いざ、決戦の場へ
「エレノア、お前との婚約は破棄させてもらう。そしてここにいるシャーロット・トルタ男爵令嬢を新たに俺の婚約者にする」
そう思ったのに、これだ
。あれから日は過ぎて今日は卒業パーティー。王家とエレノア嬢のご両親達との話し合いの場のセッティングも出来ていたのに。あの馬鹿王子はやりやがった。
話し合いのセッティングに苦労したことを思い返していたら話は進んでいた。さて、私の出番か。きっちり、言い返そうじゃないか。
アルバートやヴィンセント会長達に目配せしてから私は一歩踏み出す。
「ドミニク王子、恐れながら申し上げます。」
王子はまだ余裕のある顔をしている。その鼻っ面叩き折ってやるからな!
おっと、怒りのあまりお口が悪くなってしまった。口に出さないように気を付けないと。
「そもそもエレノア嬢はそちらのトルタ嬢を苛めてなどおりません」
わざとヒロインちゃんの名前を家名で呼べばヒロインちゃんはちょっとむくれた。けど気にしない。名前で呼んで王子に揚げ足取られたくないからね。
「取り巻きにでもやらせたのだろう?」
「エレノア嬢には取り巻きなどいらっしゃいません。皆様ご友人です」
間髪入れずに言い返す。
「証拠だってあるぞ。シャーリィが筆箱を盗られてごみ箱で見つけたと言っていた。それに寮から締め出されたこともあったと聞いたぞ! エレノアが命令してやらせたのだろう!」
あー、頭の悪い苛めだこと。さすがお花畑のヒロインちゃん。自分で考えたのだろうか?
それともどこかの小説からパクったのかもしれないなぁ。
「教室の席は指定されておりません。放課後の清掃の際に机の上等に忘れ物があれば一度職員室で預かり一週間ののちに廃棄となっておりますよ。校則にも記載されています。寮からの締め出しの件は外出の時間を過ぎていたのではないでしょうか? ご確認はされたのでしょうか?」
一気に捲し立てれば憤りの表情で言い返してくる。
「そんなもの知らんぞ! シャーリィの言うことを疑うのか!」
キャンキャンうるさいなほんとに。
そろそろ耳が痛くなりそうになってきたところでヴィンセント会長達が資料を持ってきてくれた。それを受け取り、私は笑う。隣のエレノア嬢にも目を合わせ、二人で笑った。
「なんだその紙は。それよりも今お前エレノアを目を合わせて笑ったな? やはりお前達そういう関係なのだな!」
「殿下、私達は友人ですよ? それを言うならば殿下こそではありませんか。世間一般では婚約者が居ながら他の女性と親しくするのはよい行いではないと思いますが……まさかご自分の行いを棚に上げてエレノア嬢だけを責めるおつもりではありませんよね?」
バサッと手元の資料をばらまく。そこには集めまくった浮気現場の写真達や密会・デートでの会話の書き起こしのデータが乗っている。同じものは数十部用意した。
アルバートやベンジャミン、ルシル、ファンクラブの子にお願いして会場内にも渡っていることだろう。分厚いから何人で見ても分けて回し見れるはずだ。
その資料に気が付いたドミニク王子はぐしゃぐしゃに足元に散らばる紙を踏みつけて踏み躙っていく。
「うるさい! お前達が浮気していたのであれば俺が浮気していてもお互い様だろうが!」
おっと、自分から自爆した。
「では殿下はそちらのトルタ嬢との不貞をお認めになるのですね?」
「お前達だって浮気していたのだろう!」
またしても吠えてくる王子に言い返そうとする前に別の声が響いた。
「殿下、ラハンスは女性ですよ」
シン、と会場が静まり返る。声の主はヴィンセント会長だ。
え?
今会長がバラしちゃうんですか……?
私の盛大に求婚してエレノア嬢に悪い噂がつかないようにする、って計画が……!
「……は? こいつが女?」
王子も隣のヒロインちゃんもポカンとしている。
おー、嬉しい。そんなに私男っぽく振舞えてたんだ。バレなかったのがなんだか嬉しい。
ちらりと会場を見れば驚いている女生徒も多かったがファンクラブの何割かはどこか納得したような、また別の何割かは興奮しているように見える。
なぜだ。
まぁいいか、こっちが最優先。
「はい、殿下。俺、いえ私はれっきとした女です。事情がありましてこのような恰好をしていますが学校側は把握しておりましたし他にもいくつかの家は知っております。調べれば分かったことだと思いますが……」
調べなかったんですね? と言いたげに小さく口端を持ち上げ笑い煽ってみせる。すると王子はまた顔を真っ赤にして何かを言おうと口を開いた。
だめ、言わせん。
「というわけで、私とエレノア嬢は不貞などしておりません。同性ですので」
にっこり笑顔で言えば王子の口からぐぅぅと悔し気な声が漏れた。
予定と違ったけど結果的にOK!
