第六話
ジェムを全部拾い集めたボクたちは、その後、賢者ユアンの案内で近くの街へと向かうことになった。
千里の道も一歩から。
魔王退治をするといっても、いきなり目の前に魔王の棲み処があるわけでもない。
ボクたちは鬱蒼とした森の中を、てくてくと歩いていく。
ユアンの話によると、魔王が待ち受けているという魔王城は、ここからずっと西に向かった西の果てにあるとのこと。
逆に、ボクたちが今いるこのあたりは、大陸の東の果てにあたるらしい。
魔王城から離れている分だけ魔王軍の勢力も弱く、モンスターも弱いものが多いんだとか。
……けど、どうなんだろう。
ゴブリンは変身して戦ったら楽勝っぽい感じだったけど、あれってこの世界のモンスターとしては、どのぐらいの強さなのか。
やっぱりほかのモンスターはもっと強いのかな。
強いとして、どのぐらい?
でも、そんなの実際に出遭って戦ってみないと分からないよなー、とかも思ったりしつつ。
ボクはそれよりも、今できることに夢中になっていたりするのだ。
「ねぇ真名、さっきからずーっとそうやってカードをピコピコしてるけど、それ楽しいの?」
勇希がボクの背後から、抱き着くようにもたれかかって聞いてくる。
重いし暑苦しい。
でも勇希の柔らかい腕が絡みついてきて、背中には胸が当たってて、ドキドキもする。
ボーイッシュな印象が強い勇希だけど、その体つきはボクの百倍はちゃんと女の子だ。
「……スキルを見てる。……スキルポイントが3ポイントあるから、勇希も取りたいスキルがあったら取れるよ」
「よく分かんないにゃー。真名があたしの分まで決めてよー」
「……いいけど、今はボクの分だけで忙しいから、あとでね。……それから勇希、重いし暑苦しい」
「えーっ、いいじゃんもっと抱き着かせてよ。たくさんぎゅーってしていいってさっき言ったじゃん」
む……そんなこと言ったっけ……?
……ああ、そういえば。
ゴブリンと戦っているとき、これを切り抜けたらいくらでも抱き締めていいとか、口を滑らせたっけ。
んん……ボクが自分で言ったことならしょうがないか。
責任は取ろう。
「……わかった、それは言ったボクが悪い。……どうぞ、気が済むまでそうしてて」
「やりぃっ! んー、真名のいい匂い。癒されるなぁ」
「……それじゃ変態さんだよ、勇希」
「変態さんでいいもーん。それで真名とイチャイチャできるならさ。えへへー」
嬉しそうに笑う勇希。
勇希って本当、太陽みたいだ。
まあ、さておき。
スキルのことに戻ろう。
ボクは勇希を抱きつくに任せておいて、自分は勇者カードに目を落として、そこに書かれているスキル名を眺めていく。
勇者カードのトップページ(ボクの魔法使い姿のイラストが描かれている画面。もう面倒だからこういう呼び方をすることにする)から「スキル取得」と書かれているキーをタッチすると、カードの表示がこのスキル取得ページに移動する。
スキル取得ページには、ボクが取得可能なスキルのスキル名と必要スキルポイントがずらーっと並んでいて、よく言えばより取りみどり、悪く言えば選択肢が多すぎて何を選んだらいいのか分からないぐらいの状態だ。
例えば、一部だけ抜き出して示すと、こんな感じ。
***
フリーズアロー(1)
サンダーアロー(1)
スリープ(1)
ブラインドフォッグ(1)
エクスプロージョン(2)
モンスター識別(2)
HPアップⅠ(2)
MPアップⅠ(2)
攻撃力アップⅠ(2)
防御力アップⅠ(2)
魔力アップⅠ(2)
魔防アップⅠ(2)
素早さアップⅠ(2)
etc…
***
括弧内が必要スキルポイント。
ボクの今のスキルポイントが3ポイントだから、まあ取ろうと思えば現段階で一つか二つか三つぐらいのスキルは取れる。
とりあえず温存しておいてもいいんだけど……。
ボクはだいぶ悩んだ末に、取得可能スキルのリストから、一つのスキルを選んでタッチ。
すると「本当に取得しますか?」とメッセージが出たので、「はい」を選択。
ぴろん、と音が鳴って、残りスキルポイントが3ポイントから1ポイントに減った。
ボクは一度トップページに戻って、今度はステータスを表示する。
スキルの項目を見ると──
***
スキル
モンスター識別(new!)
