02 求婚と本名。
魔法技術を磨き、魔法研究をする魔塔。
私の家とも言えるそこに帰還。
間もなく、魔塔主も帰ってきた。
「おかえりなさい! 主様! 長旅は、ご老体にはきつかったでしょ?」
「誰がご老体だ、このクソガキが」
ぐしゃぐしゃと頭を撫で回すのは、三十代そこそこにも見える童顔の男性。黒髪美丈夫。
だが、年齢不詳により、誰も年齢を知らないが、かれこれ二十年はこの姿で『魔塔主』を務めている。
「皆も無事でよかったなぁ」と、一同勢揃いに笑う。
「主様が帰らぬ人になったら、どうしようって心配していたんですよ? 後継者、誰に押し付けようって」
「私は嫌よ」
「オレも無理、嫌」
「同感、自分の研究出来ないとか、魔塔主になりたくない」
『魔塔仲間』一同の意見である。
「後継者に選ばれたら、光栄に思えや!! このクソガキども!!」
いじられた魔塔主は、盛大にとっ捕まえた仲間の頭をぐりぐりと撫で回す。
「そういえば、あの救援要請を使ったのは、キースだけだったそうじゃないか? どんな瀕死になったんだ? ん?」
ニヤニヤと苦戦っぷりをすでに知っているであろう魔塔主がからかうのは、私が助けに行った『魔塔仲間』のキース。
「チッ! あの時は別に! だいたい、他だって手こずってたんだろ!? シルしか来なかったし!!」
「あー、そういえば、救援要請あったな。忘れてた」
「ひでーな!!」
「生きてんじゃん、いいだろ」と軽く流そうとする薄情者が一名。
「そういえば、みんなあの日は、どんな強敵と戦っての?」
私は、首を傾げた。
各々が、あの日の苦戦を強いられた相手の特徴を言うが、結局、シルが一撃で葬った群れへの対処と救援要請に応えてからのキースの持ち場を救ったことが一番評価された。鼻が高くなる。
「ふむ。やはり、後継者に相応しいのは、シルか」
「え? 嫌ですよ! うら若き娘を勝手に後継者に指名しないでくださいよ?」
「はははっ! オレ以外に指名する奴いないだろうが。でも、まぁ。次期魔塔主が嫌なら……うら若き娘はやはり嫁ぐのか?」
豪快に笑い飛ばしたかと思えば、ニヤリと企んだような笑みを浮かべた。
「嫁ぐぅ? 何言ってんですか?」
変な発言に怪訝な顔をしてしまう。
「聞いたぞ! 公爵の唇を奪ったそうじゃないか?」
面白がっている様子の魔塔主。
「口……? もしかして、キースを助けるために魔力をもらったあの方、公爵様だったんですか?」
心当たりは、あの時の魔力を吸い上げたキスだけ。
「お前……やっぱり知らなかったのか」と呆れた顔をするキース。
「ん? そういえば、キースの持ち場って……公爵領? そこの公爵様だったってこと?」
「そうだ。ライオネル・フェナールド公爵様だ。あのあと大変だったんだぞ……」
キースは、何故かげっそりする。
「え? 何よ……人命活動の一環でキスしただけで、なんか問題でも起きたの?」
「別にオレの命を救ってくれたことに文句を言っているわけじゃない! ただなぁ、色々と面倒で……いやもう、巻き込まないでくれよ」
全力で嫌がるキースが、私から距離を取る。
「お前、ちゃんと公爵の顔を見ていないのか? 聞けば、かなりの美形らしいじゃないか」
「? んー、確かに戦場にしては、キラキラしているとは思いましたね。雰囲気とかも。あ。婚約者とか、夫人とか、そんな相手が話を聞いて怒ってるとかですか?」
それならキースがげっそりとして嫌がる理由も頷けると、私もげっそりした。あの美形なら、相手がいて、唇を奪ったことで怒っている可能性はあり得る。言い訳させてほしい。緊急事態だったのだ。
「いや。戦争が起こることはわかり切っていたんだ。命を落とすかもしれないご時世だから、多くの者が婚約者不在だった。あの公爵には、夫人はもちろん、婚約者もいないさ」
やけにニコニコする魔塔主。
何やら勘付いた『魔塔仲間』が数人、スススッと私から離れた。
状況がまだ飲み込めないので、困惑。
「公爵の唇を奪ったなら、責任を取った方がいいと思わないか?」
「なんの責任ですか?」
「もちろん、結婚だ!」
真剣に言いきった魔塔主を、しらけた顔で見上げることしか出来ない。
「はぁ? 何をバカなこと言っているですか? ついにボケてしまわれたのですね」
と、本気で思ってしまったことを口にしたのがいけなかったらしい。
肩を掴んだ魔塔主に、魔法転移封じの魔法をかけられた。
「よろしい、公爵! ここでしたまえ!」
魔塔主が、パチンと指を鳴らすと、部屋の扉が開く。
そこにいたのは、真っ赤なバラの花束を抱えたあの時のキラキラした青年だった。
真っ赤なバラを抱えた青年は、キラキラした金髪と澄んだ青い瞳をしている美形。仕立てのいいスーツ姿が様になっている。
期待と好奇心で面白がって傍観する『魔塔仲間』と魔塔主。
先程の会話の流れからして、やっと状況を把握した。
転移魔法を封じられて、逃げられない。……くそう。
「あの日は、挨拶をしそびれて申し訳ない。ライオネル・フェナールド公爵だ。『戦場の銀の閃光の天使』シル殿……」
瞳に熱を込めて、頬をほんのりと赤らめたまま、歩み寄る公爵。
「一目見て惚れたあなたを考えない日がない。だから、求婚に参った。どうか、私と結婚してほしい」
会って二回目で、跪いてのプロポーズ。
私は恨みがましく、ニヤニヤした魔塔主を睨む。
「お気持ちは嬉しいですが、公爵様。身分が」
「シル殿なら真っ先にそれを言うと、キース殿から聞いた」
私が睨みつけると、キースは顔を思いっきり背けた。
命を救った恩を、仇で返したな?
