2 提案
のめり込んだら自分としては少し書きすぎました。それなのに見直してみると全然進んでない!今度は主人公を転生できるように頑張ります。
このサイトの機能にもやっと馴染んできました。
男は誰が見ても整然とした良い顔立ちをしていた。こめかみを通して上あごから下上げにかけての輪郭はしっかりと細く切り取られ、長細い眉毛に乗った目は両端がくっきりとしており、収められた瞳は見ているとすらりと引き付けられるような印象を与える。男は椅子に座り背中をゆったりと背もたれに預け、両肘をひざ掛けに置いている。
髪は黒橡色で淡い黒色で古めかしい感じがし、それはてっぺんから無造作に垂れていていたがそれでいてその一本一本が良いように整頓されているので大人びた青年に見えてしまう。
男が身に着けている服は上下とも佳が学校に行くときによく見る社会人が使う黒スーツで、表面の生地はまるで霧に濡れたようにしっとりと輝き、手には動物の皮の手袋をして漆盆の滑らかさとしたたかさを持っている。そんな中に肩回りから腕にかけて描かれる蒼天の空色の三本筋と同色のネクタイは、男の人の瞳とは別に佳の気を引いた。
佳が男の綺麗に着こなした容姿に見入っていると男の方から声がかけられる。
「こんにちは。」
男の突然の挨拶に佳はうまく回らない舌を動かす。
「え?あっ、俺ですか?」
何とか言葉を紡いで佳は言った。
「そう、君。 なんでここにいるか分かる?」
男はさして表情を変えずに少し生真面目に佳を見つめながら言う。
佳は男からの質問に必死に頭を巡らすが皆目見当などつかない。気が付けばこの白い空間にいて、佳の知る元の世界のいたる所を想起しても思い当たる節などないからだ。
そうやって佳が慌てて思考の中に埋まり返答に困っていると男の方から応える。
「君の名前は氷室 佳だね。君をここに連れてきたのは僕だよ。生前,君は悲しくも飲酒運転をしていた運転手によって自動車で轢かれて死んだんだよ。そこで僕は君のいわゆる魂のようなものを掬って、それをこの空間に再現した君の人体に繋げたんだ。」
言い終えると男は顔を傾け、右の手で頬を突いて佳に返答の余地を持たせる。
佳は続いて情報を整理するがこれが夢か現なのか付いていけずしどろもどろになりながらも何とか会話を紡ぐ。
「え、俺死んだんですか、それもそうだけど、えと、あなたはどうゆう人なんですか。」
最後は少し遠慮がちになりながら佳は質問を言い切る。
「どうゆう人って言われてもね。僕の名前はヴァラヌスだよ。別に神様ってわけでもないから、君にしてあげたようなことができる人ってことで良いよ。因みに君は死んだよ。元の、つまりは君の住んでいた世界ではね。」
ヴァラヌスはまた表情を変えていないが佳には男が小さく、気づかれないように笑ったような雰囲気を受けた。
「じゃあ今ここにいる俺は生きているんですよね。なんでここに。」
佳はしゃべっている内に脳に整合性を合わせるためこれは夢なのではと思い始めていた。事実、こんな素っ頓狂な空間で人を生き返らせられる見知らぬ男の出現にはテレビの芸能人かよほどの奇人でなければついてこれないであろう。
意味不明な状況に一応対処しようと決めた佳は半信半疑でヴァラヌスの答えを待つ。
「理由は僕が君を必要としたからで、そのことに関しては君がこれから行ってもらいたい世界に関係しているね。」
「世界。それってどういうことですか。」
「元々君にいた地球とは別の星だよ。聞きなれないなら、異世界って言うと分かり易いかな。それにしても君、僕は何ともなく流したけど自分が死んだことに関しては触れないんだ。」
ヴァラヌスは居住まいを正して最初の姿勢に戻ると、声のトーンを落として言う。ここで初めてヴァラヌスという男からのある種、感情のこもった感想のような物がでた。佳には目の前にいる男がどうしても感情の起伏が見いだせない人物だと思っていた。余計にひた隠しにしているわけではなく、男が纏う雰囲気は煙に巻くというより、ありのままのような単純な人柄だと認識させる力がある。