「ド、ドミニク様ぁ……」
どうしよう、こんなはずじゃないのに、どうして。
きっとヒロインちゃんの心境はこんな感じなのだろう。あたふたして顔色真っ青にしちゃって、さすがヒロインちゃん、可愛いね。
最後まで頭がお花畑で本当、可愛いね。
悪女でないからちょっと可哀そうな気もするけれど、私は悪役令嬢だから大事な人を優先させてもらいたい。エレノア嬢の方が大切だから、頭お花畑のヒロインちゃんは要らない。
多分今の私はすっごく悪い顔してんだろうなと思う。
「何をやっておるかドミニクよ」
威厳のある声が響き陛下が登場なさった。隣には王妃様。
王妃様は申し訳なさそうにエレノア嬢に目を向けてから厳しい顔を王子に向けた。
「二人を拘束し別室に連れていけ。この騒ぎを起こした責任は取ってもらわねばな。公平でないものには王は務まらぬ。この場でもう伝えておこう。こうなってしまってはドミニクに王位を継がせるわけにはいかぬな。皆の者、第二王子のイヴァンを次期国王として今後は動くように」
陛下の命令でやっとやってきた警備兵達にヒロインちゃんと王子が拘束される。ヒロインちゃん、ほとんど何も言ってないのにご退場だ。さようなら。
暴れる王子にエレノア嬢が一歩近付く。そして微笑んだ。
「ドミニク王子、お望み通り婚約破棄出来ますわよ。ただし貴方様の有責となります。証拠も十分ありますのでもうどうにもなりませんわ」
ごきげんよう、と嬉しそうにそう言うと王子はようやく状況が飲み込めたようだ。頭が悪いというか、恋は盲目というか。
うん、心底この人がエレノア嬢の婚約者でなくなって良かった。
さて、このあとどうしようか。資料を拾い集めて、それからエレノア嬢のフォローと、ファンクラブの子達に謝罪と……。
そう考えていたらよく知った声が会場に響いた。
「レグラス嬢、もしよろしければ僕と婚約を結んでいただけませんか」
え?
と思い反射的にエレノア嬢の方へ目を向ける。そこに居たのはよく知った顔。
「アルバート様……?」
エレノア嬢もぽかんとしている。私も同じだよ、ぽかんだよ。
え?
このタイミングでお前が求婚するんかい!
って思わず胸の内でツッコんでしまった。
「兄上、いえ、姉上と一緒に過ごしたこの一年間の間ずっとエレノア嬢のことを見ていました。真っ直ぐ前を向くその目にも、王妃教育で身についた誰よりも淑女らしい立ち振る舞いにも、それに声すらも僕は惚れ込んでしまったのです。誰にも貴女を渡したくありません」
いつもクラスメイトの前では明るく振舞っていたアルバート。けれど今言葉を紡ぐその顔は真剣そのもので周りの誰も言葉を発せなかった。
エレノア嬢は混乱していたようだったが表情を引き締め、それから堪えきれずに嬉しそうに頬を緩め頷いた。
「殿下のお心を引き留めることも、お諫めすることも出来なかった私でもよろしければ……」
「貴女がいいです」
間髪入れない返答にエレノア嬢の頬が朱に染まる。アルバートは恭しく跪くと片手を取り手の甲に口付けた。
「ではこの後早速両親達を交えてお話を。よろしくお願いいたします、エレノア嬢」
その時笑ったアルバートの笑顔は腹黒なんかではなく本当に嬉しそうな笑顔だった。
こいつ、好きな人の敵には腹黒を見せるタイプなのかもしれない。今更ながら弟の性格をまた一つ知った気がする。
「おぉ、なんと良きことだ。エレノア嬢には我が息子が迷惑をかけてしまったからな。代わりに良い縁を探さねばと思っていたがその必要はなさそうだ。ドミニクとのことについての話し合いの場で共に話を進めることにするが良い。ラハンス家も後で王城へ参れ。では皆の者、騒ぎを起こしてしまったが卒業おめでとう。これからもこの国がより良い国であるべく力を貸してほしい。卒業パーティーを存分に楽しみ友人達と語らってくれ」
威厳たっぷりのお言葉を残し陛下達は会場を後にする。会場もざわめきを取り戻し楽しいパーティーが再開する。
エレノア嬢やアルバートは談笑をしている。そこにルシルやベンジャミン、他の友人らも集まってきて二人に祝福の言葉を掛けている。私も二人に声を掛けてからファンクラブの子達に謝罪祭りするか。
そう考えていたら誰かに手を取られた。
「ラハンス」
「? はい、どうされましたか会長」
「俺と婚約してほしい」
「……は!?」
ヴィンセント会長の爆弾発言に気が付いたのは本当に近くにいた人達だけだ。少し離れた所にいる人達はまだエレノア嬢達の方に関心が向いているから。
混乱する私にヴィンセント会長はまだ言葉を続ける。
「男装を見抜くような人を見る目を持った男がいいんだろう?」
「どうしてそれを」
「君の弟から聞いた。男装の理由をな」
アルバートぉぉぉ!
勝手に話したな!
と言うこともできずにただ口をぱくぱくとさせている私の手をしっかり握り真っ直ぐ目を見てくるヴィンセント会長。
ちょっと、やめてくれ攻略対象では一番の推しだったんだから!
心が!
もたない!
「私はきちんと君の中身を見て君となら婚約を結びたいと思った。男装は続けてくれても辞めても構わない。中身を好いているんだ」
嘘なんか一つもない。
それを分かってしまうのは生徒会での仕事ぶりや普段の振る舞いを見ているからだ。こんなに真面目な人は他にいない。だから私はしどろもどろになりながらもこっくりと頷いた。
「よ、よろしく、お願いしましゅ……」
ちょっと許容オーバーで噛んだ。恥ずかしい。穴に入りたい。
周りの皆が拍手をしてくれてエレノア嬢達もこの状況に気が付いたらしい。
状況を見ていた他の友人から事の次第を聞きこれまた嬉しそうに祝いの言葉を述べてくれた。テンパりつつも私もちゃんとエレノア嬢達にお祝いの言葉を伝えたよ。ルシル曰く私はもう真っ赤だったらしい。
これでゲームシナリオは終わり、のはず。でも変わらずこれからも私はエレノア嬢の味方でいるつもりだ。もちろん自分の幸せも大事にしつつ、ね。
あぁ、本当によかった。丸く収まったね。