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38番目の魔女  作者: シーグリーン
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みんなの話

さらばシリアス











「うおおおおおおお! うるせえええええええ!」



うっすらと空が明るくなった時間、ある塔から男の叫び声が響き渡った。



「眠れねえええええええ!」



自室の扉を開け放ち男は階上で寝ているであろう女に叫ぶ。



「扉を貫通して聞こえてくるってお前なあ……! 寝かせてくれよ……!」



男が頭を掻きむしりながらしばし訴えていると、階上の扉が激しく開き女が顔を出した。



「――うるせえのはお前だ! この美貌が睡眠不足で陰ったらどうしてくれんの!? 世界の損失だよ!?」


「いやうるせえのはお前! お前の! 歯ぎしり! 美貌どうこうより前に歯ぎしりを! 直せ! まずはそこからだろ! それに美貌もそこまでじゃねえ!」


「はあ!? この世界で最も尊いワクセイ様の愛し子が歯ぎしりなんてするわけないでしょうが!」


「してんだよ歯ぎしり……! 愛し子とか関係ねえから! とんでもねえ歯ぎしり音なのは愛し子だからってか!? そりゃ笑えるなあ!?」


「え、うわ、1人でなんか笑ってる気持ちわる」


「本気で笑ってるわけねえだろうが! 本気で気持ち悪がるのやめろ!」



彼らは毎日飽きもせず言い合いをしていた。



「本当になんで、なんで俺はこんなののために……」



男は救ってくれた聖女の盾になろうと死の間際に願ったことを後悔していた。

毎日後悔していた。生まれ変わって毎日新鮮な気持ちで後悔していた。



男は、これから先の未来に意気揚々と思いを馳せていた過去を思い返すたび、聖女の御座(おわ)す塔に足を1歩踏み入れ、最上礼を終えた途端に、



「これは……想像してたのと違……う……のか……? いやいやまさかまさか」



となった記憶が真っ先に浮かぶのをどうにかしたかった。



あの頃のきりりとしていた自分を殴りたいと男は思っていたし、せっかく生まれ変わった目的の人物がこれなのか、とも思っていた。



勝手に想像して美化して神格化してしまった自分に責任があるので愛し子(聖女)に罪はないが、歯ぎしりだけは許せない。そこだけは罪があると男は認識している。



「は~2度寝する気分じゃなくなっちゃった~。世界のために今日も愛し子魔女が出仕しますか~」


「……もう何もしてねえだろ」


「ああん!? あたしくらいの愛し子魔女になるといるだけで世界のためになってるの!」


「俺はお前以外の愛し子に仕えてえわ! いたらな!」



毎日言い合いはしているものの彼らは自然とうまく付き合い生活を共にしていた。

特に愛し子は話し相手が塔に入れる聖騎士である男しかいないので余計に。


しかしこの塔には他にも生活している()()がいた。



「貴様は! 枯れるか枯れないくらいの絶妙な水やりをして! 今日は忘れるでないぞ!」



声のする方には喋る植物が鎮座していた。



そう、過去傭兵の身に纏わりついていた邪神的なあれ、しぶとく聖女を呪おうとしてジュッと浄化されかけたかつて邪神と呼ばれた存在が、結果植物に姿形を変えられたモノが、日当たりのいい窓辺でその葉を揺らしているのである。



