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山脇さんのオベリスク

 美しいふたりを、あらん限りの形容詞を並べたセンスだけでスケッチしました。

 今朝も施設のカフェは繫盛している。管理棟の玄関口のホールに並んだ二台の自販機とふたつのテーブルの周辺をわたしたちはそう呼んでいる。自販機はペットボトルや缶に飲み物が詰まったタイプとボタンを押したら紙コップが先に出て選んだホットレモネードやアイスコーヒーが注がれていくタイプがある。此処のひとたちには缶やペットボトルに詰まった方がお好みのようだ。飲料メーカーの「わたしたちを選んで」のデザインの工夫は此処でも発揮されている。

 グルルダダダの濁音と尻上がりの嬌声たちが続いた後は、車椅子の大人(オトナ)たちのカフェ時間に移行する。たいがいは付き添いの職員と一対一でふたつのうちのどちらかのテーブルを挟んで静かに飲み物を楽しんでいる。山脇さんは車椅子組の静かなカフェタイムを過ごすひとだ。付き添いの職員は今年3年目の柴田さんで、誰もがそれと認める美人だ。長い髪なので束ねているのはほかのロングヘアーの職員と一緒だが、ほかの同年配より化粧っ気がない。だからまっすぐで大きな黒い瞳が一番にくる。山脇さんが30分かけてレモンピールの入った炭酸水のペットボトルを飲み干す間、柴田さんは山脇さんの肩の後ろに見つからない探し物でも潜んでいるようにジーっと眺めている。わたしは、偶然をよそおいテーブルの端を通り過ぎる度、彼女の視線が動くのを感じたことはない。その度に、柴田さんの深い瞳が大好きな写実絵画の同じ瞳のモデルと重なって、現実が一旦とまってしまう。

 「公民館の受付嬢」の題が付されたその絵の若い女性は、それを見つけてしまったらけっして目をそらすことが出来ない深い瞳を持っていた。そして、それに気づかずまるで一度も鏡を覗いたことのない少女の初々しさで描かれている。手続きのためだけに開けられた公民館の狭い窓口だけが彼女と外の世界を繋ぐ。自分が感じたそんなジレンマが伝わるようにと、その絵描きは窓口の壁を中世の独房のような暗鬱とした色で描き、彼女と世界を遮断したのだ。

 ストーカーの鬱屈した気持ちがこうまで沸き上がるのは、柴田さんの大きな黒い瞳のせいもあるが、テーブルを挟んだ山脇さんとのカップリングが重い存在感を持った電動音を鳴らしていくからだ。


                ブぅーん、んんんんぅー、ぶーん


 山脇さんは小頭症である。それも小さな楕円でなくエッジの立った三角形を思い描かせる小頭症だ。柴田さんから公民館の窓口嬢が現れたように、山脇さんからオベリスクが現れた。細いピラミッドのようなオベリスクをフレームに囲んだ木製の彫塑(ちょうそ)。掘られて、かたちはオベリスクになっても、いままで根の張っていた(いつき)の姿を忘れていない存在感に満ちている。

 だから、格好イイ。世界を冠したフィールド競技の決勝戦スタートにならぶ選手のような、機能のためだけに形成された身体と重なる。パリコレの一流モデルだって、身につけたオートクチュールを際立たせるためにあんな小顔はしない。パンパンに張ったペットボトルから甘味の一切ないレモンピールがわずかに効いた炭酸水をゆっくり30分かけ飲み干す姿は、ハードボイルドが昇華した絵姿だ。

 柴田さんが30分間、山脇さんの肩の後ろをあぶりだしを待ち続けるように見つめているのが納得できる。


 美しいひとたちには、わたしと同じセンスであってほしい、と願った。

 


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