竜の姫と竜の騎士~箱入り姫は最強のヤンデレ竜騎士に捕らわれ溺愛される~
◇◇◇
「姫!今日こそはこの中から番たるものをお選び下さい!」
シルビアはことさら気合の入った教育係兼世話役のゴンザレスこと爺の声に小さくため息をついた。
謁見室の椅子の前には、今日も煌びやかな鎧に身を包んだ姫の番候補の騎士たちがずらりと肩を並べている。天空国を統べる竜王の一人娘にして絶世の美女と名高いシルビアだが、適齢期になっても番を見出しておらず、次期竜王を定める番選びは年々熱を帯びたものになっていた。
姫のために集められた騎士たちは、いずれも勇猛で名の知れたものばかり。しかも、次期竜王として相応しい見た目と礼儀、優れた血統を兼ね備えている者だけがこの場に侍ることを許されている。
そのため、先ほどから彼らを目にした年若いメイドや侍女たちは、顔を真っ赤にして落ち着かない様子だ。いずれ劣らぬ勇者たちに、今日こそは姫も番となるべき相手を選ばれるのではないか。そうした期待のこもったまなざしがシルビアに一斉に注がれていた。
シルビアはけだるげに椅子から身を起こすと、騎士たちの前をゆっくりと歩きだす。気に入った者がいればその者だけに声を掛ける習わしだ。
騎士たちは息を呑んでシルビアの動きを見守る。動くたびにくるぶしまで伸びた長い銀の髪がさらさらと揺れ、同じく銀のまつ毛に彩られた美しいアクアマリンの瞳が物憂げに揺れる。
歴戦の戦いを勝ち抜き、些細なことでは動じない騎士たちも、あまりにも儚く美しいシルビアの整った美貌の前では思春期の男子のように胸を高鳴らせている。
「噂には聞いていたがなんと麗しい……」
「このように美しい人がこの世にいようとは……」
口々に囁かれる甘い言葉に時おり耳を傾けるが、シルビアが立ち止まってその声に応えることはない。いつものように最後に控える男のところまでくると少し足を止め、しばし考えた後くるりと踵を返す。
いつもと変わらぬシルビアの態度に、焦った爺がまた声を張り上げる。
「さあ、いずれ劣らぬ英雄ばかり。姫様のために国中を探して爺が集めてまいりましたのじゃ!ほれ、この御仁は見事な美しい黄金の髪に涼やかな紺碧の瞳。きっと美しい子がお生まれになるでしょう。こちらの勇者は大冒険の末手に入れた、一振りで大海を割るという伝説の剣を持っておりますぞ!さぞや勇猛なお子がお生まれになるでしょうな!さあ!どなたになさいますかなっ!」
爺の鼻息も荒い。無理もない。こうしたお見合い活動も今年に入ってもう十回は超えていた。前回も前々回も、いずれ劣らぬ英雄揃いであったが、なぜかシルビアにはピンとこなかったのだ。
中にはなぜか毎回顔を隠して参加しているおかしなやつもいて、そいつだけが異彩を放っている。そう、最後尾にいるあの男である。見目の麗しさも重要なこの場において、なぜか一人フルメタルの武骨な鎧姿。顔は分からないのだがある意味最高に目立っていた。シルビアが足を止めるのはその男の前でだけ。しかし、声を掛けることはついぞなかった。
確かにどの騎士も見目麗しい。間違いなくそこら辺の竜人族の女子なら失神してしまうレベルの麗人たちだ。竜人族は基本的に見目麗しいものが多いが、やはり力を持つものの美しさはワンランクレベルが違う。しかしどうにもピンとくるものがない。
シルビアは小さくため息をつくと、今回もまた、誰にも声を掛けずに自らの椅子に戻った。明らかに落胆の表情を浮かべる参加者たちを見てさすがに申し訳なく思う。
シルビアとてわかっているのだ。竜人はめったなことでは死なない頑丈な体と他種族とは比べ物にならないほどの長い寿命を持つ代わりに出生率が極めて低い。現竜王にも、一人娘であるシルビアのほかに子はいない。シルビアの結婚には竜王国の存亡そのものがかかっているのだ。
