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サイバーレイン  作者: ばぼびぃ
11/26

全国大会・その二

  1


 壁一面に対戦の様子が映し出されている。それも超スロー再生だ。

 アマテラスがゆっくりと瞬きする間に、ウォン・フェイフォンが横を駆け抜け、アマテラスの後頭部を鷲掴みにすると飛び上がった。

 あまりの飛び上がりの速さに映像が追い付かない。

 やっと映像が追い付くと、きょとんとした表情のアマテラスの顔が、勢いよく落下してきた。

 次の瞬間、アマテラスが顔面から舞台に激突していた。破片がゆっくりと飛び散る。破片が飛び散るさまが、衝撃のすさまじさを物語っていた。

「キャラはノーダメでも、プレイヤーにダメージを与えるって、もう、ほんと、あれだね」

 モモタロウが呆れるように言っていた。

「あれだね」

「あれだな」

 皆が口々に同意した。

「あれってなんだよ!」

 フェイフォンが抗議しても、皆、憐れむような目を向けるだけだった。

「化け物だね」

 包み隠さず言ったのは、ソラだ。

「化け物いうな!」

 フェイフォンが抗議しても、ソラはお構いなしだ。フェイフォンの反応を面白がっているようでもある。

「でも、VRマシンには安全のために、ダメージを軽減させる装置も付いているでしょ」

 ユウがフェイフォンを睨みつけていた。

「それでも相手を失神させるんだから、どれだけの破壊力があったのやら…」

「どうやったの?あれ」

 ソラが興味津々に尋ねた。

「どうって、軽功で飛び上がって、逆に体重を増やして落下して、着地の寸前に硬功に切り替えただけ」

 この説明を理解できたものは、誰もいなかった。

「つまり、こいつにしかできない攻撃を編み出した、と」

 カーバンクルが自分の言葉に頷いた。

「そう言うことらしいわね」

 霧隠も頷いていた。

「フェイフォンを怒らせたらダメってことだね」

 モモタロウはそう言いながらも、にこやかに笑っていた。

「まったく。どこまでも人をコケにしやがって」

 ダーククローは怒ったように言った。だが、顔はにやけている。ダーククローをいたぶった張本人を、顔から叩きつけたのだ。その映像を見ただけでも、多少なりと気が晴れたのだろう。

 しかも、プレイヤーを失神させるという前代未聞の勝ち方だ。高慢ちきなアマテラスにはお似合いの結末だと、ダーククローは思っているのかもしれない。フェイフォンもそう思え、胸のつかえが取れた気分だった。

「そろそろ634の対戦ね」

 ユウが言うと、壁の映像が切り替わった。扉横に控える女性店員が切り替えてくれたようだ。

 フェイフォンは次の対戦相手である雄太の前の対戦を見ようと思っていたが、634の対戦を見た後でもいいだろう。映像の前に陣取り、見上げていた。

 634の対戦相手は小次郎という名の侍だった。東海からの出場者だ。

 侍同士の斬り合いは、見る者をも緊張させた。

 切っ先を正面に構えた小次郎の前に、634はやや斜め上に切っ先を向けて立っていた。

 数度斬り合って離れる。その一撃一撃が、致命傷となり得る。

 小次郎が顔の横に柄を構え、切っ先を上に向けた。そこからの斬り下ろす構えだろう。

 634は切っ先を正面に向けた。

 二人が走り寄り、駆け抜けざまに斬り結んだ。

 二人が同時に振り向き、構え直す。

 小次郎は切っ先を下に向けた。今度は斬り上げる構えだ。迎え撃つ634は先ほどの小次郎と同じ構えをとった。

 再び接近する。

 上からと下からの刀が交わり、火花が散った。と思った瞬間に小次郎の刀がひらりと舞った。光の軌跡を描くように、そして鋭く、634を襲った。

 634は刀を両手で握っていたが、片手を脇差に移し、引き抜きざまに光の軌道を遮った。同時に刀を片手で振るう。

 634が小次郎の脇を駆け抜けていた。

 その背後で、小次郎が静かに倒れた。

 観戦していた人々がうめくような声を漏らした。本物の斬り合いを目撃したように思えて、背筋に冷たいものが走った。

 フェイフォンはあと一回勝てば、この634と当たる可能性が出てくる。あの鋭い斬撃を、果たして対処できるのだろうか。考えただけで身震いしてしまう。

 後一回勝てばと言えば、フェイフォンは確認しようとしていたことを思い出した。あと一回の、その対戦相手は、雄太なのだ。

 フェイフォンは雄太の対戦を確認しようと思っていた。ところが剣戟の凄まじさに引き込まれ、夢中になって、考えていたことを忘れた。

 とはいえ、634の対戦終了後に思い出せたのだから問題ない。フェイフォンは最寄りの椅子に腰かけると、目の前の空中を操作して画面を作り出した。その画面に雄太の対戦を再生させた。

 雄太の対戦相手は東海の控室で出会った闇太郎だった。闇太郎は634と同じ侍スタイルだ。対する雄太は、ただの休みの日に出かけた高校生くらいにしか見えない。これでどう戦うというのだろうか。フェイフォンには想像もつかなかった。

 闇太郎が斬りかかる。その手元に突然火が起こった。闇太郎は刀を落としかけ、たたらを踏んだ。

 雄太は何もしていない。ただ、闇太郎を睨みつけているだけだ。

 フェイフォンは何が起こったのか理解できず、巻き戻してもう一度再生させた。何度見ても、何が起こったのか分からない。

「それ、ファイアスターターだね」

 いつの間にかソラが後ろに来ていたようだ。フェイフォンの画面を見ながら言った。

「超能力だよ」

「超能力?ファイアスターターって何?」

「パイロキネシスって言えばわかる?発火能力」

「別名人間ライター」

 カーバンクルも寄ってきて、会話に加わった。

 カーバンクルの言う人間ライターを想像してみる。雄太の頭がライターの形をとって、火をともしていた。身体は高校生だ。笑える光景だ。

「見える範囲ならどこにでも着火できる能力だよね」

「だと思う。また面倒そうな使い手だ」

 ソラとカーバンクルが熱心に映像を見ながら語っていた。

「見える範囲?それ、視界の開けたところだと、やられたい放題じゃ?」

 フェイフォンの不安に、ソラはかもねと笑った。

「うわ…最悪…。これ、兆候とかなかったら、避けようがないじゃん」

 フェイフォンはまずいことになったと、気持ちが沈んだ。

「あるようには見えないね」

 カーバンクルはご愁傷さまと言った。

 フェイフォンは気を取り直し、映像の続きを確認した。

 闇太郎は身体のあちこちを燃やされながらも雄太へ肉薄し、刀を振るった。その刃が雄太に届かず、空中で止まった。

「え?これ、アリシアのあれ?」

 フェイフォンはNPCの八人目の名前を出した。彼女の使うシールドと同じ効果に見えたからだ。

「だね。サイキックバリア」

 ソラが冷静に答えた。

「これでサイコキネシスまであれば、完璧だ」

 カーバンクルは他人事だと思って、楽しんでいる様子だった。

 カーバンクルの予言が当たった。

 闇太郎が突如として後方へ吹き飛ばされていた。

「だー!これ、手が付けられないじゃん!」

 フェイフォンは雄太の上から目線を叩き潰してやるつもりでいたのに、対処方法が見当たらない。

 雄太はフェイフォンを恐れている様子だったので、余裕だと考えていたのだが、まるで違う予想に至っていた。

「発火にバリアに念動力…あの野郎…」

 フェイフォンは雄太が憎らしくなった。これだけ強いくせに、なぜフェイフォンを恐れる必要があるのか。あれは嫌味だったのかもしれない。扉の外まで声が聞こえると知っていて、わざと言ったのだ。

 フェイフォンの油断を誘うためのブラフだったのだ。油断しきったフェイフォンを瞬殺する算段だったに違いない。

 闇太郎は一方的にやられ、負けていた。

 フェイフォンが呆然と映像の結末を見終えると、ソラとカーバンクルがフェイフォンの肩を叩いた。

「諦めが肝心」

「無様に負けておいで」

 二人は面白がっていた。

 フェイフォンが睨むと、二人とも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 フェイフォンは映像を消すと、考えにふけった。何とか対策を考えておかなければならない。腹黒い雄太に、簡単にしてやられてなるものか。しっぺ返しをしてやると、内心息巻いていた。



  2


 二回戦が始まった。

 モモタロウ対カグツチだ。障害物が配置された舞台で向き合っている。

 モモタロウは北東京選出で、北東京トーナメントの覇者でもある。また、昨年の世界大会で三位という実力者だ。

 対するカグツチはニュー東京選出の一人だ。どういう戦い方をするのか、フェイフォンは知らない。あのアマテラスの仲間なのだから、モモタロウにこっぴどくやられてしまえばいい。そう思って観戦していた。

