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第8話 罪悪感でいっぱい

 いい天気になってよかったと、レリアは心の底からそう思った。

 サニユリウスの軽快なステップに揺られて、並走するアクセルを見る。

 すでに森は抜け、景色は草原へと移り変わっていた。森の中も似合うが、草原の上での彼もまた、素敵である。


「そこの川辺りで馬を休ませよう」

「はい、わかりました」


 二人は小川の前で降りると、サニユリウスとシルバーロイツに水を飲ませてあげた。


「結構順調に来られたな。途中で魔物が出た時は焦ったが。怖くはなかったか?」

「ええ、大丈夫。アクセル様がすぐにやっつけてくださいましたし、サニちゃんがどっしりと構えてくれていたお陰で私もパニックにならずに済みました」

「サニは慣れているからな」

「本当に、いいお馬さん」


 サニユリウスの首を撫でてあげると、ぶるると嬉しそうに顔を寄せてくれた。懐かれている実感ができて、こちらも嬉しい。

 周りに人影はなく、レリアはそっと顔を彼の胸に寄せた。アクセルはそんなレリアを優しく包んでくれる。

 幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ。この時間がずっと続いてほしい。ずっとずっと、永遠に。


「……そろそろ、行こう」


 離れるのが名残惜しい。が、今日は一日中一緒にいられるのだ。それこそ、一晩中でも。


「はい」


 再びサニユリウスに跨ると、二人でアルバンの街を目指した。


 レリアがアルバンの街に訪れるのは初めてだ。寂れた古いの街のようなイメージを持っていたが、とんでもない。一歩敷地内に入ると、たくさんの露天商が並んでいる。各地からの商売人やバイヤーや客たちで賑わっていた。


「まぁ、こんなに栄えてる場所だったんですのね」

「ああ。まだまだ発展途上の街だな。これからこの街はもっと大きくなるだろう」

「素晴しいですわ。私もここで絵を描いたら、売れるかしら」

「ああ、きっと売れるさ」


 即座に肯定してくれて、レリアは微笑む。絵だけで生計を立てるなど、容易ではないとわかっているが、それでも夢を見てしまう。

二人はたくさんの店を見て歩き、芝居小屋やピアノのリサイタル等も堪能した。色んなものがあって、飽きない街である。


「さて、もう夕飯時になってしまったが、どうする?」

「私はあんまりお腹が空いてませんわ。ちょくちょく試食も頂いちゃいましたから」

「そうか。では先に風呂にしよう。ここには大浴場がある。とても広くて気持ちがいいから、ゆっくりと入ってくるといい」

「まぁ、楽しみ! ありがとうございます」

「風呂から出たら、そこの店に入ってくれ。俺の名で予約を入れておく」

「わかりました」


 レリアは一旦アクセルと別れて、大浴場に足を踏み入れた。香り高いヒノキが鼻を掠める。

身体を丹念に洗っていると、いよいよなのだという気がしてきた。でももしかしたら真面目な彼のことだ。何もないかもしれない。レリアは複雑な気分で己の素肌を撫でていた。

 風呂を出た二人はレストランで食事を済ませた後、店仕舞いしていく露店を眺める。活気のあった広場が、一気に閑散としていった。


「ここに露店を出している人たちは、どこで寝泊まりしているんですの?」

「色々だな。近くの町や村から来ている者もいれば、宿を取る者もいるし、アルバンの街にテナントを借りている者はそこに住んでいる場合が多い。この間の戦争中に急遽建てられた兵舎も、現在では居住区として売り出している」

「そうなんですか」

「実は俺も、戦争中に割り当てられていた一室を買って、そのまま使用している。仕事で来ることも多いから、いちいち宿を取るよりは便利だからな」


 そう言って、アクセルはレリアの目を見た。


「今日はそこでも構わないか?」

「……え? アクセル様のお部屋ですか?」

「ああ。もし、その……同室が嫌ならば、ちゃんと別に宿を取る」

「……え、えぇっと……」


 顔が火照った。やはりと言うべきか、アクセルはそのつもりだ。そしてすでに、レリアもまたそのつもりで来てしまっている。


「あの………その………同室で、構いません……」


 自分からその意思があると伝えることの恥ずかしさは、形容し難いものがある。しかしそう言葉にしたことで、アクセルはほっとしたように、それでいて少し緊張も交えた笑みを見せてくれた。


