第三章:誰も、いない。
―1-
12月のその日の朝はとても明るく眩しかった。
そう…
今日は…。
射川竹人は応船駅で横須賀線に乗り換え
金倉駅を目指していた。
今日もとても良いお天気…。
そう…今日は特別な日…。
目を細めながら車窓の外に流れてくる古都の景色を楽しんでいた。
やがて金倉駅に到着すると
羽鳥先輩の家は東口からバスだが
西口へと向かった。
西口にある小さなとんがり帽子の時計台の下にちょうど入間がいるのを見つけ
片手を振って名前を呼んだ。
入間はスマホから目を離し僕の存在に気づくと
にこりと微笑んで見せた。
「悪いな、朝早くから…」
「ううん。
昨日もわざわざ途中下車させちゃってごめんね。でも色々と話できて良かったよ。」
「あはは!ボーイズラブごっこならいつでも大歓迎だぜ?」
「おいおい、入間本当はそんな趣味ないだろ?僕もだけど!」
昨夜、入間と“BLごっこ”をした後、すぐに分かれてしまった。
が、今日の待ち合わせ時間と場所を二人だけ早めたのだ。
入間がまだ少し話したいことがある、との事で…。
で、どこへ行くのと言ったら
入間は任せて!と言って歩き出したので僕もそれに続く。
3分ほど歩いただろうか?
通りを右に逸れたところに喫茶店を見つけた。
「ここだよ」と言って入間が入った。
外観はおしゃれなイマドキのカフェと言ったところだろうか?
入間に続いて中に入ると
黒を基調とした内装がとても落ち着いていて
朝早いせいもあってかお客さんも少なく静かだった。
僕がホット紅茶を単品で頼むと
続いて入間が紅茶とホットケーキを頼んだ。
「朝ごはん食べてこなかったの?」
「いや、うまそうだからさぁ…」
「…アハハ…入間らしいや」
二人席を探してそこに向かい合わせになって座った。
「おしゃれなカフェだね?
入間来た事あるんだ?」
「うん?いや初めて!
ネットで調べたらここが朝早くやってて美味しくてオススメってあったからさ」
「ふーん、そうなんだ…」
言いながら温かい紅茶を一口啜った。
ふと顔を上げると
入間がまた昨日みたいに真面目な表情で僕を見ているのに気づき
思わず胸がドキリとなる。
「射川…」
「…何?」
「あのさ…明人君の事…」
「…もういいって…そもそも入間が謝る事じゃないだろ?」
「違うんだ…。
俺、明人君と紫苑君を会わせようとしてただろ?」
「え?……ああ…確かに…。」
「俺さ、やっぱり蠍の事好きになれなくて
紫苑君が蠍自身じゃないけれど
でも反省してほしくて
自分がやらかしたこと見てほしくて、
それで明人君と対面して欲しかったんだ。
対面して
明人君…いや蛇使い座守護神に謝ってほしかったんだ…
けど…二人きりで会わせるのはさすがに危険だって認識はあったんだけど
それを射川に伝えておかなかったから
結局はまた蠍が明人君の…首を絞めるだなんてことになってしまって…
なんだ…全然変わってないなって…俺、すげーがっかりしたんだ…
そういえば今日も紫苑君来るの?」
「え?
…あ…さぁ…。」
そういえば紫苑君…まだ入院してるのだろうか?
というか…
入間は…紫苑君が自殺未遂した事を、知らなそうだ…。
どうしよう…話しておいた方が、いいよね?入間には…。
みんなが揃ったら流石に言えない事だし…。
「入間…実は…」
「何?」
「紫苑君の事なんだけど、
明人が死んだ後に紫苑君、入水自殺図ったんだって」
「ええーっ!?」
突然入間が大声出したから
お客さんや店員さんがびっくりしてこちらを大注目。
慌てて入間は口を押えて見せたが…。
「な…自殺…!?マジか!?」
「うん。
日向君から聞いた話なんだけど…。
あ、なんとか助かって今は多分まだ入院中だと思うんだけど…」
するとさすがに入間もほーっと大きなため息をついて
肩を落として見せた。
「なんだ…ビビった…。」
「僕もその話聞いた時は凄く驚いたけれど…」
「でも…一体どういうつもりなんだろう…蠍のやつ…」
「え?」
「蠍が死ぬわけないだろ?
絶対こんなの蠍の演技だって。
射川、だまされるなよ?」
「え…で…でも…」
「いや…“でも”じゃない…。蠍のやつ…
明人君が亡くなってるっていうのに…。
いいか?射川?気を付けろよ?