 カグツチは炎の剣を作り出して戦った。体術もそれなりにできるようで、さすがのモモタロウも攻めあぐねていた。

 しかもカグツチはアマテラス同様重課金勢で、少々の攻撃ではダメージを受け付けない。

 課金の装甲を破る方法はいくつかある。二つの異なる攻撃を同時に当てることで始まるスクエアコンボ。これを三つ以上にしてキューブコンボ。ピンポイントを攻撃し続けて発生するブレイクコンボ。そしてフェイフォンがやったように、プレイヤー自身に衝撃を与え、失神させてしまう方法だ。

 どの方法も、誰でもできると言うものではないが、モモタロウはスクエアコンボを出せる。今回もその方法をとるだろう。そう思ってみていると、案の定、モモタロウが対戦者からいったん離れ、彼が闘炎と呼ぶスキルを使った。

 モモタロウの全身を炎が包み込んだ。動きが格段に速くなり、再三にわたってカグツチを打ち付けた。

 しかし、カグツチも黙って撃たれるわけではない。モモタロウの攻撃に合わせて炎の剣を振った。モモタロウは炎の剣をかわしながら肘打つので、どうしてもコンボにつなげることができずにいた。

 モモタロウがカグツチの周りを高速で駆け抜け始めた。舞台に配置された障害物をものともせず、破壊して更地にしていった。時折手足を出してカグツチに攻撃することも忘れない。そうやって相手を中心に釘付けして回り続けた。

 カグツチを中心とした竜巻が発生した。その竜巻に炎が混ざる。火の柱と化していた。

 唐突に、キューブコンボの表示が現れていた。炎の竜巻が範囲を狭め、中心にいるはずのカグツチを容赦なく襲った。

 コンボが数字をカウントしていく。

 通常ならば、ある程度のダメージが蓄積すると、撃たれる側は弾け飛び、ダウンする。ところが、炎の竜巻がそれを許さない。内側に弾き、もてあそんだ。

 カグツチは木の葉のように振り回され、地に落ちた。防御力をはるかに上回るダメージの、それも連続攻撃を受け、あえなく散っていた。

 モモタロウの圧勝に見えたが、そうでもなかった。モモタロウのHPがいつの間にか、半分になっていたのだ。

 炎の竜巻で襲い掛かるとき、カグツチの剣によって斬られていたのだ。モモタロウの闘炎はダメージ軽減も付いている優れものだ。にもかかわらず、HPを半分も削っている。恐ろしい威力を感じさせた。もう一太刀もらっていれば、モモタロウが負けていただろう。

 モモタロウが控室に戻ると、同室の人々の歓迎を受けた。フェイフォンも駆け寄り、背中に紅葉を描いてあげた。やりすぎて、少々手が痛かった。

 モモタロウが一番乗りでベストエイト入りを果たした。彼は二年連続で世界大会に進出したことになる。

 続くのは誰か。

 次の対戦は、陰対スサノオだ。舞台は砂漠だった。

 陰は東海からの選出で、忍者だ。フェイフォンと同室の霧隠との忍者対決は圧巻だった。今度も足場の悪い舞台で、彼がどう戦うのか見ものだ。

 対するスサノオはカグツチ同様、ニュー東京選出だ。彼も例にもれず、重課金装甲があるに違いない。

 スサノオは刀身がまっすぐ伸びた剣を持っていた。その剣も重課金の代物に違いない。触れたものは紙のように真っ二つにされるだろう。

 スサノオは砂地に足をとられ、まごついていた。対して陰はどういう訳か、滑るように砂地を駆け巡った。忍術の為せる業なのかもしれない。

 スサノオはそれでも、装甲のおかげで無傷を誇った。陰の忍者刀や手裏剣が当たってもものともしない。

 スサノオが反撃した。砂に足をとられ、威力は落ちる。しかし、課金強化された武器に触れるのは避けた方がいい。陰もそう思ったのだろう。巧みに飛び跳ねてかわしていた。

 陰がスサノオの回りを駆け巡った。手裏剣を投げるときの相手との距離を変え、投げ出す力の強弱をつけて、いくつも放った。いくつかの手裏剣が同時に当たるよう計算されているのだ。

 陰の思惑通り、複数の手裏剣が当たり、キューブコンボの表示が現れた。しかし、スサノオも黙ってやられていなかった。たたみかけに来た陰を横なぎに切り裂いた。

 切り裂かれたものは、砂と化して落ちた。

 陰は無傷であった。

 陰が再び、スサノオの周りを駆け巡った。今度はスサノオではなく、スサノオの足元の砂をまき散らした。

 初めは何をしているのか理解できなかったが、次第に分かってきた。スサノオの足元を掘り返していたのだ。

 スサノオが砂の中に落ちた。

 陰はすかさず、今度は砂を集めて埋めにかかった。スサノオが剣を振り回しても、小さな砂粒を止めることができない。足が埋もれ、腰まで登り、肩まで見えなくなると、スサノオは剣を振るうこともできなくなっていた。

 陰は砂をかけ続け、スサノオの全身を埋めてしまった。窒息させて勝利を得ようというのだろうか。しかし、残り時間があと一分を切っていた。それでは勝負がつかないだろう。

 ところが、勝負がついたのである。

 ベストエイト選出戦に限り、勝負がつくまで延長される。そのため、スサノオの呼吸が続かなくなり、安全のために強制終了されるまで、延々と待ち続けて勝利したのだ。

「えげつな…」

 カーバンクルが自分の首を掻きむしりながら言っていた。同じ目に遭ったら、どれほど苦しかっただろうかと、想像したに違いない。

「ニュー東京勢は、これで二人、トラウマになりそうな負け方をした」

 カーバンクルはニュー東京勢に同情して言ったのではなかった。その証拠に、顔が笑っている。

「ボクには勘弁してよ」

 ソラがフェイフォンに向かって言っていた。

「なんで僕に…。陰に言いなよ」

「だって、フェイフォンもやりそうだもの」

 フェイフォンは言いがかりだと思った。助けを求めようと周りを見回すと、皆がソラと同じ目で見ていた。

「えっと。気を付けます」

 フェイフォンは不承不承ながら、そう答えるしかなかった。



  3


 カーバンクル対アグニ。

 アグニは地下都市中国より選出された実力者だ。フェイフォンの記憶では、中国は元岡山県にある。

 フェイフォンはふと、山科源次郎の話を思い出していた。岡山は鬼退治にキビ団子じゃ、などと言って笑っていた。

 アグニは鬼退治に向かう勇者なのかもしれない。両手の間に炎をほとばしらせ、頭上に掲げた。

「さあ!熱くたぎる勝負をしようぜ!」

 カーバンクルは答えなかった。代わりに数々の宝石を空中に放り投げた。

 無数の柱の上が舞台だ。

 カーバンクルは移動することがないので、彼が有利と思われる。カーバンクルは宝石と魔法のスキルにすべてをつぎ込んでいるので、身体能力は乏しい。接近戦に持ち込まれたら、アグニに対抗する術はなかった。

