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「……ったく、メリーゴーランドの何が楽しいってんだよ。ガキじゃあるまいし……」


 夏の陽射しにじんわりと蒸し焼きにされているかのような気分を味わいながら、オレは柵に肘をついて目の前で回り続けるメリーゴーランドに目をやる。

 少し掠れた賑やかな音楽を垂れ流しつつ回転するメリーゴーランドには、幾人かの子供(ガキ)やその親たちに混ざって一人の女子高生が乗っていた。

 白い木馬の上でニコニコと嬉しそうにこちらに手を振る彼女の名前は八神宇花、半年前から付き合っているオレの彼女だ。


「ねーヤマトー! たーのしーよー! 一緒に乗ろうよーっ!!」


 ついにテンションが天元突破でもしたのか、最早叫び声と表現出来る大声で馬上からオレを誘うウカ。

 やめてくれ。遊園地なら近所迷惑もないだろうが、周りの生温かい視線が心に痛い。


「うるせーっ! それより手を離すな馬鹿!」


 思わず照れ隠しにオレまで叫んでしまった。恥ずかしいことこの上ない。


 ウカはケラケラと笑い声を上げながらオレの目の前をゆっくりと通り過ぎ、メリーゴーランドの裏側に隠れていく。

 その背中を見ていたら、ついに振り上げていた腕が二本になったのが最後にチラリと見えた。

 注意しようにも次の周回を待たなければならないのが微妙に腹立たしい。

 なんとなく、回転寿司で狙った皿を取り損ねた時の気分を思い出した。



 せっかく待ち構えていたのに、ウカの乗った木馬はこちらまで戻っては来なかった。ちょうど時間切れだったらしい。

 何故かたったそれだけのことに小さな胸の痛みを感じながら、オレはすぐそばの出入り口の前まで移動して彼女が降りてくるのを待つ。


 ぞろぞろと……と言うにはかなり足りない親子の列から少し遅れて、スマホを片手にウカは降りてきた。

 その様子だと、こいつはまたその辺の木馬やら天井やらを撮影していたようだ。

 ……頼むから係員には迷惑を掛けないでくれ。


「えへへー楽しかったー。ねぇヤマト、ちゃんと撮れた?」


「……ん、ああ。こんな感じ」


 オレは右手に持っていた自分のスマホの画面を彼女に見せつつ、もう片手に預かっていた帽子を頭に被せてやる。

 顎のラインで切り揃えられた黒髪にやや乱暴に被せられたことも全く意に介さず、ウカは画面を見据えて呟く。


「……うー……やっぱりヤマトは撮るの下手。かわいい白馬が半分も写ってない」


 え、主役は馬なのか? つか馬の全身撮ろうとしたら、多分お前の頭が見切れるんだが。


「うるせー、とりあえずあとで送るな」


「うむ、よろしくー」


 そう言って微笑むウカは無邪気でとても可愛い……のだが、平坦な胸に得体の知れないキャラクターが踊るTシャツにジーンズという格好は、残念なことに色気の欠片もない。

 彼女曰く、メリーゴーランドを楽しむならまずスカートを履くべきではないらしい。

 極力動きやすい服装で挑んでこそのメリーゴーラウンダー(なんだそれ?)なのだとか。


 まぁ、ウカのこんな服装は今に始まったことじゃない。

 同じ高校の制服以外のスカートなど見た記憶が全くない。オレは太もも派だからしっかり覚えている。間違いない。

 少なくとも今回含めもううんざりするほどこなした遊園地デートの全てにおいて、こいつはずっとこんな感じだった。



 ウカは重度の遊園地好き……もとい、メリーゴーランド好きだ。暇と金さえあればすぐ未知のメリーゴーランドに乗りたがる。

 なんでも都内にあるらしい世界最古のメリーゴーランドは既に制覇していて、次の目標は世界最大級……とか言っていたが、最大級と言われるメリーゴーランドは幾つかあるらしく、その全てを制覇するために目下アルバイトに精を出しているところだ。


 今までのデートも『デートという名のメリーゴーランド巡り』という主旨なのは間違いなく、今回も電車を乗り継いで古風で小さな遊園地に来ている。

 ……いや、そもそもここは本当に遊園地なのか?

