地方大会
1
けたたましいベルの音で、目が覚めた。
大本駿の頭はまだ覚醒しておらず、ベルが何事を告げているのか、理解できていなかった。
窓に明るい街並みが映っていた。
横で何やら音が聞こえる。
重たい体を起こしてみると、見知らぬ男がいびきをかいていた。
駿の頭が一瞬で覚める。が、見知らぬ男ではなかった。サクチャイ・シングワンチャーだ。
なぜ彼がここに。
駿の頭はまだ回転していないようだ。
大きなあくびをして、小型ノート型PCのモニターを開いた。
画面の端に、九時前であることを示していた。
駿の頭が覚醒した。
今日の九時に、繁華街のゲームセンターに着いていなければならなかったのだ。
今日は駿たちがプレイしているVR格闘ゲーム、VSG3の世界大会へ向けた初戦、北東京地区代表決定戦がある。
この大会の受付が、九時までなのだ。
隣でいびきをかいているサクチャイも、出場予定だ。
「モモタロウ!起きて!」
駿は呼びかけながら、急いで支度した。この時間だと、洗面所を利用している暇などない。
サクチャイに反応はない。
「起きろ!」
駿はかまっている暇も惜しく、サクチャイを足蹴にしながら、服を着替えた。
「なに?」
サクチャイの寝ぼけた声が上がった。
「大会に遅刻する!急いで!」
駿の切羽詰まった声を聴いても、サクチャイの動きは緩慢だった。それもそのはずだ。サクチャイはここ三日ほど、ほとんど寝ていない。足蹴にしたくらいで目が覚めたのは、ある意味幸運だった。
サクチャイがゆっくりとポケットを探り、カード型端末を取り出した。目をこすりながら、端末に表示させた時計を見る。
サクチャイはもう一度時計を見た。
目をこすり、もう一度見る。
次の瞬間、奇声を発して飛び上がっていた。
二人は身支度もおざなりに、部屋をかけだした。
「シュン!後ろの髪がはねてるよ!」
「そう言うモモタロウは全部が飛び上がってるよ!」
互いに寝癖を指摘し合っても、直す暇などない。かまわず階段を駆け下りると、玄関を飛び出した。
動く歩道へその勢いのまま飛び乗り、さらにその上を走った。乗っている通行人に出会うと、二人は左右に分かれて歩道脇を走り、通行人を追い越した。
人々が怪訝そうに二人を見送っていた。が、外聞を気にしている場合ではない。
居住区の中央に巨大な柱がある。その柱の一ヵ所が、運よく口を開いていた。
二人は閉まりかけた扉に飛び込むと、基幹エレベーターのAIに行き先を告げた。
せき込みながら告げた行き先を、AIは違わず聞き取ってくれたようで、ほどなく目的地の繁華街のフロアについた。
時計は九時まであと数分を示している。
二人はエレベーターを駆け下り、目的地方向への動く歩道を駆けた。
すでに会話している余裕などない。街中を疾走し、呼吸が止まりそうになる。いっそのこと、止まって呼吸を整えたい。
しかし、足を止めたら間に合わない。是が非でも大会に参加しなくてはならない。駿には学友の雄太との約束がある。その思いだけで、走り続けた。
雄太は駿にVSG3を紹介し、薦めた張本人だ。だが、駿が雄太のキャラクターの名前を聞いても、教えてくれなかった。
腹いせに、駿もキャラクターの名前を教えていない。
駿と雄太は互いにキャラクターの名前を隠したまま、全国大会で会おうと約束した。
その約束を、遅刻で果たせなかったでは、笑い草にもならない。
空は厚い雲が覆っていた。あるいは雨模様なのかもしれなかった。
幸い、ここは地下都市で、天井の厚い雲も、モニターに映し出されたものに過ぎない。
雨を気にする必要はなかった。
しかし、駿やサクチャイにとって、雨の方が助かったのかもしれない。
駿は体が熱くなりすぎ、足が思うように動かなくなっていた。雨であれば、この熱もいくらかは緩和できたのではないか。
呼吸も続かない。
ふと、VSG内での経験と重なった。
その時は、紅いコウガと戦っていた。コウガに連撃を浴びせたものの、呼吸が続かなくなった。体が重く、思うように動かせなくなった。
苦しさに耐えきれず、倒れ込んだ時、負けを覚悟した。
今走るのを止めれば、この苦しさから解放される。しかし、それは終わりを意味する。
まさか人生が終わるわけではない。
高々ゲームの、一トーナメントに出られないだけだ。
前を走るサクチャイは、その足を必死に動かしていた。彼は何を思い、この苦しみの中を走りぬいているのだろう。
サクチャイの背中が少しずつ、遠ざかった。
駿はこのままおいて行かれてもいいと思った。
「シュン!あそこ!」
サクチャイの声に頭を上げると、ゲームセンターのネオンが見えた。
止まりかけた足に力がわいた。
駿は再び速度を上げると、サクチャイの背中を追いかけた。
ゲームセンターの入り口脇にテーブルが用意されていた。VSG3世界大会北東京トーナメント受付と書かれている。
サクチャイと駿はそのテーブルに、倒れ込むように駆け付けた。
呼吸が荒く、言葉を発することも、体を動かすこともできない。
テーブルの反対側に若い男性が立っていた。
男性はゆっくりとした動作で腕時計を見ると、時計と二人を見比べた。
「ぎりぎりセーフ」
男性は表情を崩すと、腕時計を二人に向けてみせた。
あと数秒で九時だ。
「VSGトーナメントのエントリーですね?VSGカードを端末に挿入してください」
男性は事務的にそう告げると、二人の前にカードリーダーを差し出した。
駿はポケットをまさぐるものの、カードに手が触れない。
ズボンのポケット全てを確認してもなかった。
駿は焦った。何を思ったのか、思わず小型ノート型PCをホルダーから取り出した。こんなものを持っても意味がないと思いなおして戻そうとしたとき、何かが落ちた。
テーブルの向こうの男性がそれを空中でキャッチした。VSGのカードだった。
駿はカードを受け取ると、急いでカードリーダーに差し込んだ。時報とどちらが先だったのか、駿には分からない。
まさか、最後の最後に不手際をして、間に合わなかったのか。ここまで走ってきたのは何だったのか。駿は苦しくなって、目の前が真っ暗になった。
空腹と、寝不足と、酸欠と、疲労とで、頭が回らない。視界も暗い。音も聞こえなくなっていた。
誰かが肩に触れていた。
男性が駿のカードを差し出して、何かを言っていた。
視界に色が戻ってくると、音も聞こえるようになった。だが、男性が何を言っているのか、理解できなかった。
駿は戸惑いつつ、カードを受け取った。
「登録の端末へ通知を送ってもいいですか?基本的に三階のVRボックスでプレイしていただきますが、参加人数が多いため、通知が届くまではそちらの特設会場でお待ちください」
男性が右手を伸ばした。その先に、道路をひと区画、動く歩道を止め、複数のモニターを配置して、待機所としていた。すでに人の山と化している。
「そちらのお客様はシードですね。初戦までしばらくかかります。ご容赦ください」
男性がサクチャイに向かって頭を下げた。
「あなたは初エントリーですね。番号でお呼びしますので、自分の番号を呼ばれましたら、三階へ上がってください。そこで係りの者が案内します」
男性はそう告げると、ごゆっくりどうぞと、特設会場に行くよう促した。
「えっと、間に合ったの?」
駿は唾でのどを潤わせ、尋ねた。
男性は何をいまさらと言いたげな表情で、頷いた。
2
駿とサクチャイはゲームセンター一階のトイレへ駆け込むと、手洗い場に駆け寄り、上半身裸になって体に水をかけた。顔を洗い、飛び跳ねた髪を水で平らにならした。
体が冷えると、疲労もどこかへ去っていった。空腹だけが残り、お腹が別の生き物のように自己主張を始めていた。
脱いだ服を再び着込んだ。汗と水が混ざって、重たい。だが、着替えに帰る余裕はない。