 カーバンクルの宝石が舞台のいたるところに浮遊した。

「中々燃えそうじゃねぇか」

 アグニは嬉しそうに周りの宝石を眺めていた。それも束の間で、柱を飛び移ってカーバンクルに迫った。

 カーバンクルが放った魔法をアグニは横跳びに避けた。アグニの背後で、カーバンクルの魔法が宝石に当たって反射し、再びアグニに迫った。

 アグニは振り向きざまに拳の炎で、迫りくる魔法をかき消した。

 カーバンクルは無数の魔法を放った。アグニを直接狙ったもの、あらぬ方向へ向けて放ったもの、目の前の宝石に向けたもの。それぞれが七色に輝くレーザーのように飛んだ。

 魔法が宝石に当たり、色が弾ける。各所で色が弾け、魔法が方々へ乱反射した。

 アグニが避けた先にも魔法が迫る。

 魔法が生き物のように、宝石を渡り歩き、アグニに迫った。無数の魔法が同時にアグニへ向かった。

 アグニは炎をまとった手のひらを打ち合わせ、離した。すると両手の間に炎の柱ができた。その柱で全面の魔法を受け、そのまま仰け反りながら後方の炎を受けた。

 アグニは仰け反り過ぎた。柱と柱の間に頭から落ちた。追い打ちをかけるように、カーバンクルの魔法が宝石から飛び立ってアグニを撃った。

 魔法が当たって柱が爆発四散したのと、一段激しい炎が沸き起こってアグニが空に舞い上がったのとが同時だった。

 アグニは手から放出される炎を利用して空を飛んでいた。アグニ自身も驚いたようで悲鳴に似た声を出していたが、次第に歓声に変わっていた。

 アグニの飛行は制御できておらず、右に行き、左に回り、落下し、急上昇する。目まぐるしく動き回っていた。

 カーバンクルが空一面に光の色彩を描いても、ただの一つとて、アグニを捉えられなかった。

 アグニの動きが変わったかと思うと、カーバンクルの目の前に着地した。

「最高だぜ!」

 アグニは雄たけびとともに、炎を帯びた拳を打ち出した。拳がカーバンクルを捉えると、カーバンクルの背中へ炎が突き抜け、横向きの巨大な火柱が立ち上った。

 火柱の大きさが、アグニの高揚感を示しているかのようだ。

 辺り一面の空がカーバンクルの魔法でカラフルに輝き、そして消えた。

「わお!すげーな!」

 アグニが空から消えゆく光を眺めていた。


 十兵衛対タケミカヅチ。

 十兵衛は東海選出の侍で、タケミカヅチはニュー東京勢だ。

 舞台は、狭く、高い塔の上だった。

 タケミカヅチが雷のように素早く動く。しかし、舞台の狭さが十兵衛に味方した。

 十兵衛はタケミカヅチの動きが予測できるのか、機先を制し、巧みな刀さばきでタケミカヅチの動きを封じた。

 タケミカヅチは動きを封じられても、重課金による装甲のおかげでダメージを受け付けない。相手が隙を見せるまで待てばいいと高をくくっていたのだろう。

 十兵衛は緩急巧みな剣戟を与え続け、タケミカヅチが舞台の端に立ったのを見るや、強打を加えて突き落とした。

 タケミカヅチは目を見開いて十兵衛を見上げたまま、落下していった。


 ダーククロー対韋駄天。

 ダーククローはフェイフォンの同室仲間だ。自然と応援するのだが、アグニ同様、中国選出の韋駄天もまた、異常な強さを誇った。

 韋駄天の動きは映像に映り込まなかった。ライブ中継では何が起こったのか理解できない。韋駄天の姿が消え、何もないのに、ダーククローの身体が弾け飛ばされ、何かにぶつかったようにまた飛ばされた。

 対戦後に超スロー再生をかけても、韋駄天の動きを追いきれなかった。恐るべき速さだ。かろうじて映り込んだ姿をたどると、その速さでダーククローにタックルをかけているだけのシンプルな戦い方だと分かった。

 タックルされたダーククローは速さから生じた衝撃で弾き飛ばされ、なす術もなく倒れた。

「ここにも化け物がいたよ…」

 モモタロウが微笑んでいた。だが、その目は笑っていない。

 戻ってきたダーククローを皆で励ました。彼は実力差があり過ぎたと、吹っ切れたものだった。

 次はユウ対ネサクだ。

 ユウを送り出すとき、フェイフォンと目が合った。目で、頑張ってと訴えると、ユウは頷いて会場へ向かった。

 相手のネサクはニュー東京勢だ。ユウも、彼らがダーククローにした仕打ちを目撃し、憤っていた。その怒りを向ける相手に恵まれたのだ。

 ネサクもユウ同様、無手による武闘家だった。重課金による装甲を頼りにした戦い方をすると予想していたが、違っていた。ネサクはユウに匹敵する武術の使い手だったのである。

 舞台は森の中だ。

 二人は木々を避けながら肉薄し、攻撃を仕掛けては、幹の裏側に駆け込んだ。

 ユウは太極拳の使い手で、円を描く動きに真骨頂がある。だが、木々が邪魔で円の動きができない。

 手数は互角に見えたが、ユウに決定打がない。円の動きに持ち込めないためだろう。また、ネサクには重課金装甲があるので、少々打ち込まれても気にも留めていなかった。

 逆に、ユウはネクサの攻撃を受けるわけにはいかず、慎重にならざるを得なかった。ネクサは重課金で攻撃力を増強しているに違いない。そのような攻撃を受けることは危険極まりなかった。

 木々のために視界が途切れ、ネクサに不意をつかれる。しかし、ユウの受け流しには舌を巻いた。不意をつかれたはずなのに、微妙な体さばきを交えつつ、手で相手の攻撃をいなした。

 地形は明らかにユウが不利だった。

 次第にユウが攻め込まれる機会が増した。

 控室の壁に大きく映し出された映像を見上げ、フェイフォンは手を握りしめていた。見守ることしかできないのがもどかしくて仕方ない。

 ユウが攻めあぐねていることに、同室の人々も気付いている。皆、緊張した表情で映像を見つめ、手を握りしめたり、打ち合わせたりしていた。

 ネサクの蹴りがから回った。その足が木の幹に当たると、木が真っ二つに折れた。その破壊力に、見ている人々は一様に凍り付いた。ユウが軽くいなしていた攻撃に、これほどの威力があるのだと、驚かされた。

 対戦しているユウも、顔をしかめていた。蹴りを一つもらうだけで致命傷になりかねないのだ。対して、ユウの攻撃はダメージを与えられない。いくら互角に打ち合っていても、攻撃力、防御力の差が、勝敗を物語っていた。

 ユウは防御で一つの失敗も許されない。その緊張は、ユウの気力を激しく消耗させているはずだ。攻撃は無駄だと分かっている。心が折れてもおかしくない状況だった。

 だが、ユウは諦めていなかった。障害物を巧みに避け、動きを速めていく。

 ネサクも動きを速めた。障害物を破壊して突き進む。さながら怪獣の行進だった。

 ユウが木の枝に着地した。その木の根元を、ネサクが蹴りつけて折った。ユウは傾く木から隣の木へ飛び移った。

 ネサクがユウを追い、木をなぎ倒していく。

 気付くと、倒木や残った根元でデコボコしてはいるものの、開けた場所が生まれていた。

 ユウが折れ残った幹の上に、軽やかに着地した。ネサクの強烈な拳が迫った。ユウは流れるような動きで、ネサクの拳を受け流した。

 ネサクの蹴りや拳が無数に飛び交う。一つでも当たれば命取りになる強烈な攻撃を、ユウは可憐に受け流し続けた。

 いつの間にか、ユウが円の動きに入っていた。倒木や残った根元の上なので、いつものような地面に円を描いているわけではない。それでも、明らかに動きの精細さが違っていた。

 ネサクはかまわず攻め続けていた。ネサクには重課金装甲がある。いくらユウが得意の形に持ち込んで、大打撃を与える必殺技を繰り出そうとも、通用しないと高を括っていた。

 ネサクの目論見通り、ユウの必殺技だけでは攻略できない。スクエア以上のコンボを決める必要がある。

 ユウはどうするつもりなのだろうかと、フェイフォンは見守った。手に汗握って、映像を見ているしかない。

 ふと、ユウの動きがいつもと違うことに気付いた。フェイフォンはしばらく眺めて、その違いに気付けた。ユウが軽功を使っているのだ。足元の崩れた木を踏みつけても足をとられることがない。ふわりと移動し、しかし、ネサクの攻撃をしっかりと受け流している。フェイフォンよりよほどうまく軽功を使いこなしているようだ。

 中空に陰陽太極図が描かれていた。この図はユウの足運びで描かれる。そして、これが完成した時、太極図内は彼女の支配下である。

 ネサクは臆することなく、陰陽太極図に飛び込んだ。

 ネサクの動きは敏捷で、鋭い攻撃もある。不用意にスクエアコンボ以上を狙えば、返り討ちにあう。

 ユウが躍るようなしぐさで、ネクサに打突を入れ始めた。足首から回転を加え、腰へ伝わり、腕から手へと進む。回転の力を得た打突は通常よりも破壊力が増している。

 ネクサの重課金装甲の前には役に立っていない様子だ。ネクサは唇の端を上げ、勝ち誇って攻めに転じようとした。その足元がふらつく。怪訝な顔つきになった。

 ユウの回転が加わった掌底が、ネサクの胸を打った。

 HPゲージはまるで変化がない。だが、ネサクは明らかにダメージを受けていた。怪訝な表情から、驚愕に変化した。足元が崩れ、片膝をついた。

 ユウはその一瞬を逃さない。さらに高速移動して、三方向から同時に打ち付けた。キューブコンボの発動である。

 ユウは回転を加えた独特な動きでネサクを打ち付け、捻り飛ばした。ネサクを紙きれのようにもてあそんだ。

 終わってみれば、ユウの圧勝だった。

 控室に戻ったユウは例にもれず、大歓迎を受けた。

「あの掌底、なんなの?」

 もちろん質問攻めにもあった。ネサクのHPには影響していないのに、なぜ彼は片膝を落とすことになったのか。フェイフォンも気になることだった。

「あれは衝撃を中に響かせたの。うまく行ってよかったわ」

「中って、身体の?」

「そう。HPが減らなかったからダメかと思っちゃった」

 ユウはそう言ってはにかんだ。

「てことは、まさか、フェイフォン同様、プレイヤーにダメージ与えたってやつか?」

 カーバンクルが頭を抱えていた。

 プレイヤーにダメージが入ったから、膝が折れたと考えれば、つじつまが合うのだ。キャラクターのHPが無傷でも、可能性としてあり得る。

 陽気なソラも、カーバンクルの危惧するところに思い当たったようで、僅かに腰が引けていた。

「ボクらにはあれ、やらないでね。痛いのやだからね」

 ソラの声が浮ついていた。

「君らおかしいよ!」

 モモタロウはなぜか怒り出していた。

「君らって?」

 ユウが尋ねると、モモタロウは当然と言いたげに、ユウとフェイフォンを指差した。

「えーどこがおかしいんだよ」

 フェイフォンは不満を漏らした。

「あらそう?どういたしまして」

 ユウは、すまし顔で答えていた。



  4


 フェイフォンは無数に乱立する柱の一つに立っていた。正面に、雄太がいる。

 いよいよ約束を果たす時が来た。

 半年ほど前、フェイフォンは雄太に誘われてこのVSGの世界に降り立った。そして、対戦することを約束した。ただ、雄太は、全国大会に出場できるようにならなければ、自分の敵ではないと言い放った。

