第五話
「ふあああっ……! ば、バカ、勇希……! 押し倒して押さえつけて、何をする気だ……!」
「何をする気かって……? 神琴がエッチなピーちゃんに浮気をするなら、あたしのことを一番だって思ってくれないなら、もう神琴の気持ちなんて考えないってことだよ。あたしはあたしの想いを、自分勝手にぶつけるだけ──」
「だからその設定は何なんだ!? ごっこだよな!? ごっこなんだよな勇希!? ちょっと待て、目が怖い! わぁああああっ、助けてくれ真名ぁ! 勇希がちょっと本気入ってる!」
ボクが賢者ユアンと話している後ろでは、勇希と神琴の茶番劇が相変わらず続いているようだった。
……まったくもう。
話を聞く気がないにしても、せめてもうちょっと静かにしていてもらえないかな。
さておき、それは無視して話の続き──
「えっ、ちょっと待ってくれ真名!? 無視なのか!? 本当にヤバいんだって!」
「ふっふっふ……真名のピコハンが飛んでこないということは、あたしは嫁の許しを得たということ! もはやあたしに怖いものなどなぁあああい! さあ神琴、覚悟してあたしの──あうっ」
ぴこんっ。
ボクは自分のカバンからピコピコハンマーを取り出して、勇希に向かって投げつけておいた。
だからうるさいんだってば。
で、なんだっけ──あ、そうそう。
変身して、勇者の力を使っていられる制限時間の話だった。
「……で、この『ステータス』を見れば、変身していられる時間が分かるの?」
ボクは賢者ユアンに質問する。
フードの銀髪美少年は、笑顔で答える。
「ステータスの一番下に、『ブレイブチャージ』っていうのがあるでしょ? それがブレイブフォームを維持するために必要なエネルギーなんだ」
「……ほうほう」
どれどれ……と、あった。
ステータスの一番下に、「ブレイブチャージ 97%」と書かれている。
「……これ、一度減ったら、もう回復しない?」
「ううん。ブレイブフォームを解除しているときには、徐々に回復していくよ」
「……じゃあ、ずっと変身していたらダメで、普段は生身のままでいたほうがいいってこと」
「そういうことだね」
「ふぅん……」
ボクはさらに「ステータス」を見ていく。
HP、MP、攻撃力、防御力……この辺はまあ、特に聞かなくてもだいたい想像がつく気がする。
まったくわからないのは──
「……この『所有ジェム』っていうのは、何?」
「ああ、『ジェム』っていうのはね──と、あったあった」
賢者ユアンはきょろきょろとあたりを見回してから、足元から何かを拾い上げると、それをボクに渡してきた。
キラッと光る小さな宝石みたいなもの。
ボクはそれを受け取ると、目を凝らして見る。
大きさは小指の爪ほどもない。
綺麗にカットされた宝石ではなくて、どっちかというともっと武骨な原石みたいに見える。
「……これが、『ジェム』?」
「うん。それはゴブリンが落としたジェムだね。まわりを見れば、ほかにもたくさん転がっていると思う」
言われてあたりを見渡すと、ユアンの言うとおり、下草の生えた地面のあちこちにキラキラと光るものが落っこちているのが分かった。
「ジェムは『お金』だと思ってもらえばいいよ。──それを勇者カードに乗せてみて」
「……勇者カードに乗せる? って、こういうこと……?」
ユアンに言われたとおりに、渡されたジェムを自分の勇者カードの上に乗せてみる。
すると──
宝石は淡い光を発したかと思うと、そのままカードの中に吸い込まれていってしまった。
あとに残ったのはカードだけで、宝石の姿はどこにもない。
「おー……」
思わず驚きの声が出た。
そして、もしかしてと思ってカードを見ると、ステータスの「所有ジェム」の値が「0」から「2」に増えていた。
なんかすごい。
異世界の神秘だ。
「ジェムは装備のパワーアップや、アイテムを入手するのに使えるよ。それもカードで操作できる。あと、街でお金の代わりに使うこともできるね」
「……お金の代わり? ……カードに入れたジェムは、取り出せるの?」
「うん。勇者カードの操作で、ジェム取り出しっていうのがあるから、それで」
なるほど。
言われたとおりにやってみると、勇者カードに吸い込まれたジェムが、再びカードから出てきた。
「だいたい1ジェムあれば宿屋で一泊できて、2ジェムか3ジェムもあれば普通に一日暮らせるはずだよ。贅沢をしなければね」
「……これ、モンスターを倒せば出るの?」
「うん。今拾ったそれはゴブリンのジェムだからそんなに価値は大きくないけど、強いモンスターが出すジェムほど大きくて価値が高いっていうのが一般則だね」
ほうほう。
ならモンスターさえ倒していれば、お金がなくてひもじい想いはしなくて済みそうだ。
1ジェムは二千円から三千円相当ぐらいと思っておけばいい感じかな。
ゴブリンが落とすのが一個2ジェムなら、全部で三十体ぐらい倒したとすると……おー、なかなかいいお値段。
とりあえず、全部回収しなければ。
「……勇希、神琴、茶番劇終わった? ……そのへんに小さな宝石がたくさん落ちてると思うから、拾うの手伝って」
ボクが呼びかけると、微妙に乱れた服装を直しながら二人が戻ってくる。
神琴は少し頬を染め、恐ろしい怪物の魔の手から救われた乙女のような安堵の表情を浮かべていたけれど、それはさておいて。
一方の勇希が、ボクの顔を覗き込んで一言。
「ねぇ真名、目が¥マークになってるよ。金の亡者っぽいよ。清純派としてそれはありなの?」
「……勇希、お金は大事だよ。……先立つものがないと、ごはんも食べられない」
「所帯じみてるなぁ」
ふっ、何とでも言うがいい。
ボクはSNSとかでプロの漫画家のつぶやきだって見ているから、この世の世知辛さをよく知っているのだ。
ボクはそんなことを思いつつ、ホクホクしながらジェムを拾い集めていく。
やっぱりこんなボクには、勇者とか似合わないんだよなぁ、なんて思ったりもした。