表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の狩人  作者: 鳥飼泰
番外編
13/15

小話:ずっと前から狩人のもの

Twitter(@torikaitai_yo)で上げた小ネタから派生した小話。

夜の静かな空気に包まれた、魔の森。

もちろん、魔の森に棲む生物は夜行性のものもいるから、それなりに騒がしくもあるが、ルーヴの家の周りはそのかぎりではない。

サモトラが家の周囲に魔術で結界を張っているし、シュロも何かしているらしい。ルーヴの忌避する蛇だけでなく、そこらの魔獣では近寄ることもできないくらいになっている。



庭の切り株に腰かけたサモトラは、ひとりで月を見上げていた。

夜空に浮かぶのは、欠けのない満ちた月。潤沢な月の魔力が満ちている夜だ。

サモトラのような魔術師は、月の光を浴びることで月の魔力が得られる。このような満月の夜、魔術師たちは月光浴をすることが多い。

サモトラはそれほど熱心に月光浴をする方ではないが、今日はなんとなく、月を見上げていたい気分だった。


ささやかに髪を揺らす秋風の心地よさに、サモトラが静かに月光浴をしていると、突然後ろから衝撃があった。


「……っ、ルーヴ? どうした」

「えへへ、サモトラを狩っちゃった!」


相変わらずサモトラの警戒網を潜り抜けてくるルーヴに驚いて振り返る。

後ろから腕を回し、背中にぴたりとくっついてサモトラを捕獲したルーヴが、顔を肩に乗せてきた。

すぐ横にきたその顔は、少し赤い。


「……ルーヴ、酒を飲んだのか?」

「んー、うん。ちょっと飲んだかもしれない。でもそんなには飲んでいないよ」


その頬に手を当てると、外気のせいもあるのか火照っている。この感じはおそらくそれなりに飲んだものだろうが、それで気分がよくなって外に出てきたのか。

ルーヴは酔うとご機嫌になる人間だ。それよりさらに飲めば、かくりと寝てしまうので、害の無い酔っ払いだった。


「ふふ」

「ご機嫌だな」

「私が狩ったから、サモトラは私のもの!」


にこにこと楽しそうに笑いながら、ルーヴが言う。

酔っ払いの言葉とはいえ、不意打ちに、サモトラはぴくりと肩を揺らした。ルーヴに所有を示されるのはひどく気分が良く、顔が自然とにやける。


「……俺は、ずいぶんと前から君のものだ。忘れたのか?」


ルーヴはきょとんとして目を瞬き、それから嬉しそうに笑った。


「そういえばそうだったね!」


初めて会ったときに狩られてから、サモトラはずっとルーヴのものだ。それはこれからも変わらない。サモトラがそう望んでいるし、ルーヴもサモトラが必要だと言ってくれるから。


目を細めてルーヴを見たサモトラは、その細い体がずいぶんと薄着であることに気づいた。


「上着を着ていないな。ほら、風邪をひくといけないから、前に来い」


上着もなく外に出てきたらしい酔っ払いの腕を掴み、サモトラの足の間に座らせる。その体を温めるように腹へ腕を回して囲えば、ルーヴは大人しく寄りかかってきた。

素直に体を預けてくるのが愛しくて、サモトラは後ろからルーヴの頬を撫ぜた。酔いを乗せたその頬は、少し熱い。


「ふふ、くすぐったい」

「うん、…………」


ひとしきりその柔らかさを楽しんだところで、ふとルーヴが尋ねてきた。


「サモトラ、月を見ていたの?」

「……ああ、今日は満月だからな」

「きれいだね」

「ああ」


先ほどまではサモトラにそれほど感動は無かったが、ルーヴに言われると確かにそうだなと思えた。



それからしばらく、ふたりは共に月を見て過ごした。

夜風が冷えてきても、サモトラが魔術で周囲の温度を調整すればルーヴに寒い思いをさせることはない。

だから本当はこうしてルーヴを抱きしめておく必要はないのだが、サモトラが触れていたいので、これでいい。


そのうちにだんだんとルーヴの口数が少なくなり、頭が揺れ始めた。

頃合いかと、サモトラは声をかける。


「そろそろ家に入ろう」

「……そうだね」


返ってきたのは、明らかに眠りかけている声。


「ルーヴ、このまま寝るのか? 部屋まで送ろうか」

「んー、……お風呂、はいる」

「いや、酔っているときはやめた方がいいだろう」

「むー。さっぱりしたい」


どうやら、酔いと眠気でぐずりだしたらしい。

ルーヴがこういった無防備な姿を見せてくれるのも、共に過ごす時間を積み重ねてサモトラとの絆が深まったからだ。

そう考えれば笑みがこぼれ、サモトラは少し悪戯をしかけてみたくなった。


「そんなに風呂に入りたいなら、俺と入るか? ひとりでは心配だからな」


するとルーヴは眠たげな顔を上げてサモトラを見つめ、にっこりと笑った。



べしりっ



「…………痛い」

「おいたは駄目だよ」


それなりの力で額を打たれ、サモトラは涙目になる。こういうときのルーヴは、手加減をしない。


「……心配して言っただけなのに」

「んー、よこしまな空気を感じたから」


あれだけ無防備だったのに、ルーヴの危機察知能力は侮れない。これも狩人としての資質なのかもしれないが、もう少し流されてくれてもいいのではないかと、サモトラは小さく息を吐いた。


「…………まだ早いということか」

「んー?」

「いや、なんでもない」


だが、やはり酔ったルーヴをひとりで風呂に入れることはできないので、サモトラが魔術で体をさっぱりさせてしまうことにした。


取り出した杖をひと振りすれば、ルーヴと、ついでにサモトラ自身もすっきりさっぱりだ。


「わ、なんだかさっぱりした?」

「ああ、魔術で洗浄しておいた。これでもう寝られる」


すると気持ちよかったらしいルーヴが、さらにご機嫌にきゃらきゃらと笑った。


「すごいねー。さすがサモトラだねー」


今日はずいぶんと上機嫌だ。これはもしかすると、相当に飲んでいるのかもしれない。酔っ払いの言う、それほど飲んでいないという言葉は信用できない。

早々に寝かせた方がいいだろうと、サモトラがその手を取って部屋へ連れて行こうとすると、ルーヴが抱き着いてきた。


「ふふふ、そんなサモトラは、私のものだものねー」

「…………ああ、そうだ。君のものだ」


ごろごろと猫のように懐いてくる温かい体を抱きとめて、サモトラは少しだけ欲を出した。


「…………君のものなのだから、一緒に寝てもいいだろう?」

「ん? んー、いいよ。一緒に寝ようか!」


今度の提案は無事に受け入れられた。

だが多くを望むとまた狩人の勘を働かせたルーヴに追い出されそうだと思い、サモトラはその夜は純真な気持ちで眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