絶対紫苑君とは仲良くなるなよ?
蠍からしてみたら
射川は自分の心臓を狙える唯一の敵なんだからな?」
「う…ん…」
なんとなーく話が煮え切らなくて…。
だって紫苑君が凄く思いつめていたような様子は伝わってきたから…。
それも…演技だったって事?
だとしたら紫苑君は相当な役者だ。
僕が考え込んでいる間に
入間はホットケーキをぺろりと平らげて見せた。
「よし、そろそろ時間だし行くか?」
「え?」
「おいおい、射川しっかりしろよ?羽鳥先輩んとこ、行くんだろ?」
「あ…、そうだった!」
「なんか…抜けてるんだよなー…アハハ」
そう言って自分のトレーの上に僕の紅茶のマグカップも一緒に乗せると返却台に返してくれた。
―2-
何度見ても相変わらず素敵な洋館だ…。
冬の朝、きらきらと光る日の光を浴びながらその洋館は静かに佇んでいた。
インターホンを押すと上品なコール音に次いで男性の声が聞こえた
「はーい、今開けまーす」
多分翔さんの声だ。
まもなくして玄関のドアが開かれ
栂池翔さんが顔を出した。
相変わらずの長い髪を後ろ一本で束ねている。
「いらっしゃい、竹人君に入間君!」
「お邪魔します!」
用意されたスリッパに履き替え案内されたのは
以前入ったところと同じダイニングだった。
既に人の気配を感じて
思わず覗き込み思わずギョッとした。
なぜってそこには…
秋桜ちゃんを傷つけ僕にもよくわからない意地悪を吹っ掛けてきた山崎司が居たからだ。
その隣に秋桜ちゃんまで…。
なんで隣並んで座ってるんだよ…!!
思わず手に握りこぶしを作ってぐっと握って見せた。
あとは驚いたことにあんなに星に関わるのを嫌がっていた愛理ちゃんが先に来ていた。
なんだ…
来るのなら一緒に…あ、でも入間と会う話があったからどっちみち別々で来ることになってたか…。
それから…なんと桜倉先輩とマリアさんが…。
羽鳥先輩と対立しているはずなのによく来れたものだ…。
羽鳥先輩が誘ったんだろう…な?で…それに桜倉先輩が乗ってくれた?
んだよね?だからここにいるわけなんだろうし…。
マリアさんは最後の最後にだけ姿を出すと言っていたが
今日がその最後なのだろうか?
それから…一人だけ知らない顔があった。
愛理ちゃんの隣に座っている男の子だ。
小学生、だろうか?
「さ、二人とも座って?」
僕らがぼけーっとその場に驚きながら突っ立ていると
翔さんが座るように促してくれたので
僕は秋桜ちゃんのもう片方の空いた椅子に、そしてその隣に入間が座った。
「あ。」と気が付いて
バッグからそれを取り出して栂池翔に手渡した。
「これ、母が焼いたスコーンなんです。良かったら皆さんで…」
「ああ…有難う!早速お茶と一緒に出しましょう。」
そう言って翔さんはスコーンを持って台所に消えていった。
僕の向かい側に座る名も知らない少年が僕をじーっとまっすぐ見つめている事に気づき
とりあえず僕は笑み作って見せた。
「あの…あなたが射手座守護神ですか?」
向こうから質問を投げかけてきた。
「守護神というか…まぁ…射手座って言っていいのかな?射川竹人って言います。
君は?」
「ぼくは苗木海って言います。満天星学園初等部6年生。
双子座守護神って事になってます…」
「そう」
自分の自己紹介が済むと気が済んだとばかり海君は俯いて黙り込んでしまった。
誰も何もしゃべらない。
こんなに大勢いるのに…前回のお茶会とは全然空気が違っていた。
と、愛理ちゃんがおもむろに席を立つと翔さんがいるだろう台所の中へと消えていった。
なにやら話し声が聞こえるがよく聞き取れない。
すると今度は秋桜ちゃんも席を立ち台所の中に入って行った。
「お手伝いしますよ」
秋桜ちゃんの声だ。
ああ…こんなに大勢いるのにお茶出しを一人に任せるのも大変だと
女性陣は思ったのだろう。さすがだ。
しかし女性陣で一人だけまりあさんは何も言わずただただ黙って窓の外を眺めていた。
僕も立ち上がる。
入間がどうした?と声をかけたその瞬間
上品なベルの音が室内に響いた。
「あ、僕出ます!」
丁度いい。立ったついでに。
パタパタとスリッパを慣らし玄関に出る。
ドアを開けると
そこに立っていたのは…
「あ、射川!おはよう!」
元気いっぱいの明るい声でやってきたのは…
「………紫苑…君…!?」
何事もなかったかのように紫苑君は僕に向かってニコニコと微笑んでいる。
思わずその笑顔が怖くてぞっとした。
「射川?」
中から次いで入間が顔を出す。
そして紫苑君の存在に気づいたのか
そっと僕の肩に手を乗せた。
「やぁ、紫苑君。いらっしゃい。」
何事もなかったかのように入間も振舞った。
朝カフェで僕に紫苑君には気を付けろと言っていたのに…
それともこれは入間のポーカーフェイスだろうか?
