表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/34

元側近たちと社交クラブにて ※説明回なので飛ばしてもOK!

「困ったもんだ、『道化王子』サマのワガママには」


悪友リッターが紙煙草を燻らせながら吐き捨てる。


雪でもちらつきそうな曇り空の午後。

暖かい社交クラブの隅でカードゲームに興じながら、やはり話題は昨夜の婚約破棄騒動だ。


「リッター、声が大きいよ」


「かまうもんか、どうせみんなそう思ってる」


リッターは元々クロッド殿下の側近候補だった。将来有望な伯爵家長子であり、新進気鋭の若手騎士だった彼だが、些細なことで殿下の不興を買って候補を外されて以来すっかりやる気をなくしてしまった。今では昼間から二流社交クラブに入り浸り、殿下のことを冒頭の不名誉なあだ名で呼ぶばかりだ。


偉そうにしているけれど影では笑い者の『道化王子』。誰が言い出したか、なかなか痛烈なあだ名である。


「まあ、あの方がここまで軽率だとは思いませんでしたね。すぐ側近候補をクビになった私が言うのもなんですが」


リッターの隣で、大臣の嫡男ワゼルが手札を几帳面に揃えながらこぼせば、


「女の子が絡んだら余計ダメになるタイプやったんやなあ、王子サマは」


先月候補を下ろされたばかりの宮廷魔術師補佐官ライが、北方訛りで陽気に笑う。


なにを隠そう、僕以外全員クロッド殿下の側近候補クビ経験者。彼の人となりを直接知っているせいか今回の騒動に対しても冷めた反応だ。


「それにしたってひどすぎない?いくら本命ができたからって長年の婚約者をわざわざ大勢の前で晒し者にするなんて」


ブツブツ言い募る僕の肩を、リッターが軽く叩く。


「そう怒るなよ。どっちが『晒し者』なのかは、みんな承知してるさ」


「どういうこと?」


「ドロフォノス家のご令嬢を衆人環視の中で切り捨てたのは、悪手以外の何物でもないということですよ。女好きの無能だと自己紹介したようなもの。元々殿下はドロシー嬢に手紙も贈り物もせず、お茶会はすっぽかして、夜会さえエスコートしない。彼女が王宮で使う部屋は隅に追いやられて、備え付けの庭は荒れ放題。もはやドロフォノス家の恩情もここまででしょう」


「ワゼル、やけに詳しいね。ドロシー嬢から直接聞いたの?」


「まさか。ドロシー・ドロフォノスは人形の如く黙して語らない。この話はね、王宮勤めの者なら誰でも知ってますよ。愚かにも殿下ご自身が吹聴して回ってるんです。自分が目をかける必要がない女だと周囲に知らしめたいんでしょう」


コーヒーに砂糖をザブザブ入れて一気飲みしたライが「しょーもな」と漏らす。


「そんなインケン男のどこがええんか分からんけど王族いうだけでモテるんやろな。夜会のたびに知らん女の子連れとったし。……それで、例の『真実愛する相手』って誰か分かったん?」


ワゼルは小さく首を振った。


「残念ながら議会に詳細が下りてきてないし、殿下ご自身お相手の名前を出してないようです。でも、どこのご令嬢であれ関係ないかと。王家がドロフォノス侯爵家との繋がりを手放すわけがない」


「ほな『真実愛する相手』とやらは側妃?」


「いや、まあ……そもそもクロッド殿下は側妃を作らない主義ですよ。今の側妃様の御子であらせられる第二王子のルナール殿下のことを毛嫌いしてますからね。ご自身の経験をふまえて側妃を娶らないだろうって話です」


「俺が候補ハズされた原因がソレだからな」とリッター。


「奴の前でルナール殿下を褒めたら『弟の方へ行け』っつって追い出されたんだよ。嫌味ったらしく紹介状まで付けられてさ。優秀な義弟と比較ばっかりされるもんだから憎たらしいんだろ。側妃様も含めてな」


神童と名高い第二王子ルナール殿下には、交流会でお会いしたことがある。

肩で切り揃えた麦穂色の金髪にアンバーの瞳で、少女と見紛うほど可愛らしいお顔立ちの方だった。立ち振る舞いは洗練されており、話す内容も15歳とは思えないほど立派で、正直兄殿下は完全に負けている。


そもそも貴族間での派閥は、第二王子派と王弟派が主力で、クロッド殿下はドロフォノス侯爵家の強大な後ろ盾があって、ようやく同じ舞台に立てる程度なのだ。


「ということは……」


ちらりとワゼルを見れば、彼は無言で頷いた。


――ドロシー嬢を切った時点で、クロッド殿下が立太子される可能性はなくなったわけか。


王家は第一王子を捨て、ドロシー嬢をとる。立太子したルナール殿下と娶せるのかもしれない。ワゼルがクロッド殿下の進退や『真実愛する相手』に関心が薄そうな理由がやっと分かった。


――かくして道化王子は失脚してしまいましたとさ。めでたしめでたし。悲劇にしては滑稽で、喜劇にしてはあっけない幕切れだ。


などと、いっぱしの劇評家を気取っていると。


「聞いたか、マージン君!」


顔馴染みの男がテーブルに飛び付いてきた。僕が時々仕事をもらうタブロイド紙の記者だ。外から一目散に駆けてきたのか、寒さと興奮で顔が真っ赤だ。


「あの道化、またやってくれたぞ!例の婚約破棄を陛下が受け入れなかったから議会長に直談判に行ったらしい!そんで大騒ぎして謹慎だってさ!盛り上がってきたなァ!明日っから王宮は忙しくなるぞォ!」


「……だってさ」


王宮勤めのリッター、ワゼル、ライは深い溜息をつき、僕は三人を励ますべくカードゲームを中断し「奢るから酒場へ行こう」と提案した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