「全国大会で雌雄を決しよう!」

 その約束が、今実現していた。一時は、フェイフォンが地方大会で敗退したため、果たせないと思われた。だが、幸運も手伝って、ここまでたどり着けたのだ。

 フェイフォンは胸が熱くなる思いだった。それとは別に、目の前の雄太を憎らしくもあった。

 雄太は、フェイフォンを注目すべきプレイヤーだと言っていた。もちろん、当時の雄太はフェイフォンの正体を知らなかった。

 知った後、扉の向こうで、まるで勝てない相手と当たってしまったかのように嘆いていた。あの嘆きは偽物だったのだ。

 実際の雄太は恐るべきサイキックソルジャーだった。攻守に優れた能力を有しており、死角などなかった。フェイフォンを恐れる必要のない能力者だ。

 あの嘆きは、フェイフォンを欺き、油断を誘うためだったのではないか。

 思い返せば、雄太はキャラクターの名前を伏せ、決して教えなかった。絶えず、全国大会出場しなければ、名前を教えないし、対戦する価値もないと言い放っていた。友人を隠したに見ていたのだ。

 それもそのはずだ。あの死角のないサイキックソルジャーの戦いを見れば、よほどの実力者以外、相手にもならないことが分かる。

 雄太も自分の強さを自覚しているからこそ、友人が未熟なうちは戦う価値がないと考え、全国大会でと言い続けていたのだ。

 それに、雄太とのやり取りは、互いにからかい合ったり、反発し合ったり、楽しく会話したりしていた。特にからかうものは多かった。

 今回も、フェイフォンをからかったと考えれば、いつもの会話のやり取りと同じである。

 腹黒雄太の思惑に乗せられ、油断してなるものか。雄太はかなりの実力を有している。フェイフォンは気を引き締め、全力で戦うつもりになっていた。

 乱立する柱を眺めた。柱と柱の間は奈落の底が口を開けて待ち構えている。柱の上は開け、視界を妨げるものは一切なかった。

 いくつか向こうの柱の上の雄太が、入念な準備運動をしていた。

 この舞台は明らかに、雄太が有利だ。それを覆すには、フェイフォンは全神経を集中させ、一つのミスもなく、攻めなければならない。雄太が何を仕掛けようと、惑わされてはいけない。

「おい!」

 雄太が呼ばわっていた。

 フェイフォンは集中しすぎて、何度目かの呼びかけでやっと気づいた。

「おいこら!あ、すみません!」

 フェイフォンの視線が雄太を捉えると、雄太はなぜか詫びた。

「あ、いや」

 雄太は顔を赤らめ、咳払いでごまかしていた。

「プ、プレイヤーにダメージ与えるなよ?これ、紙装甲なんだからな?手加減しろよ?」

「神装甲?手加減しろ?」

 フェイフォンはうんざりしていた。雄太はまたからかっているのだ。神のような装甲なら、手加減など必要ない。

 神というのだから、もしかするとニュー東京勢の重課金装甲よりも固いのではないか。ならば、並大抵の方法では勝てない。フェイフォンはなお一層、本気で戦う気構えになっていた。

「いいから始めよう」

 これ以上雄太の言葉を聞いていると、頭にきて攻撃が単調になってしまう。フェイフォンはまだ冷静なうちに、対戦を始めたかった。

「待て待て!目が怖い!」

「は?」

「落ち着いてやろうな?」

「はいはい」

 フェイフォンは投げやりに答えた。落ち着いて戦わないといけないのは当たり前だろう。考えるとやはり頭に血が上っていた。

「いきなりはやだからな?」

「分った」

 これは早々に肉薄して、一撃入れてみるしかない。フェイフォンは返事と裏腹なことを考えていた。

「よ、よし。じゃ、やるか」

 雄太はどこまでも演技を止めないつもりらしい。フェイフォンはかまわず、一足飛びに雄太の懐へ飛び込んだ。

 足場が悪く、片足を踏み外して、手を出すのが遅れた。結果、フェイフォンの拳は何もない空間で壁に当たって止まった。

「いきなりはよせって言ったじゃないか!」

 雄太の悲鳴が聞こえた。

 サイキックバリアでしっかり防いでおいて何を言うのかと、フェイフォンは呆れた。呆れたが、止まっているわけにはいかない。フェイフォンは反撃を恐れ、横の柱へ飛び移った。

「この!友達がいのない奴め!」

 今度は怒り始めていた。

 フェイフォンの頬の辺りが、何かに刺激された。フェイフォンがとっさに頭を傾けると、先ほどまで顔があった辺りで炎が沸き起こっていた。

 雄太のパイロキネシスによる攻撃だ。

 幸運にも避けることができたが、この突発的に発生する炎は、恐ろしい攻撃だ。

 フェイフォンは横跳びに柱を移動し続けた。動いていれば、あの炎も当たり難いかもしれない。

 後方で炎がいくつも沸き起こって消えた。

 目の前が何か、歪んで見えた。

 フェイフォンはとっさに、雄太めがけて飛んだ。

 歪んだ何かは炎に変わっていた。

「わっわっ!来るな!」

 雄太が尻餅をついていた。片手が柱の外に落ちて、慌てている。

 雄太の視線が外れた。チャンスだ。フェイフォンは次の柱を蹴って、さらに雄太へ迫った。

 次の瞬間、見えない何かがフェイフォンの腹部を撃ち、そのまま押し戻した。

 雄太に誘いだされた。フェイフォンは舌打ちした。柱を蹴って、横に逃れるまで、押され続けていた。

 一息つく間もなく、炎が襲い掛かる。

 フェイフォンは後頭部に何かが触れたように思い、前へ逃れた。

 腕を何かが逆なでした。横に逃げる。

 足に静電気が走った。横跳びに交わす。

 フェイフォンが移動した直後に炎が発生した。フェイフォンの後を追い、炎が連続して燃え上がる。

「なんで!なんで避けられるんだよ!おかしいだろ!このチート野郎!」

 雄太が立ち上がり、腕を振り回して抗議していた。

 何がチート野郎だ。勝手なことを言ってと、フェイフォンは頭に来た。一発殴ってやりたいが、何とかして、雄太の視界から逃れなければ、近づくことすら許されない。

 予想通り、雄太は難敵だった。

 柱と柱の間が奈落のように口を開いている。一歩踏み外せば、自滅してしまう。だが、それを恐れていては、雄太に近づくことができない。近づけなければ、時間切れで負ける。同じ負けるなら、攻めきって負けたかった。

 フェイフォンは覚悟を決め、走る速度を速めた。

 フェイフォンの少し後ろで炎が沸き起こっている。この炎に追いつかれない速さが必要だ。

 勢いが余って、飛び移った柱から足が落ちた。フェイフォンはとっさに軽功を使い、柱の側面をかろうじて蹴った。

 隣の柱に足が届くと、そのまま横に飛んだ。さらに前へ飛び、左に飛んだ。軽功を操作し、飛び移る距離も、短くしたり、遠くしたりと変化をつけた。

 背後を追う炎が、徐々に離れて行った。不規則に動いているので、前方に炎が現れることはない。時々、あらぬ方向に炎が起こっているのは、雄太が先を見越して攻撃しようとしている証だろう。

 フェイフォンはさらに速度を速めた。

 目測を誤り、着地するはずの柱を通り過ぎてしまった。

 次の柱の側面が迫る。

 フェイフォンはとっさに手を伸ばし、次の柱の上部をつかんで身体を引き上げた。

 軽功がなければ、できない芸当だ。軽功の修行をしておいてよかったと、フェイフォンは胸を撫で下ろした。同時に、少々落ちても大丈夫だと自信を持てた。

 フェイフォンはさらに速度を上げた。

 もはや雄太の視線は追いついていない。だが、フェイフォンはまだ接近しなかった。

 雄太のサイコキネシスは、至近距離でしか出せない代わりに、少し広範囲に影響を及ぼすのではないかと予測していた。予測通りなら、視界が少々外れたくらいでは、近づけない。目の前に迫れたとしても、先ほどと同じように押し戻されるだけだ。