「だがのう、爺。やはりどの御仁もわらわにはピンとこないのじゃ。真実の番とでおうたならば、こう、一目会っただけで天にものぼろうかという夢心地になると聞く。ほれ、わらわの侍女が先月ようやく理想の番を見つけたと申しておったであろう?わらわもそのような運命の出会いをしてみたいのじゃ」
少女趣味と言われようとも、気の遠くなるほど永いときを共に歩むのだ。そのぐらい夢を見ても許されるのではないだろうか。実際父上と母上は運命の番というにふさわしいラブラブぶり。できれば番とはいつまでも末永くラブラブしていたい。シルビアにはそんな乙女らしい夢があった。ところが、
「姫様。王族に必要なのは優れた血筋!姫様には姫様を生涯身を挺してお護りすることができる勇猛な勇者がぴったりのはず!もう国中の勇者を紹介してまいりました。この者たちで最後でございます。この者たちの中からお選びいただけないとなるなら、爺が決めてしまいますぞ!」
あんまりな爺の言葉にシルビアはちょっぴり腹を立てた。
(爺め、あんまりではないか。なぜわらわの番を爺に決められなければならぬのじゃ。竜人族はことのほか番を大事にする。一度番を定めてしまえば人間のように簡単に婚約破棄などできぬ。ま、まぁ、一部例外もあるが。しかし、さすがのわらわもこれには堪忍袋の緒がきれようというもの)
「それは爺の好みであろう~?もうよい。わらわが自分で探してくるゆえ。爺はそこでおとなしゅう待っておれ」
そう言い残すとシルビアは城のてっぺんから飛び降りた。
「ひ、姫様~~~~~~!!!!これ!お前たち!何をぼさっとしておるか!はやく姫様を追いかけるのじゃ!」
「「「は、はいっ」」」
慌てふためく爺をしりめに大きく翼を広げると一気に加速していく。
───ああ、空を飛ぶのは本当に気持ちがいい。
気分を良くしたシルビアはより一層大きく翼をはためかせる。
「くっ、ダメだっ!速すぎて追いつけない!なんて飛行速度だ」
そう、誰もシルビアに追いつくことなんてできない。もっとも大きな翼をもつ竜王の一族の飛行速度には、どんな竜人も追いつくことすらできないのだ。
「ああ、気持ちいい。ふふふ、窮屈な城暮らしなどまっぴらじゃ。このままこの世の果てまで逃げてしまおうか……」
「それは困るな……」
「え?」
バリトンの声が耳元で甘く囁いたかと思うと、翼ごと背後からそっと抱きしめられた。
「やれやれ。深窓の姫君だと思っていたが、我が姫はとんだおてんばのようだ」
ハッとして腕を振り払う。
(まさか竜人族最速の飛行速度を誇るわらわに追いついたというのか。わらわの知る限り、王族でもなければとても追いつけないはず)
「な、何者じゃ!無礼者!わらわを天空国のシルビア姫と知っての狼藉かっ!」
キッと顔を上げると、息のかかるほどの至近距離でシルビアを見つめる男と目があった。
────息を呑むほど美しいアメジストの瞳に、さらさらと艶のある漆黒の髪。そして、背にはシルビアをはるかに凌駕するほど見事な漆黒の翼。
(か、かっこいい~~~~~~~~!!!)
シルビアは息をすることも忘れ、ぽーっとその男を見つめた。無駄のない引き締まった体躯、長い手足、少し日焼けした肌は健康的で男らしい色気に溢れている。
(……ナニコレナニコレ、めっちゃかっこいい!)
高まる鼓動、体全体を駆け巡る熱い衝動。小さな胸が切なさにぎゅっと締め付けられる。
(ああ、これが、運命の恋!?)
耳まで真っ赤になったシルビアをみて、男はクスリと小さく笑った。
「姫、わたくしと一緒にまいりましょう」
「一緒に?」
ピンク一色に染まった頭でぼんやり聞き返すと、「私と一緒ではおいやですか?」と悲しそうに眉を下げる男が目に入る。
(ナニコレナニコレ、か、かわいい~~~~~~!!!)
