コツメカワウソ
カナメがスライムを乱獲したせいで翌日スライムの討伐依頼は無くなっていた。
Fランク唯一の討伐依頼が無くなったため、どうしたものかと受付嬢へ相談に行く。
「Fランクの討伐依頼無くなってるんですけど、ランクを早く上げるにはどうしたらいいでしょうか」
「そうですね。いくらスライムと言えど一日で200体を討伐する腕前ですし、自信がありましたらEランクのゴブリンの討伐証明部位を持ち込んでいただければすぐEランクに上がりますよ。ランクの昇格条件は一つ上のランクの依頼をこなすことですので。ゴブリン10体の討伐でクエストクリアになります」
「本当ですか!じゃあさっそくゴブリン倒してきます!」
昨日と同じ短剣をレンタルし、ゴブリンの生息地へ向かう。
向かう途中ときどき現れるスライムは容赦なくさばく。
そして途中で遭遇したアムールウサギは良心が咎めるので見逃す。
スライムやゴブリンといったいかにもファンタジーの魔物たちはゲームの延長戦の感覚で倒すことに抵抗はないのだが、ペットとして飼われることのあるウサギに剣をあてるのはどうも忍びない。
生息地である森へ近づくと、森から2体のゴブリンがやって来た。
どうやらカナメを襲う気らしい。
身長130センチほどの小柄な体格で全身が緑色をしたゴブリンは、栄養失調なのか全身細身なのにお腹だけがポッコリしている。
勇者の初期装備でお馴染みのひのきの棒を片手に、ちゃんと男のシンボルは薄汚れた布で隠した姿で走ってくる。走る揺れによりシンボルがチラチラとこんにちわしており、嫌なチラリズムを知ってしまった。
「そぉいっ!!」
手短に2体とも首を刺して絶命させる。
スライムとは違い消えていくことはない。この死体をどうしたものか。
新手が現れる前に討伐証明であるゴブリンの角を取る。
「死体消えてくれないかなー」
死体を持って帰るのも面倒だが、放置するのも道徳的に心苦しいものがあった。
ゴブリンが消えないのはサイズの問題であり、通常一日もほっとけば消えるのだがそんなこと知らないカナメは頭を悩ます。
「ま、10体倒してから考えるか」
お気楽に考え森へと入ることにした。
カナメは討伐依頼書をちゃんと読んでいなかったため知らなかったのだ。ランクEのゴブリン討伐は森から出てきたゴブリンの討伐であることを。
ゴブリンの森はゴブリンメイジやゴブリンナイト、ランクBの討伐対象であるゴブリンキングまで生息するゴブリンの楽園だということを。
知らずにサクサク森の中を歩くカナメ。ゴブリンも首を切れば一撃だったのでスライムと同じ要領で乱獲し、武器と防具、新しい靴を買おうと思っていた。
森に入るとこちらに気づいたら襲い掛かってくるゴブリンばかり現れたが、だんだんとすぐには襲い掛かってこなくなった。手にしている武器もひのきの棒から長剣や杖と変わっていく。
魔法を放とうとしているのか、杖をくるくる回し始めたゴブリンを最優先でさばき、長剣をもっているゴブリンはカナメに切りかかろうと両手で大きく振りかぶった隙を狙って胸から首にかけて短剣で切りつけ絶命させる。
自分Dランク相当のモンスターを相手にしているなんて思いもせず、次々とゴブリンをさばいていった。
そして森の奥深く、流れの穏やかな綺麗な川がある開けた場所に出た。
「聞こえたら助けて欲しいのらねぇ」
子供のような声が聞こえた。
辺りをキョロキョロ見回してみる。
「お?もしかして聞こえてるのら?ここなのらよ。真上の木の上にいるのら」
見上げてみるとそこには、木のうろから抜けなくなっている動物がいた。フェレットのように胴体が長い謎の動物だった。
慎重に木を登って力任せに引き抜いた。
「痛ー!!初めてはもっとやさしくして欲しかったのら!痛かったのら!」
よく見てみるとフェレットではなくカワウソのようだ。水族館で見たことのあるコツメカワウソによく似ている。言葉が通じている時点で普通の動物ではないのだろう。
「お前、魔物?」
短剣片手に質問する。
「魔物と似たようなものだけど、幻獣と言って欲しいのらねぇ。そしてナイフをしまって欲しいのらねぇ」
短い後ろ足を前に出して座り、背中を丸めおっさんのような座りかたをしてきるが愛くるしい見た目の生き物だ。ウサギと同じで、倒すのは可哀想なので言う通り短剣はしまった。
「ハンターさんありがとう。助かったのら。こんなところで何してたのら?」
「ゴブリン10体討伐するクエスト受けてここに来たんだ」
「ゴブリンならもっと森の浅いとこなのらよ。この辺はゴブリンナイトやメイジが棲んでるのら」
「は?ゴブリンはゴブリンだろ?」
「何も分かってないのらねぇ。初心者にも程があるのら。ゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンメイジはまったく別なのら。そんなんじゃハンターやってけないのらよ」
フンと鼻をならして小馬鹿にしたようにヤレヤレとポーズする。実に腹立たしい。
「ハンターが本業じゃねぇ。俺はラーメン屋台が出来たらいいんだよ」
「ラーメン?人間の食べ物にそんなのあったのら?」
「あー、こっちにはないらしい。スープに麺が浸かった料理だ。上に野菜と豚が乗ってる」
「豚?あの臭い肉を食べるのら?」
「臭み抜いてちゃんと処理すればホロホロ溶けていくような極上の肉になるんだ」
極上の肉という単語に反応し、キラキラ目を輝かせる。
「食べたい!食べたいのら!僕お兄さんについていくのら!!」
「いや遠慮するわ」
お前ムカつくもん。とは心の声である。
「ボク役に立つのらよ?魔物の知識豊富なのらよ?ハンター初心者のお兄さん」
んん?いいのかなー、そんなこと言っちゃって。と言わんばかりのコツメカワウソ。可愛いよりムカつきが上回る憎たらしさだ。
「そういうことなら、まぁいいか。よし、ついてこい」
「やったのらー!極上お肉食べれるのらー!」
残念ながら豚肉まだ手に入ってないから食えないけどな。
こうして自称幻獣のコツメカワウソが仲間になった。
帰りにギルドで討伐報告をして、報酬を受取り宿へと向かった。
カナメが帰ったあとのギルドでは受付嬢が上司に規格外がまた面白いことになっていると報告していた。
カナメが肩に乗せていた動物に話しかけていたので、「可愛らしいペットですね」と言うと「ペットじゃないです。幻獣だって本人、本獣?は言ってます」と返ってきたのだ。
幻獣なんて伝説の生き物である。召喚士が命を懸けて契約する幻の獣だ。ゴブリンの森に討伐に行って出会えるような生き物ではない。しかし、人間と会話の出来る生き物なんて幻獣くらいしか考えられない。
上司はハンター登録して2日でCランクのゴブリンナイトを狩り、伝説上の生き物である幻獣を連れて帰ったという新人をどうすればいいのかわかるず頭を抱えるのであった。