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魔の森の狩人  作者: 鳥飼泰
本編
2/15

狩ったものは、すべて狩人のもの

サモトラの示す方向に向かってしばらく進む。

迷う素振りも無いので、本当に自分の魔力の気配が分かるらしい。

あまり魔術師に縁がないルーヴがその様子をふむふむと興味深く観察しながら歩いていたところで、右斜め前方の茂みが揺れた。


「む、鼠型の魔獣か。ツノが随分大きいな……」

「魔の森の固有種ね」


現れたのは、猫ほどの大きさの鼠型の魔獣だった。素早く狡猾で、牙には大型の生き物を一瞬で倒すほどの猛毒を持つが、さして危険度は高くない。

いつもなら決してルーヴには向かって来ないような魔獣だが、今はサモトラが一緒にいるので出て来たのかもしれない。ということは、この同行も案外良い狩りになるかもしれないと、ルーヴはちょっと期待した。

すぐに横で魔術を編み上げる気配を感じ、今のままでも少しは魔術が扱えるのかなとルーヴが見守っていると、現れたのは、ぽひゅぅ、と気の抜けた音と共に申し訳程度の煙だけだった。


「む?」

「……っ、魔術は全然使えないのね!?」


魔術が不発だったと悟ったルーヴは、心底不思議そうに首を傾げるサモトラを押しのけ、慌てて弓矢で魔獣に狙いを定める。

魔獣もこちらに気付いたものか慌てて逃げ出そうとするが、もちろんそれを許すルーヴではない。

予め魔術が込められた特殊な矢を放った。


「あの程度の魔術も扱えないのか……驚いたな」

「できればその驚きは、戦闘になる前に済ませておいてほしかったわ」


今更ながらの驚きを噛みしめているぽわっとした魔術師に、やはり一人では心配だったと再度確認したルーヴは、仕留めた魔獣からツノを採取する。ベルトにひっかけようとしたところで、それを見たサモトラが言った。


「よかったら、俺の魔術カバンに入れておこうか。邪魔だろう?」

「え、そんなもの持ってるの?」

「ああ、道具を作るのは好きだ。これは使うだけならほとんど魔力を必要としないから、今の俺でも問題ない」

「わあ、ありがとう。でもこのツノけっこう大きいけど、大丈夫かな」

「ん?……そうだな、人間が持てるくらいの物であれば問題ない程度の容量はある」

「…………それは、すごいね」


魔術により容量を増やす魔術カバンは、作るにはかなりの魔力と技術が必要とされるため、市場での価値はとても高い。

狩りの獲物を入れるのに便利だろうなと思いつつ、ルーヴが手を出さずにいたのはその価格故だ。カバンの容量に比例して値段も上がるので、ルーヴが普段狩っているようなものを入れたいと思えば、思わず天を仰ぎたくなるような金額になる。

だからルーヴは狩りの獲物を自分で運ぶしかなく、そのため、あまりかさ張らずにより価値の高い獲物を選んで狩るようにしている。

そんな一般人とは縁遠い憧れのカバンに、サモトラはひょいっと採取したツノを収納してくれた。


「わ、あっさり入った!」

「ああ、重さも関係ないからな」


本当に問題ないようだ。魔力もそれほど必要としないならルーヴにも使えるはずで、であればサモトラの魔力を取り返した後に格安で譲ってくれないかなと、密かに考えた。




それからまた、しばらく進む。

魔の森は広大な領域を有しているので、まだまだ先は広がっている。

ルーヴも最奥部までは踏破したことがないので、実際にどのくらい広いのか本当のところは知らない。一説には、魔獣の増加に伴って徐々に広がっているのだというから、最奥部までたどり着くことは今後も無いのかもしれない。


「魔の森、と呼ばれるからには魔獣の巣窟だと思っていたのだが、それほど頻繁には遭遇しないものだな」

「うん。うじゃうじゃいるはずなんだけどね」


先ほどの鼠型のもの以来、魔獣には出くわしていない。

ルーヴが魔の森にやって来たばかりの頃は息つく間もないくらいに魔獣が向かってきて狩り放題だったのだが、しかし最近は魔獣がこちらの存在に気付くと逃げ出すようになってしまっていた。優秀な狩人として恐れられているのなら吝かでないが、こちらは人間であちらは魔獣なのだから、それでも向かってくるくらいの根性が欲しいものだ。今では狩りの時はできるかぎり気付かれないようにしており、気配の消し方は随分と上達した。


