魔鳥あらため、シュロ
ある時、森の王に名前をもらった。
「あなたのおかげで、最近はにょろにょろが近付かなくなったの!お礼に名前を付けてあげる。これからは、シュロと呼ぶね。だから私のことも、森の王ではなくて普通にルーヴと呼んで」
こうして魔鳥はシュロとなった。
群れの長である森の王が自ら名付けを行ったということは、シュロのことをようやく群れの一員として認めたということなのだろう。そう考えると気分が高揚し、思わず羽を膨らませてしまった。
ルーヴのように淡い髪色を持つ魔力の少ない人間が名付けを行ったところで、本来は呼び名が変わる以上の意味はない。しかし、高位の存在であるシュロがそれを容認すれば、その名は魔術的な拘束力を持つようになる。
高位の魔鳥が人間ごときに捕らえられるなど普通はあり得ないことだが、シュロは、森の王であるルーヴならば構わないと思った。
側で見ていた魔術師は、その意味を理解していたのだろう。名前を受け入れたシュロを見て、少し驚いているようだった。
シュロは以前、魔の森で魔鳥の群れをひとつ率いていた。
シュロがいるだけで、群れに入りたがる魔鳥はいくらでも集まってきた。だがあまり大きくなりすぎても烏合の衆になるだけなので、群れに入れる個体は少数精鋭にした。
辺りの魔獣たちはシュロの群れを恐れてむやみに近付かないし、快適に日々を過ごしていた。
それがある日、突然に崩壊する。
森の王に、狩りの標的とされたのだ。
魔の森には、いつからか森の王と呼ばれる恐ろしい狩人が存在している。魔獣の棲み処であるはずの魔の森に、どうしてか住んでいるただの人間だ。
しかし標的にされてしまえば逃げることは不可能とされ、出会えば即ち狩られるしかないその狩人を、魔獣たちは恐れ、絶対的強者として敬ってもいた。
その森の王の襲撃を受け、シュロの群れは壊滅した。
群れの長であったシュロ自身も、森の王の矢を受けて傷を負った。たまたま目くらましの結界石を持っていたのでなければ、仲間とともに狩られてしまっていただろう。
その場はなんとか逃げ切ったが、それなりに大きな怪我だった。
回復には少し時間がかかりそうだったため、集中して休もうと結界を張ることにした。
そのためには魔力を補う必要があったので、十分な魔力を持つ知り合いの魔術師から奪おうと、人間たちが王都と呼ぶ場所まで行った。魔術師はいつも暇そうにしているので、魔力くらい失っても構わないだろうと思ったのだ。
そうして無事に魔力を手に入れ、森の深部で魔獣の気配を薄める効果のあるベルシュの木に落ち着き、結界を張った。
そのまま回復を待っていたのだが、そこで予想外のことが起こった。
魔力を提供させた魔術師が、なんと森の王を連れてやって来たのだ。
なぜせっかく手に入れたものを人間などに返さなければならないのか理解できずに提案を断ったところで、よく分からないが森の王は突然気を失ったようだった。
その後の魔術師がとった行動は、思い出したくない。
……まさか人間に素手で羽をむしられるとは思いもしなかった。
せっかく補充した魔力を奪われた上、魔力を宿した羽も減ってしまったために、回復はますます遅れた。
それでもなんとか復調したところで森の王の下へ行ってみると、なぜかあの知り合いの魔術師が居ついていた。
「サモトラ。お前、なぜここに居るのだ?」
「ルーヴが俺を狩ったからだ」
カードをしながら聞いたことによると、どうやら魔術師は森の王に狩られてしまったらしい。そのために森の王の所有物になったのだという。なるほどと頷く。
始めの頃は森の王はそのことを認めていなかったが、今ではそのようなものなのかと飲み込んでしまっている。
これは、魔術師が「自分はルーヴの所有物である」と何度も口に出して言うことで徐々に魔術を固めていたようなので、魔術師の作戦勝ちだろう。
「魔鳥。お前こそ、なぜ今更?まさか、ルーヴがお前の群れを滅ぼしたことへの報復にでも来たのか?」