 目の前のメリーゴーランドは確かに立派だ。しかしメリーゴーランドの他にはジェットコースター(を名乗ると苦情が来そうな低速な乗り物)の他、片手で数えられるほどしかアトラクションがないんだが。

 むしろ他が残念なせいで、派手なメリーゴーランドに違和感しか感じない。

 そして夏休みの今なら遊園地は大いに賑わうべきであり、こんな親子連れが散見される程度の客入りについ心配になってしまう。



「じゃあヤマト、私最後にもっかい乗ってくるねー」


「何度目だよおいっ!? ……ったく、好きにしやがれ」


「ヤマトは乗らないの?」


「馬鹿、いい歳してそんなのに乗れるかっての」


「…………メリーゴーラウンド、そんなに怖い?」


「……っ!?」



 図星だった。

 オレよりかなり身長の低いウカは、オレの顔を下から覗き込むように……全てを見通すかのように、上目遣いで問い掛ける。



「私が気付かないとでも思った? ヤマトのそれは、嫌いじゃなくて怖い、だよね? 最初の遊園地で私が誘ったとき、ヤマトの手、少し震えてたから」


「…………」


「……理由は……聞かない方が良い、のかな?」


「いや、違う。分からないんだ、オレ。メリーゴーランドに乗ろうとすると体が震える理由が、分からない」


「……乗らなければ、大丈夫なの?」


「まぁな。つかウカのせいで慣れた」


「あははっ、そっか!」


「おい、次乗らなくていいのか?」


「あっ! んじゃまた帽子よろしく。行ってくるねー」


 ウカはさっき被せたばかりの帽子をこちらに投げて寄越すと、慌しく出入り口に向かって駆けて行った。


 ……ったく、本当に好きなんだな。一緒に乗ってやれないのが申し訳なく思えてくる。

 少し無理すれば……乗れる、か?


「…………無理、だろうな」


 オレはそう小さく呟いて、溜息を吐く。



 果たしていつからかは分からないが、気がついた時にはオレはメリーゴーランドに乗れなくなっていた。

 一歩でも円の中に足を踏み入れた途端に目が眩み、冷や汗が流れ、身体が震え硬直する。

 そして耳鳴りと共に聞こえる、あの甲高い誰かの声……。



 ————妖精に連れてかれるんだよ————



 ふと顔を上げると、メリーゴーランドに乗ったウカの後姿が向こう側へ隠れようとしていた。

 その背中が、幼い誰かのそれと重なって見えて……。


 ……妖精に、連れていかれる……


「ウカ!!」


 オレは走った。彼女(・・)を見失ってはいけない。

 1人にしたら(・・・・・・)連れ去られてしまう(・・・・・・・・・)


 メリーゴーランドをぐるりと囲う柵に沿って駆ければ、歩く程度の速度で回るウカに追い付くのは容易だ。

 ウカの乗った木馬(今度は栗毛だ)に追い付いて見上げると、彼女はキョトンとした顔でオレを見下ろしていた。


「……ヤマ、ト?」


「…………ぁ」


 馬上からこちらを見下ろすウカと目が合い、思わず呆けてしまう。

 そっと柔らかな微笑みを返された。

 自分でも理解出来ない行動とその笑みに思わず照れてしまい、熱くなる顔を誤魔化すべくポケットからスマホを取り出し、彼女にレンズを向ける。


「うぇーい!!」


「……なんだよ、それ。あとその変なピースはやめろ」


 思いっきりズームしたこの画像は、オレ用に保存しておこう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 遊園地の売店はあまりにもあんまりだったため、オレたちは遊園地から出て少し離れたファストフード店で食事をしていた。

 手にしたポテトを大きく振り上げ、ウカは機嫌の良さがよく分かる声を上げる。


「今日のメリーゴーラウンドは良かった、実に良かった! 穴場とは聞いてたけどまさかここまでとはね!」


「そうかい、つかどこ情報だよ?」


「ん? 同好の士?」


「あー……はいはい」


 オレは溜息を吐きながら、飲み終えたコーラの蓋を外す。氷がうまいんだよな。


「そうそうヤマト、夏休みはまだお出掛けデートして良いんだよね?」


「また遊園地か? 遊園地は財布に優しくねーんだよ……出来ればそれ以外で」



 オレもバイトしてるけど、こいつとのデートはほぼ確実に遊園地ばかりになるから諸々の出費が怖いんだよな。

 そう考えながら、紙コップの中の氷を一口含んで思い切り噛み砕く。



「大丈夫、今度のはちょっと遠いけど入園料はいらないから」


「ん、それならオッケー。それにしても入園料取らないトコもあるんだな」


「あー、入園無料の遊園地のメリーゴーラウンドもおもちゃっぽくて良いんだけどね。今回は別」


「別? 遊園地じゃないとか?」


 確かこいつは某水族館にもメリーゴーランドが云々言ってたな……入園無料の水族館か?


「遊園地には違いないのだけど……裏野ドリームランドって、知ってる?」



 悪戯でも仕掛けるような笑みを口元に宿して、彼女はその名前を口にした。

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