ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の出てくるお話を書いてみたくなりました。設定緩めで軽くお読みください。
全10話。完結まで毎日夜9時に投稿予定です。
「エレノア、お前との婚約は破棄させてもらう。そしてここにいるシャーロット・トルタ男爵令嬢を新たに俺の婚約者にする」
ざわつく会場。それもそうだ、ここは卒業パーティーの場なのだから。
彼はそのまま言葉を続ける。自信に満ちた笑みを浮かべている第一王子。その手は隣の男爵令嬢の腰に回されている。守っています、とか離したくない、と言わんばかりに。
気持ち悪い浮気野郎め。
「彼女を苛めるような性根の悪い女は将来の王妃に相応しくないからな。シャーリィのように愛らしく優しい女性が王妃になるべきだ。」
婚約破棄を宣言されたエレノア嬢はゆっくりと息を吐き、俯いている。後ろの立つ自分には彼女の表情は分からない。泣いている……?
いいや、違う。
『やっとこの時が来た』が正しい。
そうだろうなぁ、これは彼女と一緒に予測していた婚約破棄の中でも最悪のパターンなのだから。こんな大勢の前でとかね。仮にも王族なのに常識ないよね。
ちなみに一番いいパターンは事前に話し合いの場を設けた上での円満な婚約解消というパターン。
まあ”ストーリー的に”無理じゃないかとは思ってたけど。
俯いたままのエレノア嬢に向かって王子は『どうだ言い返すことも出来ないのだろう』と言いたげに口端を持ち上げて言葉を続ける。騒ぎが起こっているのに警備兵は来ない。ここにいない王子の護衛であるルーカスが会場の外で足止めをしているからだ。
「お前のような女は仲良くしているそこの男と婚約し直したらどうだ? そこの男もどうせ禄でもない男だろう?」
侮蔑するかのようなその声音。とても王族には相応しくない。
うん、だめだな、やっぱりこんな男は彼女に相応しくない。
さて、じゃあろくでもない”男”と呼ばれてしまった”私”もいっちょ反論しますか。
「ドミニク王子、恐れながら申し上げます。」
婚約者へと婚約破棄を嬉々として宣言したこの国の第一王子に向かって、エレノア嬢の一歩後ろに立っていた私は一切の怯えなどなく声を上げる。
今婚約を破棄されたエレノア嬢はこれまでずっとあの王子に嫌な目に遭わされていた。無視や他の女生徒との浮気、茶会をすっぽかし誕生日のプレゼントも贈らない。夜会でのエスコート、ダンスも他の女性と、話しかけても一切の無視。
エレノア嬢は美しく賢く慎ましい良き婚約者であったにも関わらずだ。
それに男爵令嬢へのいじめも一切していない。反論出来る材料はしっかり整えてきた。
今から私がやり返すのはバカ王子へのほんのささやかな仕返しだ。私にとってはささやかな、だけど。
でもしっかり追い詰められてくれ、王子様。エレノア嬢を傷付けた報いは受けないと。
それに私も”悪役令嬢”だから。
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この世界が乙女ゲームの世界だと気付いたのは私、ノア・ラハンスが十歳の誕生日を迎えた日だった。
鏡に映ったグレーの強い銀髪ストレートに紫の瞳。日本人じゃありえない色だ。
あれ、日本人ってなんだ? そう思う暇もなく、疑問ばかりの私の頭に一気に流れ込んだのは前世の記憶ということになるのだろう。いわゆる転生、というやつかと案外私はすんなりと状況を飲み込むことができた。
私はごく普通の一般的な社会人だったはずなのだがなぜか気がついたらここにいた。事故にでも遭ったのかもしれないけれどその辺りは曖昧で覚えていない。別に社畜だったわけでもないから事故にでも巻き込まれたのだろう。詳しく覚えていないから悲しいとか残された家族が、なんて思うことはなかった。ただ自分の趣味であった読書やゲームの内容はぼんやりと覚えている。なんでだ。
もやもやしながらもこの体の憶えている記憶と照らし合わせて私が思い至ったのはここが前世で何度かプレイしたことのある乙女ゲームの世界だということ。確か『For√(フォールート)』だっけ?