「妙なことを聞く。森の王は私に恐怖を与えた。魔獣にとって、強者こそが正義であり絶対。森の王に対して恨みなどない」
「では、なぜここへ?」
「特に理由はない。ただ、森の王の下へ行くべきだと思ったからだ」
そう口にすれば、魔術師はなぜか嫌そうに顔をしかめた。
この時は、森の王へ感じる恐れと不思議な慕わしさとでもいうべきざわざわしたものは、シュロには理解できていなかった。だが今なら分かる。あれは、群れる習性のある魔鳥の本能が、森の王を長として求めていたのだ。
サモトラは最初からそのことに気付いていたのだろう。群れの一員が増えることを喜ばないとは、心の狭い人間だと思う。サモトラは人間にしては魔術の扱いも悪くないので、シュロもそれなりに認めている。シュロが群れに入ったからといって、追い出すつもりはないのに。
その魔術師は、森の王に侍る者として魔獣たちから認識されており、最近は王の杖と呼ばれるようになっている。
魔術師だから杖なのかと思っていたが、どうやら一部の魔獣には、王の伴侶をそのように呼ぶ文化があるらしい。魔獣たちがどちらの意味としているのかは知らないが。
どちらであっても、王の側から離れない存在であることは間違っていない。
「であれば私は、さしずめ王の翼とでもいうところか……」
音にしてみると不思議な満足感があり、自慢の羽を膨らませた。
「シュロ!」
いつものようにルーヴの下を訪ねると、向こうから声をかけてきた。
その待ちかねたような声音と、呼ばれる自分の名前に、自分がルーヴに必要とされていると感じてシュロは満更でもない気持ちになる。
「……なんだ」
「今日はサモトラが居ないのだけど、よければ一緒に狩りに行かない?」
「かまわない」
ルーヴの狩りに同行するのは嫌いではない。
手を貸さずとも森の王が後れをとることは無いが、魔獣の特徴や希少な素材の採取方法を教えると、ルーヴはとても感謝してシュロを称えるのだ。
そういえば以前に教えたチャールの蜜は、随分と高い値がついたと後からまた称賛された。
長く生きた魔鳥として、魔獣や魔の森の植物の知識は人間の想像もつかないほどにある。ルーヴが喜ぶならばいくらでも差し出そうではないか。
そうして共に出かけた先で、ルーヴはロジェランやチリシアなどの魔獣を次々に狩っていった。どの魔獣も普通は人間になど太刀打ちできる相手ではないはずなのだが、森の王には関係ないようだ。最近はルーヴの武器をサモトラが作っていることでますます狩りの腕が上がったこともあり、まさに森の王の名に相応しい勢いで圧倒していった。
脆弱な魔獣が寄って来てルーヴを煩わせないように気配で牽制しながら、シュロは森の王の狩りを誇らしい思いで見守った。
満面に笑みをたたえたルーヴと共に帰宅すると、どこかに出かけていたらしいサモトラが戻っていた。
シュロがルーヴと狩りに行ったことを知ると、ぶちぶちと文句を言ってきた。
「シュロ、なぜ俺の居ない時に狩りに行く?」
「ルーヴに誘われたからだが」
「…………ルーヴに危険は無かったのだろうな?」
「私が共にあって、危険があるとでも?」
サモトラは、自分だけ狩りに連れて行ってもらえなかったことが悔しいのだろう。
まったくもって、心の狭い人間だと思う。
だがそのことに気付いたルーヴが、サモトラの作った武器のおかげで快適に狩りができたと褒めたところ、あっさり機嫌を直していた。
このように丁寧に群れの手入れをするルーヴは、やはり群れの長として素晴らしい資質の持ち主だ。
シュロが率いていた群れはなくなった。
しかし今は、森の王と魔術師がいる。
魔獣は強いものに従うのが定め。シュロは群れの長ではなくなってしまったが、森の王の群れの一員として過ごすのも悪くないと思っている。
これにて、番外編も完結です。
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