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 オレとウカは暫く、その門を静かに見上げていた。

 蔦が絡み草が繁って……12年も手入れを怠ると、ここまで異質なモノになるんだな……。

 葉に半分ばかり隠れ、少し塗装が剥げ色褪せた小人の笑顔が、なんだかこちらを嘲笑っているように見えた。


 門の奥には、金属のバーを押して回すタイプの入り口が設置されている……が、それは鉄格子のようなシャッターで一面覆われていた。

 すぐ横の職員用の扉も、鍵がかかっているのは明らかだ。確かめるまでもないだろう。

 そう思っていたら、ウカが突然扉に駆け寄ってガチャガチャとやり始めた。

 押したり、引っ張ったり、横に引いてみたり、最後には蹴飛ばしたり。

 そしてとうとう手を離し、涙目でオレのことを見る。かわいい。


「……ヤマトぉ……どうしよう?」


「お前、まさか入る手段を考えてなかったのか?」


 無言で頷くウカ。……こいつ、やっぱり馬鹿だ。

 オレはため息を吐きながら頭を軽く振り、彼女の手を握る。


「安心しろ、侵入経路はちゃんと調べた」


「おー! 入れるの? メリーゴーラウンド見れるの!?」


「多分な。おいコラ跳ねんな」


 オレはウカの手を引いて歩き始める。

 遊園地の周囲は背の高い柵で囲われ、更にその内側には目隠しの木々が植えられている。

 オレたちは道を外れて柵沿いにしばらく進む。すると、その囲いの一部に不自然にベニヤ板が立て掛けられていた。よし、情報通り。

 板の大きさは半畳ほどの正方形。風雨に晒され少しボロくなっているそれを動かすと、柵の一部が見事に切り取られていた。

 

「わー、ヤマトこんなの用意してたの?」


「オレじゃねーよ。どこかの物好きが頑張って切ったんだとさ」


 物好きはどこにでもいるものだ。

 廃遊園地というマニア垂涎のスポットに群がる連中は当然いて、こういう道も勝手に作られている。

 今までの道を歩いてきて実感したが、この辺りにはほぼ雑木林と畑しかない。

 こんな柵を切るような作業をしても、目立つようなことはないだろう。


「うんうん、やっぱりここのメリーゴーラウンドの価値が分かる人もちゃんといるんだねー」


「いや、切ったのは謎を解き明かすうんちゃらって書いてた奴だから、肝試しか何かだろ? そういえばそいつ、突然消えたとかなんとか……まぁ、メリーゴーランドは関係ないな」


「えー、きっと私たちのお仲間だよ」


「お仲間にオレを巻き込むな」


 そんな軽口を交わしながら、オレたちはその穴を潜る。そして、その奥の踏み倒された跡のある木の隙間を通って園内へと侵入を果たした。






 園内は思ったほど荒れてはいなかった。

 なんとなくイメージしていた廃墟よりかはずいぶんとマシだ。ただ全体的に古びて汚れが目立ち、雑草が目立つといった感じか。

 しかしそれよりも、誰もいない荒廃した遊園地という目の前の景色が、ひどく現実離れしていた。

 広場の噴水はすっかり枯れ、看板はかなり色褪せている。木陰のベンチは薄汚れていて、その近くには横倒しになったのぼりが朽ちようと眠っていた。

 そんな近景に対し、少し遠くには普通にジェットコースターや観覧車が見えていたりするのだから、余計に混乱してしまう。



 ふと、その景色がブレて頭の奥の何かと重なるような……既視感(デジャヴ)が一瞬走り抜けた。



 ……この景色は、いつか見たことがある……。

 オレは以前、ここに来たことがある、のか?

 廃園になったのが12年前なら、まぁあり得なくはない話だが……いや、遊園地なんてどこも似たようなもの。きっと気のせいだろう。

 やけに頭が痛いのは、何故だ?


