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38番目の魔女  作者: シーグリーン
4/7

あたしの話

残酷な描写あり

 










 愛し子を育てた女はずっと見ていた。





 孫が突然人が変わったようになった時もただ見ていた。










 ******





「くそったれ!」



 騙された!

 約定だって!?



 騙された!



 一生あの子は飼い殺しだ!

 ちくしょう! これは罰なのか!?


 あたしの罪はあたしだけに寄越せ!

 生きていくために手を汚し続けてきたのはあたしの意思だ! 罰ならあたしにだろう!



 怒りが収まらずこっそり戻ってきた部屋の粗末な椅子を蹴り飛ばす。



 さっき盗み聞いた話がぐるぐると頭を巡る。



 力、源、塔、1人、不老、隷属、ネックレス、大神官、選定、平民、口利き、見返り、貴族。



 どうすれば、どうすれば孫を守れる?

 あいつらはあたしをただの役立たずの婆だと舐め腐っているからさっきみたいに簡単に部屋から抜け出され盗み聞ぎを許してしまう。

 愛し子が見つかり神殿内外がばたばたと慌ただしいのと相まって事情を知るのは簡単だった。



 体裁のためか、あんな大々的にわざわざ王都まで愛し子を連れてきたあたしを、神殿のお偉方は表立って邪険には出来なかったようだが、苦々しい視線を隠しもしない奴ら。このまま孫に会わせることなくはした金でも握らせて追い出すつもりだろう。貧しい平民の婆1人なら簡単に丸め込めると思い上がっている奴ら。

 本心では平民のそれも貧しい娘が愛し子なのが許せないのだとその態度が物語っている。

 愛し子を自分達にとって都合のいい存在にしか考えていないくそったれ共。



 どうすればいい。



 まず大神官は殺す。生かしておいたら被害者が増える。だがいつどこでどうやって。

 こっそり殺しただけでは奴らの所業を暴けない。人目につく場所で殺さないと。

 決行の日はあの子が塔に向かう日に行うとされる式典の日がお誂え向きか。


 それにあの子が塔に旅立つまでの身の安全はどうやって。



 あたしはさっそく俗世の未練を断つなんていう尤もらしい理由で孫と会わせてもらえない哀れな年寄りを演じることにした。

 ぎりぎりまで神殿に居座れるよう体も心も弱っているふりをし、神殿関係者、礼拝に集まった人間、その中でも弱者に施しを与えることで虚栄心を満足させているような種類の人間を選んで自分が愛し子の祖母だと印象付ける。


 簡単に口封じされないであろう立場の人間には直接話しかけられないので憐れな老人の泣き言を聞かせてやる。



「孫は男性が怖いんです……心配で心配で……」

「禊のため孫ときちんとお別れもできず……仕方ないですね」

「孫は身分のある方と関わったこともなく……」



 特に、孫が神殿で何度かお披露目される際に離れた場所で孫を見つめながらさめざめと泣くと効果てきめんだった。



 世間知らずの馬鹿な正義感だけ1人前の貴族の女共が必要以上に同情し孫のために手を回した結果、常に女性の護衛がそばに付くようになったようだ。随分と力を持っている家の女がいたようだ。

 思わず込み上げる嗤いを堪えるのに苦労した。


 そして、鷹揚と話しかけてきたその女に、



「愛し子の選定に時間がかかるからと神殿に滞在していた少女が何人かいたようなのですが最近見かけないのです。皆家に戻ったのでしょうね」

「サークレットを纏った、との神託のようでしたので判断に時間がかかったのでしょうね」

「そうそう、皆、愛し子に相応しい平民ながら美しい少女達のようでした」



 と無害な老人のふりをして囁くだけでよかった。

 きっと取り巻き立ちと共に大いに脚色された噂を広めてくれるだろう。



 あたしはひたすら“愛し子の祖母”の顔を広め大神官を殺す準備に明け暮れる。



 孫を連れて神殿に来た最初のあたしの態度をすっかり忘れ、しおらしい態度に騙されている無能な騎士共が愛し子を護る自分に酔っている様を目にするのは、大神官への殺意を抑えるのに随分と役立ってくれた。





 そして、孫はすでに旅立ちこの場にいないのにもかかわらずべらべらとご高説をご満悦に垂れ流している醜い男(大神官)


 あたしは愛し子の祖母で敬虔な信者のふりをして男に程近い場所に陣取っていた。

 最期まで孫と話はできなかった。



 あたしの武器はこの丈夫な杖のみ。

 王都までの旅費を稼がせてもらった、孫をいつも品定めする嫌な目で見ていた一見親切なあの男を消すのに役立った刃こぼれした短剣は嫌がらせの身体検査もあり得たので置いてきた。



 醜い男が祈りはじめ周りもそれに合わせ場は静寂に包まれた。その時を逃さずふらりと立ち上がり叫ぶ。



「神のお告げです! 大神官は美しい少女達を愛し子にしてやると騙し神殿に閉じ込め尊厳を踏み躙ったと神はお怒りになっています!」



 排除される前に、騒ぎで声が届かなくなる前に、言い切る。



「我が孫に隷属のネックレスを身に着けさせ愛し子まで毒牙にかけようとした、神を愚弄した愚かな男に神罰を! これは神の意志である! 愛し子の恩恵を受けたくば真実を明らかにせよ!」



 神の愛し子の身内が神を騙る。これほど愉快なことがあろうか。

 孫を延々と孤独に縛り付け死なせてもやらないくそたっれの神へ、虫けらのような人間からの意趣返しだ。



 醜い男の頭へ全力で杖をひと振りし、都合よく仰向けに倒れたそれの股間を刺し貫く勢いで数回杖を振るう。

 声にならない汚い呻き声を上げるごみの口を塞ぐため、確実に始末するため顔も頭も潰す。


 慌てて駆け付け、神殿を血で汚すのになんの抵抗もない無能な神殿騎士に斬られるまで大神官を殴り続けた。



 くそったれの神よ、



 愛し子の身内が神を騙るなんて最高の見世物だったろう?





