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神殻の神駆り  作者: 我有一徹
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二章 1

 架空の存在の最たるものが神だと思う。神様を信じていますか。そんな問いかけは胡散臭いけれど、あなたは神を貶したことがありますか。と、聞かれたらいったい何人の人間が正直に答えるだろうか。


 信じられないといえば、私たちは現実の世界に帰ってきた。閉館時間ギリギリの図書館で、文芸の棚の間に立っていた。私たちは、急いでゴーグルとマスクを交換して入り口へと走った。


 先輩は、生きて帰ってきたことが嬉しかったみたいで、図書館を出るなり泣き出した。


 私は畏れ多くも先輩の頭を撫でて慰めてから喫茶店へ連れ込んだ。ちょっとしたデートである。せっかくのデート。楽しんでいたかというとそうでもなかった。


 私は帰ってきたときに、また父と同じ時間を過ごさないといけないのかとうんざりしたのが正直な感想だった。


 ずっとあちらの世界にいても良かった。FPSだけをできる世界は、孤独だとしても耐えられそうだった。ゲームと違って戦う相手がいなくなったら終わりだけど。


 先輩が落ち着いてから喫茶店を出て、それぞれの帰るべき場所へ帰った。


 門限を過ぎて家に帰ったのはこれが初めてだった。


 父が怒っているかもと期待して玄関を開けた。


 父は真っ暗な部屋で、母の遺影を見ていた。私が出かける前と寸分違わぬ姿勢で。


 私が恐る恐る照明を点けても、父は特に反応を示さなかった。ただテーブルの上のパックジュースはなくなっていた。水分補給はしてくれたみたいだ。



「ただいま」



 私は何食わぬ顔で声を掛け、テレビを付けた。


 チャンネルを順繰りに変える。どこも同じニュースばかりやっていた。


 九州を震度八の地震が襲い、大混乱になっているとアナウンサーがまくし立て、上空からの映像や視聴者提供という映像が垂れ流されていた。


 予言の地震のあまりの凄まじさに声が出なかった。見えないところで何人もの人が苦しんでいる。この地震が、いずれは東京を襲うのだ。



「そうか。これで呼び出しの電話が来たのか」



 父が遺影を見つめたまま呟いた。



「呼び出しってどこから?」

「防衛省」



 父は職場の名前を告げるとき、背筋を伸ばした。


 私はたったそれだけで涙が出そうになった。父が、まだ生きていた。



「行くの?」

「そうだな。そろそろ行かないとな」

「防衛省って地震からも国を守るんだね。知らなかった」

「ちょっと違うかな。地震で弱ったところを近隣の国から攻められないようにするのが仕事なんだ。今頃、忙しいだろうなぁ」



 父と久しぶりに会話らしい会話をした。


 涙は我慢できなかった。じわりとにじみ出すのに逆らえなかった。



「晩ご飯、用意するね」

「ああ」



 力強い返事に、私は謝りたくなった。


 父を見捨てて、FPSのできる神様の国に引き籠もりたいと思っていたことを恥じた。


 背筋を伸ばして仕事に向き合った父は格好よかった。


 私はそんな背中をしたことがない。そんな私が国の滅びを回避する戦いに参加する。分不相応にもほどがあった。できることなら、父に代わってもらいたかった。



「明日から、仕事に行く」



 父は立ち上がり、生気を取り戻した顔でリビングのソファーへ座った。



「明日は日曜日だよ?」

「緊急事態の時に休みなんてないさ」

「そっか」

「佳那、今までありがとう。迷惑を掛けたな」

「ううん」



 先輩の作ってくれたカレーを温めながら、私は歯を食いしばった。期待しても期待しても裏切られるばかりで、ついに見捨てたそのあとの認めたくない現実のあとに期待していたものが手に入る。この状態になんと名前を付ければ良いのだろう。


 喜ぶべきでないのに感動していた。


 私は父に涙を見せなかった。見せてはいけなかった。決してきれいな涙ではないから。


 夕飯を済ませると、父は部屋に戻り、慌ただしく出勤の準備を始めた。


 淀んでいた空気が入れ替わり、家の中の空気が新鮮なものに変わっていくようだった。


 私は、部屋に戻り、ノートパソコンの電源を入れて、ボイスチャットアプリを起動して先輩を待った。



「明日は中国地方か」



 防衛省に務める父に言おうか言うまいか悩んだ。言ったとすれば、九州の人たちからなぜ教えなかったと批判に晒されそうだった。それでも言えば中国地方の人たちは備えることができる。大多数の命に関わることだった。それをこれから先輩と相談するのだ。


 しばらく待っていると先輩がチャットに入ってきた。


 私はヘッドセットをかぶり、いつでも通話できるようにした。



「あー、聞こえてる?」

「はい、聞こえてます」

「こっちも聞こえてる。さっきはありがとう」

「いえ。当然のことをしたまでです」

「さっそくだけど地震のニュースは見た?」

「はい。すごい……、被害です」

「本当に」



 チャットをする傍らにブラウザを開き、ニュースサイトで被害の規模を、SNSで生々しい被災者の声を見た。声と言っても文字と画像、あるいは動画だった。彼らは言葉にならない感情を撮影という形で表現していた。


 倒壊した家屋、混乱する街角、絶望を彩る夕暮れの火災。治安も不安定、それに輪を掛けるようなデマ情報もちらほらとあった。



「予言のこと、公表しますか?」

「私は公表しない方がいいと思う。これから先も予言者なんてできないから」

「なるほど」

「佳那はどう思うの?」

「私もできれば公表したくないです。被害に遭った人たちから、どうしてもっと早く言わなかったとか、お前達のせいでこんな目に遭ったとか言われたら耐えられませんから」



 正直に話した。一介の女子校生が一人で抱えきれる責任ではなかった。



「そうね。重すぎる責任だし、背負うべきものではないと私も思う」



 先輩に理解してもらえて、私は胸に詰まっていた空気を吐き出した。



「でも、多くの人が犠牲になるのを知っていた。結果論であっても、防げたかもしれないのを忘れてはいけないと思う。やれることをやらないと」

「はい」



 真面目な先輩は責任を当然のものとして受け入れており、カムナオヌシの予言に従って神を止める戦いをする気だった。



「私たちは犠牲者を減らすんじゃなくて、国が滅びるのを止めるの。なんとしても」

「そう、なりますね」



 先輩のおかげでできることとできないことがはっきりとし、私も余計なことを考えずにすんだ。



「それで相談なんだけど、FPSの練習に付き合ってくれない?」

「もちろん」

「私もキーボードとマウスの操作になれないと」

「タダでできるゲームもあるんで、そっちでいいですか?」

「ええ」



 私は、以前遊んでいたFPSシューティングゲームを先輩に教えた。


 ただ、ダウンロードに時間が掛かり、練習は翌日へ持ち越すこととあいなった。


 その夜は、興奮して寝付けなかったことも追記しておく。

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