街の鑑定屋にて
「ばあちゃん、今日も俺が店番しようか?」
「そうだねぇ…………いや、今日はあたしが座ってようか」
最近は孫に任せることも多くなったのだが、なんとなく、今日は自分が店に居た方が良いような気がした。
ローディアがこの街で鑑定を生業としてから数十年は経つが、こういった勘には従った方が良いと、経験で知っている。
自分と一緒に年を重ねてきた店を見ていると、淡い森の色を宿した髪色を持つ女性が入って来て、ローディアは自分の勘が正しかったことを悟った。この狩人が持ち込む獲物は希少なものが多すぎて、まだ教育中の孫には荷が重いだろう。大事な常連に不手際があって、他の店へ乗り換えられても困る。
それに、この狩人の獲物は他では見られないような興味深いものが多く、純粋に楽しみでもある。ローディアは、今日はどんな珍しいものが出てくるのかと、こっそりわくわくした。
「ローディアさん、狩りの獲物の買い取りをお願いします」
「いらっしゃい。久しぶりだね、ルーヴ。………………おや、」
常連客用の微笑みを浮かべたところで、いつも一人で行動している狩人に連れがいることに気付いた。
ルーヴの後から入って来たのは、濃い紫色のローブを羽織った魔術師の男だった。
その髪色に、ローディアは軽く目を見開いた。一瞬、黒に見間違えてしまったのだ。暗く濃い髪色は魔力が豊富な証であり、魔獣ならまだしもさすがに人間で完全な黒を持つことはないはずである。だからおそらく陽の光の下ではもう少し淡い色も見えるのだろうが、店内では黒にしか見えなかった。
そして魔術師の羽織っているローブは、薄暗い店内でもその艶やかな質感が鮮やかに伝わってきて、動きに合わせて裾が軽やかに揺れている。さりげなく散りばめられた飾り石は、おそらく守護の付与された魔石だろう。様々な品物を鑑定するローディアから見ても、恐ろしく質の良いものだ。この街はこの近辺では一番大きいとはいえ、こんな辺境で見かけるような人物とは思えなかった。
魔術師は、ローディアの視線など気にした様子もなく、興味深げに店内を見回している。
後ろの魔術師を紹介するよう視線で示したローディアに、何を勘違いしたのか、ルーヴがきりっとして言った。
「先日狩った、魔術師のサモトラです。でも彼はローディアさんでも卸せないから。ごめんなさい」
「そうだな、俺の所有者は君だから」
「………………そう」
知りたいのは魔術師の名前などではないのだが、ひとまず、狩ったという部分については触れないでおこうとローディアは思った。ルーヴが魔術師を忌避していないなら、まあ良いのだろう。
ルーヴは持っていたカバンから素材を出して、次々と台の上に並べていく。
「おや、ようやく魔術カバンを買ったのかい」
「ああ、これ?これはサモトラが作ってくれました。たくさん入ってすごく便利」
「作った…………」
魔術カバンを作るには、国に仕える魔術師くらいの魔力と技術が必要であるはずだがと思いかけ、ほぼ黒髪の魔術師を見てなるほどとローディアは頷いた。
その間も、ルーヴは嬉しそうにひょいひょいと素材を取り出していく。
「……今日は随分とたくさん持って来たんだねぇ」
「うん。今までは手持ちだったからちょっとしか持ち込めなかったけど。今日はせっかくだからいろいろ持って来ました」
一体どれだけの容量があるものか、ルーヴの持つ魔術カバンからは際限なく品物が出てくる。
「…………まあ、それほど大きなものが入るのかい?」
「ね。すごいでしょ!」
そしてルーヴの背丈ほどもある魔獣の尾を引っ張り出されたところで、ローディアは目をむいた。
これほどの容量を持つ魔術カバンなど今まで見たことがないし、公表すれば国宝級だ。
「…………ルーヴ、そのカバンはあまり人前で出すんじゃないよ?」
「うん、大丈夫。獲物を卸しているのは、ローディアさんだけだから」
悪目立ちしそうな物を持つのは危険だとも思ったが、ルーヴを守るように隣に立っている魔術師が頷くのを見て、ローディアは大事な常連が面倒なことに巻き込まれないよう注意を促すに止めた。魔術師は問題ないと判断した上で、ルーヴにこの魔術カバンを与えたのだろう。
ルーヴが出した素材の中でも、特に異彩を放つものがあった。
「ルーヴ、これは……」
「あ、魔鳥の羽。生きた個体からむしったらしいから、前回より質が良いはずです」
そもそも魔鳥の羽自体が希少なものであるが、ルーヴは前回の鑑定の時も魔鳥の羽を持ちこんでいるので、その点についての驚きはない。魔鳥の巣を見つけたのだと嬉しそうに話していた。その時の魔鳥の羽も良質なものでそれなりの価格を付けたのだが。
しかし今、目の前にあるこれは、まずお目にかかれないような深い闇色を宿した羽だ。どれほどの魔力をたたえているものか、吸い込まれそうな暗さがある。
ルーヴの隣で魔術師が、ああ、あの時のと呟いている。
「…………むしった?」