紫苑君を中に通すると
お邪魔しまーすといって紫苑君はまず台所に入って行った。
その様子を入間と見守っていると
紫苑君もなにかお菓子を持ってきたようだった。
「おや、クッキー?紫苑君が焼いたの?」
翔さんが嬉しそうに包みを開きながら言う。
「はい、母と焼きました。お口に合うといいのですが…」
「射川、行こうぜ?」
入間がダイニングに行こうと言ったので
僕は入間に引っ張られてダイニングへと戻った。
するといつの間にかテーブルにはたくさんの種類のお菓子やらケーキが
並んでいた。
お茶もそれぞれの席に用意されている。
女性陣が手伝ったおかげだろう。
しかしそこで肝心の主役がいない事に気が付く。
「羽鳥先輩は?」
僕は思わず秋桜ちゃんに小声で聞いてみた。
すると秋桜ちゃんもわからないという風にただ首を横に振るだけだった。
まだ一度もこちらに顔を出していないのだろうか?
「さぁ、皆さんお茶はちゃんとそろっていますね?
冷めないうちにどうぞ召し上がってください。
お菓子もどうぞ。」
翔さんの言葉を合図にして
みんなは静かにティーカップに口を付けた。
僕も入間と一緒に紅茶を啜る。
温かい…。
海君が目の前のビスケットに手を伸ばしたので
僕も真似して近くにあった同じビスケットを手にする
口に放り込んだ瞬間に、ふんわりと優しいジンジャーの香りが…。
「美味しい…!!」
すると隣から小声で有難うと聞こえたので思わずそちらを見ると
秋桜ちゃんがにこりと微笑んで見せた。
「え?これ秋桜ちゃんの手作り?」
「生姜のビスコッティ焼いてみたのだけれどお口に合ったようで何よりだわ…」
珍しくご機嫌そうに秋桜ちゃんが微笑んだ!!
よっしゃ!!
僕は思わず心の中でガッツポーズをして見せた。
―2-
とりあえずダイニングにいる客人たちの空気が温まったのを見届けたところで
栂池翔は小走りで慌てて二階に続く階段をギシギシと音を立てて上った。
階段を上りきると横に伸びる廊下を左に曲がり一番奥のドアの前まで来て立ち止まった。
軽く呼吸が乱れている。
しかしそんなの今は構わない。
小さくドアをノックすると
小声で言った。
「翼さま、翼さま、皆様いらしてますよ?起きていらっしゃいますか?」
しかしいくら待っても返答はない。
困ったな…とスリッパをパタパタ鳴らしながらドアの前をぐるぐる回って見せたが
そんな事をしたってドアが開くわけでもない。
ええい、仕方がない。
「翼さま、失礼します!」
そう言ってドアノブをひねって見せた。
―3-
部屋の奥のベッドには羽鳥翼が横たわっていた。
掛け布団がかけられ
仰向けに横たわっている。
と、
羽鳥翼の胸の上には何かが乗っかっていた。
「ああ、琴ちゃん、こちらにいらっしゃいましたか…」
栂池翔は羽鳥翼の胸の上に乗っていた“琴ちゃん”を抱き上げて抱っこして見せた。
しかし“琴ちゃん”は反応しない。
「さぁ…皆さんにご紹介しませんとね。
翼さまはきっとお疲れなのでしょう。
少しだけこのままにしましょうね?