「そのうちに乾くよ」
サクチャイは濡れた服を気にしていない様子だ。
「それよりも何か食べたい。眠りたい」
「同じく。のどもカラカラ」
駿も同意し、トイレを後にした。
ゲームセンターの奥に自動販売機のコーナーがある。二人とも自然とそのコーナーへ向かった。
運のいいことに、スニッカーズの自動販売機があった。
スニッカーズにかぶりつき、スポーツドリンクで流し込むと、ひと心地つく思いだった。
余裕ができると、眠気が襲ってくる。
眠気を避けるために、会話する必要があった。
「シュンは何番?」
小型ノート型PCのモニターを開くとVSG3の運営団体から通知が届いていた。
「184だって」
「わお。多いね」
「モモタロウは183?」
「僕はシード選手ね!1番!」
「ええ?なんで?」
「僕、前回ここで一位だったもの」
眠気の残る頭ではすぐに理解できなかった。駿はスニッカーズの残りを口に頬張り、スポーツドリンクで流し込んだ。
もう一つ買おうか悩んでいると、先ほどのサクチャイの言葉の問題点に気付いた。
「一位?え、じゃあ、全国大会行ったことあるんだ?」
「もちのろん!僕、これでも世界三位ね」
駿は思わずペットボトルを落としてしまった。身近にとんでもない人がいたものだ。
確かに、サクチャイの対人戦は見たことがなかった。NPCと戦うのは見たことがあり、強そうだとは思っても、それ以上は考えていなかった。
すると、モモタロウと共闘したユウにしろ、ヤマトタケルにしろ、ランスロットにしろ、皆桁違いの強さなのだ。モモタロウを基準にすると、そういうことになる。
昨夜、正確には未明、サクチャイから対戦を申し込まれた。あの時、戦ってみれば、強さが分かったのにと悔やまれてならない。
サクチャイがペットボトルを拾って手渡してくれた。彼は三つ目のスニッカーズを買った。
勝負しなかったのは悔やまれるが、グレン・ザ・ラッシュ・ハワードの試合を見たことは後悔していない。
駿も三つ目のスニッカーズを購入した。
「それにしても、昨日の試合凄かったね」
サクチャイは駿の思考を読んだかのように、ボクシングの真似をしながら言った。
二人とも、僅かでも寝て起きた後なので、昨日という感覚だが、明け方だ。
話は通じるので、特に訂正する必要もなかった。
「1ラウンドはチャンピオンに押されたからどうなるかと思ったけどね」
「2ラウンドもチャンピオンがとったね」
「でも、4ラウンドの打ち合いは、ラッシュでしょ」
「チャンピオンもあそこで打ち合ったのは失敗だったね。でもさすがチャンピオン!5ラウンド6ラウンドはきっちりととったよ」
「ラッシュの攻めを丁寧なジャブでつぶしていってたものね。あんな方法もあるんだなぁ」
「それだけチャンピオンにパンチ力と、打つべきところをピンポイントで打つ技量があったんだよ」
「モモタロウが技巧派って言ってたのは、あれなんだね」
「そう!でも、ラッシュも諦めなかったね!」
「うん!スタミナも落ちてきている中、意地でも自分のペースに持ち込もうと攻め込んだ」
「8ラウンド、あれはチャンピオンがラッシュのスタミナを甘く見た結果だね」
「でも、判定まで行けば、それでもチャンピオンの方が有利でしょ?」
「だよ。でも、闘士としての意地があったのかもね」
「9ラウンド、10ラウンドは迫力満点の打ち合いだった…」
「二人ともフラフラで、でも倒れない!」
「12ラウンド行くと思ったよ」
「でも」
「11ラウンド!」
二人の声が重なった。
「チャンピオンが勝負を決めに行った!」
駿が食べかけのスニッカーズを突き出した。
サクチャイがそのスニッカーズを避けて左に沈みこんだ。
駿がペットボトルを左下へ打ち込んだ。
サクチャイが低い姿勢のまますり足で前へ移動する間、駿はペットボトルを突き出した態勢で待った。
「一瞬で間合いを詰めてアッパー!」
サクチャイが食べかけのスニッカーズを振り上げた。
駿がわざと受けたふりをしてよろめいた。その拍子に手にしていたスニッカーズを落としてしまう。
「あ、ああ」
駿は嘆き声をあげて落ちたものを拾うとごみ箱へ入れた。
「食べる?」
「いい」
駿は気を取り直すと話を戻した。
「あそこから連打するスタミナがあるなんて、すごいね」
「ラッシュも必死だったんだよ。あのワンチャンスを逃したら、ポイントで負けるのは分かっていたはずだよ」
「アッパーが奇麗に入ったし!」
「何時もよりウェービングは少なかったけど、ボディブローを連打してチャンピオンの頭を下げさせて…」
「あの歓声もすごかった…」
「エンジンが回転数上げるみたいな…」
「そうそう!」
「あの歓声が後押ししたと思うよ」
サクチャイが連打の真似をしようとしたとき、駿のノート型PCから通知の音が鳴った。
「呼び出しだね。初戦、頑張って!」
「うん」
駿はペットボトルの残りを飲み干すと、殻をゴミ箱に入れた。そこで足が止まってしまう。
「どうしたの?」
「動いてもいないのに、走った後みたいにドキドキしだした…」
「緊張しすぎ!」
サクチャイはそう言うと、駿の背中を強かに打った。
「いったっ!」
「そら!行って来い!」
駿は歩き出した。背中を、サクチャイが押しているかのように、手の感触が残っている。
重たい体を、サクチャイの手が押してくれていた。
3
駿の初戦の相手は知り合いだった。おかげで緊張は幾分治まった。しかし、気持ち的には複雑だ。
駿の隣のボックスに、大柄な男が案内された。彼が対戦相手だと言う。
その男に見覚えがある。日の出の時、駿たちは暴漢に襲われた。彼は、そこへ駆けつけ、助けてくれた三人組のリーダーだ。
それよりももっと以前に、駿にゲーム内で負け、ゲームセンターの外で腹いせに駿を殴ったこともある。
「何だよ!お前が相手か!ちきしょう!運がねぇ!」
大柄な男が嘆きつつもボックスに入っていった。
駿の中で、彼をどう扱っていいのか、決めかねていた。逆に大柄な男は、駿のことをダチだと言っていた。素直に受け入れる気にもなれない。
駿はウォン・フェイフォンとしてログインした。
フェイフォンは自分のいる場所がつかめず、戸惑った。
今までのゲームにはなかったステージのようだ。石造りの舞台の上にいた。周りは殺風景で何もない。
舞台は結構広い。縦横五十メートルほどあるのではないか。
何もない空間なのに、どういう訳か、鼓動が早まって治まらない。対戦がもうすぐ始まるかと思うと気が気でなかった。
舞台の切れ目まで行って下を見ると、一メートルほど下に芝生の地面があった。この地面に降りたら、どうなるのだろう。もっと遠くまで行けるのだろうか。
「おい。落ちたら負けだぞ」
実物よりさらに大柄な男が、舞台の中央から呼ばわった。
試しに降りて見なくてよかったと、フェイフォンは安堵しつつも、男の許へ歩み寄ると、確認した。
「場外負けがあるの?」
「おいおい、ルール聞いてないのかよ」
「ごめん」
フェイフォンは謝った。気持ちは少し落ち着いてきたようだ。会話しているおかげかもしれない。
「場外負けあるぞ。それと、三分間の時間制限がある。時間切れの時はHPが多い方が勝ちだ」
「そうなんだ…。ありがとう」
よく見ると、視界の隅ですでにカウントが始まっていた。
男はフェイフォンが戦う体制になるまで、待ってくれていた。意外に親切で、律義な男のようだ。
一度は危害を加えられ、嫌な奴だと思っていた。助けられてもその考えはぬぐえなかった。なのに、彼は親切に対応してくれている。
だからと言って、男のことを友達とも思えないフェイフォンだった。
フェイフォンは気まずく、頭をかいてごまかすと、始めようかと身構えた。
「おうよ!」