生きた魔鳥から羽をむしることができるとは聞いたことがないが、魔術師が関係しているようなので、ローディアは詳しく聞くのはやめておくことにした。
次に目に留まったのは、小瓶に入ったとろりとした桃色の液体だ。
「まあ、この液体は……まさかチャールの蜜かしら?」
「そうそう。たまたま見つけてね。狩ってみました」
チャールは花のような魔獣で、成人が両手を広げたほどの大きさの花弁を持つ。花弁の中央には穴が空き、そこから触手を伸ばして小さな生物を捕食する。もちろん人間も捕食対象だ。
蜜を採取するには、囮の生物を使ったり、危険を承知で触手を引きちぎったりする必要がある。
狩ってみましたと気軽に手を出していい魔獣ではない。
チャールの蜜は、一滴でも栄養価が非常に高く旅人には重宝される。また、ある特殊な方法で精製すると、頭皮への栄養剤となり、発毛促進効果がある液体が出来上がるのだ。これは一部の層には絶大な人気を誇り、高値で取引される。
どちらの用途でも需要は高いが、採取方法の難易度が高すぎるために市場にはなかなか出回らない。
「それにしても、よく蜜の採取方法を知っていたねぇ」
「うん。シュロが教えてくれたから」
「シュロ?」
「あ、最近よく遊びに来る…………なんだろ、知り合い?です」
そこで魔術師が口を挟む。
「ルーヴにただの知り合いだと言われたら、あいつはまた羽を膨らませて泣くのではないか?」
「え、そうかな?じゃあ、ペット?」
「それはそれで…………」
よく分からないが、チャールに詳しい存在がいるらしい。どうも人間ではなさそうであるので、その存在にもこれ以上触れない方が良いだろうとローディアは判断して、素材の鑑定に戻った。
他にも、ポロネーの蹄やらカサドリャの葉など、希少な素材がこれでもかと出てきて眩暈がしそうになった。
そうしてなんとか鑑定を終え、引き取った素材の代金を渡す。一般の成人が稼ぐ二か月分くらいには相当する額となった。
「わ、今回はいつもより多い。これなら、魔術道具屋で矢の補充をしてもおつりが出そうだな!」
ルーヴは嬉しそうに笑った。
「ん?ルーヴの武器は、店で買っていたのか?だったら、俺に作らせてくれないか」
「え?」
「道具を作るのは好きだからな。俺なら、市販のものよりもルーヴに合ったものにできると思う。だから、新しく買う必要はない」
「えぇ……、」
「俺は君のものになった。その俺が君の使うものを作るのは、おかしなことではないだろう?」
「…………」
「な?」
「…………ふふ、じゃあお願いしようかな。ありがとう」
ルーヴは魔術師の提案にすぐには頷かなかったが、目を細めた魔術師が諭すようにルーヴの頬を撫でて促すと、どこか諦観と慈しみを含んだ表情でふっと息を吐き、微笑んで了承した。
代わりに今日のごはんは豪華にしようね、と楽しそうに喋りながら二人は店を出て行った。
魔術師が作る武器とやらは、きっとルーヴの狩りの獲物を震え上がらせるようなものになるのだろう。
二人が出て行った店内で、深くため息を吐き、椅子に腰かける。
「ばあちゃん、いつものお客さん帰ったの?」
そこへ顔を出したのは、後継として育てている孫だった。
「ああ。悪いけど、ちょっとお茶でもいれてくれるかい?」
「いいけど。……そこまであからさまに疲れた顔をしてるの、珍しいね」
「まあねぇ。あの子が並外れた狩人だっていうのは知っていたけど、どうも連れ合いが出来て更に度を越えたみたいだねぇ」
「うわ、すご。どれも博物館並みじゃん……。いいなあ、僕もそろそろ紹介してほしいなあ」
「ばか言うんじゃないよ。お前の腕じゃあまだ出せやしないよ」
(これからは物騒な連れもいるみたいだしねぇ……)
文句を言いながら台所へ向かった孫の背中を見ながら、ローディアはルーヴが連れていた魔術師を思い返した。
雰囲気が随分と違ったので始めは気付かなかったが、あの魔術師は王都へ仕入れに行った時に見かけたことがある。
おそらくあれは。
「……いや、やめておこうね」
客の事情に深入りしても碌なことはない。希少な獲物を持ち込んでくれる大事な常連に頼もしい守り手が出来たのだと思っておけば、それで良いだろう。
帰り際にさり気なく視線で牽制しなくても、余計な手出しをしたりはしないのに。あまり年寄りの寿命を縮めないでほしいものだ。
「やれやれ」
仕入れたばかりの希少な素材たちを改めて見渡す。
これらをどこに卸したものか。不用意なところに持っていけば騒ぎになるのは間違いなく、いかに上手くさばくかが腕の見せ所だ。これほどに心躍る仕事はいつぶりだろうか。これだから、あの常連は逃せないのだ。
後学のためにここからは孫にも手伝わせるつもりだが、ローディアはまず一服することから始めたのだった。
番外編は、もう1話投稿予定です。
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