第六章:濁った記憶
―1-
今朝もスッキリと晴れて気持ちの良い青空が広がっていた。
いつも通り制服を着こみ、今日はバイオリンを持って学園へと向かう。
昨日も出かけた金倉にまた戻ってきた。
そう。
昨日は隣に明人がいた。
なんとも不思議な気分だった。
「よぉ!射川!!」
声を掛けられ振り返るとそこには入間が立っていた。
「あ!入間!!おはよう!!」
「おはよ。」
僕の肩に引っかかっているバイオリンケースを見ると
入間はにっ!と笑って見せた。
「部活、復活?」
「うん、今日から普通に…普通に過ごそうって思ってね?」
「だな。
なるべく普通にしていた方がよさそう。
俺もそう思う。
あ、そうそう…昨日のLINEの返事できなくてごめん。
直接話した方がいいかなと思ってさ。」
「うん、いいよ」
中等部の正門を通ると昇降口へとやってきた。
そしていつもの中等部1年の下駄箱の前までやってきて
それに気づく。
あれ?
あれれ???
僕の名前が、ない?
他の名前は見覚えのあるものばかりなのに
僕の名前だけが見当たらない…
なんで?
すると三年の下駄箱の方に行っていた入間が
こちらへとやってきた。
「おい!射川!!ちょっと見てくれ!!」
「え?」
3年生の入間のクラスの下駄箱の前まで連れてこられると
入間はそれを指差した。
そこには“射川”と印刷されたシールが貼っていある。
「え?
どういう…こと???」
そのすぐ下の下駄箱は“入間”とある。
あいうえお順になっていた。
「…そういえば…明人に僕が失踪した事聞いたら
そんな記憶ないって素振りだった。
つまり僕は“失踪していない”って事?」
「…うーん…だから…本来の3年生に射川の籍がある、って事か?」
「…だよね?これだと…」
そういって自分の名前の書かれた下駄箱を開けてみると
見覚えのある上履きが中に入れられていた。
上履きにはしっかり“イカワ”と書かれている。
間違いない、僕の私物だ。
「教室行ってみるか?」
「…うん…」
二人して上履きに履き替えると音楽室ではなく3年生の教室へと向かった。
―2-
3年生の教室の前までやってくると入間は息をのんで扉を開いて見せた。
その後に僕が続く。
「あ、誰もいないや。」
急にリラックスしたような声を出し入間はこちらを振り向いて言った。
そりゃそうか。
朝練の一番乗りする気で来たんだから。
一般の生徒はまだまだ投稿するには早すぎる時刻だ。
自分の席にバイオリンケースを置くと
入間は教卓の座席表を指でなぞった。
「あー…別に探すほどでもないか?名前順だ。
射川!俺の席の前、射川の席だよ!」
「え?やっぱり名前あるんだ?!」
「うん。机の中確認してみて?」
言われる通りに
まずバイオリンケースを隣の机に置かせてもらうと
机の中を覗いた。
すると中には教科書が数冊入っていた。
取り出してみると裏にはしっかり“射川竹人”と名前が書いてある。
これは僕の字だ…。
表をみる。
すると…見覚えのある表紙…。
中をぱらっとめくるとちゃんと勉強した後があって、その内容もしっかり
今の自分の中にはあった。
3年生の勉強の記憶はあるようだ…。
でも不思議だ…。
金曜日まで1年生の勉強をしていたのに
今日になって3年生の勉強の記憶があるだなんて。
なんだか…おかしい…。
それを入間に話してみたが
入間も確かにそれはおかしいと口に手を当てて考えるポーズをとって見せた。
「この記憶、本物なの?偽物なの?僕わからなくなってきちゃったよ…」
「俺も…。でも土曜日に羽鳥邸で起きた出来事は、覚えてるよな?」
「もちろん」
「……」
「おはよー」
はっとして入口をみると
3年生のクラスメイトたちがちらほらと登校しはじめていた。
「今日は朝練、いっかな?」
僕が言うと入間もそうだなと頷いて見せた。
とりあえずバイオリンケースをロッカーに仕舞うと再び自分たちの席に着く。
そして後ろの席、入間の方を向き二人して話し込んでいた。
「もしかしたら…記憶が操作されているのかもしれない…。
そのうち土曜日の羽鳥邸の記憶もなくなってしまうかも…」
「まって!だって指輪は?あ、入間の指輪はどうなってる?」
あわてて入間は自分の左手小指を見せたが
以前と変わらない、シルバーのリングがあった。
「僕の指輪の石は石化してない。ちゃんとアメジスト色に入間からは見える?」
「うん。ちゃんと」
「じゃあ一体どういう事なんだろう…」
すると本鈴のチャイムが鳴り響いた。
「少しずつ様子を探った方がよさそうだな。」
「うん」
僕が頷いたところでちょうど担任の先生が教室に入って居たので
前を向き直った。
するとあらたまったように先生はコホンと咳払いして見せた。
「えー…突然ではありますが今日、転校生を紹介します」
教室内が一気にざわめいた。
え?この12月の中途半端な時期に?
僕も少しびっくりして入間と目を合わせた。
先生の合図とともに教室内に通されたのは、
グリーンのラインが入った真っ白なスカートとセーラーカラー…、
そして長い髪に白い肌…
え?
ええ???
「水沢琴璃です。よろしくお願いします。」
次の瞬間僕は席から立ち上がっていた。
クラスメイトの注目を得たがそんなのどうでもいい。
だって…
だって!!
僕は叫んだ。
「琴ちゃん!?」
END
(2021/08/16)
続く…