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魔の森の狩人  作者: 鳥飼泰
番外編
12/15

ブクマ100件記念お礼話:小さくなった日

ブックマークが100件になりました。すごい。ありがとうございます!感謝と記念のお話です。お遊びのIF話なので、ここで起きたことは他の話にはつながりません。

魔の森であっても、四季は巡るし、晴れたり雨が降ったりと天気も変わる。

ここ最近はずっと好天に恵まれているので、いい機会だからと、ルーヴは普段あまり使わない道具も出して風を通しながら手入れをしていた。



「ルーヴ、ただいま」


背後からサモトラの声が聞こえた。

シュロと一緒に森の奥へ出かけていたが、帰って来たのだろう。


「サモトラ、おかえ、り……?」


振り返ると、サモトラが左手に黒い毛玉をぶら下げていた。

なんだろうかとルーヴが見つめていると、その視線に気づいたのか毛玉が暴れ出したので、サモトラはぞんざいにそれを放り投げた。


「もっと丁寧に扱え!」


放り出された毛玉は、サモトラに向かって悪態をついたが、その声を聞いてルーヴは驚く。


「……シュロ?」

「……そうだ」


小声で肯定したかと思うと、シュロらしい毛玉は、すすすっと地面を走ってサモトラのうしろに隠れてしまった。

少しはみ出て見えている可愛さに頬を緩ませながら、ルーヴはサモトラに事情の説明を求めた。


「どうしたの、それ?」

「……よく分からないが、何かの植物の花粉の影響らしい」

「へえ…………」


魔の森は魔獣の棲み処だ。住人たちの生態に合わせて、周りの環境も負けず劣らず不思議なものが多い。奇妙な植物も山ほど生息している。


「花粉の影響で、体の時間が後退したらしい。記憶は問題ないようだ」

「ふうん。ずいぶん小さくなったね」

「おそらく、シュロの雛のころの姿だろう」

「雛!」


雛という言葉を聞いて、ルーヴの目は輝いた。雛ということはつまり、愛でる対象だ。


「シュロ、おいでー」


ルーヴがしゃがんで両手を広げると、雛鳥がサモトラの後ろから少しだけ顔を出してこちらを見つめてくる。その様子も、とても可愛い。


「……む、この姿は威厳がないので、あまり見てほしくないのだが」

「でもその姿は、すごく可愛いよ!」

「かわいい…………」


可愛いと評したところで、シュロが少しショックを受けたようによろめいたので、慌てて付け足す。


「いつもは格好いいものね。でも今は、めいっぱい愛でたくなる」

「愛でる…………」


少し迷う様子を見せた後、シュロはサモトラの後ろから出て、ちょこちょこと歩いてルーヴのもとへ寄ってきた。


「ルーヴの寵愛を受けるのは、吝かではない」


見た目は無垢な雛鳥がいつもの魔鳥の口調で話すのが面白くて、ルーヴはシュロをさっと持ち上げて抱きしめた。ルーヴの両腕に収まる、ちょうど良いサイズだ。


「うんうん、シュロを寵愛するよ!」


シュロとふたりでぎゅうぎゅうしていたら、横から手が伸びてきて、シュロの背中をわしっと撫でた。

どうやらサモトラも仲間に入りたくなったらしい。


「……いつ、元に戻るのだろうか」

「そうだね。ずっとこのままだと、さすがに大変かな」


ルーヴとサモトラが顔を見合わせていると、おそらくそのうち元に戻るだろうとシュロ本人が楽観的だったので、しばらく様子を見ることになった。ここで過ごした時間はシュロの方が長いのだから、魔の森のことをいちばんよく知っているはずだ。


心配しなくて良いとなると、せっかくなのでルーヴは雛鳥と一緒に遊びたくなってきた。


「よし。今日は天気もいいし、湖に遊びに行こう!」

「ん?」

「は?」




そういうわけで、三人で湖へやって来た。


さっそくルーヴはブーツを脱いで裾をまくり、湖に足をつけてみる。水は程よくひんやりとしていた。


「気持ちいい……」


側ではシュロがばしゃばしゃと水浴びをしている。

いつもはもっと大人しくやっているような気がするが、もしかすると体が小さくなったことで気持ちも童心に返っているのかもしれない。夢中で遊んでいる。


サモトラは水には入らず、岸辺にある木陰に腰を下ろしてルーヴたちを見守ることにしたようだ。にょろが近づかないようにもしてくれたので、とてもありがたい。後で労っておかなければ。