大柄な男は返事とともに、大きな拳を放ってきた。
緊張も解け、恐怖心も感じていない。フェイフォンは自分自身に頷くと、相手の拳をいなし、連打を放った。
勝負はすぐについた。フェイフォンの勝ちである。
駿がボックスを出ると大柄な男が寄ってきて手を差し出した。
「勝ち残れよ!お前が六強に入れば、俺は敗者復活だからな!」
そう言って、差し出した手で駿の胸を軽く小突いた。
「おい、そんなに汗かいたのか?」
男は拳が濡れたらしく、ズボンでふき取った。
駿のシャツはまだ濡れたままだ。この対戦で出た汗ではないが、汗には違いない。軽く水を浴びたので、その水も含んでいるはずだ。駿は返答に困った。
「体調崩すなよ。お前に負けてもらっては困る」
男は返事を求めていなかった。気遣うようなセリフを吐いて、ノッタノッタと体を揺すりながら歩き去った。
駿は先ほどの彼の言葉を考えていた。六強と敗者復活が気になる。サクチャイに聞いてみようと自動販売機のコーナーに戻った。しかし、知らない人がジュースを買っているだけだった。
駿は特設会場へ向かった。
色々な試合をモニターに映し出している。人々は思い思いにモニターに映し出された試合を観戦していた。
小学生くらいの子供から、五、六十代の人まで見受けられる。男性女性共にモニターを観戦していた。年齢も性別も垣根のない空間だった。
この集団の中でも、外国人は見当たらない。浅黒い肌のサクチャイが目立つかと思ったが、人混みが多すぎて、分からない。
目立つのは、やたらと背が高く、横幅もある中年だ。人垣の中から、肩から上が出ている。
名前は確か、大上と言った。警察の人だ。駿たちが初日の出を見に行った時、暴漢に襲われ、大上が収拾してくれたのだ。
今日は非番で、VSG3のトーナメントに参加しているはずだ。キャラクター名はオウガだ。ゲーム内で先日、出会ったことがある。
大上は人垣の上から、端末で誰かと会話しているように見えた。
サクチャイは小柄なので、人が多いと隠れてしまうのだろう。
駿はサクチャイを探して特設会場を、人の波の間を泳ぐように移動した。
人の波は、ゲームセンターへ向かう流れと、そこから戻ってきた人々の流れがあった。対戦が始まったばかりで、今は出入りが激しい。
モニターの前に立ち止まったまま動かない人だかりが、流れを捻じ曲げていた。
視界の隅に、ポニーテールが見えたように思えた。駿が慌てて振り返ってみても、どこにも見当たらない。
見間違いだろう。このようなところで見かける相手ではないはずだ。駿は思いなおし、サクチャイ探しを続けた。
端まで行きついてもサクチャイは見当たらなかった。呼び出しを受けて対戦をしているのかもしれない。そう思って戻り始めると、駿の端末に通知が届いた。
次の対戦が迫っている。
駿は人の波をかき分けて、ゲームセンターへ急いだ。
4
フェイフォンの目の前に、浅黒い肌をしたモモタロウがいた。捜し歩いたのが無駄だったのだ。
「なんで!」
フェイフォンは思わず目を疑い、叫んでいた。
モモタロウは笑うと、シード選手と当たるなんて運がないねと言った。
「なんで!よりによって!」
フェイフォンはもう一度叫んだ。相手は前回、世界三位まで上りつめた男だ。そんな男と二回戦で当たるとは想像だにしていなかった。
すでにカウントダウンは始まっていたが、モモタロウもフェイフォンの気持ちが落ち着くまで待ってくれていた。
モモタロウとはまだ一度も対戦したことがない。
モモタロウと共闘していたユウとは戦ったことがある。が、彼女はあの時、本気だったとは思えない。その彼女に、フェイフォンは負けている。
仮に、モモタロウとユウが近い実力だったとしたら、勝ち目がないかもしれない。
そもそも捜し歩いていた相手が、目の前にいる。その失望感も、戦意の妨げになっていた。
しかし、である。考えようによっては、いい機会なのだ。モモタロウの実力と、自分の力量を見極める好機だ。この対戦を逃す手はなかった。
フェイフォンの好きなカンフー映画でも、序盤で、最後に戦う相手に主人公が負ける、あるいは主人公の保護者が負けるシーンがある。
それを経て、主人公は修行をし、復讐を遂げるのだ。
そういう映画のシーンと重なって見えると、気持ちが高ぶった。だが、それはそれで、負けを始めから認めているようで、釈然としないものがある。
どうせ対戦するのなら、勝ちたい。
幸いにも、モモタロウ相手には緊張せずに済んでいる。いい勝負ができるのではないか。
フェイフォンはゆっくりと半身に構え、自分の腿を軽く打って、右手を差し出した。
モモタロウは微笑むと、首を左右に振り、軽く飛び跳ねた。何度目かの着地と同時に、猛然と迫っていた。
小柄なモモタロウのはずなのに、迫ってくる姿は大きかった。
恐れてはだめだ。フェイフォンは自分に言い聞かせた。足を踏ん張って耐えようとした。
ふと、ラッシュの言葉を思い出した。
恐れていいんだ。そう思いなおせた。柔軟に構えて戦おう。自然と足の力が抜けた。
モモタロウが飛び上がり、膝から向かってくる。体重の乗ったそれは、手で受け流せるようなものではない。フェイフォンは僅かに横に移動してかわし、手をしならせて横に振った。
僅かだが、手ごたえがあった。
しかし、モモタロウは止まらない。着地と同時にフェイフォンへ向かって飛ぶと、体を回転させて蹴りを放った。
フェイフォンは上体を反らせてかわした。ところが、次の瞬間、足に衝撃を受けて転がっていた。
モモタロウが蹴りの勢いを利用して体を一回転させ、着地と同時に床すれすれの蹴りを出していたのだ。
フェイフォンはとっさに転がって追い打ちを避けた。
モモタロウは追い打ちが無駄だと分かっていたのか、悠然と構えていた。
「中々楽しいね!」
フェイフォンはモモタロウの声を聞きながら起き上がり、もう一度身構えた。夜中に戦ったラッシュも強敵だったが、モモタロウも彼に引けを取らない。これが世界ランキングの強さなのだ。
モモタロウが駆け込んできて、再び体重を乗せた膝蹴りを出した。
フェイフォンはその膝を両手で受け、同時に飛び上がった。そしてモモタロウの膝を支点にして横蹴りを放った。
モモタロウは脇を閉めて腕で受けている。
フェイフォンはさらに体をひねり、モモタロウの頭上からの蹴り下ろし、そして反対側にも横蹴りを放った。
モモタロウはさすがに受けきれず、最後の横蹴りを脇に受けた。だが、受けると分かった瞬間に、モモタロウも攻撃に転じていた。
フェイフォンの蹴り足の裏から、モモタロウの足が蹴り上がり、フェイフォンの背を打った。
二人は空中で体勢を崩し、落下した。
モモタロウは空中でトンボを切り、足から着地した。
フェイフォンも体をひねって着地と同時に身構えた。
今度はフェイフォンから飛び込んだ。
鞭のようにしなる拳をいくつも放った。モモタロウが受けきれず、そしてかわしきれなかったものがいくつか当たる。
しかし、連打には持ち込ませてもらえなかった。フェイフォンがさらに踏み込んだところに、モモタロウの肘が待ち構えていたのだ。
フェイフォンはとっさに後ろへ飛び、モモタロウを蹴って、さらに離れた。
二人は距離を保ち、にらみ合った。
これなら戦えそうだ。フェイフォンは自信を持ち始めていた。世界三位を相手に、戦えているのだ。
頬を冷たい汗が流れた。袖で拭う。呼吸はまだ乱れていない。十分に戦えている。そして、まだまだやれる。
「思った以上に強くなったね」
モモタロウはそう言うと、まるで儀式のような、踊りのような動きを始めた。両腕の間に頭を入れ、ゆっくりと片膝を持ち上げた。足を入れ替え、腕を振った。
モモタロウの全身から汗が噴き出しているのが見えた。体が汗で輝いて、筋肉が増して見える。
