰って羽目を外した騎士や戦士が餌食にされているとか。浮気する男も悪いんですけど、また婚約破棄問題に発展する前に、止めたいとは思っていたんですよね」
「あ、それなんですけど、シル嬢。つい先日の犠牲者……いや未遂、ですけども、んー、立派な犠牲者なんですけどね。聞きますか?」
と補佐官は、難しそうな顔をした。
犠牲者? 今浮気は悪いと言ったところで、どうしてそんな言い方をするのかと首を捻っていれば。
「辺境伯領の戦場で戦っていた騎士で、ブライアン・ラーズという者が、酩酊状態で襲われているところを婚約者に助けられたそうだ」
「ブライアン……?」
ふわりと頭に浮かぶのは、ボロボロと涙を零すまだ幼さを顔に残す一人の青年だ。
「ブライアンなら二人、知り合いましたが、家名の方まではあいにく記憶しておりません」
「そうか。辺境伯領の戦場は広大だったし、人手も多かったから無理もないだろう。でも、こんなことで競ってはいけないが、辺境伯領の戦場が一番死者の数が少なかったそうだな。皆が口を揃えて、魔力感知で戦場を把握して、指示を下していた『戦場の天使』のおかげだと言っていたよ」
そう眩しそうに微笑む公爵とは逆に、私は薄く笑う。
「辺境伯領の戦場の死者の半分を葬ったのは、その『天使』なのですけどね」
「え……?」
「寄生型の死霊の魔物が攻めてきた記録は読みませんでした?」
「あっ……」と言葉を失う。
そう。その襲撃こそ、死者が多かった。それがちょうど、半分ほど。
「触れるだけで感染して即死亡の厄介な魔物でしたので、撤退を命令し、”倒れる仲間を振り返るな走れ、私が許可するから見捨てろ、それが他の仲間と自分を救う唯一の方法だ”と戦場に声を轟かせました。救う方法なんてなかった……だから、私が燃やし尽くしました」
あれが一番、残酷な戦いだった。
死んでしまっているはずなのに、呻いては救いを求めるように手を伸ばしては這う仲間。
悍ましい光景。助けようと手を掴んだ者から感染しては即死亡する。
地獄だった。死者を増やさないためにも、広範囲魔法で一掃するべきだったから、それ以上の被害が出ないように残酷な命令をするしかなかった。
仲間を見捨てろ、と。
「……君も、つらかっただろう。本当に、強い……。だからこそ、君に罪を被せるなんて、許せない」
手を包み込んで、静かに怒りを示す公爵。
矛先は、私の実家。そして、妹シエルヴィア。
「えっと……その、ブライアン? が私の妹の犠牲者になったとは?」
しんみりと逸れてしまったので、話を戻す。
「はい。戦死した幼馴染に代わって、結び直したのが、同じ幼馴染の婚約者だったそうです」
それを聞いて、ピシリと固まる。
「同じパーティーに参加していて、友人同士で悪ノリで飲まされて、酩酊状態だったので休憩室で休んでいたところ、『悪女』に襲われたそうです。ブライアン・ラーズの方は『悪女』を認識すらしていなくて、部屋に入ってきた婚約者を見て”なんで二人いるんだ?”と言ったことで、婚約者はわからないまま襲われていると理解して声を上げたそうです。あ、すみません。これでも省いたのですが、生々しいですよね」
額を押さえて顔を伏せた私の反応を、補佐官は勘違いする。
確かに妹が酩酊状態の青年を襲っている話は生々しいが。
そこではない。そこではないのだ。
「その……えっと……もしや、戦死した幼馴染の名は……セヴ?」
「え? あ、はい。そうです。セヴ・ゲラートですね。ゲラート伯爵家の長男でした。ブライアン・ラーズは子爵家の次男。それで婚約者が、エヴァ・ナイトア伯爵令嬢です」
「あんの女ッ!!」
ダンッとテーブルに拳を叩き付ける。怒りが沸いて止められなかった。
ビクッと震え上がった二人に「申し訳ございませんっ! 知っているブライアンだったので……しかも……ああ、なんて女なの!」と、額を押さえて髪を掻きむしった。
せっかくセットしてもらったのに、台無し。もういい。
「だ、大丈夫だろうか? シル嬢」
