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6、ゴーノースー

 真夜中に出立したコウタ達は、遮るもののない大街道を行く。無人の運動公園の脇を過ぎ、長い坂を降る。


 既に足元は大街道118号線だ。あとは道の続くままに北上すれば良い。そのはずだった。


 一行の足は間もなく止まる。それは那珂川に架かる、大きな橋を目前にしての事だった。



「まずいな、検問だ」



 ジアンが吐き捨てるように呟いた。


 その言葉通り、街道は封鎖されていた。道を塞ぐようにして治安部隊が展開し、下り車線に陣取っていた。


 彼らの手元で真っ赤に煌めくのは、棒付き飴だ。それを大きく振っては車両を止める。唾液で濡れた飴は、街灯に照らされる事で、目に突き刺さるほどの光を弾き返した。赤い色彩はやたら目立つし、腹が減ったら食えるしで、治安部隊の標準装備であった。



「どうするジアン。別の道を探した方が無難っぽいぞ」


「他の車輌が大人しくしてる最中にか? 今さら道を変えたら悪目立ちだ。最悪、追跡されて背後を襲われるぞ」


「だからって、まともに検問を受ける訳にはいかないだろ」


「わかってる。だからこのまま正面突破しよう」


「ちょっと意味が分からんけど……」


「こうやるんだ、ちゃんと着いてこいよ!」



 ジアンは力いっぱいにペダルを踏み込んだ。すかさず立ち漕ぎ。最初こそ左右にフラついたものの、間もなく速度が乗り、遂にはトップスピードにまで達する。


 これには治安部隊も慌てふためいた。中には、棒付き飴を放り出して逃げる者まで現れる始末。



「そっ、総員退避ぃぃ! 暴走自転車が来るぞ!」


「オラオラ! 道を空けろーーッ!」



 ジアンの働きにより血路は開かれた。その間隙をコウタ、ツムギの自転車も続く。


 こうして一行は、辛くも厳重な警備網を突破したのだ。ジアンは高らかな笑い声をあげるものの、後ろのコウタからは大不評である。



「アッハッハ! やったなオイ、大勝利だぜ!」


「笑ってる場合かよ! 間一髪だったじゃねぇか!」


「そう怒るなって。大冒険はこれから始まんだからよ」


「このまま任せて良いのか、不安になってきた……」



 キィ、キィ、ガララッ。


 3人はひたすら北へ進路を取った。それからの道程は軽快そのものだ。払暁という時間帯のせいか、通行人は皆無。遮るもののない道で、ひたすらペダルを漕ぎ続けた。



「なんか拍子抜けだな。もっとこう、関所とか検問だらけかと思ったが」


「コウタ、この辺はどの軍区にも属さない、中間地点なんだ。だからどこの部隊も展開しないらしいぞ」


「だったら今のうちは安全って事か?」


「そういう事」



 陽が昇るにつれ、光景は徐々に移り変わる。畑仕事に精を出す男だとか、車道を走るトラクターを見かけるようになった。その多くは老人で、コウタにとって祖父母世代に当たる者ばかりだ。ふと腕時計を見たなら、まだまだベッドで寝転んでいたい時刻である。活動するには、早すぎる頃合いだった。 


 それからも、どれだけ漕ぎ続けたか。コウタが足に気怠さを覚え、ツムギが消耗を激しくした頃、ジアンが片手を挙げて合図した。 



「そろそろ疲れただろ。一旦、休息を挟もう」


「分かった。がんばれツムギ、もう少しの辛抱だぞ」


「はぁ、はぁ、しんどい〜〜足がもうパンパンだよ〜〜」


 

 先導するジアン。フラつくツムギと、不安げに寄り添うコウタが続く。本来であれば、このまま休息地へと向かうはずだった。


 しかし窮地は突然訪れた。それはコウタ達の背後から、怒涛の勢いで接近する。


 チンチーン、チンチーン!