モモタロウの動きが急に激しくなった。そして唐突に止まると、どうしたことか、全身に炎をまとっていた。
「さあ、本気で行くよ!」
炎をまとったモモタロウの動きは、まるで別人だった。瞬時にフェイフォンの目の前に迫り、肘打ちの連打を放った。
フェイフォンはかろうじて受け流せたものの、炎に焼かれ、手がひりひりと痛んだ。
しかし、考える余裕も痛みにうろたえる猶予もなかった。
モモタロウはフェイフォンの反撃を避けて横に倒れると、上がった足でフェイフォンを二度蹴った。
フェイフォンがとっさに飛び下がると、モモタロウは立ち上がって突き上げるような膝蹴りで迫った。
今度の膝蹴りは、先ほどのように受けられそうもない。
だが、手をこまねいていれば、このまま炎で削り倒されるだけだ。
フェイフォンは意を決すると、バックステップでかわし、再び前へ飛んだ。
モモタロウの炎に包まれた体に拳を放った。炎に質量でもあるのか、思うような手ごたえがない。が、かまわず連打を放った。
モモタロウの肘打ちがフェイフォンの胸に入り、そのままモモタロウの連打がつながった。仕上げに膝蹴りを浴びると、フェイフォンの体は後方へ弾け飛んでいた。
モモタロウはそれで勝ちを確信したのか、追い打ちをかけなかった。あるいは、これで終わっては面白くないと思ったのかもしれない。
フェイフォンはまだ負けていなかった。
体の節々が痛むが、まだ動ける。負けを知らせるKOの文字も出ていない。
フェイフォンも、まだ終わりたくなかった。善戦できていたはずだった。ところが、モモタロウが本気ではなかったと知り、悔しかった。同時に、本気を引き出せたことが嬉しくもあった。
本気のモモタロウと、もっと戦っていたい。ただの戦闘狂になってしまったのかもしれない。それでもいいと、フェイフォンは思えた。
カンフー映画の主人公も、ボロボロになりながら、最後には強敵を倒すのだ。それに倣って、ここから逆転できるかもしれない。
フェイフォンは重たい体を起こすと、短く息を吐き出した。気合が効いたのか、体の重さが緩和した。
服のあちこちが破れていた。フェイフォンは服をはぎ取って上半身裸になった。
カンフー映画の主人公よろしく、全身に力を入れ、気力を充実させた。
モモタロウと張り合うのなら、もっと早く、鋭く動かなければならない。
覚悟を決めるために、フェイフォンは行くよと呼ばわった。
モモタロウも嬉しそうに、来いと短く答えた。
フェイフォンが駆け込むと、モモタロウの肘が迎え撃った。その肘を下からすくい上げるようにいなし、逆に肘打ちを放った。
モモタロウのもう一方の肘も、横なぎに迫っていた。フェイフォンは下から拳で突き上げてモモタロウの攻撃を止めると、目にも止まらない速さで両方の拳を突き出し、モモタロウの胸を打った。
脇から胸にかけて鋭い痛みがあった。連打に入る直前、モモタロウの肘打ちが入っていたのだ。
炎で連打する拳が焼かれた。
フェイフォンの体が重さを増していた。
手が熱い。痛い。
ここで手を緩めると、動けなくなりそうだ。そのまま倒れてしまいそうだ。そうなれば、もう二度と立ち上がれないだろう。
負けないためには、打ち続けるしかない。死に物狂いで続けた。
さすがに炎で軽減されていてもダメージが通ったようで、モモタロウの体が仰け反った。
フェイフォンはすかさず踏み込み、片足蹴りの連打を放った。ここからはフェイフォンの必勝パターンだ。だが、足が焼ける。いつまで打ち続けられるか、分かったものではなかった。
モモタロウの体が後ろへ弾け飛んだ。
フェイフォンが追いすがろうとするものの、足の力が一瞬抜けた。
飛べと、フェイフォンは口の中で叱咤した。石の床を二度蹴って飛び上がる。
やはり飛べた。少しでも止まれば、負ける。まだ負けるわけにはいかない。動けるなら、勝ちに行く。フェイフォンは空中で姿勢を変え、足からモモタロウに追いすがった。
モモタロウの炎が勢いを増したように見えた。
構うものか。
フェイフォンは決死の覚悟で飛び込み、影の追い付かない蹴りの連打を放った。
全ての力を出し切った。今できることはやり切った。フェイフォンはそう思いつつ、連打を終え、着地した。だが、そのまま床に倒れた。もはや着地する力も残っていなかったのだ。
勝負はどうなったかと、首を回して、上目遣いに見上げると、自分の体の上に、KOの二文字が躍っていた。
戦った本人だからこそ、理解できた。炎に焼かれ、削り倒されたのだ。それに、連打に入る直前に、脇から胸にかけて肘打ちを浴びたのが悪かった。
視界の向こうで、モモタロウが立ち上がっていた。
負けた。
フェイフォンは立ち上がれない。この差が、すべてを物語っている。
KOの文字が躍らなくても、分かったことだ。
フェイフォンは負けを実感した。勝てるとは思っていなかった。しかし、勝ちたかった。
自然と涙があふれ、止まらなかった。
5
駿はボックスからすぐに出ることができなかった。
体に力が入らない。
涙があふれて止まらない。
外から店員が扉を開けたものの、駿の様子を見て、それ以上は何もしなかった。
勝てない相手だとは分かっていたはずだ。だけど、悔しかった。たかがゲームで、ここまで悔しくなるとは、駿も思いもしていなかった。
誰かが駿の手を引いた。
涙で、誰なのか見分けがつかない。
「最高の勝負だったよ」
サクチャイの声だ。彼は駿を引き寄せると、ごつごつした胸に抱きしめた。
ボックスの外へ引きずり出された。
駿はサクチャイの胸に顔をうずめ、泣き続けていた。
辺りから拍手が沸き起こっていた。
ボックス筐体の前にあるモニターで二人の対戦を観戦していた人々が、手を叩いて称えていた。
「世界戦並みだったぞ!」
「よくやった!」
「最高のバトルを見せてもらった!」
「俺らも負けてられねぇな!」
口々に、熱のこもった声で言っていた。
拍手の音が激しくなり、口々に叫ぶ声と重なって、聞き取れなくなった。
駿は顔を上げることができなかった。泣きじゃくっていて、人々の声をまともに聞いていなかった。
サクチャイに導かれ、どこへ向かうとも分からず、ついて行った。
気が付くと、椅子に座らされていた。
涙で曇った目を辺りに配る。
殺風景な部屋で、テーブルと椅子があるだけだ。
「お店の人がスタッフルーム使わせてくれたよ」
サクチャイがそう言って、駿の隣に座った。
「シュンは強くなったね」
そんなことはない。そう思うものの、出るのは涙ばかりだ。
「あの連打に入られたら、なすすべないよ。危なかったよ」
でも、負けた。
「僕は運がよかったよ。連打に入られる前に一発入れられたし、駿の追い打ちが一瞬遅れたおかげで勝てたようなものだもの」
でも負けた。これで、雄太との約束も果たせなくなったと思うと、涙があふれた。
サクチャイが、先ほどの対戦の凄さを、言葉を尽くして説明していた。
駿は初めのうち、ほとんど聞いていなかった。次第に冷静になってくると、サクチャイの誉め言葉の多さに、気恥ずかしくなった。
サクチャイはそれだけ駿を気遣ってくれているのだ。
「でもモモタロウもずるいや」
駿は震える声で言った。
「あんな技持ってるなんて」
「驚いた?僕の最終奥義!」
サクチャイはそう答えて笑った。
「でも、シュンもすごいよ。あの連続技とか。あれ、スキルでしょ?よく考えてるね」
「スキル?」
「え、違うの?」
サクチャイが目を見開いた。
「必殺技もスキルも取ってないよ」
駿が答えると、サクチャイは嘘だと叫び声をあげていた。
「サクチャイのあの炎は、スキル?」
「そうだよ。ちゃんと条件付けも考えて取ったよ」
「条件?」
「それは教えられないよ。企業秘密よ」
