降って湧いた災難
降って湧いた災難
秋晴れの空に、どこからともなく黒い影が現れる。その影は一瞬空中で静止し、直後一直線に落下を開始する。その真下の道には露店のようなものが立ち並び、人も沢山行き来している。が、そのうちの誰も、今まさに自分の頭上から危険が降り注ごうとしていることには気づかない。人は、案外空を気にしない。
誰にも気づかれることなく、影は静かに速度を増して落下し続ける。そして、
──ドガァァン‼
居並ぶ屋台の一つが、突如煙に包まれた。
「な、なんだ!」
予期せぬ爆音に、通りを歩いていた人々が音の発生源を振り返る。ここにいる全員がさっきまではいつも通りだった屋台が煙に包まれたことには気づいたが、その原因は分かっていない。
「痛ってて……おい、何しやがったんだ!」
まもなく、煙の中から男の声がした。その声の主に気づいた数人が、我に返ったように煙に駆け寄り、その中から声の主を救出する。
「オーナ!大丈夫か⁉」
オーナと呼ばれた男は、直ぐに姿を現した。薄布一枚の衣服は汚れ、所々破けているが、その体には目立った傷はない。数十年に及ぶ林業で鍛えられた肉体が、彼を守ったのだろう。その証拠のように、男は大声を張り上げる。
「おい!どこのガキんちょだ、こんな悪戯をしやがったのは!怒らねえから正直に出てこい‼」
オーナは、これを子供の悪戯だと思っているらしい。訳も分からない事態に巻き込まれて誰かの悪戯を疑うのは珍しいことではないが、しかし犯人は子供ではないのだから、誰も自首などしない。最も、仮に子供の仕業だったとしても、とんずらする方を選ぶであろうが。怒らないなんて言っても、ガタイのいい男が怒鳴っていればそれは怒っているのと同義だ。
「いや、子供の仕業じゃない。ついさっきまで、近くに子供は居なかった」
同じことを考えたのだろう、オーナを助け出した男が証言する。
「ああ?じゃあ、誰がこんなこと、」
「ちょっと待て!誰かいるぞ‼」
突然、壊れた店を覗き込んでいたもう一人の男が叫ぶ。さっきのオーナほどの声量ではないが、それでも皆の視線は再び店に戻った。
「人だ!人が倒れてる!」
その言葉に、辺りが騒がしくなる。オーナこそ無事であったが、これほどの衝撃に巻き込まれれば並みの人間はただでは済まない。
「くそっ、瓦礫が邪魔だ……おいオーナ、ちょっと手伝ってくれ!」
男の音頭で、全員が動き出す。オーナと近くの男数人が店の瓦礫を取り除く。それ以外の者は、医者を呼びに行ったり町の衛府に駆け込んだり、はたまた一大ニュースを知人に届けに走った。
「……ん?なんだこりゃ?」
瓦礫に埋もれていた人──もとい鶏翼翼は、すぐに救助された。しかし、オーナをはじめとする人々は、この少年のことなど知らない。不審に思うのも無理はないが、彼が気を失っていること、頭から出血していることから、一先ずは病院に運ばれることとなった。
──身元不明の少年が、突如空から降ってきた。
そのニュースは、毎日変わらぬ木に囲まれて暮らす単調なこの村にすぐ広まった。井戸端には女性が集まって他愛もない推測に推測を重ね、子供たちはそんな異邦人を一目みようと病院に忍び込んではつまみ出された。
しかし、起きたのはそんな平和な騒ぎだけではない。通報を受けた衛府の役人は、翼の正体を訝しんだ。まず、村の誰もこの少年を知らなかった。また、この少年がどこから現れたのかも分からなかった。オーナ曰く店にこんな少年はおらず、その証言はまあ妥当であった。あんな狭い店で、人を見逃す方が難しかろう。じゃあ、どこから来たのか?空から降ってきたという者もいたが、当然、そんなことは常識的に考えられない。
極めつけは、少年の服装だった。彼の来ている服は黒色であり、首回りは硬く窮屈で、金色のボタンが縦に並び、所々に先の塞がった袋のようなものがあった。また、腰回りには革のようなものでできた帯が締めてあった。こんな服は王都にもない上に、村の着物商に聞いても、彼が着ている服の正体どころか、材質すらも分からなかったのだ。ここの服というのは、植物か昆虫、どんなに珍しいものでも動物の毛で出来ているものしかない。そのどれにも、彼の服は当て嵌まらなかった。
衛府はこの事態を重く見て、直ぐに王都に使いを出した。そして村の司部会議が開かれ、長老らが集まって会議を始めた。
ことがこんなにも大きくなったのには、理由がある。
それは、この国が戦争中であるからだ。しかも、相手は人間ではない。ヴァイサルと呼ばれる、人ではないモノたちが相手だ。この村は国の外れの、ヴァイサルどころか人も襲ってこないような森に囲まれた場所にある為にその足音は遠いが、反対側の国境付近では今日も戦いが行われていた。そして、この国には、国が窮するときに救世主が現れるという伝説があった。
──この地に降り立ちし偉大なる魂、たとひその肉体滅びようとも、その魂魄は土地に宿り、有事に際して再び現れる──
これは、この国の創設記に記された一文だ。ここでの偉大なる魂とは、『御剣命』と呼ばれる初代の王のことだとされている。彼は遥か昔に亡くなったが、その遺志がこの国に宿っていて、国がピンチに陥ると新たな体を得、救世主としてこの国を建て直す為に顕現すると、誰が書いたのかも分からないその手記は言っている。
つまり、突如どこからともなく現れた翼には、御剣命疑惑が掛かっているのだ。
しかし、当の翼本人はそんなことはつゆ知らず、ベッドで眠っている。容体は安定しているし、もうあと一時間もすれば目を覚ますだろう。
彼の英雄譚は、そこから始まる。