 薄れゆく意識の中で、最期に見たあの子のどこか縋るような瞳を思った。











 ******





「くそったれの神が!」



 神の意を騙った罰なのか、神を呪った罰なのか、あたしは何度も生まれ変わっていた。



 今回は何度目かは忘れたがまた女っていうのはわかっている。呪いのようにずっと天涯孤独の女児として生まれ変わるのだ。

 しかも罰の中のひと欠片の哀れみなのか、孫のいる塔の比較的近くの村や町に生まれ変わる厭らしい呪いだ。

 そして大抵は若くして死ぬ。



 あの子は幸福に暮らしているのだろうか、そんな思いが突如浮かびそれがきっかけで毎回記憶が戻る。



 孫はいつの間にか愛し子から聖女と呼ばれるようになっていた。

 孫がいる塔の周りは深くはない森に囲まれておりその森は開拓を禁止されているそうだ。


 塔には選ばれた人間しか近付けず、塔はこれまで危険に陥ることはなかったと誰とはなしに聞いた話だが、近付こうとは思わなかった。

 塔に近付けないという事実から孫に恨まれているかもしれないという事実に結び付くのが怖かったからだ。


 だが未練がましく周りの森に潜み住んでは孫を害する人間が森にすら近付かないよう今回も手を汚し続ける。

 孫の歌を少しでも聞き漏らさまいと必死に。





 そんなある日森で、血だらけの男を遠目に見つけた。

 棍棒を握り締めながらゆっくりと静かに男と離れるように足を引く。


 身に着けているものから判断するに傭兵だろう。傭兵にしてはやけに小綺麗な格好だが兵士ではあるまい。

 目立った武器を下げていないからどこかの争いから逃げてきたか。しかし今はまずい。あの子の歌が響いている。争いの場にいる人間達が塔に目を付けたら厄介だ。



 あたしは逃げるのをやめ男を追うことにした。



 手負いなのか返り血なのかは不明だが興奮状態であるのは確実だ。

 弱い女子供相手に死と隣り合わせの理性を失った男が何をするか知っている。


 今持っている武器は盗んできた釘をいくつか打ち付けてより確実に命を奪えるようにしてはあるが子供である自分と相手には歴然とした力の差がある。おそらく仕留め損なう。ならば。


 あたしは相手の体に嚙みついて皮膚を破ってやればそこから化膿して死に至る可能性があることもよく知っていた。

 少しでも傷をつけられればあたしの勝ちだ。



 近付いてきた時を逃すな。噛みちぎってやる。



 そんな気概で男をつけていると、男はふらふらと歩みが遅くなりながらもだんだん塔に近付いていた。

 血を流している。

 今手を下すべきか、その少しの逡巡の間に男は倒れていた。


 倒れてもなお這い進む男は、もうすぐ森を抜けるというところで動きを止める。

 ――死に顔はどこか満足そうだった。



 男から血が流れ切るのを待ち、念のため石を投げ動かないか確認した後に近付き獣が集まって来る前に手早く金目の物を漁る。

 男は思ったより金を持っていたし防具はまだ売れそうだ。



 手際良く男の持ち物をはぎ取っているとこちらに向かってくる複数の足音を耳が拾った。

 まだ装飾品がいくつか残っていたがすっぱり諦めてここから離れなければ。



 急いで離れひっそり木々に紛れながら様子を窺っていると、家族らしき集団が姿を現した。

 足を引き摺った男以外は子供と母親らしき女しかいない。これならどうにか全員倒せるだろう。


 彼らを注視しながらもやはり近くで争いがあったのだと確信する。

 今の家を捨てるか考えていると彼らは男をそのまま埋葬し始めた。

 思わず舌打ちしそうになったが、残っていたのは安物の装飾品だったのでこの場は諦めよう。場所を覚えておいて困ったら掘り返せばいい。





 しかしその後、掘り返すこともなくあたしは死にまた繰り返していた。



 何度生まれ死を繰り返してもずっと孫がいる塔のそばから離れなかった。

 何度若くして命を落としても何度も何度も。



 愛なんてものではない。ただ気になっただけ。

 もはや執着のようなものだった。



 1度孫の近くで生まれるのではなく違う国にいた。しかも予想もしなかった、王族の末端だった。

 常と違う生まれ方にこれまでとは違う転機と捉え違う方法で孫を守ろうとしたが、焚き付け方を間違った結果自国が滅びた。


 あの国はどこまで孫の力を搾取し続け横暴に振舞い続けるのか。

 やはりあの国に生まれないと。





 また繰り返し繰り返し――





 ようやくあの子がいる国の貴族、それも高位貴族の子供に生まれ変わった。



 そして、足を踏み入れるのも嫌だった()()神殿での聖典の儀であたしは光る剣を出現させ、前代未聞の、女性初の聖騎士にさせられた。



 この国の貴族は皆腐り切っていたが、今回のあたしはまだ腐っても汚れ切ってもいない。



 ――孫に会っても許されるだろうか。











 こうしてあたしは孫に再び巡り会える機会を得た。











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