では」
といって翼に軽く頭を下げると
翔は琴ちゃんを連れてその部屋を後にした。
―4-
栂池翔がダイニングに下りてきたが
後から他に誰もついて来なかったので
七瀬愛理はさすがに我慢できなくなったのか
口を開いた。
「あのー。翔さん、羽鳥先輩はどうされたんですか?」
と次の瞬間ぎょっとして口に手を当てて見せたので
皆、翔の方を見てみると
翔はダイニングの入口の少し入ったところに立っていた。
手には、
なにやら
人形のようなものが。
「皆さん、お会いした事ある方もいらっしゃるかもしれませんが
琴ちゃんをご紹介しますね。」
そういって手に抱いていたものも皆が見えるように少し前に突き出して見せた。
しかし誰も何も言わない。
ただただ黙って固まっている。
竹人も論外ではなかった。
栂池翔が手にしているのは…
人形…。
大きさ、30センチあるだろうかという小さな
西洋人形。
髪は薄紫色で長く、白いリボンが結んである。
瞳の色は紫色。
タックやフリルのたくさんついたアンティーク風のピンク色のドレスを着ている。
「…あの…」
思わず入間が声を漏らす
「それは?」
「ですからこちらが琴ちゃんですよ。」
そう言いながら更に室内に歩を進めると
栂池翔は手にしていた人形を
ダイニングセットの一番端っこに置いてあるチャイルドチェアーに
人形を座らせて見せた。
一同がさらに固まる空気が伝わってきた。
「あの…それで…羽鳥先輩は?」
僕は話を元に戻して見せた。
「翼さまなら今ベッドで横になっていらっしゃいます。」
「え?具合が悪いんですか?」
思わず聞き返す。
「いえ、時が止まっている。ただそれだけです。」
そう言いながら栂池翔は微笑んで見せたが
なんだろう、
なんだか凄く嫌な予感がした。
僕は思わず立ち上がると
二階に続く階段を駆け足で上った
壁伝いにぐるりと回りこんだ階段を上りきり
左右を見渡す。
沢山ドアがあってどれが誰の部屋なのかわからない。
と、
左突き当りの一番奥のドアが少しだけ開いているのが見えた。
こっちか!?
バンッ!!
ドアを乱暴に開くと
部屋は思ったよりも広かった。
大きなベッドが奥に一つ。
そこに人影を見つけた。
「おい、射川!」
後から次いで入間も飛び込んできた。
「入間…あそこに寝てるのって…」
「羽鳥先輩?」
「うん…だよな?」
そう言いながら一歩一歩慎重にベッドの方に歩を進める
そして
ベッドの真横までたどり着くと
ベッドに横たわるその人物をじっと見つめた。
羽鳥翼だ。
メガネは横のナイトテーブルに畳んで置いてある。
仰向けに横になり掛け布団がかけられている。
翼の両手はその掛け布団の上で組まれていた。
「…羽鳥先輩…?」
そっと羽鳥先輩の白い首すじに手をやる
と…
「…あ、」
「ど…どうしたんだよ、射川!?」
「…あたたかい…」
「へ?」
「良かった!!
生きてるっ!!」
思わずその場にへたりと正座を崩したようにして座り込んでしまった。
「なぁーんだ!脅かすなよぉ~!!」
入間も僕の両肩を後ろから抱き込むような形でしゃがみ込んだ。
「さっきの人形と言い一体なんのパフォーマンス?」
入間が入ってきたドアの方を振り向いた瞬間、
バタンッ!!
突然ドアは風もないのに音を立てて閉まってしまった。
「え?」
「え?」
思わず二人して見つめ合う…。
慌てて羽鳥翼の方をみるが
羽鳥先輩は相変わらず眠ったままだ。
「な…なんだよ…一体…
と…とりあえずこの部屋から出ようぜ?」
入間が僕の腕をひっぱりあげ
僕も何とか立ち上がる事に成功する。
「あっれ…、開かね―ぞ、ドア…!!」
入間が一生懸命ドアノブをガチャガチャとねじりながら
ドアをひっぱろうとするがびくともしない。
僕は…
少し冷静になって
室内を見渡した。
入った時はベッドに目が行って気が付かなかったが
入口壁沿いにデスクとチェア、それから本棚があった。
デスクの上には畳まれたノートパソコンと何やら難しそうな
数学書が数冊積んである。
やっぱり、ここが羽鳥先輩の部屋なんだ…。
ベッドの足側の方には巨大な窓があって
今は厚いカーテンがかかっていて
部屋の中全体が薄暗い。
僕は窓の前まで来ると
両手いっぱいにカーテンを開いて見せた。
シャーッ!!