 サイコキネシスを避けるには、とにかく視界の外に逃れ、目視される前に、雄太の背後へ回り込む必要があった。

 攻撃を防いだバリアも、視界内ではないか。もしも背後まで展開されていると、打撃を与えることはできない。だが、その時は柱の下に突き落とそうと考えていた。

 できることならば、一矢報いてやりたい。バリアも見える範囲のみだと願って、フェイフォンは雄太の視界から逃れた。

 フェイフォンはさらに速度を上げ、雄太の背後へ滑り込んだ。

 時間の流れに追いつく。

 雄太が止まって見えた。

 フェイフォンはさらに走り込むと、一足飛びに雄太の背後へ迫った。その勢いのまま、拳を突き出した。

 拳が当たったと思った瞬間、なぜか拳に感触がなかった。フェイフォンは意味が分からず、焦った。

 振り向くと、フェイフォンが飛び込んできた。拳を突き出している。撃たれると覚悟した瞬間、体が反応して横に避けていた。

 拳に手ごたえが伝わった。

 遅れてきたフェイフォンと、自分が重なる。

 急に辺りの音が耳に響いた。先ほどまで、音を聞いていなかったかのようにフェイフォンの耳を刺激した。

 フェイフォンは自分の手足を確認した。分裂もしていないし、自分がもう一人重なっているようなこともない。

 そう言えば雄太はと思いだし、慌てて振り向いた。

 雄太は一つ向こうの柱に突っ伏していた。

「だから紙装甲だって言ったのに…」

 雄太の声は聞こえるが、身体は動かなかった。身体の上にKOの文字が躍っていた。

「え?終わり?」

 フェイフォンは思わず叫んでいた。

「ああ、そうだよ!本気でやりやがって!」

「神装甲って、硬いんじゃなかったの?」

「紙切れのようなやわな装甲を紙装甲っていうんだ!」

 フェイフォンはやっと、勘違いに気付いた。神と紙を勘違いしていたのだ。拳一つで終わったところを見ると、紙装甲とは言いえて妙だと思えた。

 すると、対戦開始前のあの言動は、意味合いが違ってくるのではないか。

 雄太は言葉通り、本気で怯えていたのだ。からかいではなかった。嘲笑っているわけではなかった。

 フェイフォンは色々早とちりし、勘違いしていたようだ。

「ごめん、勘違いしてたらしい」

 フェイフォンは素直に詫びたが、雄太の身体が消えたので、聞こえたのかどうかは分からなかった。



  5


 それにしてもあれは何だったのだろうか。フェイフォンは自分の手を不思議そうに眺めながら、控室に向かった。

「ウォン・フェイフォン選手!お待ちを!」

 声に振り向くと、司会の男性がやってきた。

「これでベストエイト進出です。今の心境はいかがです?」

「へ?」

「いえ。インタビューですよ。世界大会進出が決まった選手にコメントをもらっています」

「えええ!」

「まあまあ。落ち着いて」

 司会の男性は慣れたもので、フェイフォンに深呼吸を促した。そして何気にマイクを寄せている。

「やはり、感無量とか、この勝利に酔いしれたいとか、ですか?」

「そ、そんなことないです。というか、世界大会決まったんだ…」

 フェイフォンは世界大会のことを考えていなかった。腹黒雄太をどうやって打ちのめすか、そればかりだったのだ。

「あー。ウォン・フェイフォンほどの選手でも、雄太選手は強敵で、後のことを考える余裕はなかったと」

 司会の男性が妙なつじつまを合わせ、憶測を言った。

 意味合いはやや違うが、後のことを考える余裕がなかったのも事実なので、フェイフォンはあやふやに頷いた。

「なるほどなるほど!先ほどの対戦で、雄太選手と何か会話されていたようですが、なんと言葉を交わされていたのですか?」

 雄太の言葉を思い出すと、フェイフォンは怒りが込み上げてきた。勘違いだと思えた後でも、やはり思い出すと腹が煮えくり返った。

 雄太は自分の能力を過小評価しすぎている。そのうえで、相手に手加減を求めるなど、もってのほかだ。そもそも、本気でやってこその友情ではないのか。

 御託など必要なかったのだ。やはり、挑発されていたに違いない。本人に自覚があったかどうかは不明だが。

「あいつ、見える範囲なら無敵な能力あるくせに、弱い者ぶって手加減してなんて言うから」

「挑発されていたと?」

「だと思いますよ。実際に戦ってみて、やっぱり強いと思ったもの。僕ら近接型は近づけないと何もできないから、天敵ですよ、あれは」

「それでも、最終的には勝利されましたね」

「足場が悪いステージだったので、苦労しましたけど、あれしか勝つ方法を見つけられませんでした」

「なるほど」

「雄太にスピードもあったら、きっと手も足も出なかったでしょうね」

「それほどの強敵だったと」

「はい」

「なるほど。すばらしい対戦だったことがうかがえます」

 司会は大きく頷いた。

「時間をとらせてすみません。では最後に、世界戦に向けた意気込みを一言お願いします」

 フェイフォンは少し考えて、ありきたりなことを答えた。

 司会の男性はありきたりな答えを受け入れ、お手間をとらせましたと、インタビューを終了した。

 フェイフォンが控室に戻ると、人々が押し寄せてきた。背中を強かに叩かれ、つんのめった。

 振り向くと、モモタロウ、カーバンクル、ソラ、そしてダーククローまでにやにやしていた。

 誰がやったか分からないが、どうやら、この歓迎が、この控室の定番となりつつあるようだ。

 口々におめでとうと言ってくれた。

 ユウも霧隠もおめでとうと言って、フェイフォンの肩を叩いた。

 フェイフォンも嬉しくなり、表情が崩れて戻せなくなった。

 634がいなくなっている。次の対戦は彼の番だった。

 みんなはひとしきりフェイフォンをもみくちゃにすると、壁の映像に集まった。

 ベストエイト進出がかかった、最後の対戦だ。

 634対マガツヒ。

 マガツヒはニュー東京勢の最後の一人だ。彼はダーククローを袋叩きにしていた仲間を、壁際に立って眺めていた男だ。

 マガツヒも例にもれず、重課金装甲が付いているに違いない。手にした大槌も、どれほど強化されていることか。

 大槌。巨大なハンマーを武器に選んでいるのも珍しかった。侍相手に大槌では、少々分が悪いのではないか。

 舞台は忍者対決のあった、水が絶えず流れる浅瀬だった。浅瀬の中での戦いなので、足元をとられる。それが634に不利と働くか、マガツヒに不利となるか、はたまた双方に影響するのか。

 惜しむらくは、マガツヒに重課金装甲がなければ、楽しめる対戦だっただろう。フェイフォンは少しがっかりして、映像を眺めていた。が、フェイフォンは映像にくぎ付けになる。

 横を見ると、ユウも同じだった。

 マガツヒが水の上を歩いているのだ。正確には、水の上を流れる木の葉を渡り歩いていた。明らかに、軽功を使っている。

 マガツヒはただものではなかった。軽功を使えるなら、大槌も問題なく振るえるに違いない。思った通り、大槌を軽々と振るい、634の斬撃をさばいたうえで、叩き潰しにかかった。

 634は横跳びにかわしながら、すれ違いざまに、マガツヒの脇腹を斬りつけた。マガツヒが僅かに腰を曲げてかわすと、刀の触れた服が斬れていた。

 その現象が意味するところは、重課金装甲がないということである。ならば634にも勝ち目はある。あるはずだった。

 マガツヒがあまりにも自然体で水辺の上を歩くので気付き難いが、軽功を使えるフェイフォンやユウには、それが並大抵のことではないと気付けた。

 ただただ、戦慄するのみだ。

 二人が緊張した面持ちで押し黙ってしまった。周りの人々がそのことに気付き、映像をじっくり見て、表情がこわばっていった。彼らも気付いたのだ。

 マガツヒは流れてくる木の葉の動きをすべて知り尽くしているのか、無造作に見える足取りで、確実に木の葉の上を渡っていった。まるで硬い地面の上を優雅に歩いているかのようだ。

 木の葉に乗れるほど軽くなっているはずだが、マガツヒが振り下ろす木槌は派手に水しぶきを上げていた。

 避け損ねた634の身体を横なぎに吹き飛ばした。

 重課金の武器であれば、この一撃で終わっている。

 634が水を滴らせながら立ち上がった。HPゲージもそれほど減っていない。634のガードが間に合っていたこともあるが、マガツヒの服同様、この武器も強化が施されていないのだ。

