11 奮い立つ戦友。
オレのためが、嬉しくても苦しすぎる。
味方ごと燃やし尽くした『天使様』の苦しげな横顔。零れても蒸発して消えた涙。自分を恨めと告げて、一人で罪を背負った『天使様』。白銀に靡く髪の凛々しい佇まいでも、儚いこの少女。
奪われ続けた『天使様』が、苦しむ要因になるなんて、嫌だ。
嫌です。やめてください。
お願いだからっ。また罪を背負うなんて言わないでっ。
自分を恨めだなんて、残酷なことを言わないでくださいっ。
あなたの声で、またそれを聞くなんて嫌だっ!
「嫌な思いをしただろう。恨むなら」
「嫌ですっ!」
当然、遮った。
「えっ……?」と困惑する顔の『天使様』。
「絶対に嫌です!」
「え、なんで?」
「恨めませんよ!」
「どうして? 私の妹だから?」
「はいっ、え?」
「え?」
「……へっ?」
困惑顔で首を傾げる『天使様』は今、なんて言った?
”私の妹だから”?
……え? あれ? と、オレは目を点にしてパチクリさせた。
「……すみません。オレが嫌ですと言った時、なんと言おうとしたのですか?」
と遮っておいて、聞き返してしまった。
「いや、だから、嫌な思いをしただろうから、『シシルヴィア』じゃなくて『シエルヴィア』の方を恨んでほしいって言おうとしたんだけど……恨まないの?」
「ぜひ恨みます!!!」
「んんん??? んー? まぁいいけど」
めっちゃ恥ずかしい!! 勘違いを暴走させてしまった!!
つい、妹の罪を背負うのかと! 自分のフリをされてそれを野放しにしていたせいだって言ったから! 責任を背負うとか言いかねない人だから!
でも考えてみれば、全ての不幸の元凶の妹を庇うような真似はしないな!?
変なオレに対して、首を捻ったけれど、追及しないでくれた『天使様』。
脱力した。よかった。謝罪しに来たけれど、罪を背負うと言わなくて……。安堵。
「そうですね。悪いのは、あの被害者面した『悪女』ですもの。あの嘘泣きに騙されるとは、わたしもまだまだですわね。確かにあの夜の『悪女』は化粧が濃すぎましたわ。吊り目を強調したアイラインが極太。ドレスはまるで娼婦のような胸を開いたもの。魔道具でシル様の白銀色の髪を真似たそうですが、とても似つかないですね。慰謝料払いすぎてヘアトリートメントも買えないのでしょうかね? おかげで桃色の髪の『被害者面』で泣く姿は、信憑性があって騙されてしまいましたわ。化粧でバケモノ顔にならないように、薄化粧にして涙を流していたのでしょうね。まったく!」
「え、エヴァ!」
怒りが沸々と湧いているエヴァを、慌てて止める。
『天使様』が恨んでいいと言ってくれたから、つらつらと嫌味を込めて吐き出した。これでも淑女教育を受けたが、元々気が強いから、怒涛のように恨み言は吐き出す。
でもやめて! なんか『天使様』に苦情を言っているようなものだから!
オレがあとで聞くから!
オレの気持ちが伝わって、エヴァはハッとして口を押えた。
「あはは。流石、勝手にファーストキスを奪ったブライアンとセカンドキスを奪ったセヴに平手打ちをしたご令嬢だ。苛烈だね」
『天使様』は気を悪くした様子はなく、面白がって笑う。
二人揃ってホッとした。
「エヴァ嬢も、ごめんなさい。嫌な思いをしたでしょう?」
と申し訳ないと眉尻を下げる顔をするから「シル様にされたわけではないので、謝罪は不要です!」とブンブンと首を振ってくれるエヴァの隣で、オレもうんうんと頷く。
「……シル。シルのファーストキスは、その……」
ファーストキスの話を持ってくるのは、公爵様だ。ソワソワした様子で隣の『天使様』を覗く。
「あなたですが?」
「えっ!!?」
『天使様』の返答に、公爵様が反応するより前に、オレが大声を上げてしまった。
「ファーストキス!!?」と口が勝手に声を出してしまう。咄嗟に両手で押さえたが、もう出たあと。
公爵様は、ポッと頬を赤らめて視線を落とす。
こ、ここ、この公爵様が!? 『天使様』のファーストキスの相手ッ!!?