「シュロ、ほら」


両手ですくって水をかけてやると、シュロは喜んで羽を動かす。

水飛沫がルーヴにもかかるが、それがまた楽しい。



ひととおり遊んで満足したルーヴは、シュロを連れてサモトラのもとへ戻った。

すっかりずぶ濡れのルーヴたちを見て眉を寄せたサモトラは、片手を振って魔術でさっと水気を飛ばしてくれた。


「ありがとう、サモトラ」


笑ってお礼を言うと、目を細めたサモトラが手を伸ばしてルーヴの髪に触れてきた。乱れた髪を整えてくれているらしい。その優しい触れ方が気持ちよくて、ルーヴはうっとりと目を閉じる。

すると髪に触れていた手を頭の後ろに回されてそっと引き寄せられ、サモトラが身を屈める気配を感じた、そのとき。



くしゅんっ



足もとから、雛鳥のくしゃみが可愛らしく響いた。


その直後、ばふんという音とともに、目の前の気配が消える。

驚いたルーヴが目を開くと、呆然と目を見張る黒髪の幼児がこちらを見上げていた。


「む。戻ったな」


そして、横にはいつもの見慣れた魔鳥。


「……え、今度はサモトラ?」

「なぜだ…………」


なぜかは分からないが、どうやらシュロが元に戻った代わりに、サモトラが小さくなってしまったようだ。




ひとまず三人は家まで戻って来た。


小さくなったサモトラは、しばらく自分の体を確認するようにあちこち触っていたが、今はそれも終えて、少し落ち込んでいるようだ。どうやら体だけでなく魔力も後退して、黒髪でありながら魔術がほとんど使えないらしい。さり気なくシュロが近くへ寄って行くと、ふかふかの羽毛に背中を預けてうずくまってしまった。


だがルーヴは、魔術の使えないサモトラというと出会ったころを思い出して、にこにこしてしまう。


「サモトラ、そんなにしょんぼりしないで。そのうち戻るよ。ね、おやつにしよう!」


笑顔で誘うと、顔を上げたサモトラがとてとて近づいてきて両手を伸ばすので、ルーヴはその体を抱え上げた。

ルーヴは狩人としてそれなりに鍛えているし、今のサモトラは幼児サイズなので、これくらい無理なくできる。


ぐっと近くなった顔ににこりと微笑めば、サモトラが目を細める。その仕草はいつものサモトラを思わせる幼児らしからぬものだった。おやと思って油断したところで、ちゅっと可愛らしく口づけをされる。


「ん?」

「……さっき、邪魔されたからな」


まだ不貞腐れているが、少しは機嫌が戻ったようなので、そのまま家に入っておやつの時間となった。



本日のおやつは、サモトラがお土産で買って来てくれたチーズケーキだ。サモトラは仕事でどこかへ行くと必ずお土産を買って来てくれるので、ルーヴはいつも楽しみにしている。