 マガツヒはニュー東京勢としては珍しく、課金に頼らない強さを誇っていた。

 マガツヒはまだ本気になっていない。そう思える動きだ。恐ろしくもあったが、フェイフォンは彼とも戦ってみたいと、興味を持ち始めた。

 もしもマガツヒが勝てば、次に彼と当たるのはフェイフォンだ。幸運と言えた。フェイフォンは武者震いに震えていた。

 634が果敢に詰め寄り、突きを放った。刀を引き戻したかと思うと、もう次の突きが放たれている。

 マガツヒは大槌の柄で丁寧に防いでいた。

 三段目の突きが出る。

 三段の突きが出るまでの時間は、瞬きをするほどだ。それほどの早さの三段突きにもかかわらず、マガツヒは全てを防いだ。

 この突きなら、スクエアコンボやキューブコンボも出せたのではないかと思われる。だが、不発に終わった。

 634が明らかに動揺していた。

 マガツヒは634の刀を戻す動きに合わせて迫った。鋭く蹴りを放ち、後方へ飛ばされた634に追いすがって、大槌で叩き伏せた。

 さらに大槌を回転させ、水面を抉って634の身体を打ち上げた。空中の634を叩き落とした。

 634の身体がバウンドする。マガツヒはそこへさらなる追い打ちをかけた。渾身の力を込めて大槌を振り回し、634をはるか彼方へ撃ち飛ばしてしまった。

 コンボ数は少ないが、勝負はついた。マガツヒの圧勝である。

 あまりの衝撃に、控室は静まり返っていた。



  6


 モニターに映し出された雄太は上機嫌だった。鬱陶しいほどへらへらしている。

 全国大会はベストエイトが出そろったところで休憩に入った。サクチャイが食事に行くと言い、駿まで引きずられてきた。

 駿はまだお腹が重く、食事どころではない。適当に飲み物だけ頼んで、サクチャイの食事に付き合っていた。

 そこへ上機嫌の雄太が通信を入れてきたのだった。

「ベストエイトと世界進出おめでとう!」

 雄太の開口一番は、それだった。駿は先ほどの対戦終了時に雄太が文句を言っていたので、いじけているに違いないと思っていたのだが、今はにやけた顔をしていた。この変わりようは何なのだろうか。

「何って?ただ友達の業績を褒め称えているだけじゃないか」

「何か裏でも?」

「はぁ?人聞きの悪いことを」

 雄太は一瞬顔をしかめたが、すぐに満面の笑みに戻った。

「いやーそれにしても、あのインタビューがよかった」

「インタビュー?」

「そうそう。俺たちの対戦の映像とセットになって、公開されてるぜ」

 雄太はまるで自分が勝った試合のように言った。

「それにしても、駿も分かってるじゃないか!いいことを言う!」

 駿はそんないいことを言ったかなと、思い返した。雄太のことを強敵だといったくらいだろうか。まさか、それで雄太は自分が認められたと思い、浮かれているのではないか。

 もしも目の前にいたら、雄太は駿の肩を叩いて、持つべきものは友だなとか、ライバルよなどと言うのではないか。

「やっぱり持つべきは友だな」

 本当に言ったよ。駿は思わず嘆いていた。友達がいのないやつとか言っていたのは誰だったか。調子のいいやつである。

 雄太は上機嫌に、さんざん同じことを繰り返し言った挙句、勝手に通信を切った。

「にぎやかな友達だね」

 サクチャイがハンバーガーを頬張りながら笑っていた。

 駿は何も答えず、ストローに口をつけてジュースをすすった。

 駿の小型ノート型PCに、また着信が入った。

 また雄太かと、げんなりしながらつなぐと、どうやら違ったようだ。映像は乱れている。相手の名前も非表示だった。

 駿が切断するよりも早く、相手がちょっと待て、切るなと言った。男の声で、どうやら翻訳ソフトが間に入っているらしい。

「あ、ちきしょう!なんだその端末!なに仕込んでやがった!」

 相手が何か騒ぎ立てていた。

「くそ!えーい、物理的に切断だ!」

 そう言ったかと思うと、映像の乱れが治まった。が、衝立か何かを置いていたようで、相手の顔は見えなかった。

「すまん。待たせた」

「誰?」

「あー、本当はこの映像で、ヤマトタケルの姿を出すつもりだったんだが、そっちの端末にブロックされちまった」

「ヤマトタケル?」

「おいおい。俺の声に聞き覚えは?」

 言われてみれば、VSG内で出会うヤマトタケルの声にも似ていた。

 だからと言って、正体不明の通信相手を信用できるものではない。

「ああ、そうそう。この前の桜マップ入場券、ありがとな。みんな喜んでいたぞ」

 相手はすでに理解を得られたと思ったのか、親しそうに話していた。

「あいつら、はめ外し過ぎて、大変だったんだぞ」

 まったく、などとぼやいている。

 駿は相手がヤマトタケルであると信じる気持ちに傾いていた。桜マップ入場券に関しては、ヤマトタケルやあそこにいた当事者しか知らないはずだ。それに、ぼやき方が本人のように思えた。

 通信の向こう側で、何か大きな音が響いた。

「あ、ちきしょう!ヒジリのやろう!PCが一台おしゃかじゃないか!」

 通信相手が慌ててガチャガチャと何かを移動させているようだった。

「くそ!ちょっとウイルスを改造したソフト入れようとしただけじゃないか」

 相手のぼやきを聞く限り、父親がこのノート型PCに仕込んでいたセキュリティのおかげで事なきを得た、ということのようだ。

 駿はテーブルの上のコップに顔を近づけ、ストローから液体を吸い上げた。行儀の悪いことと怒る人もいないので、かまわないだろう。

 河原優希が同席していたら、怒られたに違いない。そもそも同席していたら、こんな不格好な方法では飲まないのだが。

 優希は霧隠のプレイヤーと一緒にどこかに行っていた。女性はどうしてすぐに仲良くなるのだろうか。駿は不思議で仕方なかった。

 男同士だとそう簡単にはいかない。カーバンクルや634のプレイヤーも同じ店にいたが、それぞれ違う場所で寡黙に食べていた。

 ゲーム内でだいぶ打ち解けたように思えるカーバンクルでも、現実では互いに声をかけるタイミングを逸したのか、離れた場所で食べていた。

 634はゲーム内も現実も、変わらないと言えば変わらないのだろう。

 ソラのプレイヤーは母親に、どこかへ強制連行されていた。

 ダーククローのプレイヤーは一人、すっといなくなっていた。もしかしたら、すでに帰宅したのかもしれなかった。

 敗退した人たちは特に用がないので帰宅してもいいのだが、今日はゲームセンターのVRマシンが貸し切りで、そのマシンでログインすれば、控室に入れるとあって、居残っているようだ。

「おい、ヒジリの息子」

 モニターの向こう側から呼びかけられていた。

 そう言えば、この人はどうやって駿と父親のことを知ったのだろうか。駿は疑問に思ったことを口に出していた。

「ハッキングして調べた」

 身も蓋もなく言い放っていた。駿もうすうすは疑っていたが、どうやらヤマトタケルはハッカーと呼ばれる人のようだ。

 VSG内のあの地底湖も、この人が関わって作ったに違いない。VSGに酷似しているが、別の場所だ。VSGでまともに遊べなくなったイレギュラーたちがそこで遊んでいた。

 駿が一人で地底湖に向かったとき、ヤマトタケルに危なく斬られそうになったことがある。自分が作った場所だからこそ、不審な侵入者に過剰反応し、排除にかかったのだ。

 あんなものを作れるくらいだから、この人はそれなりに腕のあるハッカーなのではないかと思えた。

 あるいはプログラマーで、ハッカーの知り合いがいるという場合もあるかもしれない。が、印象としてはやはりハッカーだ。ヤマトタケルの知り合いにプログラマーがいると考えた方がしっくりくるように思えた。