再び痛いほどの胸のときめきに危うく窒息しそうになる。
(ああ、恋がこれほど危険なものだったとは。城の中にいたのでは決して知ることはなかったであろう。ああ、わらわは冒険の果てについに運命の人を探し当てたのじゃ!)
ずいぶん短い冒険だがそんなことは気にしない。
「そなたこそ、わらわの運命の人。わらわの目に狂いはない。そちと一緒なら喜んでどこへでも参ろう。さあ、わらわを連れて行っておくれ」
熱に浮かされたようにいうと、ようやく出会えた運命の番はシルビアの手にそっと口づけし、満面の笑みを浮かべた。
「よろこんで」
(ああ、世界の果てでも構わない。二人ならどこへでもいける。やっと出会えた運命の人……)
恭しくお姫様抱っこをされたシルビアは、大人しく最愛の番に身をゆだねる。
(父上、母上、爺、ごめんなさい。もう、城には帰らない……)
───と思ったのに。なぜか真っすぐ城に連れて行かれた。
「おお!姫!ようございました!突然城出するとはなんたること!爺は寿命が100年は縮みましたぞっ!まったくどいつもこいつも不甲斐ない!姫の飛行スピードに追い付けもしないとはっ!呆れましたぞ!その点さすが国一番の勇者と名高いアレン殿ですな!姫もすっかりアレン殿に心を許しているご様子。爺もようやく肩の荷がおりました」
ニコニコ顔の爺に出迎えられてそっと運命の番の顔を見る。アレン?
「姫様にあのようにすげなくされてもなお諦めず、毎回足しげく通っていたアレン殿を姫様も内心憎からず思っていたのですな。もしや二人きりでお話したかったのですか。これは爺も気が利きませんでした!いやはや、お熱いお熱い!カッカッカッ」
上機嫌な爺を前にして背中に冷や汗が落ちる。
(あ、あれ?アレンってもしかして漆黒の勇者アレン?あの、騎士団長の?公爵家嫡男の?えーっと。わらわが小さいころ一方的に婚約破棄したっていう?)
「あ、アレン?そちは、そのう……わらわの婚約者だったアレンかえ?」
「はい。姫様。ようやく私のことを思い出してくださったのですね」
相変わらずお姫様抱っこのまま、にこやかに微笑むアレン。その変わらぬ笑顔が怖い。
「の、のう、そちほどの男がどうして正体を隠して婿選びの会になど参加しておったのじゃ。正々堂々とわらわに求婚すればよいものを。さすればわらわもすぐにそちを見出したであろうに……」
大体あの武骨な鎧の下にこんなイケメンが隠れているなんて思いもしないではないか。毎回来るくせに顔も分からないし名乗りもしない変なやつだと思っていたのだ。
アレンは変わらぬ笑顔でにっこり首を傾げる。
「おや、よもやお忘れですか?幼いころ姫様より早く飛んでみせたら、『お前なんか大嫌いじゃ!もう顔もみとうない!口も利かぬ!二度とわらわの前に姿をみせるな!』と号泣したことを。おっしゃる通り姫様の前では常にフルメタルの鎧を身に付け、言葉を控え、決して姿をさらさないようにしてまいりました」
(ご、号泣……そういえばそんなことがあったような気がする。え、もしかしてわらわのせい?)
