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田香山さんのこと

 骨太で大男な老人になった田香山さんは、ただただお母さんのいる家へ帰りたかったのです。

 田香山(たかやま)さんは旅人だ。旅人の言葉はしらないだろうけど、その意味する深淵さを具現化している人だ。ひとつところに(とど)まられず流れることを愛している。もうひとつ丁寧に踏み込んでいうなら「ところ」を「ひと」に変えた方が似つかわしい。

 でも、そばにいる職員にはトラブルメーカーだろう。気に入らなければ、プイっとその場から出て行ってしまう。部屋に籠ったり、他人のいない小さなサロンスペースにでも移動するならいいが、すぐに施設を抜け出して、道路で車を拾う。

 トラブルメーカーの田香山さんにタクシーを拾えるお金など渡してはいないから、そんなときはヒッチハイクだ。きっと、田香山さんが子どもだったころに流行った70年代アメリカンニューシネマにそんなワンシーンがあったのだろう。道路に向かい、親指をキリっと立てて通り過ぎる車に視線を送り続ける。可愛い女の子のふたり連れなら、令和の今でもすぐに停まって呉れるだろうが、田香山さんにヒッチハイクに向いた素養は、親指が人差し指くらい長くて目立つことくらいしか見当たらない。

 それでも、異形のヒッチハイカーは此処では結構有名で、気に止めた親切な人は車を寄せて骨太の190センチちかい大きな老人を乗せて、わたしたちのいる管理棟の玄関口まで戻してくれる。

 そこまでの気配りのできない観光客に拾われても、田香山さんの行き先は道の駅までと決まっている。田香山さんが告げる行先は、おかあさんの家と施設の遠足先のマーガレットとコスモスのがきれいに咲いている道の駅だけだからだ。

「おかあさん()まで送って」

 長身で総髪の、ちょっとクイント・イーストウッドに似ている田香山さんのハスキーだけど丸っこい物言いをはじめて聞いたら、漫画の吹き出しのような雲になって田香山さんのすぐ横の等身大までに拡大して、立ちあがった。

 それをみたら、もう、いけない。


 ハンドルを握ったまま同じものを見ている観光客だって目が離せなくなってしまうだろう。むかし男の子だったおじさんだったら、すぐにだ。

 すでにこの世を離れた母親と同じ老人になった大男が言う真っ直ぐな「おかあさん」の響きは、子を持つ身になったむかしの男の子には、どうしようもないものだから。





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