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6.見るなの禁止

 しばらく進んだ。

 右へ入れば羽伏浦公園に着くのだが、この冬だし、ましてや『親だまり』の夜に屋外でキャンプしている剛の者もいるまい。


 そのまま突っ切ると、やがて白い外観のコテージのような建物が見えてきた。

 サーフステーション・ハブシ――サーフショップにペンションが合体した新島の名所である。最寄りの海岸に近く、サーファー御用達の宿として知られる。


 あいにく24、25日は営業をやめているらしく、窓には灯りが灯っていない。

 表玄関のドアにもシャッターがおろされ、貼り紙が貼りつけてあった。ドアの前に、赤いパイロンまで置かれる念の入れようだ。


 ドアを叩いて誰かいないか確かめたい気持ちにもかられたが、それには時間がかかる。グズグズしている間に、海難法師に捕まり、無理やり醜い姿を見せつけられる恐れがあった。




 立ち止まることは許されない。

 現に死のストーカーとの差はいまだ4、5メートルしか開いていまい。相手との気配、物音でわかった。

 とにかく初志貫徹をめざすべきである。このまま都道211号線と合流するべく、ひたすら道を進んだ。

 伊達に高校3年まで島で暮らしていない。薄闇の中とはいえども、土地勘には自信があった。


 サーフステーションをすぎ、麻衣は息を切らせながら走り続ける。

 ただでさえ西ん風が吹き荒れ、本来なら体感温度も凍えるほどのはずだ。

 しかし、決死のランニングをしているうちに汗をかき、それでなくても命がけなのだ。焦燥感がもっとペースを早くしろとき動かす。とうの昔に、寒いと感じる感覚は麻痺していた。


 道沿いに点在する一軒家の前をいくつか通った。

 そのどれもが灯りを消し、およそ生活臭は皆無なのはどういうことなのか。

 昼間の新島の穏やかさはどこへやら、夜になれば一転してゴーストタウンと化していたのだから、悪い夢の中で藻掻もがいているかのようだ。


 麻衣の肺が空気を求めてあえぎ、心臓はますます跳ねあがり、パンクしそうになる。

 ここに来て日ごろの運動不足が祟り、かたや背後に迫る豊島 忠松のペースが盛り返した。なにかの遮蔽物ごしの荒い息づかいは、さらに烈しく洩れ、ピッチ走法の回転が速くなる足音。


 なんたる身体能力か。ついに本気で潰しにきたのだろうか?

 このままでは遅かれ早かれ、麻衣は海難法師に捕まってしまう。


 ――負けちゃう! なにか方法を!




 逃げてばかりいては物事は解決しない。

 恐怖からいつまでも逃げないで、対決すべきではないか?

 それしか方法はない。


 東京で暮らしていたときもそうだ。仕事を終え、夜道を歩いていたら、ふり向けばハイブリッド車でギリギリまで尾行されていたときがあった。あのときほど、飛びあがる思いをしたことはない。

 恐怖と真っ向から向き合い、それに打ち勝ってこそ、今後二度と追跡者につきまとわれないようにできる。

 きっと、祖母、祀子まつこならそう諭すであろう。


 ――かと言って、見ちゃいけないアイツに勝ち目はあるの?


◆◆◆◆◆


 古来、見てはいけない縛りは他に類を見るだろうか?

 ヘブライ神話からはじまり、ギリシャ神話、日本神話、多くの神話体系から、『見るなの禁止』が存在すると専門家が指摘している。


 日本神話における『見るなの禁止』は、あまりにも有名である。

 国産みの女神、イザナミが黄泉よみの国へ行ってしまったとき、恋しさのあまり、追ってやってきた夫、イザナギ。

 帰ってこいと説得するためだった。しかしながらイザナミは閉じこもった玄室の扉ごしに、「黄泉の神にお伺いを立てますので、しばらく待っていてください。その間、決して中をのぞいてくださるな」と、夫に言う。


 ところが待てど暮らせど、一向に姿を見せぬ妻にしびれを切らせたイザナギは、あれほど釘を刺されたにもかかわらず、扉のすき間から玄室をのぞいてしまう。

 そこには見るも無残な、腐敗し、蛆を湧かせたイザナミが横たわっていたのだった……。




 『創世記』19章においてもそうだ。

 ソドムとゴモラの町が神によって滅ぼされるとき、神の使いがロトの家族だけは助けてやると予告する。その代わり、町の方をふり返るなと言い付けた。

 ところが逃げる途中、妻だけは不信仰のせいでふり返ってしまい、塩の柱となってしまう。


 竪琴たてごとの名手オルペウスは、毒蛇に咬まれて死んだ妻、エウリュディケーを生き返らせるため冥界へ行ったときも同様である。

 冥王ハーデースと取引したあと、なんとか妻を返させることを約束させる。ところが冥王はこんな条件を突き付ける。


「ただし地上に戻るまでは、決してうしろをふり向いてはいけない。成し遂げられたとき、妻を返してやろう」


 冥界から脱出するとき、オルペウスは、妻が本当について来ているか不安に襲われた。

 あと少しで地上にたどり着くという寸前、背後をふり返ってしまい、エウリュディケーは冥界に引き戻されてしまう。

 オルペウスは絶望しながら地上をさまよい歩いたあげく非業の死を遂げ、皮肉にも冥界でエウリュディケーと一緒になることができた……。




 神話だけではない。民話においても『見るなの禁止』は登場する。

 『見るな』が、『開けるな』『しゃべるな』などと形を変え、いずれにせよなんらかの禁止が課され、大抵はそれを破ってしまったがゆえに悲劇的な結末を迎えたり、恐ろしい目にあうパターンのなんと多いことか。


 『鶴の恩返し』『見るなの座敷』『浦島太郎』『雪女』……と枚挙にいとまがない。異類の者と結婚をした人間が、『見るなの禁止』を犯して異類の者の真実の姿を見てしまい、それが原因で離別するという話は、この類型であるフランスの伝説に登場するメリュジーヌからメルシナ型とも呼ばれるという。

 それほどまでに、見るなと禁止されると、抗し難い誘惑がつきまとう。


◆◆◆◆◆


 海岸線を左に曲がってからというもの、麻衣は追いつめられ、全力疾走に近いほど力を出していたので、すっかり心のゆとりを失っていた。

 戦うにせよ、相手を見ずしてどうやって立ち向かえというのか。

 うめき、毒つき、身悶え、苦しまぎれに腹の底から助けて、と絶叫をほしばしらせた。


「どうにかしないと! このままだと追いつかれちゃう!」


 逃げる麻衣。追う海難法師。

 しまいには恐怖を押しのけて、怒りまでこみあげてきた。


「なんで……こんな目に……! 私ばっかり、ついてこないでったら!」




 ――麻衣、頭を使うのよ! どうにか撃退する方法を考えないと!


 ――見ちゃいけない敵!


 ――見ちゃいけない敵!


 ――見ちゃいけない敵!


 ――見ちゃいけない敵!


 ――見ちゃいけない敵!


 ――そういやギリシャ神話に、英雄なんとかっていう人が、鏡の盾を使って倒した話があったような!


 ――そうよ、メデューサ! あの蛇頭の! 見られると石にされてしまう恐ろしい化け物を倒した! ペルセウスの話!

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