「そ、そのような幼き日の戯言を馬鹿正直に守らずとも、そのう……」
「姫様は私のたった一人の愛する人。幼いときより変わらずお慕いしております。この姿は姫様を悲しませた己自身への戒めの意味もあったのです」
無造作に投げ捨てられた兜をそっと手に取り、真っすぐシルビアを見つめて愛をささやくアレン。シルビアはあまりのことに申し訳なくて泣きたくなった。
「あ、アレン!我がままだったわらわを許してたもれ!あんなの、あんなのただの子どもの癇癪じゃ!」
「本当に?では、この姿で姫のお側に侍ることを許して頂けますか?」
「もちろんじゃ!むしろ二度とその麗しい姿を武骨な鎧兜などで隠すでないぞ!わ、わらわはそのう、そのままの姿のそなたを大変好ましく思うておるゆえ」
真っ赤になりながら言うとくすりと笑われてしまう。
「はい。全ては姫の御心のままに」
ああ、見れば見るほどカッコいい……
まさかあのアレンがこれほどの男に育っていたとは夢にも思わなかった。
何しろあの頃のアレンときたら生っ白くてプクプク太っていて子ブタのようだったのだ。そのくせやたら鋭敏で何度挑戦しても絶対に勝てなかったから、忌まわしい思い出として心の片隅に封印していた。
しかし、男子三日会わざれば刮目してみよとは良く言ったもの……これまでのアレンを見なかった日々のなんと勿体ないことかっ!シルビアがうっとりアレンを眺める姿を見て爺のボルテージも最高潮に高まっていく。
「さぁさぁ、そうと決まれば早速婚礼の準備ですな!竜王陛下も王妃様も大喜びなさいますぞ!あ、お前たちはもう下がって良いぞ」
その他の婚約者候補たちをシッシッと追い払うと両陛下のもとに文字通り光の速さで飛んでいく爺。爺は相変わらず騒がしい。だが今まで散々気を揉ませたことを思うとそんな慌てぶりも微笑ましい。
(爺にはぜひ我が子の面倒もみてもらいたいものだ)
うんうんと一人頷いているシルビアをひたすら蕩けるような視線で見つめるアレン。
ちなみにさっきからずーっと翼で包み込まれるように隠され、お姫様抱っこされたままだ。
「えーと、アレン、そろそろ下ろしてはくれぬか?いつまでも抱いておるとそちも疲れるであろう?」
「いえ、姫様は羽根のように軽いので重さなど感じません」
キラキラとした笑顔で言い切られるとなんだか断りづらい。心なしか先程よりもシルビアを抱く手に力が入っているのも気になる。
「えっと、でもその、ほら、あの者たちも見ておるしな!」
そういってシルビアがその他大勢の婚約者候補たちに目をやると、アレンの目がスッと細まった。
「ゴンザレス殿のお言葉が聞こえなかったようだな?とっとと出ていけと言わなかったか?」
(いやいや、爺はそこまで殺意を漲らせて言ったわけでは……)
アレンから立ち上る竜王色の覇気にその場にいた全員が一斉に窓から飛び降りた。さすが勇者、動きが速い。が、中には慌て過ぎて一人そのまま墜落した者もいる。
「あ、えー、そなたたち、ご苦労であったな。そちたちも似合いの番を見つけ、達者で暮らすのじゃぞー!」
突然の覇気に怯えつつ、飛び立っていく勇者たちになんとか声をかけるとますます強く抱き締められた。
「え、ちょ、アレン、く、くるし……」
「……あのような者たちに姫が直接お言葉などかけなくても良いのです」
「え、でもほら、あやつらもわらわのために無理を言って集まってもらった勇者たちであるゆえな……」
「あのような吹けば飛ぶような軟弱な者達など、姫様が気になさる程のものではありません」
(うん。正直先程の覇気で分かった。竜人族は己の強さを覇気で表す。あの覇気の大きさは間違いなく竜王クラスのもの。もしかしたら父上でも勝てぬのでは……)
失敗して無様に城の下に落下した男も、窓の下を見つめるアレンを見るや慌てて飛び立っていく。さっきから隠そうともしない殺意に温室育ちのシルビアは正直ガクブルだ。
小さくプルプル震えるシルビアに気が付き、アレンはさっと覇気を抑えた。
「ああ、申し訳ありません。姫様を怖がらせてしまいましたね」
ふわりと微笑まれてまた心臓を鷲掴みにされる。ああ、なんて罪作りなその笑顔。
「姫様にお言葉を戴けるあの者たちに嫉妬してしまいました。姫からお声がかかるのを今か今かと待っていたので」
悲しそうに眉を下げるアレン。
(もしやアレンは拗ねているのか!なんと、なんと可愛らしい……)
「あ、アレン!今まではアレンに気が付いておらんかっただけじゃ。そちはわらわにとって誰よりも特別な存在じゃ」
「本当に?」
「もちろんじゃ!」
「じゃあ、もうよそ見しませんか?私だけを愛してくれますか?」
「当然じゃ!わらわはそちを唯一の番とし、生涯そちだけを愛すとここに誓おう!」
シルビアは思い切って宣言をした。番という特別な言葉にシルビアの頬はかつてないほど赤くなっている。
「姫……心よりお慕いしております」
「アレン……わらわもじゃ……で、そろそろ下ろしてくれぬかの」
「嫌です」
にべもないアレンの言葉にシルビアは軽く困惑していた。
(何でじゃー!これほど愛してると言うておるに!)