「自転車のベル……何でそんなものが!?」



 コウタが振り向くと、その顔がこわばった。彼が目にしたのは、5人組の自転車乗りで、一丸となって猛追する姿である。そしてその自転車のサドルには黒地に金糸の旗が、威圧的にたなびく。


 黒地の旗に描かれたEとT。エンパイヤ東京のものである。



「ジアン、敵だ! 中間地点なのに!」


「さっきの検問の奴らが追ってきたらしい。とにかく逃げるぞ、自転車部隊は背後を突かれると脆いんだ!」


「ようやく休ませてやれた所を、クソがッ!」



 立ち漕ぎになって猛追から逃れようとする。しかし、ツムギだけが疲労から遅れてしまう。補助輪の抵抗が邪魔なのだ。必死の形相にも関わらず、少しずつコウタ達から離されていった。



「待ってお願い、置いてかないで!」


「クッ……お前は先に行けツムギ! 後ろはオレに任せろ!」


「任せろって、何をするつもり――」


「良いから早く!」



 コウタは大きく減速して、ツムギの背後を守るように走行した。そして蛇行運転を繰り返しては、牽制の構えを取る。


 間もなく、東京の手先が至近距離にまで到達した。車輪の冷たい音が重なり、コウタに悪寒をもたらした。


 敵兵同士が交わす会話も耳に届く。その時になってコウタは、改めて痛感した。自分は今、戦場の真っ只中にいるのだと。



「少尉殿、例の3人組を捕捉いたしました、サー! 間もなく交戦状態に入りますサー!」


「上々だ。1人、美しき少女が居るが、どんなものか?」


「目測します。身長は150センチ弱、バストサイズは小さく見積もっても85はあると思われます。分厚いブレザー越しでも分かる膨らみは垂涎モノでありますサー!」


「素晴らしい! ぜひとも無傷で捕らえるぞ。そして我らの専属メイドとして働いてもらおう!」


「サー! 前後の邪魔者は排除しますサー!」



 兵卒は車上で腰のものを抜いた。ボタン一つで傘が伸びる。臨戦態勢だ。そしてペダルの回転速度を一気に増して、速度をグンと上げてゆく。


 それはさながら、騎馬突撃の様相だ。脇に構えた傘を突き刺す体勢で、コウタの背中を狙う。


 大変危険な行為のため、決して真似をしてはいけない。



「邪魔者1匹、排除ォォ!」


「うおっ、あぶね!」



 コウタは繰り出された傘を、ハンドル捌きで回避した。


 それからは1台の敵と横並びになって走る。戦闘は継続中だ。互いに車体をぶつけ合い、激しいデッドヒートが繰り広げられる。



「クッ、こやつめ。民間人の分際で、思ったより手強い!」


「ただの民間人じゃねぇぞ。オレはミトッポの末裔だ!」


「な、何だと!?」


「積年の恨みだ、この野郎ッ!」



 コウタは、腰の干芋を引き抜きざまに一閃させた。

横薙ぎ。それは敵兵の顔を痛烈に叩いた。


 ペチーン。


 鼻を真っ赤に腫らした敵兵は、もはやペダルを漕ぐどころではなくなる。瞬く間に失速しては、強制的に戦線離脱となった。



「どうだ、茨城ナメんなよ!」


「おのれ……! 一斉にかかれ、相手は1人だぞ!」



 部隊長の号令をキッカケに、残り4台も突撃を敢行。2列縦隊。今度は2人同時にコウタへと襲いかかった。



「1人倒した程度で調子づくなよ。我らの優位は変わらん、覚悟しろ!」



 コウタは辛うじて猛攻をかわすも、形勢不利である。車道もそれほど広くはない。限られたスペースの中で、どうにか攻撃を避け続けなくてはならなかった。


 やがてコウタは左右から挟まれた。どちらの敵も傘を高々と掲げている。大上段からの攻撃だ。直撃したなら、間違いなく、痛い。


 反射的に「ごめんなさい」が飛び出す程度には、攻撃を浴びせられるだろう。



「戦争ゴッコも終わりだ、小僧!」



 コウタは見た。ためらいなく振り下ろされる傘、日差しでギラリと煌めく傘骨。それが眼前に迫る。額に、肩に、2つの軌跡が迫る。



(やべぇ、やられる……!)