「此度の戦争で多くが貴族の身分を得たりもした。功績で養子縁組も多い。『戦争の銀の閃光の天使』のシル殿なら、辺境伯卿が養子にしたいと仰っていた」
え? あの辺境伯様が? マジでぇええ?
ビックリしたが、いやいやと首を振った。
魔塔主を、もうひと睨みして、私は公爵と向き合う。
「そう仰るなら、公爵様。私のことは調べていないのですね?」
「え? いや……失礼ながら、調べさせてもらった。だが『魔塔の魔法使い』の実績の多くは秘匿も多く、君が17歳であり、10歳の時に魔塔に入ったことぐらいしかわからなかった」
「でしょうね。変だと思いませんでした? 10歳までどこにいたか、足取りがわからないのは」
「そう……だな。10歳まで、全く痕跡が見付けられなかった。キース殿も口を閉ざしてしまうから、君の口から聞くべきことかと思ったが……」
不安げに廊下に立っている青年を振り返る公爵。いつぞやの口うるさい青年だった。側近か補佐官だったのだろう。彼も不審げに顔を曇らせる。
「ええ、そうですね。私の素性については、誰も口にしませんよ。そう頼みましたしね。正直、その身分は捨てたつもりですが、こうして求婚していただけたのですから、正式にご挨拶申し上げます」
私はローブをドレスに見立てて、軽く摘まみ上げると、淑女のお辞儀をして見せた。
「私の名は、シシルヴィア・ミューチャー。ミューチャー伯爵家の長女です」
「え……は、伯爵、令嬢……? ミューチャー……?」とポカンとする公爵は、伯爵令嬢であることに驚き、その家名に首を傾げる。
「ミューチャー、伯爵令嬢!?」と仰天するのは、補佐官。
顔が真っ青になる辺り、聞いたことがあるようだ。
「聞いたことがあるのか?」と公爵が問うも「い、イエ?」と声を裏返して激しく動揺をして見せる。
「じ、自分の記憶違いだと、お、思います……。も、申し訳ございません! シル殿、いえ、ご令嬢! 私めは公爵様の補佐官を務めるダナスト子爵です。お名前をもう一度、お聞かせください」
聞き違いを願っての名乗り直しを求めてきた。
何度問われても、名前は変わることはない。もう一度、笑顔で名乗ってやれば、膝から崩れ落ちた補佐官。
冷や汗ダラダラの様子からして、絶対知っているなぁ。
「おい?」とじれったそうに公爵に呼ばれても、今補佐官は混乱でいっぱいだろう。
「こうして私の本名を知ったのですから、公爵様は今一度、求婚相手について調べるべきだと思います。それまで、お話は保留としましょう」
穏やかな笑顔で、暗に出直せと言っておく。
「そ、そうですね!! 保留中に、徹底的に”間違いである証拠”を掴んでまいります!! 行きましょう、公爵様!!」
補佐官が抵抗する公爵を無理矢理引っ張っていき退室していった。
”間違い”であってほしいのだろうなぁ、と思いながら、手を振っておく。
「なんだ。意外と令嬢対応が出来るじゃないか」という魔塔主に、ニコリ。
「みんなぁ。思ったんだけどぉ……。魔王討伐帰りの今なら、主様を倒せるんじゃないかなぁ~?」
私が言えば、一同が目の色を変えて、魔塔主に注目する。
「なッ……」と後退りする魔塔主だったのだが。
魔法対決では、全員が束になっても、結局負かすことが出来なかった。
はぁー、とため息を深く吐いては、恨めし気に魔塔主を見上げる。
彼は意味ありげに笑って見せるだけだった。
ちゃおちゃお!
こちら、『執筆動画』もアップしております。
こんな風に手直ししましたよ、というVtuber動画です。
よかったら、覗いでみてください。かみかみしてます……。
https://youtu.be/qZ-1gfTOXKE?si=w1846CHLfg-DVM1a
今日は4話まで更新して、明日から毎日1話更新しますよ!
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