企業ではないとツッコミが浮かぶと、少しおかしくなった。
「シュンのは、あれ、全部、自分でやってるの?」
「そう。カンフー映画を参考にして、拳を振ったり、蹴ったり」
「驚きだよ。大抵はスキルで連携を作って、発動すればその通りに動くんだ。威力も通常より上がるし、楽だもの」
駿も聞いて、楽そうだと感じた。しかし、それでは思い通りの細かな動きができず、つまらないのではないか。
「あの最後の蹴りは?」
「無影脚と言って、好きな映画で主人公のウォン・フェイフォンが使う技なんだ」
「それを、見よう見まねで?」
「そうなるかな」
サクチャイが駿の理解できない言葉で何やら叫んでいた。ひとしきり叫ぶと落ち着いたらしく、これはうかうかしれられないよなどとブツブツこぼした。
サクチャイの様子を見ていて、駿はだいぶ落ち着きを取り戻せた。企業秘密の効き目が大きかった。
駿は思い出すとクスリと笑った。サクチャイはそれを見て、安心したように微笑んでいた。
「さあて、ここからは僕が頑張らないとね」
「モモタロウはまだまだ試合あるものね」
「応援してて。僕が六強入りしたら、シュンも敗者復活だから、まだ帰っちゃだめだよ」
「え?六強?敗者復活?」
そう言えば、そのことを聞こうとサクチャイを探していたのだ。戦いに没頭しすぎてすっかり忘れていた。
「シュン、寝ぼけてルール聞き逃したね?」
「え、いや、まあ、うん」
寝ぼけてはいなかったはずだが、聞いていなかったのも事実だ。
サクチャイは咎めることなく、説明してくれた。
対戦を繰り返し、六人まで減ると、この六人は全国行きが確定し、一位から六位までの順位を争う。
この六人と直接対戦して負けた人には敗者復活の権利が与えられ、敗者復活のメンバーによるトーナメントを行う。
敗者復活戦の上位二名が全国大会への切符を手にすることができる。また、この二名が七位と八位を争う。
敗者復活戦の上位二名に負けた二人も対戦を行い、十位まで決定する。
「しかも、十位まで賞金が出るね!」
この賞金は現金か、ゲーム用のクレジットで受け取ることができる。
現金の場合は半分ほど税金に取られるが、何に使っても問題がない。
クレジットの場合は全額もらえるものの、ゲーム内のショップでしか利用できない。
ゲーム内のショップで、キャラクター用の新しい衣装や、新たな武器、防具を作ることが可能なので、クレジットで受け取る人も多い。
「あの闘炎のスキル、前回の賞金全部つぎ込んだもの」
サクチャイはそう言って笑った。
一体いくらつぎ込んだのか気になる。かなりの額に違いない。だからこそ、あの炎は強いのだろう。手ごたえにあった通り、受けるダメージの軽減も付いているに違いない。
「地方大会の賞金は少ないよ」
駿の疑問を受けて、サクチャイはこともなげに言った。
一位で十万円。二位で七万円。三位で五万円。四位三万円。五位二万円。六位一万円。七位八千円。八位六千円。九位四千円。十位二千円。
総額三十万円の賞金だ。
確かに、上位以外はたいしたことのない金額だった。
「ちなみに全国大会は?」
サクチャイは白い歯を見せるだけで答えなかった。
「世界大会はもっとすごいんでしょ?」
「うん、すごいよ」
サクチャイは金額を答えないものの、多くの人が世界大会を目指す理由の一つを垣間見たように思えた。
駿はそれでも賞金を目当てにする気持ちはなかった。もらっても使い道に困る。
しかし、敗者復活戦の話は、新たな希望を生んだ。まだ、雄太と戦える道が残っていたのだ。
ここからはサクチャイに、大いに活躍してもらわなければならない。
駿はサクチャイを全力で応援する気持ちになっていた。
6
駿が外の特設会場へ出ると、誰かがウォン・フェイフォンが来たぞと叫んだ。
すると、人々の視線が一斉に駿へそそがれ、どよめきが起こった。
続いて拍手喝さいを浴びた。
最初に叫んだのは、どうやら駿と因縁浅からぬ、大柄な男だった。
彼は敗者復活戦の希望も断たれ、もうここにいる理由は、観戦以外にない。
駿のように敗退を悲しんでいるのかと思ったら、そうでもない様子だ。嬉しそうに、モモタロウとフェイフォンの対戦を解説していた。
男の前のモニターはその対戦を繰り返し映し出していた。
特設会場のひと気は、最初と比べてだいぶ減ったように見える。それでも、このモニターの前の人だかりは多かった。
他のモニターの前にも人だかりはあるものの、隙間が目立つところもあった。
駿は自分の対戦を見るのはどうも気恥ずかしくて、逃げるように他のモニターを見た。
現在は三回戦が行われている。
モモタロウは炎をまとわず、それでもあっさりと勝っていた。
太極拳を使うユウも、危なげなく勝利を収めた。
鉄拳のオウガが、相手の攻撃を受けながら、ものともせず、大きな拳を振り上げ、対戦者を床にめり込ませるまで叩きつけていた。
ふと、オウガの戦闘スタイルが、駿と因縁浅からぬ大柄な男と同じに見えた。彼はオウガにあこがれ、真似ているのではないか。オウガが真似ているとは、考えられない。
見知った人が勝ち進んでいた。全身黒づくめで、鉄の爪を付けた細長い男だ。ダーククローという、駿の対戦友達だ。
トリッキーな動きに磨きがかかり、相手に付け入る隙を与えなかった。
知った人が勝ち進むと、駿も自分のことのように嬉しくなった。
キャラクターの名前が634という人も気になった。侍の格好で、刀を巧みに操って、対戦者を圧倒していた。
他に気になったのは、カーバンクルとソラ、それにハヤトだ。
カーバンクルは対戦開始時に宝石をいくつも飛ばし、その宝石に向かって魔法攻撃を放った。
魔法は宝石に当たり、宝石の複雑な表面に当たって反射していく。反射した先で別の宝石に当たり、さらに変化していった。跳ね返る先が予測できず、対戦者はあらぬ方向からの攻撃を受けて倒れた。
ソラは魔法と片手剣を使う、いわゆる魔法剣士というものだ。
彼は巧みに魔法と剣を使い分け、対戦者の動きをコントロールしていた。
ハヤトの動きはとてつもなく早く、対戦者にとらえられることはなかった。相手を翻弄し、後ろから蹴って、対戦者を場外に落としていた。
他にもなかなか強そうな人がいたが、目立ったのはこの辺りだ。彼らが六強入りするのだろうと、駿は思った。
四回戦は淡々と進み、皆、順当に勝ち進んだ。
五回戦で驚くべきことが起こった。
駿が注目していた、ハヤト、ユウが負けたのだ。
ハヤトを破ったのは、634だ。彼は後ろから猛スピードで迫るハヤトを、振り向きもせずに横なぎに斬り捨てた。
まるで達人の剣技を見たような、冴えのある一撃だった。
一方、ユウと対戦したのは、モモタロウだった。駿はモモタロウを応援したので、順当な結果ではあるものの、ユウほどの使い手でも敗退するのだと、思い知った。トーナメントの振り分け次第でこうも明暗が分かれるのだ。
モモタロウとユウの対戦は、当初、拮抗したせめぎ合いをした。
手数や防御は明らかにユウの方が優勢だった。あのモモタロウをしのぐ技の切れ、読みの正確さを持って、モモタロウを翻弄していた。
駿は手に汗握って、心の中でモモタロウを応援した。
ユウの動きは鋭く、そして可憐だった。一撃一撃は軽そうだが、それを積み重ねて、勝利を目指していた。
ユウは独特の動きで円を描き、モモタロウを取り込んだ。その円が完成すれば、モモタロウに大打撃を与えるのではないかと思われた。
モニター越しに見ている駿もハラハラせずにはいられなかった。
モモタロウも危険を察知したのだろう。寸でのところでその円から逃れ、炎をまとった。
モニター越しの炎は、どこか頼もしげだ。駿はいつの間にか手を握りしめていたことに気付き、ズボンで掌の汗をぬぐった。