 覚悟した途端、コウタの奥底で何かが蠢いた。


 既視感を覚える。それは彼自信の体験ではなく、彼の祖先が遺した記憶だった。そして、対処法までもを引き継いでいた。閃きに縋るか否かと、迷う暇は無い。状況は絶体絶命なのだ。



「やってやるぞウラァーーッ!!」



 コウタは重心を一気に後ろへ傾け、体勢を大きく変えた。



「な、何だと!? ウィリー走行する事で我らの攻撃を避けるとは! 何というテクニシャン!」



 コウタの車輌は前輪が大きく持ち上がり、後輪だけで疾走する。それはさながら、棹立ちの馬に跨る騎兵のようであった。


 そしてここで終わらない。コウタは前輪を戻す瞬間、その勢いを借りて芋による攻撃を浴びせた。体重の乗った痛烈な閃撃である。



「隙ありだ、この野郎が!」



 ペチン、ペチーン!


 これで更に2人、撃退した。残す敵は、指揮官を含めた2人のみである。



「ぐぬぬ、何という強さ、何というチャリ捌き。とても素人とは思えぬ」


「大尉殿、敵は思いの外に強敵です。ここは援軍を要請してみては、サー」


「なぜ二階級特進させた!? 不吉な事を申すな! それにたった1人相手に援軍など、恥晒しも良い所だ!」


「しかしながら、状況を鑑みるに勝機は望めません、サー!」


「つべこべ言わずに戦え。安心しろ、貴様を捨て石にしてでも、私自らが引導を――」


「サー、少尉殿。小僧の姿が見えません」


「何だと、どこに消えた!?」



 前方、左右、どこにも居ない。そうなれば、残すはあと一方向のみだ。



「へぇ、これが背後を撃つってやつか。確かに有利だ。ガラ空きだもんな」


「こ、小僧! いつの間に背後へ!?」


「テメェらがお喋りしてる間だよオラァ!」



 コウタはためらわず芋を振るった。それぞれ、背中と額に一撃ずつ見舞ってやる。すると敵は戦意を喪失し、よろめいては路肩に停車して遠ざかる。戦闘終了だ。


 もはや背後を脅かす者は居ない。コウタは大きく息をつくと、ペダルを漕ぎ続けた。そうしてしばらく進み、坂を下りきったところで、ツムギと再開した。隣にはジアンの姿もある。



「コウタ君! 無事だったんだね!?」



 自転車から降りたツムギは、脇目も振らず駆け寄ってきた。白く柔らかな手が、コウタの身体を忙しなく撫でる。



「おう。一瞬ヒヤリとしたけど、全部倒したぞ」


「無茶しないでよ、お願いだから。コウタ君に何かあったら、私、どうして良いか……!」


「別に泣くほどの事じゃないだろ。それからベタベタ触んな、怪我なんて無いから」


「だって怖かったもん! コウタ君が、傘でシバかれるって考えたら!」



 ツムギは、コウタの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。喉が涸れる程に、悲痛な声が辺りに響く。