「そういえば、魔の森にあなたの魔力があるということは、魔獣に奪われたの?」

「ああ、知り合いの魔鳥にカードで負けてな」

「え、……魔鳥って知り合いになれるほど知能が高かったっけ?」

「あの魔鳥は、長く生きている高位のものだからな。魔術で意思伝達ができるのだ」


魔鳥は魔獣の一種で、普通は人間と意思疎通できるほど知能は高くない。群れを作る獰猛な大型の鳥だ。魔力を蓄えた羽が珍重され、狩りの獲物としてはなかなか良い値段で取引される。

ルーヴも先日、魔鳥の巣を見付けて派手に狩ったばかりだ。おかげで今は懐が温かい。

しかし長命な高位の魔鳥ということは、人間など歯牙にもかけないはずである。だから人間の魔術師から魔力を奪うというのは理解できた。欲しいものがそこにあるから、もらっただけ。人間が木に実っている果実をもぐのと同じ感覚だろう。

むしろルーヴとしては、魔鳥と知り合いになれることの方が驚きだった。しかもカードで交渉できるほどの関係性を得ている。


(ちょっとぽわっとしているサモトラだけど、そういえば魔術カバンも自分で作ったみたいだし、実はけっこうすごい魔術師なのかもしれない……)



そんなことを考えていたところで、今度は熊のような魔獣に遭遇した。

大きさは人間の背丈くらいで、しかしふさふさの立派な長い尾を持ち、その尾に触れた獲物を電撃で麻痺させる魔獣だ。

やはりこの魔獣も普段は逃げ出していくので、ルーヴが罠以外でこの獲物を狩るのは久しぶりだ。

先ほどのようにとっさに魔術を編み上げるサモトラだったが。


「む……」


案の定、何も現れない。

そこへ最初から当てにしていなかったルーヴが魔獣の眉間に短刀を投げて仕留めると、再びの魔術不発に悲しげに眉を下げていたサモトラは目を輝かせた。


「これほどの魔獣でも一撃で狩ってしまうとは、狩人とは凄いのだな」

「ふふ、そんな尊敬の眼差しで見つめられると照れるなあ」


普段は狩りに誰かを伴うことは無いので、こうした純粋な称賛を受けてルーヴは少し調子に乗っていた。

狩人にとって狩った獲物はすべて自分のもので、そこが気に入っているのだと得意げに説明したのだ。その結果、サモトラは感心したように頷いて思わぬ結論を導き出してしまった。


「なるほど。そういえば、俺も君に狩られたのだったか。……ということは、俺は君のものなのか」

「え………………」

「君に所有されるなら、悪くないな」

「え………………」




サモトラの発言は強制的に保留として、またしばらく進む。

しかし、そこでサモトラの動きが鈍くなってきた。


「…………魔力不足だ。おそらく今の俺は、魔力の代わりに食事による供給をいつもより必要とするようになっているのだろう」

「つまり、お腹が空いて動けないのね?」

「すまん……」


ひとまず、栄養補給に持ち歩いている花蜜飴をサモトラに与え、ルーヴは近くの川へ進路をとった。

途中で、食べても害の無い木の実や果物を採取し、この辺りではほとんど見なくなった小さな魔獣も狩った。小さな魔獣はこちらを見た途端素早く逃げるので、普段であれば捕まえるのは難しいのだが、今回は空腹で満足に動けないサモトラが囮になってくれたことで、すぐに狩ることができた。


収穫したものを川辺で手早く調理して提供すると、サモトラは感動したように目を瞠った。

どうやら、野外でこのように調理する技を初めて見たらしい。ルーヴからすれば技というほどのものではないのだが、心の動くポイントは人それぞれだと頷き、その賛辞を素直に受け取った。


「魔術師としての仕事で、野外の食事もあったでしょう?」

「その時は、魔術でなんとかなっていたからな」


捕獲も調理もすべて魔術でまかなっていたのなら、それは高位の魔術師並みの魔術が必要となるはずである。

まさか本来の髪は魔術を多分に含んだそれなりに濃い色なのではとルーヴが凝視していると、待ちきれなくなったらしいサモトラが控えめに尋ねた。


「……食べてもいいのか?」

「うん、どうぞ」

「…………うまい」


目をつぶって美味しそうに食べるサモトラに、作り手として嬉しくなったルーヴもにこにこしてその様子を眺めた。やはり、サモトラを見ていると、なぜだか愛玩動物を慈しんでいるような気持ちになる。

ふつりと幸せそうに微笑んだサモトラが呟く。


「きちんと面倒を見てくれる所有者で、俺は嬉しい」


この発言も、再び強制保留とさせていただいた。

先ほどよりも嬉しそうに言い出したので、もしやこのまま放置すると症状が進んでいくのではないかという考えが脳裏をよぎったが、気のせいに違いない。

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