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神殻の神駆り  作者: 我有一徹
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二章 2

 朝起きて、日記を書く。悲しみを綴っていた日記に初めて喜びを刻むのだ。


 九州で起きた震災で悲しむ人が多いのに、私は父の復活を一大ニュースとして取り上げていた。日記だから悪い事なんてない。日記は小説以上に心情をそのまま書くことができた。誰にも見せないという機密性が生んだ無法地帯だった。


 私が日記を書いていると、慌ただしい物音が聞こえた。ここ一ヶ月で聞くことのなかった生きている音だ。私は嬉しくなって、それも日記に書き込んだ。


 日記をそうそうに切り上げ、私は寝間着のまま部屋を出た。



「悪い、起こしたか?」



 スーツ姿の父がネクタイを締めているところだった。



「ううん、起きてたから大丈夫。父さんこそ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫。さっきニュースでやってたんだが、今度は中国地方で地震があったらしい。なんなんだろうな。日本の活断層が一斉に動いてるのかも。東京も危ないかもしれないから、佳那も避難する準備をしておきなさい」

「う、うん」



 父の口から東京も危ないと言われたとき、顔が引きつりそうだった。



「貴重品は父さんが持ってるから、佳那は自分の必要なものを揃えればいいからな」

「わかった」



 それを聞いて、単に父が用心深い性格なのだと安堵した。



「それじゃ行ってくる」

「いってらっしゃい」



 久しぶりの出勤で強ばる父の顔がほぐれた。


 私は母以上の存在にはなれないけど、母みたいに父を微笑ませることができた。


 私たち二人だけになってしまった家族の大きな一歩だと思えた。


 父を見送った後、一人で朝食を取った。いつもと違う、母の遺影と二人だけの朝食だった。いつもは父が遺影の前を陣取っていたから線香も上げられなかった。朝食を終えてから、葬式以来の線香に火を灯した。



「父さんが、少し元気になったよ」



 そういって母の遺影に手を合わせた。


 父は九州の地震をきっかけに母のことを吹っ切ろうと空元気になっている。見送ったときの無理をした笑顔を見てすぐにわかった。



「それと、神様と戦うことになった」



 これは母宛ではなく自分宛、独り言だ。



「神様の世界に、母さんはいるの?」



 これは独り言に近い質問だった。


 神様がいるなら母もいる。そんな気がした。


 死者は死者ではない感覚に陥り、私は混乱した。私たちが死と捉えているものが肉体の機能停止というだけなら、生まれた命は永遠を得ていることになるのだ。


 私の問いかけに母は答えてくれない。線香の煙が白い筋を作るだけだった。


 神の国へ渡航歴のある私は、不確かな存在を無意味と片付けることができなかった。もし会えるならと、どうしても考えてしまう。どうやったら父を元気づけられるのか。母の知恵を借りたいと思ってしまうのだ。