「全然!! 今、ブライアンはどうしているんです?」
「あっ、えっと……! 襲われたから、『悪女』を罪に問うつもりですが、姿を現していないので、今のところ、どうにも出来ないとのことで。婚約の方は、継続したいとナイトア嬢は仰っているとそうなんですけど……ブライアン・ラーズの方が、自分を責めているそうで、雲行きはよろしくないですね」
「当たり前ですよぉ……その戦死した幼馴染のセヴに託された想い人ですよ? そんな彼女を、未遂で襲われたといえ、目撃されては……ああ、謝らないと。シルで先触れすれば会ってくれるでしょうか?」
「え? 君となら会うだろうが……え? 謝る? 君が? 何故?」
解せないという顔をする公爵。
「謝らないと気が済まないからです。でも、火に油? いや、無理。『シシルヴィア』のせいで、彼の人生が狂うだなんて……私には耐えられない」
深刻に呟いて、顔を歪める。
「申し訳ございません、先触れを出してすぐにでも会って話してきます」
「待ってくれ。事情を話してくれ」
席を立って去ろうとする私を、公爵は腕を掴んで止めた。
「この腕です」
「え?」
私は言う。
「この腕で! 幼馴染のセヴに駆け寄ろうとしたブライアンを止めました! もう死んでいるから諦めろ! そう言葉を投げて、彼のことも突き飛ばして、目の前でセヴの身体を燃やしました!」
八つ当たりではあったが、声を上げずにはいられない。
ブライアンの幼馴染のゼヴは、あの地獄のような戦いで、私が葬った一人だ。
「燃やし尽くしたあとに、前夜に”自分が死んだら婚約者を頼む”と言われたと! ”まだエヴァのこと好きだろ”とからかわれたと! 隣で泣きじゃくりながら言っていったんですよ! セヴが死んだことが自分のせいだとは思っていませんが! あの戦いで葬られた者の恨みは私に向けていいと私自身が言ったのです! ならば、恨み言も全て私が受けます! 『シシルヴィア』のせいで、彼の心が死にかけるなら、私は妹を手にかけます!!」
あの日。ボロボロと涙を流す青年ブライアンの横顔を見て、私は涙を堪えた。
一人一人の死を悲しむほど、余裕のある戦場ではなかった。だから、心を殺して、泣く暇があるなら、怒りや恨みで剣を振り上げろと士気を高めた。
生きて帰れたのに。想っていた幼馴染を託されて婚約したのに。
それを他でもない憎き妹が崩し落とした。
許せるものか。戦友まで、奪われてたまるか。
「わかった」
「!」
公爵に引っ張られたかと思えば、顔を胸に埋める形で抱き締められた。
包まれる感触は、不思議と気を静めてくれる。
「ならば、オレも同行させてほしい。あの『悪女』の件を謝るなら、なおさらだ。それも、君の身辺整理に含まれるのだから、手伝う。……頼ってほしい。そばにいさせてほしい。書面にはしていないが、もう、オレ達は夫婦になる約束をしただろう? 一人で苦しまないでくれ」
「……」
夫婦。
私には、正直言って、はっきりとはわからないものだ。
それでも、公爵にとっては、とても絆の深いものらしいとはわかった。
「……はい。ありがとうございます。公爵様」
「いいんだ。……あと、オレのことは、名前で呼んでほしい」
「……ライオネル様」
「いや、様は要らないんだ」
「……ライオネルって、何歳でしたっけ?」
「えっ!? お、オレは25歳だが……? そ、そんなにオレに興味がなかったのか?」
「すみません。正直、保留していた返事がイエスになってから、知ろうと思っていたので」
「そ、そうか。知ってくれると嬉しい。オレもシル嬢の好きな物をたくさん知りたいな」
「ただのシルでいいですよ」
「! シ、シル!」
嬉しそうな公爵、いやライオネルに、軽く頭を抱き締められた。
その胸で、少し、笑ってしまうのだった。
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05話目の執筆動画→ https://youtu.be/om8_lQ84D9k?si=LL57iSR-h0oM5CD_