炎をまとったモモタロウの攻撃を、ユウは円の動きをしながら受け流し、果敢に攻撃を入れた。
ユウの攻撃を受け、モモタロウの体が一回転して、頭から床に落ちる。
モモタロウは寸でのところで、片手で落下を止めた。
モモタロウもただでは転ばない。片手で全体重を支えたまま、宙にある足でユウを蹴った。同時に、体を支えた片手で空へ飛び上がる。
空中から落下の勢いを利用した膝蹴りを放った。
ユウは体勢を崩しながらも逃れた。
モモタロウは、先ほどまでユウがいた床を、膝で抉っていた。
モモタロウはさらに追いすがった。まとった炎が推進剤になっているかのような素早さだ。
空中で左右の飛び蹴り。
ユウはかろうじて防ぐものの、腕が黒く焼けていた。
ユウは腕の負傷にかまわず、攻撃に移った。足首から捻りを加え、腰に伝え、肩、腕、手へと回転を移していき、掌底を放った。
モモタロウの炎が回転に飲み込まれ、勢いが弱まる。その弱まった腹部へ、ユウの掌底が当たった。
モモタロウが後ろへ弾け飛んだ。が、空中で体勢を立て直すと、着地と同時にユウへ向かって飛んだ。
迎え撃とうとするユウよりも、モモタロウの方が早かった。
飛び膝蹴りが当たった。その瞬間にモモタロウはユウの首を捕まえ、空中で足踏みをするかのように、膝蹴りを交互に放った。炎が空中を蹴って、膝蹴りの後押しをしていた。
怒涛の膝蹴りの連打だ。ヒットカウントが二十を超えるまで続いた。
ユウは力なく倒れ、勝負が決まった。
モモタロウの辛勝といったところだ。
ユウの最後の掌底。あそこから連打に持ち込めれば、ユウの勝ちだったはずだ。駿のあの苦し紛れの連打よりはよほど可能性があるように見えた。
しかし、モモタロウに勝ってもらって嬉しいのも事実だ。おかげで駿は敗者復活戦への出場権を得たのだ。モモタロウ様々である。
同時に、モモタロウ相手にここまで善戦したユウと、もしも駿が対戦したら、果たしてどこまで戦えるだろうかと考えた。
ユウは女性で、どこに触れていいのか分からない。攻撃できるか不安だ。それを考えから除外しても、ユウは強敵である。
今のところ、駿に勝てる見込みはなかった。だが、戦ってみたいと思う相手でもあった。
7
「なんで!」
フェイフォンは対戦相手を見て、叫んでいた。
舞台の上に、ユウがいた。ユウは片眉を吊り上げ、怪訝そうにフェイフォンを見つめている。
「どうして!」
フェイフォンは叫ばずにはいられない。
敗者復活戦は難なく勝ち進むことができた。相手が萎縮して、簡単に決まった勝負もある。そして、この対戦に勝てば、八位以上が確定というところで、ユウである。
なぜと嘆きたくなるのも分かろうと言うものだ。
驚くことはもう一つあった。
ボックス筐体に入るとき、対戦相手を見かけた。思いもしない人物が、ユウだったのだ。その事実に困惑していた。
隣の筐体に、対戦相手として入ったのは、学友の河原優希だったのだ。
ポニーテールを軽く振って入る姿を目撃し、フェイフォンは動揺していた。
「どうして君が!」
まさか本名で呼ぶわけにもいかず、フェイフォンはしどろもどろに言った。
「私もプレイヤーなのよ。悪い?」
「いや、悪くないけれども」
フェイフォンは何か的確な質問方法がないかと考えたものの、言葉が浮かばない。
ふと、初日の出の時のことを思い出した。VSG3の話をサクチャイや源次郎としていた時、彼女がこっちを見ていたのは、興味のある内容だから聞き耳を立てていたのではないかと思えた。
優等生のように見える彼女が、ゲームをしていたことも、驚きだ。
「ゲームするように見えなかったから…」
フェイフォンの声が尻切れに途切れた
「私だって暴れたい時があるのよ!」
ユウはそう答えた後、口を押えた。
「聞かなかったことにしなさい」
妙に低い声で一言添えた。
フェイフォンは頷くしかない。
しかし、暴れたい時ばかりではないだろう。ゲームを続けているということは、彼女もこのゲームを気に入っているのだ。
優等生もゲームにハマるのだと、フェイフォンは感じ入っていた。
こうして話している間もカウントダウンは続いている。モニター越しに観戦している人たちが、もどかしげに叫んでいるのではないか。特設会場の様子が思い浮かんだが、だからと言って、始めることもできなかった。
ユウはフェイフォンの様子を、女性相手に動けずにいると解釈したようだ。事実、以前に対戦した時、手を出せなかったのだから。
「今回はちゃんと戦いなさいよ」
「え」
「モモタロウとあそこまで戦えるのだから、私とも戦いなさい」
「でも」
「女性だから?」
「うん。どこ触っていいか分からないから」
「触る…変態」
「ええ!」
「まあいいわ。でも言っておくわよ。それって、女性蔑視。差別よ」
「………」
「モモタロウと戦えて、私とはダメって、そうでしょ。私も対戦を楽しみに来ているの。だから、ちゃんと戦って」
「………」
「私のために!」
「………」
「それでもできないのなら、私たちはこれっきりで、絶交よ」
ユウが言い放った。
フェイフォンは絶交と聞いて、悩んでしまう。いつから友達だったのだろうかと。ただの知り合いのつもりだった。が、そのことを口にすれば、怒りを買いそうに思え、尋ねられない。
そしてもう一つ気になる。絶交ということは、ユウは友人だと思ってくれていたということにならないか。
あの河原優希が友人。そう考えると、フェイフォンは自然と顔が緩んだ。
「何よ」
ユウが、目を泳がせながら、頬を膨らませた。表情も感情も、定まり切っていない様子だ。
「何も」
フェイフォンも、思わず目が泳いでしまう。
「おいこら。いつまでいちゃついてやがる」
不意に声がかかり、フェイフォンもユウも飛び跳ねるようにして声の主を探した。
舞台の外に、ヤマトタケルの姿があった。いつの間にか、観戦に来ていたらしい。
「い、いちゃついてなんかないよ」
フェイフォンの声が上ずっていた。
言われれば言われるほど、ユウを意識してしまう。中身の河原優希を意識してしまう。
でも、彼女が友達でいてくれるなら、戦わなければならない。フェイフォンはそう思うようにもなっていた。
友達のために。
彼女と友達になりたい。
全力で戦えるかと言われると、まだ不安だ。それでも、戦ってみたい。そう、モモタロウとの対戦を見た時から、心の隅では対戦を望んでいたのだ。
ヤマトタケルが来たからではない。
フェイフォンは自然と、半身に身構えていた。
「やる気になってくれて嬉しいわ」
ユウも重心を落として構えた。
すでに残り時間が一分に迫りつつあった。
ユウはどちらかというと、受け身だ。防御から入るタイプだ。そこから円の動きに相手を誘い込み、罠にかけるように仕留める。
だからと言って、見合っていては始まらない。
フェイフォンは軽いステップで間合いを詰めると、拳を打ち出そうとした。だが、やはり抵抗がある。何とか背後をとって、場外に押し出す方がいいかもしれない。
フェイフォンの考えが読まれたのか、ユウは背後をとらせなかった。
ユウはフェイフォンの中途半端に出た腕を捕まえ、回転を加えて投げた。
フェイフォンは空中で体勢を立て直して、床への落下は避けた。
中途半端なことは通じないと悟った。フェイフォンは意を決し、鞭のようにしなる拳をユウの肩に向けて放った。
ユウは肩をひいて避け、そこにフェイフォンの拳を吸い込むように引き寄せ、裏拳でフェイフォンの胸を打った。
フェイフォンはその裏拳を、寸でのところで受け止めた。同時に突き出していた拳を戻しざまに、手刀で薙ぎ払った。
ユウが小さく回転しながら手刀の下をくぐり、手刀の下から腕をつかんで背負い投げた。
フェイフォンはとっさにユウの体を押して空中に逃れ、体勢を整えた。
着地を狙うユウ。
