03 悪女『シシルヴィア嬢』
後日。魔塔の上部にある寮の私の私室に、令嬢らしいドレスが届けられた。
覚めるような青いドレスには金色のラメが散りばめられている。あの公爵の色合いだ。
「明日、公爵様が来るから、これ着とけってさ。魔塔主様からの贈り物」
そう説明してくれたのは、キースだ。
「燃やして紛失したことにしよう」
「そう言うと思って主様が保護魔法かけてた」
「魔塔主様直々の保護魔法を掻い潜ってドレスを燃やすなんて……燃えるねぇ」
「燃やすなって、着ろ」
魔塔主の保護魔法をも無駄にしてドレスを燃やそうとメラメラしていた私を、キースが止める。
「……あー、言っておくが、オレは悪くないからな? オレはちゃんと当たり障りないことしか答えてないからな? 求婚する気だってことを聞いても、身分を気にするはずだって忠告しただけで」
ぶっきらぼうに頭をかくキースが何やら言い訳をしてきた。
「ん? ああ、別にキースには怒ってないし、責めもしないよ。公爵様相手にちゃんと黙っていただけ、ありがたいわ。ありがとう」
気にしていないことを言えば、ホッと胸を撫で下ろされた。そこまで気を遣わせて悪いなぁ。
「オレはてっきり、平民だから無理って突っぱねると思った」
「その手も使えなくもないけれど、遅かれ早かれでしょ。魔塔主様を煩わせるわけにもいかないし、そろそろ、”あの家”とも決着付けないと……」
「……公爵様を使って、復讐してから結婚してやるの?」
「さーね。明日の公爵様が保留している求婚を撤回するかもよ? 少なからず、公爵様は”知ることになる”。協力してもらえるなら、手を借りるかな」
「……とりあえず、火魔法、止めろや」
話ながら火魔法をドレスに浴びせていたが、やはり燃えぬ。
ゆらゆらと火柱が立つも、魔力が減っていくだけでドレスは無傷だ。
「撤回しなければ、お前、イエスって言うのか?」
「うーん。そうねぇ。魔塔にいてもいいっていうなら、別に構わないよ。あっちだって、必要最小限公爵夫人の役目を果たせば、魔法研究も許してくれそうじゃない?」
「……公爵夫人、出来るのか?」
「失礼ね。ブランクはあれど貴族令嬢だからね、れっきとした。容易くはないけれど、事情を知っての上であっちがなってほしいと願うなら、ちゃんと勉強して果たすわよ。元々貴族としての務めの意思はあったんだから。……数年前まで、死んだことにでもされてると思うまでは、忘れてはいたけどね」
私は小さな火が灯る暖炉を、ぼんやり思い出す。
燃えないドレスを見つめて、肩を落とした。
まさか、令嬢らしいドレスをまた着る羽目となるとはな。
翌日。魔塔の外の敷地内にある庭園。そこの東屋へ、ドレスを着て向かった。
髪型は同性の同僚が張り切ってしまって、お洒落に結われてしまったのである。これじゃあ、私が張り切っているみたい。
その東屋の前に立つキラキラした公爵は、難しそうに曇った顔で佇んでいた。だが、私を見つけると、ぱぁっと顔を明るくさせては、頬を僅かに赤に染める。
「シル嬢……あ、そう呼んでも構わないだろうか?」
「どうぞ、お好きに。公爵様、子爵様、ごきげんよう」
令嬢らしく、お辞儀をしておく。公爵と補佐官の子爵にも挨拶。
「とても美しい……」とぽーと見つめてくる公爵は、手を取ると目の前の東屋の椅子までエスコートした。
「魔塔主様が公爵様と会うのだからと贈ってくださったのです。髪の方は、同僚がやってくれました」
「ほう……素敵です」
眩しそうに見つめてくる公爵は向かいの椅子に座る。
補佐官は、公爵の斜め後ろに立つ。
「本題に入りましょう。調べはつきました?」
早速話に入れば、びくっと公爵と補佐官が身を強張らせた。
「……ああ。先ず、常識程度の『ミューチャー伯爵家』について調べた。元は魔法使いの家系だったそうだが、衰退するかのように近年では魔法の使い手は生まれていない家……だった」
「ええ、そうです。かれこれ100年以上は、まともな魔法の使い手はいなかったそうですね」
「……そして、『ミューチャー伯爵令嬢』について……」
