餃子のCM
あたたか企画参加作品です
私こと、山吹桜(25)は、人生の崖っぷちに立たされている。
というか、もう崖から足を踏み外しているかも知れない。
「……完璧、積んだ」
銀行のATMの残高を見て、しばし硬直する。
パネルには残り金額が13000円、の文字。
目を何回擦っても、やっぱりゼロを一つ読み間違えていることはない。
つい半年前まで、私のOLライフはそこそこ順調だったと言える。
大学を卒業してから上京、アパレル関係の仕事について、友人も出来た。
その友人からの紹介で、とあるボーイフレンドを紹介され、3年の交際を得た後、半年前、ついにプロポーズされた。
結婚する前にと、彼氏は都内の2LDKの一室を借りて、そこで半年だけ暮らして入籍しよう、と提案された。
「ねぇ、結構高そうだけど、大丈夫?」
部屋は新築で、家賃は月々15万。
派遣で手取り20万の彼には少し重荷な気もしたけど、
「まあ支払いがキツければバイトでもするし、何とかなるって! 大船に乗った気でさ」
と明るく返事されたので、私も、彼が何とかしてくれるなら…… と甘えてしまった。
しかし、すぐに家賃の支払いが苦しくなって、食事やら普段の浪費を抑えようって話になると、彼は全く気乗りせず、好きなバイクのパーツや服をいつもの様にネットで購入した。
その時彼は見栄っ張りで、私は家賃をただ支払うだけの生活に嫌気が差した。
「もういい加減にして!」
あっという間に、私と彼は別れ、何もかも嫌気が差した私は仕事も辞めた。
私名義で部屋を借りていた為、しばらくそのマンションにいたけど、支払いが不安になった私はようやく解約手続きをした。
そして残高を見て、絶望した。
「もう、地元に帰ろう……」
全ての気力を失った私は、地元の山形行きの東北新幹線の切符を購入し、その足で東京を発った。
「お腹、減ったな……」
切符は丁度13000円で、奇跡的にお金は足りた。
でも、それで私のお金は底をつき、昨日から何も食べていない。
私の実家は楯山という所にあり、ホント、何も無い。
というか、山形駅ですら閑散としている。
(3年ぶりかぁ)
新幹線を降りて、電車の窓から外を見る。
気温差でガラスは曇り、何も一番寒い2月に帰ってこなくても良かったかな、と後悔する。
楯山に着くと、私は体が覚えているまま、家へと向かった。
懐かしいな、と私は玄関でキョロキョロと辺りを見回す。
母が出迎えてくれて、どうしたの、連絡も寄越さないで! と言われた。
私は仕事辞めた、と一言だけ呟いて、リビングの倚子に腰掛けた。
何気なく肘をついてテレビを見やる。
少し前から実家には母だけが暮らしている。
父は私が高校の頃、大人の事情で出て行ってしまった。
「桜が帰ってくるって知ってたら、ちゃんと準備してたのに。 まぁったく」
「……」
ただぼーっとテレビを見て、しばらくすると母が台所で急ごしらえで作った餃子を運んできた。
「ほら、出来たから手洗って食べなさい」
まるで魂が抜けた人形みたいに洗面所で手を洗い、私は箸を手にした。
グウウ、と腹が鳴る。
餃子を掴んで、口に入れた。
騙って二口、三口と口に運ぶ。
何故か、涙が溢れた。
「うっ、ううっ……」
懐かしい味。
肉汁が溢れ、私の口いっぱいに広がる。
母が、お前も大変だったんだね、と傍らで言ってくれた。
私は、実家に帰ってきて良かった、と思った。
ここには、辛いと弱音を吐ける相手がいる。
餃子を食べ終わると、不思議とまた元気が出てきた。
お風呂に入ってから布団に包まると、これでまた頑張れる、と私は独りごちた。