 そんな中で、バツが悪そうにジアンが言った。



「済まなかったな、コウタ。成り行きとは言え、お前さん1人に任せてしまった」


「結果論だろ。もし前からも敵が来たら、アンタに戦ってもらうつもりだった」


「おっと、意外に冷静だったらしいな。それにしても、さすがはミトッポ様だ。鮮やかな戦いっぷりには惚れ惚れしたぞ」


「あぁそうかよ。だったら大子での兵集めも上手くいくよな?」


「きっとな。長年待ち続けた英雄の誕生だ。みんなこぞって力を貸してくれるだろうよ」


「オレに対して申し訳ないって気持ちがあるなら、そっちは頼むぞ。それで貸し借り無しって事で」


「もちろんだ。でも今は、休息が最優先だな」



 ジアンは、突き立てた親指で背後を差した。そちらには雑木林がある。雑草も生い茂っており、身を隠すには適した空き地だった。



「じゃあ行くぞツムギ。一旦離れろ」


「ヤダァ! コウタ君ってばすぐ危ない事するんだもん! だからずっとくっついてる!」


「チャリから降りらんねぇんだよ! どこにも行かけぇから、まずは離れろって!」



 それからコウタ達は、茂みに身を潜めて身体を休めた。雑草を薙いで倒せば、即席マットレスの完成だ。秘密基地のような様相に、コウタの心はほんの少し上ずった。


 3台の自転車は雑木林の中に停め、更に雑草の束を被せる。いわゆる『チャリ隠し』と呼ばれる駐輪方法であった。


 さすがにジアンの手並みは秀逸だ。慣れた手付きで諸々を整えてしまい、後は休むだけという状況になる。すると今度は、ショルダーバッグから食品を取り出した。



「流石に腹が減ったろ。2人とも、これを食っておけ。1個で300分働けると評判の品だ」


「チョコバー……配給品じゃねぇか」


「嫌ならオレが食ってしまうが?」


「要らないとは言ってねぇだろ」



 コウタは投げ渡された小袋を片手で掴んだ。そして封を切り、焦げ茶の固形物にかじりつく。甘さ控えめの低糖質、カロリーオフであるのに栄養価は高い。チョコの甘味とナッツの香ばしさは、なかなかのコンビネーションだが、やはりコウタの心には響かない。ただの補給と割り切るだけだ。


 ちなみにツムギは投げ渡された物を掴めず、お手玉のようになってしまう。彼女が無事に開封出来たのは、コウタが食べ終わるタイミングだった。



「よし、食い終わったら仮眠をとろう。ここがゴールじゃなくて、ようやく本番が始まるんだ。しっかり英気を養っておけよ」



 ジアンはそう言い切ると、返事も聞かずに寝転がった。そして草の上で高いびき。人目を忍ぶ立場であるのに、なかなかの豪胆ぶりであった。


 一方でコウタは眠れそうにない。腹の奥が未だに猛り狂っており、そこらを走り回りたいくらいである。しかし衝動そのままに動くには、幼馴染の様子が悪かった。



「ツムギ。眠いなら寝ちまえよ」


「うん、うん、これ食べたら、食べきったら寝ましゅ」


「さっきから全然進んでないだろ。良いからいっぺん寝ろ」


「じゃあ、お言葉に甘えましてぇ」



 ツムギは大口を開けて残りを一口で食べた。そして咀嚼しながらコウタの肩にもたれかかる。



「おい、邪魔だろ。肩を貸してやるとは言ってない――」



 コウタはそこまで言うなり、口をつぐんだ。ツムギの顔、唇の端が濡れて光るのを見たからだ。



「マジで寝てるやつじゃん。寝付きが良すぎだろ」



 安らかで無防備な寝顔だ。コウタはツムギの頭を撫でては、髪が目元を覆うように整えてやった。差し込む日差しも、少しはマシになるだろうと思いつつ。



「いちいち心配すんなよ。オレは居なくなったりしねぇから」 



 コウタは、ツムギの身体を支えながら瞳を閉じた。やはり眠気は遠い。


 だが隣の寝息に呼吸を合わせるうち、全身は緩やかに弛緩し始める。そして、いつしか夢の世界へと落ちていった。不快じゃない。その言葉を思い浮かべたのを最後に、本格的な眠りへと落ちていく。


 こうして一行は、大子の街を目前に仮初めの休息を貪った。そこで巻き起こる異変について、何ら知らないままに。



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