「はい」
「……『ミューチャー伯爵家』には、一歳違いの二人の姉妹がいて、対照的な性格……次女は穏やかで心優しい令嬢と評判がいいが」
真剣な表情で語る公爵と向き合いながら、笑いを堪える。
「長女『シシルヴィア嬢』は……その……」
「大丈夫ですよ。正直に、得た情報をお話してくださっても」
躊躇する公爵を促す。物凄く言いずらそうだし、言いたくなさそうに顔を歪めている。
補佐官まで苦しそうなんだけど。
「夜な夜な遊び回り、男をとっかえひっかえする故、妹を悲しませる悪女『シシルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢』だと……王都では、有名だという」
噴き出してしまい、口元を押さえる。
プルプルと震える私が、悲しんでいると勘違いでもしたのか、公爵は慌てた。
「す、すまない! 悪女なんて言って! し、しかし! どういうことなんだっ? 明らかに違うだろう? 噂の『シシルヴィア嬢』は魔法の使い手でなければ、魔塔に属しているという情報もない! 妹を悲しませる悪女って、一体誰なんだ!?」
「あ、いえいえ。公爵様が謝ることは何一つないですよ? そういう噂があることは事実です。でも、別人だと思ってくださるんですね」
「もちろんだ! 君なわけがない! だいたい、戦争中にも『噂の方』はパーティーに出ていたらしいし! なんなら、初めて会った日には、『噂の方』を取り合って、目の前で男が二人喧嘩をして刃傷沙汰というトラブルを起こしている!」
「うわ、本当ですか? 王都の貴族も、自分が戦力にならないからって、パーティーだなんて……」
「そこなのか……!? 私も思うところはあるが! 節度ある貴族なら控えてはいるはずだ、いやそうではなく! どうして偽物がいるんだ!?」
逸れそうになるところを踏み止まって、公爵は私に問いただす。
「どうしてだと思います?」と、逆に私は尋ねた。
一瞬、怯む公爵。
「私は『シシルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢』と名乗るのに、どうしてか、『シシルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢』について調べると魔塔に属していないどころか魔法の使い手ですらなく、さらには問題を起こしている令嬢という情報がある。ここまで来て、現状の把握は出来ていますか? 公爵様の求婚相手は、とんでもない問題を抱えたご令嬢ですよ? 求婚は保留していますが、撤回をするなら、別に」
「撤回はしない。オレは君を妻と望む。もし、君が求婚を拒む理由がその問題なら、ぜひ聞かせてほしい」
私の言葉を途中で遮ってまで、公爵はキッパリと撤回をしないと宣言。
ちょっと目を見開いて驚いた。
「……なるほど。魔塔主様が、求婚を許すわけですね」
「え? 魔塔主様? 確かに属している魔法使いのあなたに求婚するなら、魔塔主様に話を通すべきだと先に断りを入れたが……」
魔塔主のことを口に出せば、キョトンとされる。
「主様は、私の親代わりみたいなものです。10歳で魔塔の扉を叩いた一人ぼっちの私を、受け入れてくれて保護してくださった方ですし、信用ならない相手だったなら、魔塔主様は会う許可を出さなかったと思いますよ」
意地悪ではあるが、私の親代わりなのだ。なんだかんだで高貴な身分の求婚なんて、信用に値しなければ突っぱねてくれたはずだ。その信頼はあるし、愛されているとも思っている。
「10歳で……保護……? では、君は……」と言葉を失う公爵に、肩を竦めて見せた。
「厳密に言えば、10歳になる前には家を出ましたね。魔法の使い手になれる素質があると気付いて、下積みをさせてほしいとこの魔塔に駆け込んだんですよ。あのままじゃあ、飢え死にしそうでしたので」
「つ、つまり! ミューチャー伯爵家で虐げられて、魔塔に保護されたと!? で、では! あなた様を名乗る『悪女』は誰ですか!? というか野放しでいいのですか!?」