これはワクセイ()の指示だった。



「そうだった。ついつい」


「貴様の! いつも! 目に入る場所に! いるであろうが! 忘れるでないわ!」



絶叫である。



植物の葉は全体的にうっすら黄色になり枯れ始めていた。


いくら魔女であろうと見慣れてしまうとそこにあるものがそこにあるものとして感じられなくなるのである。

いつもぎりぎりJASHIN様は生き延びていたのであった。



「もう我、世界を滅ぼすとかしないから……」


「滅ぼしていいよ」


「――は?」


「ここだけはあたしの土地だから手を出したら即消滅させるけどね」


「いや貴様、」


「あなたの力をあたし越しに吸い取り続けてきたあいつ等はよりぶちのめしてね。なのでそろそろこの約定を壊す手伝いをして」


「――貴様たちが言うところの“罪のない人々”はどうするのだ」


「邪神がそれを言うの?」


「それもそうだが……」


「いいの。もう。自然災害だと思えば腹もそこまで立たないんじゃない? ただの不運。そこに善い行いも悪い行いも関係ないの」



この塔での200年は彼女の根底を揺さぶるには十分な年月だった。

本来の性質に戻るにも。



「そう、あの頃のあたしは使命に燃えていたわ」


「おい、また自分語りが始まったぞ。邪神は余計なこと言うなよ」


「うるっさい! でもね、でも、そんなあたしでも清く正しく慈悲深いなんて100年で限界なんだもん! 元々どっちかというと悪側な心持ちだったし? なんであたし? しかも最近はワクセイ様の定期連絡なんて100年ない! どうなってるの神! ぜんっぜん連絡してくれない! もうあたしのこと好きじゃないの!?」


「めんどくせえ女きたよ」



愛し子は(そら)んじられそうなくらい同じ愚痴を言い過ぎてうっかり手を出すとやばい女みたいになっていた。



「年も取れないしい~!」


「じたばたすんな中身200歳以上が」



過去生で傭兵だった男は愛し子に一瞬たりとも恋愛対象としての、性愛としての感情を覚えたことがなかったので辛辣だった。



「そもそもね? 最初の愛し子な魔女っ子に力を与えすぎちゃったワクセイ様がやらかしちゃったし、その力を恋に溺れて口のうまいこの国の昔の王様に利用されて力を貸すなんて誓っちゃった魔女っ子のやらかしたツケを今払わされてるのが納得いかない~」


「……ワクセイ様は些事として気にも留めてないんだろ?」


「だねえ。ふむって感じだったよ」


「愛し子が続けて現れないだけまだましか」


「それ~。愛し子魔女っ子がいない時代に滅びてくれてたらよかったんだけどしぶとく血を繋ぎやがって」



愛し子はめんどくせえ女でも、他者に対して攻撃的な方のめんどくせえ女だった。



「し! か! も! 定期的に発生するウンコな邪神を、今回はあたしを通して循環させ直すって試みのせいでよりあいつらに力が流れちゃってたのお!」


「我を排泄物呼ばわりするでないわ!」



植物JASHIN様は憤っているが、ワクセイ様から聞いたその成り立ちは排泄物と何ら変わりないのが事実である。



「でもあたしも邪神の力をうまく変換できるようになったのはついてたね。廃棄とまではいかなくても15年は力を送ってないからそろそろ他の国が気が付いてもいいんじゃ~?」


「俺は最近あいつらの催促が執拗で命の危険まで感じる段階なんだが。誤魔化し切れないぞ」


「塔に逃げ込めばいいんじゃな~い?」


「簡単に言うな。だから今度来る女の聖騎士とやらも本物かどうか疑わしい」


「よりによって女性なんだよねえ? でもそんなわかりやすく怪しい企みをするかなあ」



これまでの歴代の聖騎士はすべて男性だったこともあり、より思うところがあるのだ。



「塔に近付ける時点で神が選んだんだろうが……」



愛し子には男が続けて言わんとすることがわかった。



「ワクセイ様にしたら、その人が腹の底で本当は何を考えてようが、あたしに何をさせようが、あたしがここで()()()()()いればどんな人間だろうと問題無いのよねえ」



