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吹き出物の跡が、未だに消えない。
小鼻の右脇にできたそれは、じわじわと丸い輪郭をつくり始め、小さなシミになりつつあった。
鏡を見ながら、その赤黒くなった部位を人差し指の腹で撫で回してみる。しかしそうしたところで特別何かが変わるはずもなかった。それどころか、逆に赤みが増したようにさえ感じる。
裕子は鏡を見るのをやめ棚の中からシャンプーを取り出した。最近近くのドラッグストアで購入した新しい薬用シャンプーだ。ボトルには小さめではあるがはっきりと「薬用」と表記されており、それだけで他の商品とはまるで別物のように思えてならなかった。もちろんそれなりの値段はしたが、一度くらい試してみる価値はあるはずだと購入を即決し、今日までに二度、そのシャンプーを使用している。
効果の程は、今のところ残念ながら裕子の期待を上回ってはいない。いやもっと正確に言えば、他のシャンプーと明確な違いがわかる程、充分な効き目は感じられない、といったところか。
軽く蛇口を捻る。シャワーヘッドからひんやりとした冷たい水が流れ出し、裕子の足元を濡らしてゆく。
裕子は全裸で突っ立ったままシャワー水が適温になるのを待った。この家では、始めの一分ほど待機しないとまともなシャワー水を浴びることができない。
ぼんやりと足元を流れる水を眺めていると、ふともう一度鏡に映る自分の顔を確かめたくなった。それはある種の衝動からだったのだが、裕子がそうせずにいられなくなったのは、よく考えてみれば至極当然のことだった。
翌日、裕子は三十代に別れを告げる。
目に前にある鏡は、しかし裕子に何の遠慮もせずに、吹き出物の跡が確実に濃い黒色に変化しつつあることを、しっかりと自分に伝えていた。