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第9話 有りか無しか

 アクセルと結ばれてからも、何も変わりなく日は過ぎていった。

 最初の数日はバレてやしないかとヒヤヒヤしていた。しかし夫や子どもたちに疑われてなどいないとわかると、不思議なもので罪悪感は薄らいだ。

 アクセルとはそれからも、変わらず関係を続けてしまっている。


 いつも通りアトリエで絵を描いていると、夫のロベナーが入ってきた。その顔はご機嫌だ。


「どうしたの? 何かいいことでもあった?」

「ああ、ヨハナ家からいい返事がもらえそうだ」

「まぁ! 本当に!?」


 娘レリアの話である。夫に相談すると、彼は何とかコネを使ってヨハナ家との会食を取り付けてくれた。レリアは出席しなかったのでわからないが、娘も積極的に話しかけたのが幸いしたらしい。


「次の会食を向こうから指定してきた。今度はお前も出席してくれ」

「わかったわ」

「粗相はせんでくれよ。娘の結婚が掛かってるんだからな」

「わ、わかってるわ」


 娘が愛する人と結婚できるかもしれないのだ。絶対に、自分の失態で破談にさせるようなことがあってはならない。


「それはそうと、アクセル様に進呈する絵は完成したのか?」

「ええ。後は乾くのを待って、額に入れるだけよ」

「相変わらずちっともわからん絵を描くな。こんなのでアクセル様はお喜びになるのか?」


 完成した絵を指さすと、ロベナーには眉根を寄せて小首を傾げられた。


「……一応、アクセル様の希望通りに描けたと思うんだけど」

「ならいいが。今日も会うのか?」

「ええ、まぁ……」

「今夜も、泊まりか?」

「……アルバンの街の景色を描かなければいけないし……」


 アクセルとのお泊りデートの理由を、レリアはそう言って誤魔化した。アルバンの人に頼まれて、描いているのだと。

 もっともこれは完全なる嘘ではない。

 地方官庁の官吏のケビンという男が、アルバンの街の景色を描いた作品があれば欲しいと言っていたので、時間がかかってもいいなら賜りますと答えたのだ。実際はまだこれっぽっちも手をつけていないのだが、あちらで絵を描いているということになっている。


「だが、護衛役をアクセル様にやらせるのはどうなんだ?」

「……アクセル様は、乗馬を教えるついでだと仰ってくれているし……」

「乗馬くらい、アクセル様じゃなくても習えるだろう」

「彼はああいう性格だから、最後までちゃんと面倒をみないと気が済まないのよ」

「アクセル様がいいなら構わんのだが……あまりご迷惑をかけるなよ」

「わかっています」


 会話が終了して、ほっと息を吐く。ロベナーはいつも泊まりかどうかを確認してくるが、深くは突っ込んでこないので有難い。

 ロベナーが出て行くと、今度は息子のクロードがアトリエに入って来た。


「お母様、今日もお出掛けですか?」

「ええ……どうしたの?」

「…………」


 クロードはこの頃、どうも歯切れが悪い。何かを言いたそうにするのだが、それを言葉にすることはなかった。


「クロード?」

「今日は出掛けた振りをして、家で過ごしませんか?」

「そんな、無理よ……アクセル様との約束を反故にはできないわ。わかるでしょう?」

「……そうですよね。すみません、忘れて下さい」

「待って! どうしてそんなことをしなければならないのか、教えて頂戴」


 アトリエを出ようとするクロードを呼び止め、レリアは聞いた。しかし彼はやはり、何も言わずに暗い顔をしたまま出ていった。

 一体何があるのか。気にならないではなかったが、今のレリアはアクセルのことで頭が一杯だ。約束の時間が近付くにつれて息子の暗い顔は忘れ、アクセルの笑顔だけが頭に浮かぶのだった。


 そのアクセルと共に街道を駆けていく。もちろん走ってくれているのは、サニユリウスとシルバーロイツである。

 最初の頃は休憩を取りながら七時間近くもかかっていたが、今は休憩を入れても四時間あれば十分にアルバンの街まで行けるようになった。アクセルのレベルなら、飛ばして二時間半、街道を通らずに森を突っ切れば、二時間もかからず行けるらしい。

 馬に負担がかかり過ぎるので、滅多なことではしないが、と苦笑いしながら教えてくれた。


「そんなレベルに達すれば、日帰りできますわね」

「レリアがそうなっては困るな。泊まりの理由がなくなってしまう」


 アクセルは真剣に小難しい顔をして言うので、レリアは思わず笑ってしまった。


「うふふふふ」

「だが、森を通るのはどんなに急いでいる時でもやめてくれ。一般人が通れるようにはなっていないし、強い魔物が出て本当に危険なんだ」

「はい、わかっておりますわ」

「あと、夜も駄目だ。街道沿いでも、夜は魔物が出やすい。サニならばともかく、他の馬ではパニックを起こすからな。乗り手が冷静に対処できるならばいいが……」

「あら、ロイツちゃんでもパニックを起こすんですの?」

「少しな。喝を入れてやればすぐ冷静さを取り戻してくれるが。サニに比べるとまだまだだ」

 