フェイフォンは落下を利用した蹴り技で対抗する。
危険を察知したユウが一歩下がった。
フェイフォンは戦うのが面白くなっていた。自然と顔が緩んでいる。ユウも嬉しいのか、目が輝いていた。
面白いからこそ、もう手を緩めるわけにはいかない。もしも変なところに当たったら、その時はその時だと考え、攻めに転じた。
フェイフォンは着地と同時に詰め寄り、拳を放った。ユウが受け流し、打ち返す。フェイフォンも受け流し、さらに打ち返す。
さながらカンフー映画の、達人同士の打ち合いのようだ。攻撃は当たらないものの、このやり取りも楽しくて仕方ない。
二人は近い間合いで激しく打ち合った。だが、どちらも攻撃が当たらない。手数だけは増え、早くなり、まるでつむじ風が吹き荒れるように、拳が飛び交った。
一瞬でも気が緩めば、攻撃を受けてしまう。この緊張感がたまらなく心地よかった。そして対等に打ち合える好敵手にも、心躍った。
ユウがゆっくりと後退した。フェイフォンはその後を追い、打ち合いを続けた。手数で僅かに競り勝っているのだ。
しばらく追いかけ続けて、フェイフォンは頭の後ろがざわつくのを感じた。とっさに飛び下がって間合いを取る。そして足元を確認して、ざわつきの理由を理解した。
気付くのが後一瞬遅かったら、円が完成していた。すっかりユウのペースに巻き込まれ、気付かずに窮地へ進み続けていた。競り勝っていたのではなく、罠に導かれていたのだ。
あと一歩踏み込んでいたら、ユウの狙いすませた攻撃を受けただろう。それは致命的だったのではないか。
だが、このままではフェイフォンに勝ち目がない。僅かでもダメージを受けているので、時間切れになれば負ける。罠と分かっていても、攻め込まなければならない。
フェイフォンは再びユウへ肉薄した。激しく拳のやり取りをしながら、足技も加えていく。それをもっと早く、ユウが対処しきれない程に打てばいい。
フェイフォンの回転が増していった。
ユウはさばききれなくなり、時折ダメージを受けた。だが、彼女もただでは撃たれない。相打つように、フェイフォンの胸や足に、拳や蹴りを入れていた。
不意に、ユウの体が回転した。
フェイフォンはとっさに飛び下がったものの、ユウが同じ速度で迫っていた。
ユウの肩が回り、その回転が腕へと伝わっている。
フェイフォンはとっさに、モモタロウ戦で見せた掌底だと確信した。
回転の加わった掌底は、受け止めることができなかった。フェイフォンは弾き飛ばされた。しかし、かろうじて体制を保ち、ユウの追撃を許さない。
フェイフォンは着地の瞬間に床を蹴ってユウへ詰め寄ると、拳を放った。それをかわされるのは見込みの内だ。拳を下方向へ向け、そのまま背を曲げて、前転し、振り上げた足でユウを巻き込んだ。
ユウは受けきれず、床に倒れた。が、フェイフォンの追撃を許さず、すぐに立ち上がっていた。
フェイフォンはかまわず、立ち蹴りを上下に振った。
ユウはたまらず、後退する。
フェイフォンは手を緩めず、追い立てた。
ブザーが鳴り響いた。
フェイフォンの足が、ユウの側頭部をとらえる寸前だった。あと数秒あれば、蹴りが当たり、そこから打ち崩せていたに違いない。
ふと視線を落とすと、フェイフォンの胸の前で、ユウの掌底が止まっていた。
あと数秒あったら、どちらが打ち勝っていたのだろうか。
フェイフォンがゆっくりと足をひいた。
ユウもゆっくりと体を起こした。
フェイフォンの目の前に、LOSEとある。HPの残り具合で、負けたのだ。
もっと早くから始めていれば、勝てただろうか。終了の互いの体制から考えても、勝敗の行方は分からない。
後悔が残るかと言えば、そうでもなかった。しかし、物足りなさは残っていた。
「途中からはいい勝負だったわ」
ユウが手を差し出した。
フェイフォンは黙って握った。女の子の手を握るのは、これが初めてだ。手汗で嫌な思いをさせなかっただろうか。握った後で後悔しても遅かった。
「またやりましょう。今度は、勝負がつくまで」
彼女の笑顔がまぶしかった。
フェイフォンは負けて悔しいはずなのに、その笑顔で心を満たされていた。手の感触が、強く残っていた。
8
駿は全国大会出場を逃した。そのことを理解したのは、ボックスを出て、河原優希ともう一度握手し、その余韻をしっかり味わった後だった。ユウの手も、優希の手も、温かくて、でも指先がほんのり冷たくて、柔らかかった。
悔し涙を流そうにも、次の対戦で呼び出され、泣いている暇もなかった。あるいは、手の感触が強すぎて、涙も出なかったのかもしれない。
フェイフォンの最後の相手は、ハヤトだ。素早さに特化したキャラクターだ。移動速度を速めるスキルを使っているのではないかと、舞台の周りに集まっている人々が語っていた。
敗退した人たちが帰宅し、VRギアでログインしているのだろう。彼らは観戦のために集まっていた。
彼らの見たい対戦は、もう少し先だ。九位十位を決める試合に興味を示す人は、僅かだ。
フェイフォンは周りを気にしたいように努め、ハヤトの戦い方を思い出していた。
ハヤトは開始早々に対戦者の背後へ回り、一撃入れた後は逃げ回ることが多い。634にはその一撃目を狙われ、あっさりと負けていた。
ハヤトが勝った試合は、逃げ回りつつ、相手の油断をついて、場外に突き落とすものが多かった。
フェイフォンなら、どう対処できるだろうか。目の前のハヤトを見ながら、漠然と考えていた。
ハヤトが消えた。移動を始めたのだ。
フェイフォンの視界を、何かが横切った。それは背後を目指している。
空中のチリが、ゆっくりと舞っていた。まるで止まっているかのようだ。
ハヤトが走っている。ハヤトの額から汗が飛び、ゆっくりと舞い落ちる。まるでスローモーションのようだ。
ハヤトが背後に消える。
フェイフォンは体の力を抜いて、待った。
空中のチリが光を反射して、キラキラと輝いている。陽だまりの中、時間が止まったように見えた。
背後に物音がした。気配も感じる。
フェイフォンは無造作に、背後に向かって蹴り足を出した。足に十分な手ごたえを感じた。
勝負はそれで終わった。
武器を使っていない。それなのに一撃で勝負が決まったことに、どよめきが起こった。
フェイフォンから駿に戻り、ボックスから出ると、そこでもどよめきが起こっていた。
「何だよ!今のメチャクチャすごいじゃないか!」
モモタロウが駆け寄り、嬉しそうに駿の背中を叩いた。
モモタロウはそのまま駿の出てきたボックスへ入った。
店員が駆け寄り、もう少し後ですよと、断っていた。
「あれ?そうなの?」
モモタロウも緊張しているのか、順番を間違えたらしい。笑いながら出てくると、駿と一緒にモニターの前へ移動した。
別のボックスから、河原優希と、おかっぱ頭の女の子が出てきた。
「ユウと、霧隠って忍者使いだよ」
モモタロウが、駿の視線に気づいて教えてくれた。
モニターはユウの勝利で終わっていた。
次の対戦は、ダーククローとオウガだ。
大上が狭いボックスの中へ、大きな体をねじ込んでいた。
ダーククローとオウガの試合は、オウガが勝った。ダーククローがトリッキーな動きで翻弄するかに見えたが、オウガはものともせず、重たい拳で、ダーククローを床に叩き伏せた。そのまま二発目、三発目を放つと、終わった。
恐るべき攻撃力もさることながら、相手の攻撃をものともしない、あのタフさが恐ろしい。
次はソラ対カーバンクルだ。ソラのプレイヤーはどう見ても小学生なのだが、ソラは熟練の戦士のような動きだった。どこから飛んでくるか分からない反射攻撃を巧みにかわし、カーバンクルに肉薄した。接近戦になれば、ソラの独壇場であった。
次に、やっとモモタロウの出番だ。
モモタロウ対オウガ。