そこにバタバタと現れる父上たち。
「おお!シルビア!ようやく番を定めたのだな!」
「まあ、早速このように仲睦まじい姿が見られるなんて……」
「ええ、わしも今までお育てしたかいがあったというもの」
涙ぐみながら喜ぶ両親に、同じく涙ぐみながら胸を張る爺。
「ほ、ほらアレン、父上と母上もいらしたことじゃし、いい加減下ろしてたもれ」
「できません」
両親の前でイケメンにお姫様抱っこされているというシチュエーション。シルビアが堪えきれずに身悶えすると、アレンはますます抱き締める手に力を込め、なんなら頬ずりまでしてくる始末。正直嬉しいけどそれ以上に恥ずかしいので本当にやめて欲しい。特に両親の前ではっ!
(え、ちょっとこれ大丈夫?一応あれ、竜王じゃからの?不敬罪にならんのか?)
「あらあら」「おやおや」
そんなシルビアの心配をよそにニマニマと顔を緩める両親たち。
「これはあれね、あなた」
「そうだねハニー」
「「結婚式は蜜月が終わってからだね」」
声を合わせて高らかに宣言する。
(はい?蜜月?)
初めて聞く単語に首を傾げるシルビア。アレンを見るとアメジストの目が濡れたようにきらきらと輝いていた。良く分からないがなんだかとても嬉しそうだ。
「よし、ではアレン、娘をくれぐれも頼んだぞ!期間は問わない!せいぜい可愛がってやってくれ」
「はい。では皆さま、失礼いたします」
恭しく三人に向かって礼をすると、今度はアレンがシルビアを抱えたまま窓から飛び立った。
「シルビアー!頑張るのよー!」
「アレン!娘を頼むよー!」
「いやぁ、孫が生まれるのが楽しみだね!」
「そうね、あなた!」
「姫様ー!ガッツですぞー!」
激しくテンションの上がった三人の声を遠くに聴きながらぐんぐんと離れていく城をぼーっと眺めるシルビア。なんという飛行速度!あれよあれよという間に、巨大な天空城は豆粒ほどの大きさになってしまった。
「へっ?えっ?アレン、ど、どこにいくのじゃ?」
展開の速さについていけなかったシルビアは、はっと気が付きアレンに尋ねる。これからどこに連れて行かれるのだろう。
「姫様のお望み通り、この世の果てまでも参りましょう」
「はぇ……?」
いやいや、温室育ちのシルビアにはこの世の果ては荷が重い。ようやく運命の番は見つかったので、できれば住み慣れた城で二人、のんびり過ごしたいのだが。そんなことを思っていると、アレンが耳元で甘く囁いてくる。
「ようやく願いが叶ったのです。一刻も早く姫様と番にならなくては」
アレンの言葉に首をかしげる。確かに婚礼はまだだがそれは王族として儀礼的なもの。竜人族は確かお互いが番と認識さえすれば番うことができるものだと聞いたことがある。
「もうわらわたちは番になったのでは無いのか?」
こてんと首を傾げるシルビアに愛おしそうに口付けを落とすアレン。
「やはり姫様は箱入りですね」
当たり前のことを言うアレンにちょっぴりふくれてみせる。もちろんシルビアほどの箱入りはいない。なぜなら竜王のただ一人の姫として、徒人では決して立ち入ることのできない城のてっぺんで大切に大切に育てられていたのだから。
「当たり前じゃ。姫なのだから」
そんなシルビアの様子を見てさらに笑みを深めるアレン。
「ええ。これからは分からないことは何でも私が教えて差し上げます」
爽やかな笑顔を見せるアレンにまた胸がときめく。よく分からないけど取り敢えずアレンに任せておけば安心だ。