彼らは所詮、大いなる存在()に無作為に選ばれた参加者に過ぎない。

それは当人達もよくわからないなりに理解していた。





そうして初の女性の聖騎士である彼女が塔にやって来る日。





――――“君のおばあさまですよ”――――





「くそったれ! 100年ぶりの神託がそれかよ!」



その神託は、どこか本人と不釣り合いな真新しい騎士服に身を包んだ彼女と対面した瞬間だった。



愛し子の突然の剣幕に怯え、さっと顔を青ざめさせた彼女。

愛し子はそんな彼女に近づき、恐る恐る抱きしめた。


抱きしめられるのを待つのではなく今度は自分から。



そして、過去が、彼女の過去が愛し子の頭にぽつりぽつりと浮かび上がった。



「ばあちゃん……さすがにあの杖じゃ……無理だよ……」



愛し子の頭の中には、たった1人で大神官に殴りかかった祖母の姿が。



「あんなただの木の棒で……あたしのために……」



それまで、どこか怯えていた彼女の顔付きが変わった。



「……ふんっ。式典にあからさまな武器は持ち込めないからね」


「そうだけど……」


「大声であいつのやってきたこと暴露してから殺されたから成功だ」


「ばあちゃん……豪快すぎるよ。成功の基準がゆるゆるだよお……」


「上出来だ」


「あんな敬虔な信者ばっかりな神殿の中で殺生とか肝が据わってるにも程がある……」


「ふんっ。感動の涙の割に……もっと綺麗に泣きな」


「無理い……」



愛し子は祖母に売られたわけではないと、200年越しに、避け続けていた答え合わせができて、自分の心の中に小さな小さなしこりがずっと残っていたことに気が付いた。

同時に、ここに満ちている力がこれまで以上に多く素早く体中を巡っているのにも。



「それで、隷属のネックレスはどうなった?」



祖母である彼女はそれにまつわる過去を孫に説明する。

ずっと気に掛かっていた事柄だった。



「――ネックレス?」



愛し子が意識するだけでその当時の光景が昨日のことのように頭に浮かんだ。



「あ~なんか気持ち悪い台詞言いながら近付いて来たよ。大神官ぴたぴた体に密着したタイツだったから股間丸出しで。あれ見せ付けてるの? ないわ~」


「なんだそれ」



それまで息を詰めて2人を見守っていた男が我慢できずに話に入ってきた。



「さあさあ美しい君に贈り物をさせておくれ、なんて言ってきてネックレス着けられたの。肘でみぞおち突いてやろうと思ったけどぎりぎり思い止まったよ」


「なんで思い止まるんだ。そこから蹴り上げろと教えただろう」


「それでどうなったんだ」



話が脱線しそうだったので男は軌道修正を図った。



「それから急に態度が悪くなって『ふふふ、さあて跪いてもらおうか』って気持ち悪いこと言い出したから蹴り上げたの。3回」


「3回蹴り上げたのかよ! あ、いや」



男はお手本のような合いの手を入れてしまい若干恥ずかしさを覚えた。



「それで首も痒くなってきたからこれいらないなって。あれ絶対安物だった。まだ見世物にされた時に着けられたやつくらいの良いものを寄越せ。それでね、外し方わかんなかったからガッて引っ張ったらガッて砕け散っちゃったの。そしたら半狂乱で喚いてどっか行ったから証拠隠滅でより粉々にして窓の外に撒いといた。あいつが何故か人払いしてたみたいだからばれてないと思う」



代々ひっそりと受け継がれてきた魔女の力の恩恵を存分に吸い取ってきた従属のネックレスは、知らぬ間に存在を消されていたのである。



「あれで従属させようとしたんだねえ。魔女がいない期間って短くないから魔女には効果がないって知らなかったのかな。それとも過去の魔女には効いた人がいた? でも結果的にただただ股間の膨らみを見せ付けて喚いて帰ったみっともない太ったおっさんだったよ。死ねばいいのに」