モモタロウはオウガの動きが遅いことにつけ込み、四方八方から攻撃しては離れた。オウガが重い拳を打ち付けた時にはもう離れ、別の場所から攻撃をしていた。
オウガが横なぎに腕を振るう。
モモタロウはとっさに仰け反ってかわした。その上に、オウガの太い腕が降ってきた。
モモタロウは床を転がってかろうじて逃げたものの、少しでも遅れれば、そこで勝負はついていただろう。
あるいは、障害物のない舞台だから助かったのだ。町中などの障害物があれば、逃げ場を失い、オウガの大きな拳に押しつぶされていたに違いない。
モモタロウはひるむことなく、果敢に攻めた。炎をまとって、さらに早く、さらに強く攻撃した。
だが、さすがのモモタロウも、重戦車のようなオウガを倒すには至らず、時間切れとなった。
モモタロウは無傷だ。結果から言えば彼の圧勝かもしれない。しかし、一歩間違えば、すべてが覆るほどの力を、オウガは持っている。モモタロウは運がよかったと言えた。
フェイフォンが戦うとしたら。駿はオウガとの対戦を想定してみた。やはり、モモタロウと同じように動き回り、攻撃しては離れるということを繰り返すしかないだろう。
一撃もらえば負けてしまう。その恐怖に抗いながら、行わなければならない。
次はソラ対634が行われた。
二人とも武器を使うプレイヤーだ。ソラは魔法攻撃もできるので、離れて戦えば、ソラが有利と思われた。
634の剣戟の冴えは、神がかっていた。
ソラの的確な魔法攻撃を斬り、防いで見せた。まるで飛び道具を斬り落とすかのように、魔法まで斬り捨てた。
634が間合いを詰め、射程に入ると、互いに剣を打ち合わせ、激しくやり合った。
ソラが隙をついて魔法攻撃を挟もうとするものの、634の剣圧に押され、機先を制され、次第になす術を失っていった。
二人がすれ違いざまに剣を振るった。
634がゆっくりと刀を鞘に納めると、ソラが床に倒れた。
ソラのプレイヤーは恥ずかしげもなく大声で泣きながら、ボックスから出てきた。どうやら、本当に小学生だったようで、親が駆けつけて必死になだめすかしていた。
ダーククロー対カーバンクル、オウガ対ソラが行われた。
ダーククローは善戦したものの、不規則な方向から飛んでくる魔法に苦しめられ、負けた。それでも、彼は六位だ。駿よりも三つも上である。差をつけられたような気になり、駿はもどかしかった。
オウガ対ソラは、ソラの気力が失せていたのか、一方的にオウガが勝った。
いよいよ、次の対戦が最後となる。
モモタロウ対634だ。
634の鋭い袈裟斬りを、モモタロウはかろうじてかわし、炎をまとった蹴りで相手の胴を打った。
634も返す刀ですくい上げに斬り付けた。
間合いを取り、肉薄して、また離れる。
そのたびに、互いに傷を増やしていった。
モモタロウは慎重に慎重を重ねていた。でなければ、634の斬撃をもろに受けて、勝敗がついていただろう。
長期戦の構えなのか、モモタロウは炎を全身にはまとわず、手足だけに限定していた。
炎をまとった手で、斬撃の軌道を反らすこともあった。
634はモモタロウの蹴りを、片腕を固めて受け、片手で刀を操って斬り付けた。モモタロウは蹴り足にさらなる力を込めた。634の体制が崩れ、斬撃の威力が落ちた。
二人は一進一退の攻防を繰り返した。
このまま時間切れまで、勝敗がつかないのではないかと思われた。
634の足運びに、僅かなほころびが出た。
その瞬間を、モモタロウは見逃さなかった。一気に懐へ飛び込むと、肘打ちの連打から膝蹴りにつなげ、相手の首を捕まえると、さらに膝蹴りの連打を放った。
炎をまとった彼の動きは非常に早かった。634は足元の遅れが影響して、処しきれなかった。
この連打が決め手となり、モモタロウの勝利となった。
外の特設会場へ移り、表彰式が執り行われた。観客はだいぶ減っていた。
係の人が、観客のいないモニターの片づけを行っている。
駿は緊張が解けたのか、一気に眠気に襲われ、あくびを繰り返し、目をしばたかせていた。
サクチャイも同じようにあくびを繰り返していた。
駿は賞状と賞金を受けとった。賞状はネット上にあるもので、データ通信で受け取った。また、賞金はゲーム用クレジットで受け取ることにし、VSG用のカードに入れてもらった。
サクチャイも賞金はクレジットでもらっていた。また何かのスキルを作るのかもしれない。
他の入賞者たちも、賞金はクレジットで受け取ったようだ。
一通り終わり、解散になった後で、サクチャイが声をかけてきた。
「シュンはなかなかの強敵だったよ」
「もう一度勝負したら、どちらが勝つか分からないわね」
優希がポニーテールを振って近づいてきた。
「ええ?二人とも僕に勝っておいて、よく言うよ」
駿は二回戦敗退の時はショックで泣いたものだが、今はどういう訳か、落ち着いていた。この結果をすでに受け入れているのだ。全国大会を逃したのはショックだが、自分の今の実力が知れたので、良しとすべきだった。
それを、上位の二人が、気持ちを蒸し返すようなことを言う。
「おやおや。この子は自覚がないよ」
「どうやらそのようね」
サクチャイと優希が呆れ顔で言った。
「駿くん、あなた、気付いてないみたいだけど」
優希がそう切り出した。
駿は名前で呼ばれたことに驚き、内容を聞き逃していた。今のは幻聴だろうか。もしも現実なら、もう一度呼んでもらいたい。そう思っていた。幻聴なら、連呼してくれてもいい。
「駿くん?」
願いが通じたのか、優希が小首をかしげて呼びかけていた。
「あ、ごめん、聞いてなかった」
駿は慌てて詫びた。だが、内心では、名前で呼ばれたことが、くすぐったくて仕方ない。これは、彼女の要望に応えてちゃんと戦ったご褒美なのかもしれない。
「あなた、一戦一戦、まるで別人のように変わっているのよ」
「そうだよ。なんだよあの最後のハヤト戦」
サクチャイも、文句を言いたげに加わった。
「まるで相手の動きが見えていたみたい」
「見えていたでしょ」
優希は断定して言った。
「あの速さについていけるなんて、どういう身体しているのよ」
「あの反射神経は尋常じゃないよ」
駿は特に変わったことをしたつもりはなかったので、戸惑うばかりだった。
「よーし、シュン、僕とこれから一戦交えよう!それで分かると思うよ」
サクチャイはそう言うが早いか、ゲームセンターに駆け込んだ。
駿も、優希に促されて後を追った。
周りにいた入賞者たちも気になるようで、後についてきた。
三階につくと、すでに一般に開放されており、数台稼働中だった。さすがに対戦待ちの列はできておらず、サクチャイも駿もすぐにボックスへ入った。
残りの人々はモニターの前へ移動した。チャンネルを操作し、モモタロウとフェイフォンを表示した。二回戦で演じられた死闘をまた見られると、ボックスに入ろうとしていた人々まで、モニターの前に集まった。
フェイフォンとモモタロウは町中に立っていた。
さっそく始めるようで、身構えていた。
が、一向に、待てども、二人が動かない。
二人がわずかな隙を探り合い、緊迫したやり取りをしているのだ。モニター前の人々は固唾を飲んで見守った。
モニターに映し出された枠ぎりぎりのところに、ヤマトタケルやランスロットが見えた。ゲーム内でも人々が集まり、観戦しているのだ。
唐突に、二人とも同時に倒れた。
見ていた人々は何が起こったのか、理解できない。ハヤト戦以上のスピードで動き合い、相打ったのだろうか。
モニターにはダブルTKOと表示され、バトルは終了していた。
だが、二人ともボックスから出て来ない。
仕事そっちのけで、皆の後ろからこっそり観戦していた店員が訝り、ボックスを開けてみると、二人とも大いびきで眠っていた。