内容はざっくりと覚えてる。割とやりやすいゲームだったはず。そんな記憶を思い出すついでに気がついてしまった。
私、攻略対象の姉じゃん、と。
ゲームの攻略対象は全部で四人。
やや長めの金色の髪と意思の強さを感じる赤い瞳で自信に満ち溢れた顔つき。この国『クレアーテ』の第一王子であるドミニク・クレアーテ。
王子の幼馴染で護衛、赤い短髪に赤い瞳の筋肉バカもといスポーツ系。侯爵家のルーカス・ホンツ。
私と同じグレーの強い銀髪に私とは違うふわふわの髪質、柔らかい紫の瞳で人懐こそうな笑顔の似合う私の弟。伯爵家のアルバート・ラハンス。
サラサラの茶髪に眼鏡の奥の深い青の瞳、クールで知的さ溢れる学園の生徒会長。公爵家のヴィンセント・ウィズダム。
攻略ルートはそれぞれのノーマルエンド・ハッピーエンド、誰ともくっつかない共通の友情エンド。
全て攻略すると隠しルートへの選択肢が出るらしいけど私は生憎見ていないので分からない。好みだったヴィンセントのノーマルエンドとハッピーエンド、それから今の弟にあたるアルバートのノーマルエンドだけプレイしてその後はやっていなかったので。
……面倒になったのではなく他のゲームに夢中になっただけで決して顔が好みじゃなかったというわけではない。
ゲームの内容はこうだ。ヒロインは平民だったけれど実は貴族の隠し子で跡継ぎのなくなってしまった男爵家に引き取られ学園に通い出す。そこで運命の出会いが、というありきたりな設定。
貴族学園の入学式の後の選択肢4つ。『この後どこに行くか』でまず攻略キャラを選ぶ。それから事あるごとにキャラとの会話の返事や行動に対して選択肢を選び好感度を上げていく。最終的に好感度が90%以上ならハッピーエンドで30%以下なら友情エンド。その間の好感度ならノーマルエンドとなる。選択肢さえ間違えなければ基本最初に選んだキャラのルートは確定という易しいゲームなのだ。
もしこの世界にヒロインがいるとすれば、私の弟とくっつくかもしれない。そうなると非常に困ることがある。
そう、私は悪役令嬢だから。
大抵の乙女ゲームに存在するそのポジション。もちろんこのゲームにも存在する。
各攻略キャラにはそれぞれ別の悪役令嬢が用意されている。
王子のドミニクや護衛のルーカスならそれぞれの婚約者。
生徒会長のヴィンセントなら右腕である副会長。
そしてアルバートなら姉の私が悪役令嬢ポジションだ。
もしヒロインがアルバート狙いなら私は悪役になってしまう。確か姉はノーマルエンドとハッピーエンドなら人をいじめる性格を叩き直すということで生涯戻ることの叶わない修道院送りになったはず……。
嫌だ!
穏やかに過ごしたい!
そこそこの家柄の優しい旦那様を見つけて平和に生きたい!
修道院の質素なご飯はすいません嫌です贅沢なのが食べたいです!!