 人だって、いきなり魔物が出れば驚く。それをものともしないサニユリウスの方が特別なのだろう。

 こうやって安心してアルバンまで遠出できるのは、サニユリウスのお陰だ。他の馬で来ようなんて気は、さらさら起きなかった。


 アルバンの街に着くと馬を厩舎に繋げて散歩する。ここは露店も多いが様々な施設があって面白い。

 今日のアクセルが向かった先は、競馬場だった。

 ジョージという男が取り仕切っていて、周りはどの馬が勝つのかを賭けているようだ。

 コースは障害物有りのコースと無しのコース。初級者、中級者、上級者に分かれていて、観客がレースに参加できるようになっている。


「アクセル様は出られないんですの?」

「俺は観る専門だな。こういうレースに出たことはない」

「出場なさればよろしいのに」

「やすやすと勝ってしまうレースに出るのは、経営に差し支えるだろうからな」


 成程、とレリアは頷いた。誰が勝つかわかってしまうレースなど、何の面白みもない。加えて経営者泣かせである。

 しかしその時、会場内がどっと沸いた。何事かと見てみると、ミハエル騎士団の隊長の一人、ロレンツォが馬に乗って現れたからだった。


「何と! ミハエル騎士団のロレンツォが参戦を表明!! このレースに参加される上級者を募集します!!」


 大きなアナウンスが流れ、アクセルは苦笑する。


「まったく、ロレンツォは目立ちたがりなんだからな」

「そうなんですの?」

「ああ。普通は誘われても辞退するものだ。どうせこのレースも、参加者なしで流れる」


 アクセルの言った通り、誰も名乗りを上げる者はいなかった。わざわざ恥をかくために出場する者はいないだろう。このレースはお流れになる。誰もがそう思った時である。

 馬上のロレンツォが、アクセルを見つけると指差してニヤリと笑った。そしてその指の腹を上に向け、ちょいちょいと誘うように曲げてくる。そこですかさずアナウンスが流れた。


「ああっと! ミハエルの騎士がもう一人! アクセルを、ロレンツォが挑発しているっ!!」


 周りの視線が一気にアクセルに注がれる。隣にいたレリアは、皆がアクセルを見やすいように少し引いた。当のアクセルは注目を浴びていることよりも、挑発された方にムッとしているようだ。アクセルは熱くなりやすい。


「レリア。すまないが、サニを連れて来てくれ。すぐにだ」

「は、はい!」


 アクセルは馬場に飛び降り、脚光を浴びている。アクセルも十分に目立ちたがりだ。そんなことを思いながら、レリアは急いでサニユリウスを連れてきた。牧場の厩舎にアクセルもロレンツォも戻ってきている。馬場を整備しているのだろう。


「サニユリウスを連れてきていたのか」


 馬を降りていたロレンツォが、驚いたように声を上げた。


「ああ、お前はシラユキじゃなくていいのか?」

「生憎、今日は一緒じゃなくてな。丁度いいハンディだろう?」


 さらに挑発してくるロレンツォに、レリアはヒヤヒヤしながらも二人を見守る。


「悪いが手加減はしない。格好悪いところを、見せたくない人がいるからな」

「……レリア・クララック殿か。感心せんな」


 ロレンツォはレリアを見て、眉をひそめた。彼は、レリアが既婚者であることを知っている。バラされるのではないかと、レリアは顔を伏せた。


「どういう意味だ」

「付き合っているのか?」

「ああ」

「別れた方がいい」

「お前がそんなことを言うとは……幻滅したぞ! ロレンツォ!」


 アクセルが怒っているのは、クララックの歴史を気にしたであろうロレンツォが許せないからだろう。実際はそうではなく、不倫をしているという事実をロレンツォは言っているに過ぎないのだが。


「目を覚ませ、アクセル。彼女と付き合っても、いいことなどない」

「失礼なことを言うな!」

「このレースで、俺が勝てば別れるんだ。お前が勝てば、俺は黙認しておいてやる」

「な、勝手なッ」

「折角レースをするならば、何か賭け事がなければ面白くないだろう? それとも棄権するか、アクセル」


 一方的で、こちらが不利にしかならない賭け事だ。普通は降りるべきであるが、アクセルという熱い男の辞書に、棄権などという言葉は記載されていないらしい。


「俺が勝てば、レリアに謝ってもらうぞ!」

「よし、それでいい」


 そこで主催者のジョージという男が、アクセルとロレンツォに近寄ってきた。


「コースはどうする? 障害物有りか、それとも無しか?」


 彼らは顔を見合わせた。先に言葉を発したのは、ロレンツォの方。


「アクセル、好きな方を選べ」

「それでは不公平だ。コインで決めよう。表ならば有り、裏ならば無し」


 そう言うと、アクセルはコインを取り出してキンッと弾いた。そのコインがレリアの元に飛んで来て、思わずキャッチする。


「レリア、そのコインを手の甲に置いて見てくれ」


 アクセルに言われた通り、レリアは右手の中のコインを、そっと左手の甲に置く。そして恐る恐る見ると、コインは裏を向いていた。


「どっちだった?」

「……表、です」

「障害物有りだな」


 ロレンツォが呟き、ジョージが準備のために外に駆け出していく。アクセルはサニユリウスに飛び乗り、ロレンツォはさっき乗っていた馬とは違う馬を連れ出した。


「レリア、この二階から馬場が見えるようになっている。そこで待っていてくれ」

「アクセル様……」

「全力で走る」


 アクセルはギッと前を見据えていた。怖いくらいの気迫に、レリアは彼の言う通りに二階へ向かう。そこからは馬場が一望できた。

 夏らしい入道雲が風で移動していく。その下ではジョージらが、障害物の準備に追われている様子が見て取れた。

 レリアは手の中にあるコインを見て、ひとつ息を吐く。障害物有り。それがどのような結果を招くことになるのか。競技開始のファンファーレが今、鳴った。

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