相変わらずお花畑のヒロインちゃん
「王子に関する証拠集めは順調か?」
ある日ヴィンセント会長にそう話しかけられた。生徒会室でエレノア嬢を手伝っている時だった。
「順調ですよ。生徒会長殿も情報をくださいますしね」
「それなら安心だな。最近さすがに私も参っていてね」
思わず首を傾げる。いつもクールな会長が参っているとは……?
「ここにシャーロット嬢でも連れ込んで不埒なことでもしてたんですか?」
「いや、職務放棄をされているだけだ。そんな不純な事実は一切ない」
ちぇ、残念。証拠になると思ったのに。でも職務放棄か……」
「会長、あのアホの殿下、今はもうほとんど何もしてないんですね?」
「ほとんどと言うよりは一切と言う方が適切だろう」
溜息を零した会長は本当に参っているらしい。気の毒だ。あんなのが生徒会にいるばっかりに。副会長も仕事量でしわ寄せを食らっておりバタついているのを見かける。
……これ、ヒロインちゃんヴィンセント会長のルート選んでなくても副会長には睨まれてそうな気がする。
「というわけだ。私も今後はより君達に協力することにした。迷惑を掛けられた腹いせに少しは私もやり返したいのでね」
にんまりと笑った顔は悪戯を企む悪ガキのようだった。クールな印象の強い会長の意外な表情に私もつられてニヤリと笑ってしまった。
「会長、俺の弟に似てますね。腹黒~い」
「嫌いかい?」
「いいえ、とってもいいと思います」
こうして私達は心強い味方が正式に増えた。つまりお茶会のメンバーも増えたわけである。
集まれるタイミングが重ならなくても情報共有の相手が増えたのでその分情報は増えたしお茶会で会えなくても他のタイミングで誰かしらと顔を合わせるので情報の漏れや共有の遅れが減った。
さらに、ヴィンセント会長はさすが生徒会長に選ばれるだけあってとても優秀で、集まっている証拠の中でのより相応しいものの選別や他の情報網を使って追加の証拠を集め精査してくれた。
「ラハンス、お前のファンクラブの情報、これの確証がほしい。もう少し話を聞いてきてくれ」
「了解です。いつもありがとうございます」
「礼はカフェテリアのコーヒーでいいから、頼むぞ」
そんな会話もするくらいには親しくなった。もちろん会長はエレノア嬢やルシルとも話すが何かあったら私に話しかけることが多い。多分私が男装しているからだろう。同性なら話すことが多くても何も言われない。それにその後エレノア嬢の所に行っても生徒会関係の伝達を任されているのだと思われているようだ。
こうしてバカ王子とお花畑が愛を育む間に私達はしっかりガッツリ、証拠をガッチガチに集めていたのだった。
そんな感じで証言や証拠集め、味方への根回しに奔走する俺にヒロインちゃんであるシャーロット嬢は今も変わらず度々突撃をブチかましてくる。
「ノア先輩!」
「おや、シャーロット嬢?」
そう、普通に名前呼びに変えられている。多分自分のこともも名前呼びしてもらうのOK出たから私も呼んじゃえ、うふふ♡みたいな気持ちなんじゃないか?
知らんけど。
「ノア先輩は将来ドミニク様のお傍でお仕えするご予定などはおありなんですか?」
「うーん、それは分からないかな。でも俺も貴族ですからね、王家のために力を尽くしたいとは思っていますよ。王命があればその仕事を全うしたいと思うのは当然だからね」
「じゃあ、ドミニク様の側近になったりとか、そういうことも王命があればなさるんですね?」
「そうだね、王命があればね」
この会話、多分ヒロインちゃん的には王子が王様になる時に傍にいてくれる人なら自分の傍にいる機会も多いし目の保養になりそう、的なことなのだろうか? 気に入ってるから傍にいてほしいなー、って感じか?
まぁ俺は『王命があれば』って返事しかしてないし。
多分この返事の意味分かってないんだろうなぁ。王命がなければ傍にいたいとも仕えたいとも思ってないって意味込めて言ってるんだけど……ま、伝わってないでしょうね。
お花畑ちゃんだもんね。
可愛い顔して首傾けてみたりうるうるおめめしてみたりしてるけどさ、全く効いてないんだわ。ざーんねん。
好意あると思ってるみたいだけど私は君の魅力には堕ちないよ。だってエレノア嬢の方が百万倍美人で魅力的だ。
それに気が付かないあのアホ王子、ほんっと許さん。
「シャーロット嬢、実は相談があるんだけど」
「え! 私にですか?」
「うん、君にしか相談できないんだ」
「わ、私で良ければ!」
卒業パーティーまでまだ少しあるけどそろそろ仕掛けるか。向こうも準備が必要だろうから。
私はちょっと照れたような、それでいて切なげな顔をわざと作ってこう言った。
「エレノア嬢のことを考えると、ドキドキするんだ」
どこかで聞いたことのあるようなこのセリフ、君は覚えてるかな?
「そ、それって……」
嘘偽りなく本当にエレノア嬢にはドキドキするよ?
美人過ぎて、って意味だけど。
そんなこと知りもしないヒロインちゃんは頬を赤らめてどこか興奮したように、でも少し悔しいような、と百面相してから私をじっと見つめてきた。
「ねぇ、この気持ちは許されるんだろうか」
切なさを少し上げて、声は掠れさせて。わざとらしい行動でも多分この子は引っかかるという確信があるからこそのこの演技。
まぁこの気持ち、なんて言っても美人過ぎて近付き難いのに隣に自分みたいな男装女子がいてもいいんだろうか、って意味だけどね。
ヒロインちゃんは少しだけ声のボリュームを下げて私に聞き返す。
「ノア様、エレノア様のこと」
「それ以上は言わないでくれ。エレノア嬢はドミニク王子の婚約者だから、ね」
周りに聞かれたら大変だ。
なんて今度は泣きそうな顔をして言って見せれば何やら考え出したようだ。エレノア嬢のこと大切に思っているよ?
友人として。
でも婚約者の傍に男装女子がいたら私が女子だとしても男としてはちょっと不安に思うだろうし、って意味。ほら、私ファンクラブもあるくらい女性人気あるし。
その時近くを通りがかった生徒達の声が聞こえてきた。
「お前が貸してくれた本、最後怒涛の展開だったな。二組の婚約破棄、からの婚約者を入れ替えてハッピーエンド」
「そうだろ? まぁそんなこと現実には無理だけどな。それこそ王族でもなきゃ無理だろ」
けらけらと笑いながら通り過ぎて行った彼らの声は良く響いた。その会話を聞いてヒロインちゃんははっとした表情になる。
それから嬉しそうに笑った。
「私、エレノア様と上手くいくように応援します!」
さぁて、何を考えてくれたんだろうね。
そこを通った男子生徒には感謝しないと。そういえばさっきの男子二人、ファンクラブの会長と会員番号5番のご令嬢の弟さんと親類の子だった気がするなぁ。
いやぁ、偶然だなぁ。