もちろん、シュロも一緒におやつに参加する。魔鳥はなんでも食べるのだ。聞いたことはないが、おそらく人間も食べるだろうとルーヴは思っている。


チーズケーキを食べ始めてしばらく、隣に座ったサモトラが少し食べにくそうにしているのに気づいた。

幼児の体に慣れないのか、指が上手く使えないようだ。


「…………」


ルーヴは少し考えて、隣の皿に自分のフォークを差し込んだ。

それを見たサモトラが不思議そうにルーヴを見上げるのに、ルーヴは微笑みを返す。


「サモトラ、はい」


そしてチーズケーキを少しすくって、幼児の口元へ持って行く。

ルーヴの行動にサモトラは驚いたようで目を瞬いていたが、すぐに意図を察して、にっこり笑ってぱくりと食いついた。


「おいしい?」


もぐもぐと咀嚼する幼児が微笑ましくて聞いてみると、こくりと頷いた。

口の中が空になると、じっと見つめてくるので、ルーヴは再びチーズケーキを口元まで持って行ってやる。

サモトラはもう自分で食べる気は無いようでフォークから手を放してしまったので、すべて食べきるまで続けた。

シュロがやや呆れ気味に見ていたが、そもそもルーヴは、サモトラが食べているところを見るのが好きだ。だからこの作業はとても楽しかったのだった。




おやつを終えて、ルーヴは庭で風を通していた道具を片付けることにした。

シュロは近くの木の上で昼寝に入り、サモトラは小さな手を一生懸命に動かして手伝ってくれている。

もちろん、幼児の手伝いは無い方が捗るのだが、ルーヴとしてはその光景はとても心癒やされるものなので大歓迎だ。

終始にこにことサモトラを眺めながら作業をしていると、不意に、ふわりと風が吹いた。



くしゅんっ



可愛らしいくしゃみが聞こえたと思ったら、ばふんという音とともに、ルーヴは視界が突然低くなったのを感じた。

驚いて目をぱちぱちと瞬いていると、ひょいっと体が浮いた。


「……今度はルーヴだな」


どうやらサモトラに後ろから抱き上げられたらしい。

振り返って見たサモトラは、すっかりいつもの魔術師に戻っていた。


「……なかなか愛いな」


事態に気づいたシュロも木の上から降りてきて、ルーヴを見て呟いた。


言われて自分の姿を確認すると、どうも先ほどまでのサモトラと同じくらいまで幼くなっているようだ。だが思考は明瞭で、記憶もはっきりしている。

ただ、体のサイズが突然に変わったので、少し動きにくいように感じる。



道具はサモトラが片付けてくれるということになり、シュロに預けられた。


「わあっ!」


シュロの背中に乗せられると、視界が高くなってわくわくした。いつもの姿で乗せてもらうときも視界は高くなるが、今はもともとが低いので、より高く感じるのだ。

軽くその辺りを飛んでもらったら、はしゃぎすぎてうっかりシュロから落ちかけて、少し叱られた。いつもと体が違うことを忘れていて、距離を見誤ったのだ。失敗した。



庭に戻って来ると、サモトラは道具を片付け終えていた。


「サモトラ、ありがとう」

「構わない。それよりも、今度は俺と遊ぼう」


両手を差し出してくるので、シュロの上から直接サモトラの腕の中へ飛び移る。


「なにをする?」

「新しい魔術を考えた。感想を教えてくれ」

「いいよ。楽しみだな!」


そのまま抱かれて木陰まで連れて行かれ、木に寄りかかって腰を下ろしたサモトラの膝の上に乗せられた。


(小さくなってから、自分で歩いていないような……)


ふと疑問に思ったが、お腹に添えられたサモトラの手のぬくもりに、まあいいかとルーヴは考えるのをやめた。

シュロは再び木の上で昼寝をするようで、ばさりと飛び上がって太い枝の上に落ち着いていた。



サモトラはいろいろな道具を作るのが好きだが、新しい魔術を考えるのも楽しいらしい。それらは大抵ルーヴを喜ばせるようなもので、ときどきこうして披露してくれるのだ。


「今回は、水の幻だ」


サモトラが取りだした杖を振ると、空中にきらきらとした七色の粒子が広がり、やがてそれが形を成していく。

七色だったものが赤や黒になり、小さな魚の形になった。


「あ、金魚だね!」


それから黄色や青が加わっていき、放射状に広がる。


「花火!」


ルーヴが楽しげに空中を踊る幻の絵解きをするのを、サモトラは嬉しげに聞いている。


それからも、この季節らしい色とりどりのものをいくつも形作って見せてくれた。

終わってしばらく、ルーヴはほうっと頬を染めて余韻に浸っていた。

その様子を見たサモトラがルーヴの頭を撫でていると、上から見ていたらしいシュロが降りてきた。


「相変わらず、お前の魔術は人間業ではないな」


その羽ばたきで生じた風に、ルーヴは鼻がむずむずするのを感じた。



くしゅんっ



あっ、と思ったそのときにはばふんという音がして、もうルーヴはいつもの姿に戻っていた。

辺りを見回すと、サモトラとシュロが目を瞬いてこちらを見ている。


「戻ったみたいだね」


にっこり笑うと、二人はやれやれと苦笑した。




その夜は、三人で一緒に眠った。


「今日は楽しい一日だったね」

「……疲れた」

「そうだな」


シュロはいつもは自分のねぐらに帰ってしまうのだが、今日は一緒に寝ようと誘ったので残ってくれている。なんとなく、今夜は三人で一緒に居たいと思ったのだ。


「…………」

「…………」

「…………ふふっ」


二人の穏やかな呼吸を感じながら、ルーヴはご機嫌で目を閉じた。


いつもお読みいただいてありがとうございます。感謝をこめて、仲良し三人のほのぼの風景でした。

楽しんでいただけましたら、幸いです。

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