眩しい…!!
もうそろそろ昼になろうかという真上からの太陽の光に思わず目を細める。
「射川!ドア、開いたぜ!!行こう!!」
「あ…うん!!」
慌てて振り向き入間が出るように手招きしていたのでそちらに駆け寄り
部屋を二人して飛び出していた。
今度は階段を勢いよく駆け下りてゆく…。
古い年季の入った木造の階段がギシギシとなるのもかまわずに一目散に二階を後にした。
ダイニングに飛び込んだところで
入間が突然急ブレーキをかけたので後をついてきた僕は思い切り入間の背中にぶつかってしまった。
「ど…どうしたの?」
慌てて入間の背中から顔を離す。
「え?」
としか入間は発しない。
「どうしたの?」
入間の肩越しからダイニングを覗き、そして僕もいると同じように
「え?」
とだけ言葉を発していた。
誰もいないのだ。
さっきまで大勢でダイニングテーブルについてお茶をしていたはずなのに…
誰も、いない…。
それどころか
テーブルの上にたくさんあったお菓子やケーキ、
熱々の紅茶の入ったティーカップまで消えていた。
「ど…どういう事?」
それに薄暗い事に気づく。
ダイニングの灯りが消えているのだ。
いや、ダイニングだけではない。
台所にも人の気配はない。
「ちょ…
ねぇ、みんな!!かくれんぼか何か!?
冗談やめて出てきてよ!!」
僕は叫ぶように言ったが
どこからも何も反応はなかった。
と、突如
ボーン…
ボーン…と
低い音が響いた。
「ひぃ!!」
「ひぃ!!」
二人して思わず抱き付く。
音は玄関ホールから聞こえてくる。
巨大な振り子時計が鳴っているのだ。
時刻は12時を指していた。
ボーン…ボーン…
「び…びっくりした…ただの時計だよ!!」
入間に言いながら自分にも言い聞かせる。
「と…とりあえず、出ようか?ここ…ね?
もしかしたらみんななんか急用があって帰っちゃったのかも!」
「ええ?じゃあ翔さんは?
どこにも行く必要ないじゃない…」
「とりあえず…出よう!ね?僕は…出たい!!」
そう言いながら玄関に自分の靴を見つける。
「ほら!僕と入間の靴だけある!!
って事はみんな外にいるんだよ!!」
「そ…そっか…よし!!じゃあ…」
二人して競うように自分の靴を履くと
玄関のドアを開き逃げ出すように外に出た。
バンッ!
しかし…外にも誰もいなかった。
車庫に車の姿もない。
一体どういう事なんだろうか…
「あ、そうだ!」
とズボンのポケットからスマホを取り出す。
電波は十分にあって
時計も正常…
あの神隠しの時とは違う。
「どうするんだ?」
「試しに自宅に…」
そう言って画面を操作して
自宅に電話をかけて
スマホを耳に当てた。
やがて接続音が鳴る
プルルルルン…
プルルルルン…
「はい、もしもし…」
「え?」
「どうした、射川?」
この声は聞き覚えがある…
覚えがあるなんてものじゃない…
この声は…
この声は…!!
「もしもし?…
お兄ちゃん?」
明人だーーーー!!
「うわーーーーーっ!!!」
思わず怖くなってスマホを放り投げた。
「ちょ、射川どうしたんだよ!?おい!!射川ってば!!」
呼吸が…苦しい…!!
苦しい…!!
嘘だ…
嘘だ!!
違う…これは
きっと…夢…
夢なんだ…!!!!
夢……な…ん……
―5-
……寒い…
寒い…
ここは…
どこ…
僕は…誰?
「…射川…」
「…ん?…」
「あ!射川、気が付いたか!?」
ハッとして目を覚ますと
天井一杯に友人の顔があった。
「…入間…?」
「大丈夫…か?」
「あ、れ…僕…どうなって…」
気が付くと僕は羽鳥邸の玄関の前で横になっていた。
入間の膝枕が温かい…。
「気を失ってたんだよ…いたずらにしては質が悪すぎるよな…」
「よかった…」
「え?」
「入間まで消えてしまったらどうしようって…」
思わず視界が滲む…。
「おいおい、何も泣くことないだろ?
俺はどこにも行かないって!