魔力譲渡のためにキスをしたけれど、『天使様』相手に、恋に落ちたんじゃないかって、予感はしていたけれど! 的中した!!
いやでも! 下手な貴族じゃなかったよかったぁああ!!
いや、多分、この公爵様ぐらいじゃなきゃ、魔塔主様が求婚どころか会うことすら許さないもんな!?
過酷な環境で幼少期を過ごした『天使様』を保護しては直々に育てたのだから、娘みたいに可愛がっている可能性は、話を聞く限りある!!
いやでも、行動力すごいなこの方!! 惚れて一度会った『天使様』に、魔塔主様の許可を得て求婚して、了承も得たなんて……!!
魔塔主様にも、『天使様』にも認められたってことだし、想いだって強いと思う!!
ジーンと胸が熱くなったオレは、本当に堪え切れず。
「公爵様っ! オレが、言うなんておこがましいとは思いますがっ、すみませんが言わせてください! 幸せにしてください!」
と、がばっと頭を下げた。
「ああ、承知した」と気を悪くした様子もなく、任せろと言わんばかりの返答に、これまたジーンと胸を熱くする。
目が潤んでしまったオレを「……ブライアン」と何故か不穏な声が呼んだ。
ぞわりと悪寒が背中を撫でるから、ぶるりと震える。
オレを呼んだ『天使様』を見てみれば、冷めた目でこちらを見ていた。
「他人のことを言っているとは、余裕じゃないか」
「え、へ……?」
怒ってらっしゃる。カタカタ震える代わりに、カチンと固まった。こええ。
「あなた。託された婚約者を幸せにしなさいって言ったら、何度も頷いたわよね?」と笑顔。
笑顔が怖い。冷たい笑みだ。むしろ、冷え冷えとした目が笑っていない。
……そ、ソウデスネ……。
「それなのに……部屋なんかに引きこもって。エヴァ嬢はその部屋の前でずっと呼びかけていたそうじゃない。……一体何をしているのかしら?」
「………………」
オレは何も言えなかった。顔を上げられなくて俯いてしまう。
「あなたが被害者であり、泥酔という失態もあって、自分自身を責めるのは理解出来るけれど……だからって殻に閉じこもって解決出来るとでも? 婚約したばかりなのに、婚約を取り消すつもりだったのかしら? 幸せにするって話はどうした? 二回も婚約がなくなった令嬢を、その後どうやって幸せにするって言うの? ん?」
お説教された。至極真っ当なことだ。
声を荒げることなく、突き刺すように、バカにするように、言葉を放つ『天使様』。
婚約を取り消して、他の方法でエヴァを幸せにしたくても、普通の令嬢のような幸せは難しいだろう。
どうすれば幸せにできるか、オレには皆目見当がつかない。
「罪悪感も責めたい気持ちも全部、『シエルヴィア』に向けなさい。そして顔を上げて。体制を整い直しなさい。託されたでしょ。約束したでしょ」
殻に閉じこもるように部屋にこもっていたオレの元に、扉を蹴り破って来た『天使様』は光を差し込むだけじゃなく、叱咤して奮い立たせてくれる。
またもや目が潤んだオレが、顔を上げて見れば、仕方なさそうに『天使様』は柔らかく微笑んだ。
「招待状を待っているんだけど?」
ガッと胸が熱を込み上がらせる。
そんなオレの背中を、バシッとはたいたのはエヴァ。
涙ぐむエヴァの瞳は、強気に励ましてくれていると感じた。
「ごめん、エヴァ……!! シルさんの言う通り、顔を上げるよ。ありがとうございます、シルさん!」
がばっと頭を下げてから、意志を固めた表情を見せるために顔を上げて真剣に向き合う。
『天使様』も公爵様も満足げに頷くし、エヴァは鼻を啜りつつオレの手を握り締めてくれた。
「じゃあ、これからのことを話そう」
『天使様』は、手を組んで顎を置く。
「本物の悪女『シエルヴィア』の罪を暴き断罪する方法を」
『天使様』なのに、不敵ににやりと笑った。
オレ達は本物の悪女を断罪するための話をした。
以上、戦友ブライアンターンでした!
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11話目の執筆動画→ https://youtu.be/v23oqjePr-c?si=mhBLnuXmn4rfyAtQ
次回、悪女シエルヴィア視点に入りますよ。お楽しみに!





