脳内お花畑のヒロイン
入学式はつつがなく終わった。早速私はルシルと落ち合ってヒロインを確認する。
「シャーロット・トルタ嬢、だよね。完全に」
「そうですわね……ノアの言う通り随分と目立ちますもの」
新入生はまだホールだ。学園内での注意事項などを聞いている。その様子を扉の隙間から確認しつつヒソヒソと話す。
おそらくヒロインだろうと目をつけたのは新入生に一人しかいない目立つ桃色の髪の少女だ。生徒会に所属している男子生徒に確認してもらったところ辺境の方の男爵令嬢らしい。男爵令嬢ってあたりも今では随分と朧げになってしまった記憶と合致する。
あのゲームはヒロインのスチルはほとんどなかったし見た目では判断できなかったのだ。キャラのセリフとかで君の○○のような髪、とか○○みたいな瞳、とかの表現はあったかもしれないけれど覚えていない。
愛らしい瞳とふわふわと可愛らしい、男爵令嬢位の情報しかなかったのだ。デフォルト名もなかったし。
シャーロット・トルタ嬢は柔らかなウェーブのかかった桃色の髪に同じく優しげな桃色の瞳、背は少し小さめで可愛らしい感じだ。小動物のうさぎとか小型犬のような愛らしさオーラがバンバン出ている。
見た感じでピンときてしまった。確実だと思うのでこれからは私とルシルはエレノア嬢と彼女が接点がないように気をつけることを確認してからエレノア嬢のいる生徒会室へと向かった。
「失礼します。エレノア嬢、お迎えに上がりましたよ」
「もう少しで書類がまとまりますわ。ノア様、あとしばらくだけお待ちになってくださいませ」
生徒会室の扉を開けると書類を処理しているエレノア嬢と目が合い、微笑まれた。いつ見ても美人だなぁ。
「ラハンス、待っている間にこの書類にサインをもらえるか?」
「いいですよ会長」
生徒会長であるヴィンセントは私とルシルがエレノア嬢と仲が良いことを理由に特別に生徒会室への入室を一部許可してくれている。たまに生徒会メンバーのお茶会にも呼んでもらっている。ゲームの通り頭もキレるし人への気遣いも出来るいい人だ。
「今年も変わらず男子生徒のふりをするのか?」
「えぇ、何かと都合がいいので。もしもの時はフォロー、お願いしますね」
そして私の男装を知っている人物でもある。
生徒会長になった際に生徒の書類に一通り目を通して気がついたらしい。
いやぁ、「なぜ男のふりをしているんだ?」って話しかけられた時は思わずミルクティーこぼしたよね。
ヒロインちゃんであるシャーロット嬢は生徒会長ルートに行くかもしれないよなぁ。ぼんやりとそんなことを考えつつ書類にサインししばらく待ってからエレノア嬢といつもの学校のカフェテリアへ向かった。
そこにいたのは二人。ルシルと弟のアルバートだ。
「アル、入学おめでとう。エレノア嬢、こちら俺の弟のアルバートです。これから会う機会もあるでしょうからご紹介しておこうと思いまして」
私がそう言えばアルバートはペコリと頭を下げてエレノア嬢へと挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ラハンス伯爵家のアルバート・ラハンスと申します」
「私はエレノア・レグラスですわ。ノア様の友人ですの」
「兄……姉上から手紙でいつもお名前は拝見しております。文面では聞いておりましたが本当にお綺麗ですね。まるで聖母のようです」
にっこりと笑うアルは天使のように可愛らしい。が、本性はそうではないので早速エレノア嬢にもネタバラシしておこうと思う。どうせ場合によっては王子に仕返しする共犯になるんだしいいや。
「エレノア嬢、こいつは表裏がすごいので注意してくださいね。いずれ目にするとは思いますが見た目通りのほんわかわんこ野郎じゃないんですよ」
こっそりとエレノア嬢に耳打ちすると彼女は楽しげにアルに目を向けてから笑った。
「まぁ……! うふふ、そうなんですの?」
「ち、違います」
がしっとアルの肩を抱いてそのままつんつんと頭を突いてやる。「痛いです」だの「姉っ、んぐぐ、兄上やめてください」だの途中から声が大きくなっていたあたりからきちんと兄上と呼び直したあたり本心ではなさそうだ。