射川の事ずっと守るって決めたんだから!な?」
「…ありがとう」
「とりあえず帰るか?」
「…うん」
羽鳥邸のインターホンは鳴らさず僕らは無言で
金倉行きのバスに乗り込んだ。
「それにしても…さっきのは…」
バスの一番後ろの席に二人並んで座り、僕は呟いた。
「え?」入間が小首をかしげる。
「電話…」
「あ、そうだ!射川、ほらスマホ!
芝生に落ちてたから多分壊れてないと思うけど」
「…あ…有難う…」
「で?一体何があったんだ?」
「それが…
さっき自宅に電話したら
明人が電話にでて…」
「え?……どういう…事?」
「それが…僕にもわからないんだ…
あ、そういえば…羽鳥先輩が昨日変な事言ってた…」
「変な事?」
「うん。死者が復活するとかなんとかって…」
「え?…何それ?」
「僕にもよくわからない…。
だからそれを聞こうと今日、みんなで集まったのに…
肝心の話、聞けなかった…」
「それにしてもさっきの一体なんだったんだろうね?」
「本当…」
それから二人は黙り込んでしまった。
ただただバスは揺れながら金倉まで静かに走り抜けていった。
金倉駅に着くと
二人して横須賀線に乗り込んだ。
本当はお昼を食べるつもりだったが
金倉では混みすぎてどこもいっぱいだったのだ。
諦めて応船に向かう事にした。
電車はそこそこ混んでいて
座れない程だった。
ドアの脇に立つ。
「あ…ねぇ、入間…」
「ん?何?」
「もしよかったら今日うち来ない?」
「え?でも突然悪くない?」
「全然…それにさっきの明人の声、気のせいだったって一人で確認するの
ちょっと怖くて…入間がいてくれたら大丈夫かなって?
あ、もちろん帰りは送るよ」
「いやいや、気を遣わないで?
うん、じゃあ俺も一緒に行くよ!」
そんなこんなで応船で昼食を摂るのをやめた代わりに
駅中でレバーカツと唐揚げ、それからおにぎりを二人分買って今度は根岸線へと乗り込んだ。
始発駅だから絶対座れる。
「射川の家の方は久しぶりだなぁ…」
「あれ?僕の家来た事、あったっけ?」
「いや、厳密には家の前までは来たことあるんだけど」
「何それ?」
ちょっと不思議そうに笑って見せた。
「…明人君を送るのにね。
射川があっちの世界に行ってた時、演奏会に来てくれてさ、
なんか具合悪そうだったから愛理ちゃんと一緒に射川の家の前まで送ったんだ」
「え?そうだったの?だって入間の家全然方向違うのに…」
「へへ…俺ってかっこいいだろ?」
「…アハ…良かった…!いつもの入間で!」
僕の自宅の最寄り駅は応船から一駅目の本郷坂という駅だ。
プラットホームから下りのエスカレーターに乗り
駅を出た。
びゅう…
冷たい風が吹きつけた。
「うう…さっみー!」
思わず入間も声を漏らす。
「朝は日差しが出てて暖かかったけど
少し曇って来たな…」
「うん…もう少しだから我慢してね?あ、ちょっと坂上るよ…って入間来たことあるから知ってるんだっけ」
「まーね!」
ゆっくりと歩き出す。
そんなに大きな街ではなく商業施設なんかもある事はあるけれどどちらかというと閑静な住宅街が立ち並ぶ。
「さっきのがいたずらだったのなら散々だな…射川…?」
「え?」
「あ、なんでもない!後でな!」
「?」
にやにやと笑う入間を見て僕は正直凄くホッとしている。
もしあの、羽鳥先輩の部屋に閉じ込められた後
入間まで消えてしまったらまた僕は独りぼっちの冒険を始めなければいけなかったかもしれないのだ。
でも大丈夫。
今回は入間が見方でいてくれている。
なんとも心強い…。
「あ、ここだよ?」
緩やかな坂道を上った後、僕は目の前に建つ家を指差して見せた。
「うん、知ってる」
ニカッと笑う入間。
「うちに入るのも僕の部屋に入るのも初めてだよね?」
「あ、それはね。」
「ちょっと散らかってるけど…!」
「いいよ。」
念のためインターホンを慣らした。
「はーい」
良かった。お母さんの声だ。
「僕、竹人。鍵忘れちゃったから入れて?」
「はいはい」
プツッと通話音が切れ少ししてドアのかぎがガチャリと開く音が中から聞こえてきた。
「おかえりなさい…あら?」
長いウェーブの髪を揺らしながら母かすみが出迎えてくれた。
僕の後ろに立つ入間を見つけて目を丸くして見せる。
「こちら僕の友達の入間光君。同じ弦楽部なんだ」
「はじめまして、入間光です。竹人君にはいつもお世話になっています」
「あらあら!いらっしゃい!!どうぞ?