穏やかで余裕のある会話のテンポは逆にそれに沿った慎重さがあるのだろうと。
佳はヴァラヌスの質問に意識の奥にしまい込んでいた感情を引っ張り出される。
「あの、これって夢とかじゃないですかね。死んだってじゃあ何でここに。」
嫌な予感がする。圧迫されていた、すぐに夢だと決めつけて意識しないようにしていた恐怖が血に気を勢いよく引く。
「さっきも言ったけど君は自動車に轢かれて死亡。きっと家族、親戚は君の死を悼んでいるだろうね。」
「じゃあ何でここに。」
今度は急き立てるように、佳はヴァラヌスに突き立て言う。体中を駆け上る緊張は頭を締め付けて一切の余裕を与えてすらくれない。佳には明晰夢を見たことはないがいい加減この空間が夢の類ではないと理解し始める。
「それもさっき言ったよ。僕がこの空間に君を生き返らせたんだよ。」
今度は、今度ははっきりとその瞼をゆっくりと落とし事務的に言う。それがまた佳には棒読みのように聞こえて、つまらない物を見るような、心の一点を見透かす視線に苛立ちを覚える。
「それなら!」
言いかけてやめた。認めたくない、ただの意味不明な妄想の記憶であってほしかった光景が頭をよぎる。普段あまり頭の回るほうではない佳だが足掻きの手を緩めると今更思い出したかのような、右半身にうずくように現れる鈍い感覚に、否定が力を失いだらりとぶら下がる。
「なら、証拠を見せなて下さい。」
今ならまだ質の悪い悪夢で済む。きっと引き返せる。いきなり目が覚めて、うるさい携帯の目覚ましを消して相変わらず人の多いい電車に乗って。そのころにはこんな悪夢も忘れてる。そう自分に言い聞かせて佳は俯いて、最後はか細く、佳は言う。
「それもそうだね。ちょっと待ってね。」
そう言ってヴァラヌスは座っていた椅子から立ち上がると椅子を後ろに引き、右の内ポケットに手を入れる。
すると佳とヴァラヌスの間を中心として一辺が四メートルほどの四角い映像が鮮明に映し出される。そこには人だかりに囲まれ口から血を流して倒れる佳の姿があった。次に、画面が切り替わり白と黒の塊が映し出される。
塊は佳の瞳の中でだんだんと人や白と黒の幕に代わり、喪服を着た人、鯨幕に変貌する。
映像が消え、沈黙が二人を包む。数秒後、ヴァラヌスはそんなの関係ないとばかりに元あった位置に椅子を直し座る。佳が黙っていると、
「まあ、これすらも夢って言われたら、たとえ君が目を覚まさない限り半永久的にこのままだし、かといって君をもとの世界に戻しても厄介なことになるんだよね。ほら、わかるでしょ。」
下を向いたままの佳は重くのしかかる絶望に未だ動けずにいる。まるで胡蝶の夢のような、どちらを信じたらいいのか分からない状況に困窮する。
無情にも打ち付けられた現実は人を叩き落すだけではなく、その者の足を砕くことさえある。佳は希望という糸を手繰ることを諦め、自らの死というすべての損失に自分を構成する世界の失墜に浸かるままなのだ。
「ねえ、落ち込んでるところ悪いけど君を元の世界に生き返らせることはできないけど、別の世界に生きかえらせることはできるんだよ。」
ヴァラヌスは少し前のめりになって佳の顔を覗くように話す。
もうこの世の不条理を味わい切った様子をした佳にとってはまた生きれるという言葉は灼熱の荒れ果てて不毛になった大地にほんの一滴の清水が与えられるようだった。
「また生きてられるんですか俺は。」
「もちろん、そうじゃなかったらなんのためにここに呼び出したのか説明がつかないだろ。それにさっき言った通り、それは君にとある世界に行ってもらいたいからだよ。嫌じゃなかったらね。」
ヴァラヌスは続けて言う。
「氷室 佳君、これは提案だよ。これから話すことは他言無用で頼むよ。話を聞いた後で君が決めると良い、自分がどうしたいか。」
そういって男は今度こそ、その口の両端を小さく上げ、いかにも親切そうに笑った。
きっとそれは仄かに見せた悪魔の微笑なのだ。
全然進んでないじゃん。と思う人は絶対いますよね。ここまで読んでくれた方に対しては感謝と罪悪感を持たずにはいられません。次こそは異世界に転生を!