少し離れた位置には他のご令嬢もいる。傍から見れば仲のいい兄弟に見えるだろう。そしてアルのことを「可愛らしいわ」「ノア様の弟君なんですのね」という声も聞こえてきている。
私のことを兄だと印象づけるためにわざと大袈裟に振る舞っているんだろう。出来る弟なんだよなぁ……。
そうしてエレノア嬢と弟の顔合わせは終わった。
それからしばらく経ち、学園に通う者達の間である噂がひっそりと流れ始める。
『王子が一人の女性にしか声を掛けなくなった』
そう、私がエレノア嬢とアルを引き合わせている間にどうやらヒロインとドミニク王子の出会いイベントが起こったらしい。目撃者によるとどうも王子の一目惚れらしい、とのことだ。ゲーム通りだなぁ。
本当にゲームと同じならこれで王子ルートが確定ではあるんだけれどそれは分からない。
アルとの出会いイベントはなくしたかったのだけれどそれは叶わなかった。なぜなら同じクラスだから。ゲームと同じ出会いイベントではないけれどある意味教室で出会うのも出会いイベントとも取れなくないからこれは不可避だった。
仕方ない。きっちりとアルには教室で会っても好みでないなら過度に接触しないようにと念を押しておいたので大丈夫だと思う。
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「殿下が新入生にすっかりご執心のようなんですの……」
とうとうエレノア嬢にも例の噂が耳に入ったらしい。割り切っているようではあるがこれまで一人だけにここまで入れ込むことはなかったからかダメージが少なからずあるらしい。
これはいかん、メンタルケアをしなければ。
そう判断した私とルシルはアルも誘ってエレノア嬢をよく放課後のお茶に誘うようにした。三人でお茶をすることや生徒会でのお茶会が多かったが最近は他の令嬢やその婚約者も誘って少し人数を増やしたりすることも多い。
エレノア嬢の味方を少しでも増やす為である。良い印象や健気な印象を広く他の生徒に見せておかないとね。
こうして私は友人達の手を借りながらエレノア嬢の周りを固めつつ問題のヒロインちゃんの様子も窺っていた。
主な情報源はなぜか出来ていた私のファンクラブ会員である女生徒達だ。一年生への勧誘の際に王子殿下が惚れ込んでいるらしい女生徒がいるらしいけれどどんな様子なのか聞いてくれないかとお願いしたら皆快く承諾してくれた。
どうやら転生者ではないようだが頭の方が残念らしい。情報提供をしてくれた令嬢達曰く「お花畑のようですわ」とのこと。
そしてヒロインちゃんはこう発言していたそうだ。
「ドミニク様といるとドキドキするの」
らしい。これは王子ルート確定だと思っていいだろうか。
情報によると初めこそエレノア嬢という婚約者がいるので王子と話すこと自体も申し訳なく思っているようなことを漏らしていたらしいが、学園に流れていた女性にだらしない王子が一人の女生徒に夢中であるという噂やその女生徒が自分であるという事実にどうも舞い上がったらしい。
「ドミニク様からお声を掛けてくださるので断れないわ」
と、笑顔で嬉しそうに話すようになったらしい。
舞い上がっちゃったかー。
しかも高価なプレゼントやデート、一緒にお茶。そして時には人気のない場所でくっついている姿も目撃されている。
尚、情報はファンクラブや男子生徒、殿下にちょっかいを掛けられて困らせられた令嬢達である。もっと言えば平等であるはずの教師からも一部情報提供があった。こりゃお城の方にも情報行ってるんじゃないかなぁ。
そんな心配もしたけれど城側、王様達からの干渉は一切なかった。学生時代最後の自由、とか思って見逃しているのだろうか。あるいはもう見限っているのか。その辺りは私には分からない。
分かっているのはヒロインの頭はお花畑ということ。
王子は浮気クソ野郎。
エレノア嬢は私が守る。この三つだ。
さて、明日からまた頑張らないと。