 私は、父の代役でも仰せつかったかのように遺影の前で一時間ほど過ごした。


 先輩との約束を思い出し、寝起きのだらしない格好から着替え、顔を洗い、ゲームをするためにパソコンの前で待機した。


 ブラウザを開いてニュースを流し読みした。


 父が言ったとおり、中国地方で震度五の地震が確認され、騒ぎになっていた。前日の九州を襲った大地震のときと同じパターンになる可能性が高いからだ。


 中国地方には、気象庁からの避難や地震対策が指示されていた。政府は、九州を激甚災害に認定したと発表しており、各省庁に緊急対策本部を設置したという。


 未来を知る私は、これからさらに大変なことになると警告したくなった。


 SNSでは助けを求める人や家族を探す人が声を上げていた。


 私は、彼らになにもしなかった。


 良心の呵責に耐えられず、私はニュースサイトとSNSを閉じた。



「あ」



 スマートフォンに先輩からのメッセージが来ていた。



『ゲームできるようになった』



 私はボイスチャットアプリとゲームを起動してヘッドセットを付けた。FPSをするいつもの支度をすませ、先輩へメッセージを送った。



『こちらはいつでもゲームできます』



 ほどなくして先輩がボイスチャットへ参加した。



「あー、あー、聞こえてる?」



 先輩の声に昨日までの暗さがない。張りがあって、力がこもっていた。



「はい、聞こえてますよ」

「ゲームのダウンロードが終わったから、早速だけど練習に付き合ってくれる?」

「もちろん」

「で、どうやるの?」

「まず、スタートメニューから起動してください」

「スタートメニュー……、ああ、これね」

「そしたらですね……」



 先輩とFPSができるというだけで自然と声が高くなり、にやにやと笑みが浮かんでしまう。先輩の世話を焼くのは至極単純に楽しかった。


 最初の最初から教えて、チュートリアル画面まで進むのに三十分ほど掛かった。



「やっと学びたいところまで来た」

「そうですね」



 ゲームの訓練場でジャンプを憶えた先輩の巨乳アバターがぴょんぴょんと不自然に跳ね回っていた。なんだろう。巨乳に憧れでもあるのだろうか。



「他のアクションはどうやるの?」

「はい、教えます」



 さらに三十分掛かって基本操作の指南が終わった。



「これを取って、こう!」



 先輩のアバターがスライディングしながらAR、アサルトライフルを拾い上げて兵士のホログラフィックに射撃した。



 ヘッドショットにはならなかったけど、胴体への命中率は良かった。



「良い感じです先輩!」

「そ、そう? 結構楽しいわね、FPS」

「そうですねー」



 私は、FPS上級者との埋めようもない技術と経験の差を言おうとしてやめた。


 先輩はFPSを知りに来たのではない。操作感を知るためにプレイしているのだ。



「好きな銃とか見つかりました?」

「そうね。このいっぱい撃てるのがいい」



 先輩のアバターが、ゴツイ火器を手にしていた。



「LMGですね。たくさん撃てるけど、照準が少し難しいです」

「そうなの? 他のだとすぐにリロードするから落ち着かない」

「それは大事ですね。対戦中にパニックになってたら勝てる試合も勝てませんから」



 私は先輩のメンタルを優先する考えに敬服した。FPSをやっていると武器に毒づき、チームメイトに罵声を浴びせたくなり、自分の下手な立ち回りに台パンをしたくなる。些細なことに苛つかないメンタルを得るまでランキングを駆け上がることはできないのだ。


 先輩の先見の明は実戦向きだった。



「相方はなににします?」

「相方?」

「このゲームだと武器は二つ持てるので、それとあと一つ持てます」

「もう一つ同じやつは?」

「あー、できます」



 二丁のライトマシンガンを持つ先輩を想像して私は笑ってしまうそうになる。物量でごり押しする映像と線の細い先輩とがあまりにもミスマッチだった。



「それでやってみたい」

「わかりました」

「佳那はなににするの?」

「ARとSGですね。先輩が遠くから相手を釘付けにしている間に飛び込んで来ます」

「私に合わせてくれたのね。普段ならどういう構成なの?」

「ARとSRです。遠くから一発で仕留めて、バレたらちょっと撃って逃げます」

「色々できるのね」

「母の病気が発覚して重くなった家の空気に耐えられなかったので、長く遊んでたらこうなってました」



 こんなこと言わなければいいのにと思う。先輩もさぞかし反応しづらいと思った。



「へー、私も家事なんてせずにゲームをしていれば佳那と戦っていたかもしれないのね」



 先輩はファンタジーな存在だった。人生の浮き沈みに捕らわれず、運命の不思議さに着目した。目の前の現実しか目に入らず、苦しむだけの私とは根本が違った。



 私はそこに惹かれるのかもしれない。先輩といると、良い意味で現実を見ないですむのだ。凝り固まった毎日が破壊され、常に新鮮な空気と光景を見ることができる。



「私が家事をやっていたら、電算部にも入らなかったし、先輩にも出会わなかったかもしれないですね」

「それは、少しどころではなく困るわね」

「どうしてですか?」

「そうなったら、私は一人でカムナオヌシの手伝いをすることになる」

「あー、それはダメです。先輩を一人であんな奴のところへは行かせられません」

「そんなに嫌い?」



 先輩はおかしそうに笑っていた。


 私と先輩の初めてのマッチは漁夫の利を狙う作戦で、見事に隠れん坊が成功し、最終局面で強豪二パーティに挟み撃ちされるという壮絶な敗北を味わった。


 FPS初心者の先輩は、おっかなびっくりしたまま進み、最後はめちゃくちゃに撃って一人をダウンさせるという快挙を成し遂げた。


 たったの一試合だけだったけど、私は初めて他人とするFPSを楽しいと思った。電算部の人には悪いけど、Eスポーツを目指すよりゲームとして楽しむ方が性に合っていた。


 午後になったら私の家に遊びに来るという約束をして、ゲームでの練習を終えた。


 午後には実戦が待っている。


 神の世界での実戦が。

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