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出会い ver.オリバー

そろそろ結婚相手を決めろと言われて呼び出されたのが、王妃と令嬢たちが集まる茶会だった。

何故わざわざ、猛獣の群れに投げ込まれないといけないのか。

はっきり言って不快だったが、母から勝手に結婚相手を決められるのも嫌だ。

幾人か候補があるのは知っている。

貴族たちが無駄に力をつけないように、可もなく不可もなくの伯爵か子爵あたりがいいだろうということも考えていた。

我が国の情勢は安定しているし、産業も安定して、現在政略でつながりを強くしなければならない家も国もない。ただ、一定の場所に力を溜めないようにしなければならないだけだ。

だから、基本的に誰でもいい。

オリバーの隣は、次から次へと令嬢が入れ代わり立ち代わり話しかけてくる。

ピーチクパーチクとやかましい。

こちらが無表情でも、濃い香水の匂いをまとわりつかせて紅茶を勧められるのは、閉口する。絶対に自分の匂いで紅茶の香りなど分からないに違いない。

母を見ても素知らぬ顔で、令嬢たちを動かしていく。

令嬢の名を呼んで、菓子を勧めたり、オリバーに、紅茶を注ぐように促したりして、上手に全員と話ができるようにしているようだ。

ただ、一人だけ、その動きに気がついていないようで、放っておくと、ずっとオリバーの隣を陣取ろうとするソフィアという令嬢を呼び寄せて、何か世間話を始めた。

ようやく、一周したかと一息ついたとき、隣から独り言のような呟きが聞こえた。

「あ、これ美味しい」

王太子の隣に座って、独り言ではないだろう。

多分、オリバーに話しかけて欲しいと呟いたのだろうが、疲れていて、構って欲しいというのを前面に押し出してくる女を相手にするのは面倒くさかった。

その呟きを無視して、紅茶をすする。

ふと、紅茶の香りがしっかりと分かることに気がついて、隣にちらりと視線を向ける。

彼女は、あまり香水をつけていないようだ。

そして、オリバーに視線を向けられていることに、なんと、気が付かなかった。

さきほど口にしたクッキーを、もう一枚手に取っていた。

眺めていると、もう一度口にして、顔をほころばせる。

食べ終わって、さらにもう一度、同じクッキーに手を伸ばす。

「そんなに美味しいのか?」

王太子を無視するほど?嫌味を含んだ声で問えば、彼女がびくりと肩を揺らす。

そうして、オリバーを見上げて、目を見開いた。

隣に王太子がいるとは思わなかったような表情だ。

視線を巡らせ、先ほど母に呼ばれて移動したソフィアを見つけ、もう一度オリバーに視線を戻す。

「で、殿下もいかがですか!?」

愛想笑いでも、もう少し上手にしてくれないだろうか。思い切り引きつっているではないか。

本当に、席の移動に気がついていなかったようだ。

「いただこう」

彼女が自分を無視して食べ続けていた菓子に興味がわいた。

普段はあまり菓子は食べないが、なんとなく食べてみたい気になったのだ。

彼女は途端に嬉しそうに笑って、先ほどまで食べていたのと同じクッキーをオリバーに差し出した。

かじってみたクッキーは、シンプルだが豊かなバターの香りがして美味しい。

「美味しいですか?それが気に入られたら、こちらはいかがですか?今日の紅茶と合わせると、花の香りが強まってとても美味しかったのですわ」

オリバーの表情から、気に入ったことが分かったのか、別の菓子も勧められる。

そして、クッキーのおいしさと、紅茶の選択の趣味の良さから、紅茶の産地の話など、食べ物の話を延々とする。

産地の話は、オリバーも少々興味がある。

政策を行うときに、地方の名産を知っておくことは役に立つ。

彼女は、ライラー伯爵令嬢で、アリーチェと名乗った。食べ物の産地について造詣が深いようだった。

いたずら心を起こして、紅茶を香りを楽しむふりをして、彼女に顔を近づける。彼女自身の香りは、少し甘いような、舐めて見たいような香りがした。

アリーチェは、オリバーの紅茶がなくなったからだと理解し、侍女に合図をする。

オリバーに特に心を動かされていないような彼女に、もう少し体を寄せて見た。

「何かお取りしましょうか?」

しかし、オリバーが何か菓子を取ろうとしたと判断したようだ。

自分で取ると告げて、もっと体を近づけた。

不思議そうにしながらも、オリバーを見上げて、今、彼が手にした菓子の説明を始める。

面白い。

母も、オリバーが気に入ったことに気が付いたようで、その後の席替えは無かった。ソフィアだけが不満そうにしていたが、王妃自らが話しかけていることに、文句も言えないようだった。


「アリーチェ・ライラー伯爵令嬢が気にいったようね?私も、あの子はお気に入りよ」

茶会終了後、母は、オリバーが気に入った令嬢を、褒めていた。

「マナーも立ち居振る舞いも完璧なのに、何故かしら、こちらに興味がないことが丸わかりなのよね。もう、慇懃無礼って、ああいうのを言うのじゃないかしら。心がないのに、とても丁寧なのよ。でも、誰に対してもそうなのよ。だから、私と紅茶を入れる侍女に同じ笑顔でお礼を言うのよ。面白くって!」

……多分、母は褒めている。とても面白がっているともいうが。

「食べ物の話を振ると、途端に饒舌になるわね。なかなか興味深いことを知っているわ。現地に行って、実際のものを見たりもするのではないかしら。ええ、王妃としての資質も充分だと思うわ。まあ、外面をもう少し磨いて、バレないようにすれば完璧ね!」

現王妃がこう言うのだ。褒めているようには聞こえなくても、結婚相手として認めたということだ。

しかし、オリバーは、たった一度の茶会で相手を決める気はなかった。

自分の相手は、国を背負う。

それが分かっていながら、面白い、気に入った、だけで選べないと思っている。

「だから、ライラー伯爵には、もう婚約の打診はしておいたわ」

「はっ!?」

「もうそろそろ、隠居してゆっくりしたいのよね。見極める時間がとか、あなたが言っていたら、何年かかるか分からないわ。もう、気に入ったなら、即行で嫁にしてしまいなさい」

「王妃になる人ですよ!?」

オリバーが慌てても、母は素知らぬ顔だ。

「教育はしっかりできているわ。知識も人柄も申し分ないと判断しているわ」

というか、あの場には、そういう子たちだけを呼んでいたのだと言う。

その中でも、特に面白い子に目をつけてくれて嬉しいと、余計な一言がついてくる。


そんな状態で、アリーチェとオリバーの婚約は成立してしまった。


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