少し散らかっているけれど…」
そう言って母は僕と入間を自宅内に招き入れてくれた。
中は暖かかった。
ぬくもりのにおいってこういうにおいだよね。
「いい匂い…」
思わず声に出して感想を言う。
「竹人、さすが鼻良いわね!パンを作っていたの。
良かったら二人とも食べてね?」
「わ!嬉しいです!」
入間も素直に喜んだ。
用意されたスリッパを入間が履いたところで
こっちだよとリビングダイニングに案内した。
ドアを開くと先ほど以上にパンの焼ける香ばしいいい香りが僕らを包み込んで出迎えた。
と、竹人の足が止まった。
今度は入間の方が竹人の背中にぶつかり顔面を打った。
「どうした?」
「あ、おにーちゃん!!お帰りなさーい!!」
出迎えたのは
射川…明人…
「え?」
入間は驚いて竹人の肩越しにいるはずのない弟の姿を再度確認していた。
「あ、入間先輩も!今日は!!」
だが間違いない。
明人はそこにいる。
そして僕らを認識している。
これは夢なんだろうか?
と、射川の体がぐらんと揺れ、俺の体に全体重を預けてきた。
「お…ちょ…ま…!!射川!!しっかりしろ!!射川!!」
ガタン!と倒れ込み
俯く射川の顔は先ほど同様真っ青だった。
「だい…じょう…ぶ…」
なんとか今度は気絶せずに、だけどとても具合悪そうに俯いている。
「どうしたの!?お兄ちゃん!?」
パタパタと駆け寄ろうとした弟を兄は片手を前に突き出し
制して言った。
「アキ!…大丈夫…ちょっとこけただけ…
…お母さん…僕、自分の部屋で入間と食事してるから…
明人の事よろしく…」
この宜しくとは、僕の部屋にはよこさないでという意味だ。
「あら、そう…大丈夫なの?具合悪いの?」
「ううん、そういうんじゃないよ…。
じゃ、入間…二階に行こうか?」
「あ…うん…」
僕はゆっくりと入間の手を借りて立ち上がると
明人を視界に入れないように注意しながら
部屋を出た。
入間が心配そうに
肩を貸そうかと言ってきたがありがとうと言って断った。
二階に上ると右手突き当りが僕の部屋になる。
ドアを開けると
レースのカーテンから午後の柔らかな日差しがキラキラと漏れていた。
また少し晴れてきたのだろうか?
「へぇ~、綺麗にしてるじゃん!」
「そんな事ないって…有難う。」
そう言いながらやっとのことで
応船のエキナカで買ってきた食材を小さなテーブルの上に広げる。
「あ、レンチンした方が良かったかな?」
「いや、いいよ。ここのレバーカツうまいんだってな!あまり応船で降りないからなかなか買う機会なくって…でも部活内で噂になっててさ、ずっと気になってんただ!」
「そう?
あ、お皿…」
「いいって、いいって。このカバーの蓋を皿替わりにすればいいじゃん。
洗い物増えなくっていいだろ?」
「あは、入間ってすごいね!」
「ん?何が?」
そう言いながら入間は早速お手拭きで手を拭いて買ってきたものを袋から取り出している。
と、トントンとドアがノックされ二人して同時にドアを注目した。
「竹人?パンと飲み物持ってきたんだけど?」
「あ!確かに…飲み物買うの忘れてた!有難う!」
そういって母から焼き立てのパンとお茶の入ったマグカップが乗ったトレーを受け取る。
お母さんが下に下りて行った気配を感じ取った後に
入間は射川のお母さんすげー若くて美人だな!と言ってトレーからマグカップを一つ受け取った。
有難う、でもただの若作り!って言いながらも少し照れつつ僕もマグカップをテーブルに乗せる。
「それしにても本当に綺麗な部屋だな!俺の部屋とは大違い!」
そう言って入間は僕の部屋を見回して見せた。
6畳間の洋室で、家具はベッドと机、本棚、パソコンディスク、それから部屋の中央にこの小さなテーブル。
本棚には勉強関係の本以外には音楽関係の本や楽譜が占めていた。
それから譜面台が畳みかけて部屋の脇に置いてある。
あとはクローゼット。
そんなところだろうか?