「ねぇ! メリーゴーラウンドはどっちかな!? 早く行こうヤマト!!」


 オレの様子も気に留めず、繋いだ手をブンブンと振って催促するウカ。

 その大きな瞳は爛々と輝き、手を離せば今にも駆け出してしまいそうだ。


「待て待て、まずは園内マップが欲しい。ここは結構広いらしいからな、マップ取得は探索の基本だ」


 大抵の遊園地なら、入り口近くに必ず案内板が設置されているはずだ。

 オレとウカは広場を抜けて、先ほどの門の方向へと進んだ。


 案の定、そこには巨大な案内板が立てられていた。

 なるほど、ここは結構広い遊園地だ。それに各アトラクションを繋ぐ道は無駄に曲がりくねっていてややこしい。

 目的のメリーゴーランドは……ふむ、真ん中から少し外れた向こう側だな。


 オレはポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して両手で構える。

 ズームを調整して撮影し、それからちゃんと撮れたか確認を始めた。


「くっそ、色褪せてるせいで所々分かりづらいな。色調補正したら見えるようになるか?」


 あーでもないこーでもないと、オレは画像を弄ったり撮影し直したりしてみる。

 こういうのは一度始めると凝っちゃうんだよな。

 最終的にコントラストを弄ったら良い感じになったから、オレは納得して頷いて……そこでようやく、重大な事実に気付いた。


「ウカ? …………おいウカ! どこ消えたよ!? くっそ!!」


 隣で手を握っていたはずのウカが忽然と消えていた。

 いや、撮影のために手を離したのが不味かったんだろう。

 目の前にメリーゴーランドまでの地図があるのだから、あいつならそれを見て突っ走ってしまうのは残念ながら当然のことだ。

 しかしあいつは地図が読めない。むしろ地図だけ渡して1人で歩かせたらブラジルにでも辿り着きそうな奴だってのはオレがよく知っている。


 いや、普通彼氏を放置して勝手にメリーゴーランドに行こうとするなんてあり得ないと思うだろ?

 でもウカはそれを平気でやる奴だ。信じられないことに、彼女はそこら辺の常識というか、リミッターが完全にぶっ飛んでいる。

 なんというか、色々と欲望に忠実なんだよ。

 常識外れなくらい素直で、本能的に生きていて、甘えるときはとことん甘えてきて……あー、一応オレたちはまだ健全な付き合いだからな?

 とにかく、そんなウカにとってメリーゴーランドの存在は鼻の前に吊るされた人参のようなものだ。

 つまり、暴走するのは目に見えていた訳で……うん、オレの失態だなこりゃ。


 オレは駆け出そうとして……その寸前でようやく、電話をすれば良いと気付く。

 アドレス帳にも着信履歴にも、自宅と彼女の番号しかないのだから呼び出すのは簡単だ。

 素早く発信の操作をして耳に当て、呼び出し音を聴く。…………留守番電話に繋がった。


「…………」


 オレは無言で切ると、即座に再度発信する。……留守番電話。留守番電話。留守番電話。


「……なんで出ないんだよ!?」


 思わず叫んでから、ふと数時間前に電車の中で上がった話題を思い出した。


『あのね、昨日このスマホの新しい機能知ったの! ここをこうすると……ほら、これで一切の音が鳴らないんだって。いちいち電源切らなくて良いのは便利だよねー』


 それ常識だから。じゃなくて……あいつ、その操作を実演してたよな。間違いない。

 つまり、ウカが自発的にスマホを見ない限り着信に気付くことはないってことだ。

 そして、夢中になったあのバカはメリーゴーランドの撮影でもしない限りスマホに触る可能性はほぼない。ついでに撮影を優先して着信履歴など軽く無視するだろう。

 まぁ、それ以前にメリーゴーランドに辿り着くとは思えないが。


「この広い園内を探すのか……マジかよおい……」


 いや、探さずとも暗くなればさすがに連絡が付くだろうが、それよりも放置してウカが怪我をしたりしないかがまず心配だ。

 あいつは運動神経は決して悪くはないが、それ以上の無茶を平気でする。

 それにここは廃墟な訳だし、どんな危険があるか分からない。更に暗いとオレでも危ないだろう。

 ならば、暗くなる前にウカを探さねばならない。

 スマホの時計をチェックする。……日没まで、おそらくは3時間程度か。

 それまでにウカを見つけるという明確な目標を立てた上で、オレは行動を開始した。



 なんだか、とても嫌な予感がしやがる。


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