そう、修道院のご飯は質素なのだ。申し訳ないがなぜかものすごく質素なのだ。
性格の悪い貴族子女ばかりを入れるからかわがままが通らないことを分からせるためにそうなっているのだと家庭教師に習った。そんな場所に行くことのないように悪いことはせずわがままにもならずいい人間になりましょう的な授業を受けた記憶がある。
少しの葉っぱと細切れベーコンらしいものの入ったスープと町のパン屋の余り物ととても硬いと注釈のあるパンの写真を見せられたあの衝撃。美味しいは美味しいのだろう。スープにベーコンがあるだけいいのだと思う。でもその後の説明で私には無理だと思った。
……毎日毎食これなのだ。365日ずっと、何かの葉っぱと細切れベーコンのスープとパン。牛乳も飲ませてもらえないらしいのだ。
キツイ。
私はそんな質素なご飯を避ける為と、『もう一つの狙い』の為に立ち上がった。
「よし、悪役令嬢ポジションを回避出来るように準備しよう」
そう決めた私はまず味方を作ることにした。弟が十歳になった時にこの話をして味方になってくれないかと言った。かなり突拍子もない話だったのにアルバートはあっさり「いいですよ」と言ってくれた。どうしてあんなに素直だったのか分からない。
アルバートは表裏のある子で表面上は可愛らしいわんこ系なのだが素は結構腹黒いというか、毒がある子だ。ゲームの時も可愛い顔してやんわりこっちを馬鹿にするような発言もしていた気がする。だからノーマルエンドしか見なかったんだよね。ハッピーエンドでは腹黒も見せていたのかもしれないけどやってないから知らない。
そんな腹黒弟なので絶対作り話だと疑われたり呆れられたりすると思っていたのにあっさり信じてくれてびっくりした。
「姉上2年ほど前から様子が変わりましたし、その記憶とやらを思い出したのもそれくらいなのでしょう? 嫌でも信じますよ」
「そんなに変わってる……?」
「髪を伸ばしたくないだとか、貴族令嬢としてはかなりおかしいです」
「う、そ、それは自覚ある……。そっかアルにはバレバレか」
そう、私はあの日から髪を短くした。と言ってもウルフカットだし後ろ髪はそれなりにあるけど……。これがまた大変だったんだよね。
父上と母上の説得が。
まぁ、最終的には「見た目ではなく中身を見てくださる殿方を探したいのです。学園を卒業するまでに良い方がいなければその後は伸ばします」と言ってなんとか言いくるめたんだもの。
周りの貴族方も最初は驚いたそうだけれど父上らから話が行ったのか親世代では私は中性的な子なのだという認識になったらしい。名前も中性的だしドレスを嫌って男性の服を身につけることも多く、両親は学園卒業までということで割と初めから大目に見てくれている。大変ありがたいことだ。
そして何やかんや弟は私の味方になってくれた。ありがたい。私が悪役令嬢にならないようにこの男装もどきにも協力してくれた。ゲームでは年相応に見えたのにこうして味方になるとずいぶん大人びて見える。多分腹黒いところをたくさん見たからだと思う。
ヒロインについてもし好意を持たれたらどうするか聞いてみたら「本当にいい子なら考えるけど僕に合う子なんてあんまりいないと思う」とのことだった。まぁ腹黒だしアルバートは頭の回転の早い人とかしっかりしたタイプが好きだって言ってたしね。どうかヒロインがアルバートを選びませんように。
さて、ここで私の『もう一つの狙い』の話をしておこうと思う。
ヒロインがドミニク王子を選んだ際の悪役令嬢、公爵家の一人娘のエレノア・レグラス。
誰もが知っている王子の婚約者だ。淡いブルーの美しいロングストレートの髪と海のような青い瞳。大人しいけれど責任感が強く、王子に何度も接触して仲を深めていくヒロインに少々キツイ口調で絡んでくる典型的な悪役令嬢だ。
が、彼女の見た目は私のド好み。そりゃもう、ものすごく好みなんです。出来ればお友達になりたい。そして、もしもヒロインが王子のルートへ進むのであれば悪役になってしまう彼女を救いたい。
それが私のもう一つの狙いだ。
ちなみに、髪を伸ばさないのは私が悪役令嬢にならないための反抗であり、ついでに万が一の場合断罪の場で彼女を救う男性役になれるのではと考えているからなのだけど……これはまだアルバートには内緒だ。あくまで私が悪役令嬢ポジションにならないためだということにしてあるから。
だって男装して学園で過ごして王子が彼女をフッた後に盛大に求婚して彼女に悪い噂がつかないようにする、って計画のための男装でもあるなんて言えないしそんな作戦詰めが甘いって言われそうだし、まだ内緒だ。多分学生になった頃でも知ってる人は私が男装してるのだと知っているだろうから効果は薄いかもしれないけど。
求婚のくだりも親友を救うために彼女は親友に自分が男なら求婚するぐらい魅力的だとアピールしてるんだろうなって思ってもらえるでしょ。……多分。
よし、マジで男装に力入れよう。父上と母上には「私の男装を見抜くような人を見る目を持った殿方がいいんです」とか言って男装を強化すればいいや。