「ほい!」
そう言って入間が鞄の中から何かを取り出す。
「?」
小さな紙袋だ。
「忘れてるの?今日が何の日か!」
「…ああ…そっか…」
「今日12月3日は竹人君15歳のお誕生日だろ?
これ、ささやかだけど誕プレ!」
「わ!…嬉しい…気を遣わなくてもいいのに…!」
そう言いながらもやっぱり誕生日を覚えられていることは嬉しい。
だって365日分の1日しかないのだから…。
包み紙を開けてみると
小さなバイオリンのキーホルダーが中に入っていた。
「早速スマホカバーにぶら下げちゃお!」
「おうおう!それがいい!!」
入間もにっこり笑顔を作ってみせた。
―6-
昼食を済ませてざっと片付けた後、
今度は温かい紅茶を淹れてマグカップに注ぎ、
それを啜りながら先ほどの不思議な出来事について話し合っていた。
羽鳥邸での出来事、それから明人の事も…。
「いたずら…じゃないよな?いくら何でも…」
「だよね…だったらなんでみんな最後に出てこないんだろう…」
僕は紅茶のカップに口を付けて一口啜った。
「俺、てっきり射川のバースデーサプライズかと思ったんだよ。」
「え?…そうなの?」
「いや…だから最初は、ね?
でも俺らが家出た後射川気絶しただろ?
あ、やりすぎだって思ったんだ。
で、結局その後もだれも出てこなかった…。
おかしいよな?」
「う…ん…」
「それに…明人君まで…
おれらパラレルワールドの扉でもくぐっちまったんだろうか?」
「…………明人…」
明人は確かに今生者として存在している。
僕も入間も確かに明人の存在を確認済みだ…。
なんで…。
「あ…あと…何か変わった事ないかな?
入間は何か感じた?」
「変わったところ?そうだなぁ…今のところは特に…。
ただ…このままじゃすまされないような気がしてならない。
絶対何か大きなアクションがあると思う…俺の感だけど…。」
「う…ん…僕も何となくそう思う…。
それもとても嫌な方向に…」
「だな…」
そこでやっと入間は紅茶に口を付けて見せた。
「とりあえず…この状況の変化に気づいているのは入間と僕の二人だけ…。
他の星座関係者がどうなのかはわからいけれど月曜日学校に行ったらまた何かあるかもしれない…。」
「ああ…そうだな…。」
「僕…異世界に飛ばされたときと同じような気持ちだよ…。
でも…さっきも言ったけれど今回は入間が一緒で本当に心強いよ…
有難う、入間…」
「礼なんていいよ。
俺こそ射川側に付けて嬉しい。
もし俺も他のみんなと同じように消えていたという事はつまり逆を言うと
みんなの前から射川が姿を消したって事だろ?
それは二年前の失踪と同じだ…。
また同じことの繰り返しなんて俺、嫌だからな…」
「うん…」
「射川、油断しないように…な」
「え?」
「思い出したんだけど、蠍…紫苑君来てただろ?
何事もなかったかのように…
もしかしたら蠍が何か仕組んだのかもしれないって可能性も考えておかないと…」
「紫苑君が…?」
「ああ…俺もよくはわかってないんだけど…なんとなく、な」
「うーん…」
「とりあえず、そろそろ俺帰るわ。
有難うな、射川」
「あ、大丈夫?駅まで送って行くよ!」
「大丈夫。道はちゃんとわかってるから。
それより明人君の事よろしくな?」
「…明人…?」
「少し探ってほしいんだ。
ここがパラレルワールドの中だったのなら
一体明人君は僕らとどこまで関わった記憶があるかって事を。
つまり…夢幻空間の記憶があるのか、とかそもそも指輪はあるのか、とかさ…」
「凄い…入間って本当にすごいね。
僕何にも考えてなかったよ」
「あはは、これも射川を守るため!
もし何か変化に気が付いたらすぐ電話かLINEしてくれよ?
夜中でもタクシー飛ばして飛んでいくからさ!」
「入間…
いつも頼もしいんだね…
本当…有難う」
「そう!ナイト(騎士)はいつも王子様を守るために頑張るノデスヨ!!
じゃ…そろそろ」
見送りはいらないと言ったのだけれど
なんとなくまだそばにいてほしい気持ちもあって
玄関外のポーチの門を出たところまで入間を送った。
「じゃ!月曜日学校で!」
「うん!入間も気を付けて!」
そう言いながら二人仲良く手を振り合った。