2.初めてのDREAM世界
いきなり、だだっ広い広場の片隅に登場する俺。とりあえず、目の前にあったベンチに座って考える。周りを見回すとどことなくヨーロッパの雰囲気を感じる。
今はただ座っている。感覚とかも有るんだな。体を動かそうと意識すると、普段と同じように動く事が出来た。ただ、モデルを女性にした分若干視線が低い気がする。
「しかし、一体何すりゃいいんだか…」
『したい事は何ですか?』
ひとりごとを呟くと、上の方から女の声がしたんで視線を向けると、何て言うか…小さな俺の人形…が、姿勢正しく、左手を前に両手を合わせた姿で浮かびながらこちらを伺っている。俺って言っても、この世界の俺だが姿形はついさっき決めた姿そのままである。
「なんだ、お前?」
『私は、初心者用ヘルプボットです。どうしますか?』
「へぇ…か…名前とかあるのか?」
『ヘルプボットです』
「だせぇな…名前って変更できたりするのか?」
『可能です。』
「そっか…そんじゃ…」
その姿を見て、付けようとした名前が頭をよぎったわけだが、人形風情にその名前をつけるのも癪に障るというか、負けた感じがするので切り替えた上で適当な名前を付ける事にして、ヘルプボットの新しい名前を決める。
「ヘル…だと地獄みたいであれだな…可愛いらしいし、反対に天国?よし、てん…でいいか。お前の名前は今からテンな。」
『了解しました。以後、テンとお声掛け下さい。』
「しっかしかてぇな…お前の口調は何とかならんのか?」
『……要求に近いものを検索…友達モードに設定します。』
テンの堅苦しい口調に、元来、自分は目上にはちゃんと対応する癖に、下に対して上下関係には拘らないミズキは、鬱陶しく感じた上で問う。そもそもがAIに対して普通の人間と変わらない話し方をする辺りにこの男の無頓着さがあり、良くもあり悪い部分でもあるんだろうが。そんなリクエストに対しても、ヘルプボットとしての義務や使命か、初心者に対するサービスなのか、対応するテンは律儀な感じがする。
「…で?」
『テンだよ、宜しく。わかんない事があったら聞いてね。』
「いいじゃん。んじゃ、宜しくなテン。処でお前はなんなの?」
『ヘルプボットだよ。』
「だから、それは何なんだよ?」
『AIで会話する説明書かな。わかんない事があったら聞いてね。』
俺の頭の中では、昔見たパソコンの画面で泳いでたイルカを思い出させる。画面の中をふよふよ浮かんで質問すると答えるやつ。そんなことを考えつつ、次に何をするかを決める。
「おぅ。じゃ、疲れたから俺の家?寝床?があるんだろ?道案内は出来るか?」
『わかった。ついてきて。』
テンはすーっと進んでいくので後をついて行く事にした。
空飛ぶちっこい人形についてく、でっかい人形…とかシュールだよなとか思いつつ、ミズキは周辺の人達の状況に気が付いていないのだ、周りの人達の誰一人としてそんな人形なんか連れていない事に。
それよりも、初めて見るその街並みに心を奪われ、テンを間接視野にいれつつも異国情緒あふれるこの街自体をミズキは楽しみながら歩いていたのだ。そうして進んで行くと、5分程歩いた処にそれはあった。ぱっと見は古い木造の建物だ。テンに付いて、その建物の中に入ると、ロビーの様な開けた場所にある椅子に座った幾人もの人たちが談笑している。
『ここが簡易宿泊所よ。そこの端末に手をかざして。』
そんな中、部屋の隅にある扉の無い電話ボックス風な場所の中にある、巨大なチュッ〇チャプスの様なオブジェクトの前でテンはそう話しかけてきた。
言われるがままにかざすと、目の前が一瞬暗くなり…すぐ明るくなった場所は、イギリスのB&Bの様な部屋が目の前に現れる。ベッドが1個にサイドテーブル、視界の端に見える扉は出入り口か何かだろうか。いきなりの事に驚くミズキはテンに視点を向ける。
「何が起きた!?ここはどこなんだ?!」
『ミズキ専用の部屋だよ。』
「へぇ……なんかすげぇな。ワープ?したのか?」
『襲われる事無く、邪魔される事無く、休む事が出来る場所に来たのよ。』
「襲われるのか?」
いきなり物騒な事を言い始めるテンにちょっと不安になったミズキは問いただす。さっきのねーちゃんは街の中の戦闘行為は無いとか言ってなかったか?
『あまり街の中では戦闘は起きないけど、町の外だと普通かな。街中では殺し合いなんかは無いけど、喧嘩位は日常茶飯事だし。』
さらっと答えるが、物騒なもんは物騒だ。
「そういうもんなのか?」
『そういうものよ。』
「そうか。まぁ、ここは安全なんだろ?じゃ、俺、帰るわ。」
『え?どこに?』
「おれんち?現実世界って言えばわかるか?」
唐突に帰ると言い出すミズキに、テンも不思議そうに問いただす。
案内し始めて10分位だろうか、そんな短時間でログアウトするプレイヤーも記録に無い。
『何にもしないでログアウトするプレイヤーも珍しいわね。』
「何言ってんだよ…すっげぇ色々やって疲れたんだぞ?体作ったり。」
『まぁ、いいわ。それじゃ、またね。』
「あぁ、また色々教えてくれよ。テン。」
『はいはい、わかったわよ。』
「じゃーな。」
…
………
……………
じっと佇むミズキとテン。
VR世界では、特に立っているだけで疲れると言う感覚が殆ど無い上、突っ立ったまま考え事をするプレイヤーも居るので特に疑問が発生しなかったテンではある。あるが…特に何かをしているわけでもなく、ただただ時間の流れる中、我慢できなかったかの様にテンが言葉を発する。
『ミズキ…帰るんじゃなかったの?』
「これ、どうやったら終わるんだ?」
それを聞いて、少し呆れた様な顔でテンは答える。
そして、この男が本当に何も知らずにこの世界に足を踏み入れたのだと理解する。初心者と言う事でヘルプボットを利用するにしても、初めに説明をされているし、初心者であり、興味を持ってVR機器を購入したならば、普通は最初の説明位キッチリ聞くものである。
ミズキは自分で興味を持ってDREAMを購入したわけでは無く、興味本位の暇つぶしで始めただけに、あまりにも適当だったのだ。
『あなた、説明聞いてなかったの?ログアウト…って、15秒念じ続けてごらんない。』
「おぅ、サンキュ。じゃーな!ログアウト、ログアウト、ログアウト…」
『口に出さなくてもいいわよ。』
そんな会話をしていると、テンの目の前から突然ミズキはDREAM上から居なくなった。
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「ふぅ…」
初めてのVRから戻ったミズキは、ため息をつく。
「結構、疲れるれるもんだな…汗かいてるし。でもまぁ、こんな俺でも出来るんだから大したもんだな。」
…と、時計を見ると大した時間は過ぎてない。DREAMと現実世界の時の流れには24倍程の差が設定されているのだ。とりあえずは今感じている空腹を紛らわせるために棚のインスタントラーメンを捜し始めた。
読み直して、時間倍率7倍位じゃ大変だと気が付いたので、解り易く24倍に変更しました。
(現実世界の1時間が、仮想現実の1日…と言う意味で。)