***
というように表示が変わっていた。
括弧内の「new!」は例によって明滅しているのだけど、これは新しく取得したスキルだということを示しているんだと思う。
ちなみに【モンスター識別】は、モンスターのステータスや弱点なんかを見ることができるようになるスキルだ。
で、これでスキルポイントを2ポイント使ったから、残るは1ポイント。
残しておいてもいいんだけど、せっかくモンスターの弱点が分かるスキルを取ったってこともあるし──
ボクはスキル取得の画面に戻って、もう一つ、スキルを取得した。
正確にはスキルじゃなくて呪文だけど。
ぴろんと音が鳴って、残りスキルポイントは0に。
ステータス画面に飛ぶと、「呪文」の欄がこんな感じに変わっていた。
***
呪文
フレイムアロー
フリーズアロー(new!)
***
ん、よし。
これで冷気が弱点のモンスターが出てきたときに弱点を突けるはずだし、炎に耐性を持つモンスターが出てきたときでも対応できるはず。
──と、ボクにへばりついてそれを見ていた勇希が、こんなことを聞いてくる。
「ねぇ真名、そういうのってどうやって決めてるの? あたしにはちんぷんかんぷんなんだけど」
「……まあ、いろいろと」
ゲーム慣れしていると、こういう勘も身についてくる。
いや、これはゲームじゃなくて異世界なんだけど。
と、そんなことを考えていたときだった。
神琴の鋭い声が聞こえてきた。
「二人とも、べたべたするのは別の機会にしてくれ。──また現れたようだぞ、連中が」
その警告の言葉を聞いて、ボクはさっと気を引き締める。
勇希もボクから離れ、前方へと視線を向けた。
「キキィッ……!」
「キーッ、キーッ!」
ボクたちの視線の先、森の木々の向こうから姿を現わしたのは、再びのゴブリンの群れだった。
何やらボクたちの姿を見て、喜んでいるようにも見える。
数は最初のときより少なくて、二十体ぐらい。
だけど──
その中に、最初のときにはいなかった、ちょっと見た目の違うゴブリン(?)が四体いた。
うち三体は、ゴブリンとは思えないぐらいガタイがいいやつ。
工事現場とかで働いているマッチョなおじさんぐらいの体格で、筋肉もムキムキだ。
そしてもう一体は、体の大きさは普通のゴブリンと一緒ぐらいだけど、派手な羽飾りの冠と腰巻きをしているやつ。
それを見た賢者ユアンが言う。
「あれはホブゴブリンと、ゴブリンシャーマンか。普通のゴブリンより少し手ごわい相手だけど、キミたちなら大丈夫だろう。──僕は手出ししないから、頑張って」
ユアンはそんなことを言いながら、後ろに下がってしまった。
ユアン、賢者とかいって本当は弱いんじゃないの、という疑念が頭に浮かぶけど……まあいいや。
ユアンが大丈夫だというなら、多分そうなんだろう。
きっと恐れるほどの相手じゃない。
それならボクたちの力が普通のゴブリン以外の相手にどれだけ通用するのかを確認するいいチャンスだし、【モンスター識別】の実験にもちょうどいい。
ボクは二人の親友に声をかける。
「……勇希、神琴。……やれる?」
「当然。真名には一匹たりとも近付かせないよ」
「降りかかる火の粉だ。払うよりほかにあるまい」
ボクたち三人は互いにうなずき合うと、それぞれに勇者カードを取り出して、ゴブリンたちを待ち受けるように前に出た。