 アクセルの部屋に入ると、そこにはアクセルらしい香りがした。体臭と言うと聞こえはよくないが、彼のオリジナルの香水と混じり合っていて、レリアには官能的な香りだ。


「この香水は何て名前ですの?」

「大した名ではないよ」

「何です?」

「……コリーンセレクト」

「あら、アクセル様のお名前ではないんですのね」


 女性名が出てきたことに少し驚いたものの、特に気にはしなかった。過去に好きな女性がいたとも言っていたし、そういうこともあるだろう。


「……すまない」

「え? 何がです?」

「気を悪くさせてしまったかと」

「いえ、ちっとも」


 レリアのその答えに、アクセルの方が小難しい顔を見せる。


「嫉妬を、してさえもくれないのか?」

「アクセル様を振った女性とは、その方ですの?」

「そうだ」

「彼女と、キスをしましたか?」

「……ああ」

「しますわ。嫉妬」


 ニッコリと微笑んで言うと、アクセルにガバッと抱き締められた。突然のことに驚くも、レリアは嬉しくてそっと手を彼の背に回す。


「今はレリアだけだ」

「ありがとうございます」

「レリアも俺だけと言ってくれ」

「……アクセル様だけです」


 胸にチクリと痛みが走る。夫がいる身でありながら、なんと不誠実な言葉だろう。


 それでも、それでも。


 幸せそうな笑みを向けられると、何も考えられなくなってしまう。一人の女に戻ってしまう。

 レリアはそのまま彼を受け入れ、体を許した。


 不思議と夫に対する罪悪感は薄かった。夫とは息子を身籠って以降、何もなかったからかもしれない。

 こんな風に別の男に体を許してしまうのは、何もしようとしない夫のせいでもあると、心で言い訳できたからだろう。

 しかし逆に、子どもたちに対する罪悪感はすごかった。あまりの申し訳なさに、顔を合わせられないかもしれない。もし今日のことがばれてしまったらどうなるかを考えるとゾッとした。これは何がなんでも隠さなければならない。

 それと、不安がもうひとつ。

 レリアは自身のお腹に手を当てた。

 アクセルは、避妊をしてくれなかった。

 レリアは当たり前のように、避妊してくれると思っていた。だから、言わなかった自分にも非があると思う。

 昨晩は危険日ではなかったはずだが、妊娠など、いつであろうがする時はするものだ。レリアは立て続けに子どもを孕んでいるので、妊娠しやすい体質かもしれない。


(もし、子どもができていたらどうすれば……。確か画材屋の主人が、簡単に子供を堕胎する方法があると言っていたわね)


 それを利用するしかない、と思い至る。

 画材屋の主人に『簡単に堕胎できるからと、安易に行為に走る子が増えないか、心配だわ』と言った自分が滑稽だ。


「レリア」


 ベッドに腰掛けていたレリアを、アクセルは後ろから抱き締めてくれる。その手は、レリアの置かれていた手の上に載せられた。レリアのお腹の上へと。


「心配しなくていい。もし子どもができていれば、ちゃんと責任は取る」

「アクセル様……」


 胸が苦しい。本来なら嬉しい発言であろうにも関わらず、ちっとも喜べないことが悲しい。

 彼と結ばれたのは本当に嬉しかった。

 今まで生きてきた中で、一番の幸せを感じた。

 と同時に。

 罪悪感でいっぱいになる。

 彼に秋波を送り、蠱惑したのは紛れもなくレリアだ。何も知らないアクセルを騙し、不義をさせてしまった事実が重くのしかかる。

 どうにか理由をつけて別れなければいけないのはわかっている。しかし、まだ言えなかった。言いたくなかった。もう少しだけ、このままアクセルと関係を続けたかった。

 誠実や貞節とはかけ離れた行動。

 アクセルの理想とする女性には、成り得ない行動。

 もし夫がいることがばれてしまっては、軽蔑されるに違いない。

 それだけは嫌だ。アクセルに嫌われたくない。

 ばれる前に別れなければという思いと、ずっと一緒にいたいという思いが混在する。どうしようもない矛盾である。


「愛している、レリア」

「……私もです」


 もっと、早くに出会いたかった。彼と同い年で生まれたかった。

 浴びせられるキスの嵐を受けながら、レリアは一筋の涙を流していた。

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