「頼もしいのう。蜜月とやらはアレンに全て任せるゆえ、頼んだぞ」
「ええ、全て私にお任せください」
アメジストの瞳が甘やかに蕩けて思わずうっとりしてしまう。そうか、きっと結婚前に二人きりで旅行にいくのだな。そして愛を深めるということか。なかなか粋な風習ではないか。まあ、よく分からないがアレンがわかっているのなら大丈夫だろう。そう思ったシルビアはアレンにそっと身を寄せる。
なんといっても両想い。これから思いきりラブラブできるかと思うと心も弾む。素敵な番との運命の恋!シルビアは甘い期待で胸がいっぱいになった。
───これからどんなことが待ち受けているかも知らずに……
◇◇◇
結論から言うと全然大丈夫じゃなかった。
「姫様、あのキマイラを竜王陛下への手土産にいたしますのでしばし目をつぶっていてくださいね」
「い、いやじゃ!キマイラなど怒らせたら頭から食われてしまうぞ!」
「ご安心を。私には何ほどのものではありません。姫に私の強さをお見せしましょう!」
「ひ、ひいい……」
シルビアは忘れていた。竜人族は脳筋ぞろいだということを。城を発って数カ月、アレンはひたすら魔物討伐を繰り返していた。そう、竜人族の男は、自らの強さを番に示すのが最大の求愛行動なのだ。
愛するシルビアのために次々と伝説級の怪物に挑むアレン。その姿は確かに死ぬほどかっこいいのだが、毎回シルビアの胸は心配で張り裂けそうになる。しかもどんな困難からもシルビアを護れることを示すために常にシルビアを片手で抱っこした状態で戦っているのだ。
必死に縋り付くシルビアを愛し気に抱き寄せるアレン。
今ならわかる。爺の言ったあの言葉が!強さに全幅の信頼がおける相手でなければ確かにこの蜜月を耐えきることなどできない。国一番の勇者がふさわしいと言った爺の言葉は間違いではなかった!
しかも蜜月で討伐した獲物の強さはそのまま番への愛の大きさを示すものとして皆に披露する習わしになっている。ただの竜人族ならそこそこの獲物でも許されるだろうが、次期竜王ともなれば期待も大きい。そして、アレンは期待を裏切らない男だった。
「う、うう、アレンといちゃいちゃできると思っていたのに……」
ぐぎゃーぎじゃーと断末魔の悲鳴を上げるキマイラを決して見ないようにしながらシルビアは一人遠い目をする。
最後の一振りでキマイラを討ち取ると、剣を収めてシルビアを抱き寄せるアレン。
「あ、アレン、もう目を開けても良いか?」
「はい、姫様。キマイラも無事討伐完了いたしました。これより先は姫様よりの愛を見せていただく番です」
「わらわからの愛?」
きょとんと首をかしげるシルビア。シルビアは知らなかったのだが、蜜月が激しければ激しいほど、生存本能を刺激された女性は子どもを産みやすくなるとか。
「そ、そ、それはつまり……」
「たくさんご褒美をくださいね」
ちゅっとおでこにキスをされて真っ赤になるシルビア。
シルビアの本当の試練はこれから始まるのだった。
おしまい
◇◇◇
シルビアちゃんにとっても可愛いFAをいただきました!
竜王の娘シルビアさま1
竜王の娘シルビアさま2
キャラデザイン:四月咲香月さま(カスタムキャストにて制作)
そして、な、なんとっ!竜の姫のワンシーンをたんばりん様が漫画化してくださいましたっ!
読んでいただきありがとうございます♪