思わず急かすように問い詰めてくる補佐官。
「『悪女』について私が知ったのは、いつだったか……三年前ですかね。自分が男をとっかえひっかえしている悪女だと言われていると、貴族界の噂を教えてくれた同僚から聞いて、私は……笑い転がりましたね」
「笑いごとなのか!?」
「いや、三日間徹夜してたので、混乱を超えて笑いのツボに入っちゃって……笑い死ぬかと思いました」
「三日間徹夜!? 魔塔とは、そんなに忙しいのか!?」
「いえ、ただ研究と開発に没頭していただけです。一日目は、戦争に備えての魔法開発、二日目は魔法の組み合わせの研究、三日目は何人かで魔王討伐の勇者一行に加わる魔塔主様にお守りを作成していたので、わりと多くの人が私の身分を知っちゃいましたね。そしてみんなで爆笑しました」
「爆笑するのか……!? アットホームで何よりか!?」
「いや、普通に一緒に魔塔にこもって研究している仲間が、男をとっかえひっかえしている悪女の令嬢だって聞いたら笑っちゃいますよ。なんの冗談だって。魔塔主様が笑い死にそうになっていた私達を強制的に眠らせてくれなきゃ、笑い死んでたかもしれませんね、ハハハ」
「……笑った方がいいか?」
「別にいいです」
鋭いツッコミをしてくる公爵様は、無理して笑わなくていいから。
「ぶっちゃけ、令嬢が家出をしたなんて外聞悪いので、隠し通すか、死んだことにするかと思ったのですよねぇ。だから、まだ生きていることにされていることには、主様とともに驚きました。だって、当時、捜索届けも出されてないと調べがついていますからね。いやはや……”妹の貪欲さ”には、恐れおののきました」
そう言えば、びくりと公爵は小さく強張り、補佐官も震え上がって青ざめた。
「……い、妹の貪欲さ、とは……。い、いや、まさか…………似ているという情報もありますが……ち、違いますよね?」
恐る恐ると、補佐官は否定を求める。なんかデジャブ。
「確かに昔は似てましたけど、最近は会ってないので、私からは姉妹で似ているとは言えません。妹は母譲りの桃色の髪で、私は祖母譲りの白銀色の髪。その特徴だけしか知らない者からすれば、桃色の髪を魔道具によって、白銀色に変えて『シシルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢』と名乗れば、信じますね。私は社交界デビューしてませんから」
誰もが、気付かないというわけだ。
ヒュッと喉を鳴らす補佐官。
「妹君、『シエルヴィア・ミューチャー伯爵令嬢』が……君になりすまして、遊び回っては、悲しんでいる素振りを見せているということなのか?」と、硬い表情の公爵。
「はい。そうなりますね。同僚がしっかりと『悪女』としてパーティーに参加している妹が、魔道具を身につけていることを確認してくれました」とケロッと答える。
「そんなこと……許されるわけ……あるのか…………何故だ? 理解が出来ない、ミューチャー伯爵家が」
「私も理解したくもないですね。妹は貪欲になんでもかんでもねだりました。両親も妹が可愛くて可愛くてしょうがないようで、明らかに愛情の注ぎ方は物心つく頃から偏っていました。妹も、私には構わないように邪魔をしていましたね。挙句には”自分にもっと構って、お姉さまのことはむしして”と泣きじゃくることが多くなり、私の部屋には誰もが寄り付かなくなりました。メイドも、世話をするなと泣きつかれて、食事すら取られました。部屋の片隅で膝を抱えていた私は、暖炉に火もつけてもらえなかったので、カタカタ震えながら本を読んでいました。本を読む以外、することはなかったので。で、魔法があれば、少しは生きやすいのに、と思って、試してみたところ、暖炉に小さな火を灯せたのです。それが魔法の使い手の素質があるという希望を見付けた瞬間でした」
そう微笑む。
ぽーとした眼差しの公爵に、ゴホンと咳払いをする補佐官。
ハッと我に返った公爵は「その才能は、親に告げなかったのか?」という問いに、歪んだ笑みを浮かべてしまうのだった。