「もう殺したよ」



男は虫も殺さぬような容貌から繰り出される物騒な会話に少しだけ慄いた。



「それで……この初の女性聖騎士の彼女がお前のおばあさんっていうのは、俺と同じか? 奴らの手先ではないと判断していいな?」


「俺と同じ?」



冷たい視線で男を射抜いてくる彼女に男は生まれ変わった話をする。

それを聞き彼女は思い出した。



「あの時の傭兵があんただったのか」


「まさか、会ったことが?」


「塔に近付くようなら殺してやろうと跡をつけてたら勝手に野垂れ死んだ。金なんかは有難く頂戴したよ」


「そ、そうか」



男は特に嬉しくはない事実を今さら知った。



「あんたが埋葬された場所なら今でもわかると思う」


「埋葬してくれたのか。ありがたい」


「いや、争いから逃げてきた子供連れが早く逃げりゃあいいのに勝手に埋葬し始めたから装飾品を取り損ねた。だからよく覚えてる」


「え……」



男の脳裏に一瞬あの家族が。



「……どんな人間だった?」


「どんな? ――確か、大層な剣を持ってたけど父親らしき男は足を引き摺ってたね。子供が率先して穴を掘ってた。金目のものを漁らずに馬鹿な連中だったよ」


「そうか……」



男が予想する彼らとは別人なのかもしれなかったが、後悔だらけの男の過去の人生が少しだけ報われた気がした。そして形見の品に再び出会えるかもしれない幸運に感謝をした。



「それじゃあ、約定をぶち壊して滅びを見届けたらお墓でも作りに行っちゃう?」


「ちょっと待ちな。ぶち壊せるのか」


「なんだか力が漲ってるの。ばあちゃんにまた会えたのがきっかけなのかも!」


「神の手のひらの上が気に食わないがまあいいだろう」



3人(と1鉢)はそこで今の現状とこれからを話し合う。



邪神の力をも得て増長した約定の相手は既に自国以外の人間を同じ人間と見做さぬ怪物に成り果てていた。

己を神と同等の力を持った存在だと勘違いをし、愚かにも聖女と呼ばれている魔女を所有物として扱い続けたのだ。

どこまでいっても自分達に都合の良い聖女、その過信が彼らを滅ぼす。


己の力はいったいどこからくるのか――そんなことでさえ簡単に忘れられる人間ごときが神を騙る愚かさ。

始まりでさえ魔女が施す側、決して対等の立場ではなかった約定の流れを逆にせんとするかのような驕った愚かな行為が約定の綻びを招いた。



「元々近付けはしないんだけど、愛し子な魔女を害そうとした時点で神罰が下るのは確定。だからこれまで通りここでのんびり自活はできるよねえ。最悪食べなくても死なないし」


「でも俺らはその対象に含まれてないから簡単に死ぬと思われる」


「ふんっ。また生まれ変わるだけさ。愛し子の年季はまだ明けないのか」


「あと100年は確実にありそう。感覚的に。ねえ! ワクセイ様はもっと連絡ちょうだい!?」


「じゃあ寿命でも他殺でもまた生まれ変わって顔を見に来るよ」


「なるべく寿命にしよ?」


「おいそこの護衛」


「ばあさんも今日から護衛だぞ」


「お前もおそらくそう(生まれ変わる)なんだから、またこの子を守りつつ金持ちになってあたしをさっさと見つけて援助をする準備を今からしないとね」


「……なんでそれが受け入れられる前提で話してるんだ? ばあさんは」



女は生を繰り返したのもありかなり図太かった。



「俺は憧れを散々粉々にされたんでもうお()りは満足した。次は記憶もなく命を狙われることもなく夜きちんと眠れて可愛い嫁さんと子供と暮らす予定なんで他をあたってくれよ」


「貴様ら、我とこの女と2人きりにさせるでないぞ!? 枯れ果ててしまうぞ!」


「ちょっと盾の聖騎士! あと1回くらい少しの我慢でしょ!? 塔まで入れた聖騎士はあんたしかいないんだから! ほんっと歴代の聖騎士との愛憎愛し子の取り合いでも起こるかと思いきやなんもないし! なんならあたしの顔見てちょっとがっかりしてた! 男は清楚好きなのになんで!? これ見よがしに聖歌を歌いまくって存在感出してたのになんの反応もないし! ワクセイ様は愛し子の美貌にもっと力入れて欲しかった! 悲しい! 良い男侍らせたかった! あんたで我慢してあげるって言ってんの!」


「1回くらいじゃねえんだよ! もうお前の歯ぎしりは聞きたくねえし清楚でもねえし我慢してるのは俺!」


「歯ぎしり無いと思うけどごめんって! もうあいつら死ぬだろうし安眠できるはず!」


「ったく! 1回だけだぞ!?」


「優しいのかよ! 感謝の気持ちで効果抜群な聖歌とか歌っちゃう! きっといつかは可愛いお嫁さんと子供にも囲まれるはず! ワクセイ様に言っとくからね!」









そうして彼らは準備を整え、約定を廃棄する日が来た。











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