 駿や父親の情報を集めた手腕や、VSGとの異空間の接続といった行為を考えると、ヤマトタケルの腕前は相当なものに違いない。

 その凄いハッカーも、初めはヒジリと発音できなかった。今ではすっかり、ヒジリの息子などと呼ばわっている。

「それにしても、すっかりヒジリとちゃんと発音できるようになったね」

「おう!散々練習したからなって違うだろ」

「はい?」

「呼びかけ無視して何陶酔してやがった」

「いえ、別に」

「会話のはずまないやつだな」

「それで何か用なの?」

「モテないぞ」

「それがこの子、最近モテモテよ」

 横で聞いていたサクチャイが口をはさんでいた。

「ん?誰かと一緒か?」

「モモタロウだよ」

 駿が答えると、ヤマトタケルはモモタロウにあいさつし、会話を始めていた。

「で、何の用なの?」

 駿は少々不機嫌に言うと、モニターに手をかけた。用がないなら閉じてしまえばいい。

「おう、待て待て。用はちゃんとある」



  7


「ヒジリと連絡を取りたい」

 ヤマトタケルは、要件がいくつかあると言い、初めにそう切り出した。

「もしも連絡が取れたら、このアドレスにメールをくれ。こちらから連絡を入れる」

 モニターにSNSが届いた。そこに書かれたアドレスのことを言っているようだ。

 それにしても、である。警察と言い、ハッカーと言い、なぜ駿の父親をこうも探し求めるのだろうか。

 先日、警察の大上にも、父親の行方や、連絡がないかなど聞かれた。彼は他に何人かの名前も上げた。その人たちはいったい何に関わっているのだろうか。

 父、大本聖が一体何に関わっているのか。まるで見当もつかない。その関わっていることが原因で、行方不明になっているのではないかと思えた。

 駿には見当もつかないことだけに、言い知れない不安に悩まされる。

「連絡、頼むぞ」

 ヤマトタケルが念を押していた。

「最近シンクロ率を見たか?」

 ヤマトタケルは次の要件に移っていた。

「シンクロ率?見てないよ」

「やっぱりか」

 姿の見えないヤマトタケルが嘆いていた。

「映像解析したんだが、重課金プレイヤーと戦った時か?何かおかしなことが起きなかったか?」

「どうだろう?特に覚えていることはないかな」

 これは嘘だった。同じ体験を、つい先ほどしたばかりで、思い出していたのだ。

 雄太の背後に回り、一撃入れたつもりが、拳が当たっても感触がなかった。振り向くと自分が拳を出して迫ってくるので焦った。

 とっさに避けていたので、自分に触れてはいない。避けなければ、自分自身に殴られていたのだろうか。それ以前に、どうして自分がそこにいたのだろうか。分からないことだらけだ。

 あれは何だったのだろうか。どうしても考えずにはいられなかった。

 重課金プレイヤーと戦ったときは、僅かなずれのようなものを感じた。だが、雄太との時は、ずれどころか、自分自身を目撃している。

 分身でもできたのだろうか。残像ということはあるのだろうか。あるいは駿の妄想かもしれない。自分自身を目撃するなど、あり得ないではないか。ならば、妄想、幻覚の類と考えるのが、妥当と思われた。

「そうか?さっきの雄太戦も、こっちは解析していないから予測になるが、どうもシンクロ率100パーセントを超えていたんじゃないかと思える節があるのでね」

「100パーセント、超える?」

「そう。そこは未知の領域だ。誰も超えたことがない。何が起こるか分からないってことだ。で、超えた可能性のあるお前に、何か変わったことが起きていないかと」

「そう言われても、とくには、ねぇ」

「そうか」

 ヤマトタケルの声が明らかに沈んでいた。彼としては何かしらの変化があると期待していたのだろう。期待していたところへ、駿が何もないと言うのだから、がっかりもしようというものだ。

「まあな、現行のシステムが果たして100パーセント以上に対応しているかどうかも定かじゃないからな」

 ヤマトタケルは自分を納得させるように言っていた。

「そもそも、シンクロ率100パーセント超えるって、意味がおかしいものな」

 何やらぶつぶつと言い続けていた。

 モモタロウが三つ目のハンバーガーをぺろりと平らげていた。最後に残ったポテトを一本一本、口の中に放り込んでいる。

「よく食べるね」

 駿は思わず言っていた。

「そう?駿の朝ごはんほどじゃないよ」

 サクチャイはさらりと返した。

 言われれば、そうかもしれない。おかげでまだお腹は空いていないのだから。

「それで、まだ要件はあるの?」

 駿がモニターに向かって言うと、ヤマトタケルがぶつぶつ言うのを止めた。

「ああ、そうだった。ニュー東京の連中に気をつけろ」

「え?もう対戦、ほぼ済んだよ?」

「奴らの大半が敗退したのは知っている。俺も見ていたからな」

「最後の一人が問題だとか?」

 残ったマガツヒは強敵だ。その警告なのだろうか。

「いいや。敗退した連中だな。何からやらかすぞ」

「何かって?」

「それは分からん。分かっているのは、去年のニュー東京からの選出者全員が、キャラクターを消去され、VSGから引退している」

「え?」

「キャラクターを消して、自分たちが出場できるようにした。キャラクターを消されたプレイヤーの何人かは、都市から追放されたとのうわさもあるな。こちらはまだ確認できていないが」

「そんなこと、できるの?」

「権力で押さえつけ、プレイヤー本人に消去させた例もあるな。運営の管理権限のある人間を買収して消させた例もある」

「そんなことができるの?許されるの?」

「少なくとも、ニュー東京と言う都市内では、可能だった」

「じゃあ、もしもここでできたら、僕のウォン・フェイフォンも消されるの?」

 駿は言いながら、そんなことあってたまるかと、憤っていた。

 ヤマトタケルの返事はなかった。

「そんな横暴、許されていいの?」

「不正を暴けるほどの証拠がそろわないんだ。陰謀を疑わせるものは出てくるが、証拠がな」

「僕は…ウォン・フェイフォンは消されたくない!」

 駿はこのキャラクターに強い愛着を持っていた。もう自分の分身と言っていいほどだ。そのフェイフォンを無断で消されるようなことがあれば、それは、駿を抹殺することと同じだ。人殺しだ。やっていいはずがない。

「幸い、管理権限は都市ごとに違う。すぐには問題ないだろう。が、そういう手段を用いる連中だ。何かを仕掛けてくると考えていた方がいい」

 そう言われても、駿個人の力では、何の対処のしようもなかった。

 理不尽な不意打ちがある。最悪の場合を覚悟しておけという、警告なのだろう。しかし、覚悟と言われても、駿はフェイフォンと離れられない。フェイフォンはもう自分自身なのだ。切り離すことなどできないし、失う訳にはいかなかった。

 フェイフォンのおかげで、知り合えた人々が大勢いる。フェイフォンを失えば、彼らとのつながりも失われることになる。そんなことを、覚悟できるわけがない。許せるはずもない。

 せっかくできた友達や仲間を、身勝手に消されてたまるものか。駿は拳を握りしめていた。だが、駿に取れる手段は何もない。やりどころのない感情が渦巻き、戻ってきて、手のひらに爪を食い込ませた。

「俺たちもできるだけ守ってやる。ハッカーの実力を甘く見るなよ」

 ヤマトタケルがわざと明るい調子で言っていた。その言葉の裏側に、彼の最初の要件が重なる。ヒジリがいてくればと、彼は思っているのではないか。

 父がいてくれれば、フェイフォンは守られるのだろうか。守られるのかもしれない。あのヤマトタケルが太刀打ちできない様子のヒジリ。それが父のハンドルネームだ。

 警察の大上も、父に助けを求めようとしていた。

 父さんなら、なんとかできる。駿は漠然と、そう思えた。

 だが、その父親は四年と半年前から行方不明だ。すぐには助けてもらえそうになかった。

 駿は自分で対処しなければならない。何が起きようとも、精いっぱい抵抗してやると、決意していた。キャラクターの消去に抵抗も何もないかもしれないが、それでも抵抗するつもりだった。



  8


 ウォン・フェイフォンが控室にログインすると、全員がそろっていた。ダーククローもまだ帰宅していなかった。

 目であいさつすると、ダーククローは軽く会釈を返した。

 フェイフォンは緊張していた。それはマガツヒという強敵を前にした昂りとも違っていた。

 ヤマトタケルの忠告が、この緊張を運んでいた。

 まさか、この控室で、ニュー東京勢に襲われることがあるのだろうか。

 襲ってくるなら来るがいい。そんな直接的なことなら簡単に抗えると、フェイフォンは考えていた。襲撃はかえって喜ばしい手段だった。マガツヒまで加わると少々厄介だが、いきなりキャラクターを消去されるよりはよほど抗える。

 フェイフォンも黙ってやられるつもりはないのだ。物騒な思考がまとわりつき、離れなかった。

 来るなら来い。返り討ちにしてやる。

 フェイフォンは拳を握りしめ、いつでも反応できるように、辺りの様子をうかがっていた。

 モモタロウ以外は、フェイフォンのその様子を、緊張していると受け取ったようだ。モモタロウは心配そうな顔をしているものの、彼の準々決勝が迫っている。フェイフォンの心配ばかりしている場合ではなかった。

「力み過ぎよ」

 ユウが優しい声をかけてくれた。その声に力が抜ける。だが、緊張を解くわけにはいかない。いつでも反応できなければならないのだ。

 何が起こるか分からない。

 唐突に後ろから襲われるかもしれない。気付けさえすれば、返り討ちにできる。気付けなかった時、自分だけではなく、ユウも含めた周りの人々にも害が及んでしまう。それは避けなければならない。フェイフォンは後ろの扉が閉まっていることを、目で確認した。

「どうしたの?様子が変よ?」

 ユウが怪訝な顔をしていた。

 音に反応したのは、フェイフォンが一番早かった。

 大きな音と、振動が伝わってきた。

 フェイフォンは素早く扉の前へ行き、侵入者が来るのを待った。

 後ろで、何が起こったなどと驚きの声が上がっていた。

 試合会場の入り口脇に立つ女性店員が、何やら慌てていた。

 フェイフォンの期待を裏切り、侵入者はいつまでたっても扉を開けなかった。フェイフォンが恐る恐る扉を開けてみると、そこには誰もいなかった。

 拍子抜けだ。フェイフォンは肩の力が抜ける思いで振り向いた。

 横の壁に、粉塵の立ち込める映像が出ていた。このイベント会場内のどこかの廊下だろう。特徴のない廊下が特徴だ。何の変哲もない廊下なので、どことは特定できない。

「そんな…こんなところになぜ…」

 女性店員が、別の店員と通信でもしているのだろう。意味不明なことを言って驚愕していた。

 映像の中で動きがあった。

 立ち込める粉塵の中に人影が現れた。一つ。二つ。三つ。四つ。次第に影が増えていき、八つの人影になった。

 粉塵が治まっていく。

 人影のシルエットがはっきりしてくると、八人が誰か、予測がついた。ただ、なぜその八人なのかは、誰にも分からず、混乱を深めた。

 映像を見ている皆が、同じように首をかしげていた。フェイフォンも同じである。

 八人のシルエットはどう見ても、NPCのコウガ、フェルナンド、ミーナ、ガーランド、ロン、ワルキューレ、ポレド、アリシアの八人にしか見えなかった。

 そう思うと他の考えが出て来ない。だが、NPCが八人そろうことがあり得ない。最初のコウガを倒さないとフェルナンドは現れない。フェルナンドを倒さないとミーナも現れない。一人ずつしか出て来ないのだ。

 粉塵が治まると、さらに混乱をきたした。

 八人が予測通りNPCであったことで動揺が広がる。そして、その八人が共に、紅い色を帯びていることで、映像を見ている皆に共通の不安と恐怖を与えていた。

 紅いNPCは通常よりはるかに強い。そして負けるとペナルティとして能力値が永久的に下がる。

 もしも万が一、負けるようなことになれば、手痛いペナルティが残る。そんな相手が八人もいると思うと、負ける要素が増えたように思え、不安ばかりが募った。

「あれがどうやってここに…」

 女性店員が通信相手に問い質していたが、望みの返事はもらえない様子で、ただ困惑して映像を見上げていた。

「何にしても、トーナメントの邪魔はさせない」

 フェイフォンは思わず口走っていた。紅いコウガを見ると、額の傷がうずく。一度紅いコウガに負けて負わされたペナルティだ。幸いというべきか、HPの上限値が下がったことと、この傷が残っただけで済んだが、やはり傷を負わされた相手を見ると、黙っていられない。仇のように思えて仕方なかった。

 フェイフォンは以前、NPCやプレイヤーたちの気迫を感じ、恐れたこともあった。戦えず、逃げ出したほどだった。その恐れはだいぶ薄らいだ。戦いが単純に楽しいと思うようになったこともあるが、自分が強くなったと実感し始めていることも影響していた。

 強くなったと思えると、以前、自分を打ち負かした相手が、憎らしく思えた。自分の中に抱えている不安を叩き返してやりたい気持ちになっていた。

 もう一つ、危惧することがある。フェイフォンの友人たちが紅いNPCの八人に襲われ、ペナルティを追ってしまうのではないか。

 フェイフォンは自分以外の誰かが被害に遭うのを、許せるわけがない。

 ニュー東京勢はともかく、他の地方都市選出の人々とは少なからず、交流した。名前を名乗り合っただけの人もいるが、僅かでも会話すると、気心が知れる。知り合いだという意識が増した。中には友人だと思える人々もいる。

 フェイフォンが一方的にそう思っているだけかもしれないが、それでも、知り合った人々が、もしもあの紅いNPC八人に襲われるようなことになれば、黙って見ていることなど出来はしない。

「すみません!あの映像、どこですか?」

 フェイフォンは思い切って尋ねた。紅いNPCも、一対一であれば怖くない。ここにいる皆も、一対一であれば勝てるはずだ。問題なのは、多対一の状況になることである。

 この控室の傍であれば、八人いるので分担し合える。だが、他の控室はどうなのだろうか。敗退した選手が帰宅していると考えれば、各部屋に二人か三人しか残っていない計算になるのではないか。

 二人か三人しかいない部屋の傍で、紅いNPCの八人がその控室を目指したとすれば、その控室にいる人々が犠牲になってしまう。

 まして、ニュー東京の控室はマガツヒ一人の可能性がある。彼は恐ろしく強いが、それでも、紅いNPC八人同時に相手するとなると、不安も残るに違いない。

 もしも他の控室の傍なら、加勢に行く。フェイフォンの想いはそこに行きついていた。

「どこって、このイベント会場内です」

「そうではなくて、どの控室とどの控室の間ですか?最寄りの控室は?」

 ユウがフェイフォンの代わりに尋ねた。彼女もフェイフォンと同じ不安を抱いたのだろう。

「控室…」

 女性は混乱しているのか、理解するのに時間を要した。

「えっと、ちょっと待ってください。確認します」

 片手を耳に当て、通信相手の声に集中していた。

 映像を見ていると、さらに人が増えた。

 白く輝く服を着た男が、顔を恐ろしげにゆがめていた。

「アマテラス…?」

 フェイフォンは驚いて、思い当たった名前を呟いていた。

 見間違いではないようだ。アマテラスの後ろから、ツクヨミ、カグツチ、タケミカヅチ、シナツヒコ、スサノオ、ネサクが現れ、彼らもアマテラス同様、不敵に笑っていた。マガツヒがいないだけで、ニュー東京勢が、紅いNPCを先兵として、そこに現れていた。

 ニュー東京勢が加わり、もしも赤いNPCと共闘するようなことになれば、各控室の人員では対処しきれない。この北東京は八人そろっているが、それでも、形勢は不利だ。

 やはり一番の問題は、紅いNPCたちとニュー東京勢の関係だ。二つの勢力が共闘するかどうかで、対処は大きく変わる。

 共闘しない場合は、紅いNPCを全力で倒しに行けばいい。人数さえそろえば、問題ない話だ。

 共闘した場合は、紅いNPCと、あの重課金装甲を持った七人とを同時に相手にしなければならない。戦うとなると、人数もさることながら、質が物を言う。重課金装甲を破れる人が必要で、その人たちは必然的に紅いNPCを避けなければならない。紅いNPCを相手にしながらニュー東京の一人と戦うなど、無理がある。

 しっかりした人数をそろえなければ、ニュー東京勢を複数相手に戦わなければならなくなる。そうなると、重課金装甲を破れる貴重な戦力が重点的に狙われ、対処しきれない。

 フェイフォンが辺りを見渡すと、ユウが緊張した面持ちで頷いた。彼女も参戦してくれるだろう。

「戦えるかい?」

 それでも、フェイフォンは不安だった。どうしても、言葉として、聞きたかった。

「もちろん、私も行くわ。あの人たちの目的は分からないけれど、このトーナメントを崩壊させようとしていることは間違いないでしょう」

「そうだね。どうやったのか知らないけど、紅いNPCまで呼び込んだのだから」

 カーバンクルが険しい表情で言った。

「俺も及ばずながら、戦うよ」

「僕も暴れるよ」

 モモタロウが左右の肘を交互に突き出して言った。

「アマテラスたちがどうするかだな」

 ダーククローが映像を見上げながら言った。

「紅い方の一体くらいは、面倒見る」

 634も黙ってうなずき、刀の柄を叩いで鍔鳴りの音を響かせた。

「私も、紅い方しか対処できないわよ」

 霧隠も名乗りを上げた。

「何かのお祭り?ボクも行くよ」

 ソラ一人が、どこか陽気だった。

 負ければ能力値が下がるという危険が伴うというのに、皆がついてきてくれる。そう思うと、フェイフォンは胸の奥が熱くなった。

 この八人なら、戦えると思えた。気分が高揚してくる。

「どうやったのか、どうするつもりなのかは知らないけど、僕らの邪魔はさせない!」

 フェイフォンが力強く言うと、七人がそれぞれに、同意の言葉を短く発した。音が重なり、一つの唸り声のようになった。勝どきのような響きになる。

 身体に響き渡る音が、血を震わせ、たぎらせた。頭から不安や疑問を追い出した。

 この八人なら、何でもできる。フェイフォンはそう思えた。

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